AWKWARD ARCADE

第五話 ネリス姫の行進! 4





 訓練場は門を入って左側にある建物の中にある施設で、フェイ達二十七番小隊を含め、他の小隊、大隊、近衛部隊に至るまでが利用している。その建物の中には近衛部隊と並ぶほどに気密とされる特殊隠密部隊なる部隊があるらしい…が、フェイも実はそこの所は良くは知らされていない。
 何たって兵士長すら知らないのだからその機密の重さは計り知れないものがある。王の命令で直接動く隊なので、兵士長には知らせる必要は無いという理由で、だ。そこまでして機密を守るだけの事があるのだろう。そこにはかなりの人材がそろっているに違いない。
 訓練場はいつも通りにたくさんの兵士で賑わっていた。砂場が広がって人の形と取れなくも無い鉄の人形らしきものが並ぶ場所、小分けにされた手合わせ用の場所などが広くとられていて、後の場所は自主トレーニング用の器具やら、無駄に立ち並ぶロッカーやらに場所が使われている。仮戦闘訓練をしている者、素振りをしている者…様々だ。その中には知っている顔もいた。フェイの隊に属する連中だ。互いに互いが仕掛けあい、乱戦の練習だろうか。それにしても周囲の兵士と比べると動きがわずかに良く見える。フェイの親バカ精神であるかもしれないが。
「クリューガー!バイパー!ティンガース!」
 フェイは大声でその三人を呼んだ。三人は訓練用に作られた戦闘場で実戦の訓練、つまりは手合わせをしている最中で、三人はフェイの声に気が付くと一旦やめて近寄ってきた。額に輝く汗にフェイは何もしていないのに疲れるような気になる。
「隊長!帰ったんじゃなかったんですか?」
「ん?そいつぁ…」
「ネリス姫様?」
 三人は前もって相談していたかのように秀麗かつコンマ一秒の差もなく同時に敬礼をして、頭を下げた。バイパーとティンガースはわかるが、あの荒っぽいクリューガーまでが丁寧に頭を下げるとはフェイも予想はしていなかったようで、驚きを隠せない。
(さすがだ…)
「で、何の用ですか隊長?」
 バイパーが最初に口を開いてフェイに問いかける。何か少しニヤニヤしているように見え、直感で(何か企んでいるな)とフェイは思い、少し身構えた。
「いや、実は昨日さ、姫見なかったか?このあたりで…」
 バイパーをにやっとして後ろを振り返り、クリューガーと共にガッツポーズをして見せた。フェイの後ろの三人組は何がなんだかわからぬ様子できょとんとしながらその光景を見守っている。
「じゃあ僕たちとお手合わせ願いましょうか?隊長」
「なんだって?」
 フェイは最初冗談かとも思ったが、三人の顔を交互に見ていくうちに嘘ではないとわかった。フェイは頭をかきながらめんどくさそうに答える。でも実際はわくわくしてきているのが自分でも判った。フェイは顔がにやけていないだろうか、と少し心配する。
「じゃあって何だよ…。まぁいいけど」
 フェイは木刀を受け取って戦闘場に向かう。三人はフェイを先導して戦闘場へゆっくりと歩いている。クリューガーは心なしか笑っているように見え、いや狂気をあらわにしているような表情に近い。フェイは少し心の中で恐怖を感じた。
「よし、やるかぁ…って…ん?」
 三人は同時に構えを取った。バイパーは木刀を両手に一本ずつ、クリューガーは槍に見立てた木の棒を、ティンガースは剣を一本、両手でもって真正面に構えている。これはこれで三人同時に構えたので、綺麗で美しさがあった。かなり様になっていて隙がさほど無い。仕掛けていくのはかなり難しいだろう。
「ずいぶんチームワーク良くなったね…。で、これはどういうこと?」
 だが、フェイには納得できない点が一つあった。
「え?」
「見たとおりだよ、隊長!」
「行きますよ!」
 フェイは笑っている。面白いのではなく、追いつめられた人間の見せる極限の表情だ。そう、相手は三人でかかってくるつもりなのである。フェイ一人に、三人で。
「一対一じゃねえのかよぉ!」
 叫びも届かず、フェイ対バイパー、クリューガー、ティンガースチームの不条理なバト…お稽古が始まる。
「いくぜぇ!」
 一番リーチが長い槍を持つクリューガーが一番に攻撃を放ち、それが到達するのも一番だった。フェイは木刀で弾いてかわす。フェイから見て右にはじかれた槍はクリューガーごと横に反れ、これで槍の脅威は一旦排除される。長い槍は連続で攻撃するのに適さないはずだ。問題は次…である。
「はぁぁぁっ!」
 叫び声と共に槍の横から二人が飛び出してくる。バイパーは二刀流の使い手なので合計で三本の木刀がフェイを襲うことになる。一本で防ぎきるのははっきり言って無理。なのでフェイは後ろに飛んで避けようとするが、結局追ってくるのだから避けてもまた同じ選択を迫られるに違いない。クリューガーもさすがにそこまでの時間を作られたら体制を整えられるだろう。そうなるとまた同じ事だ。
(受けるしかない!)
 そして―――――

「お前ら…少しは手加減しろよぉ…」
 フェイは無様な醜態をまわりにさらしていた。ロメオならここで「ずいぶん男前になったな」などと茶々を入れるところだろうが、残念ながらそんなことをフェイに言える者はこの場にはいない。
「手加減たって…隊長だって本気だったじゃないすか…」
 フェイを含め、四人全員が肩で息をしていた。三対一でも息を切らすほどに苦戦したのか、元から疲れていたのかは定かではない。
「しかし、さすがですね…あの状況で俺たちに一撃を加えるとは…」
 確かに彼ら三人をよく見るといくつかの傷が見て取れた。それを合計したとしてもフェイの傷には及ばないところだが。しかし三対一としては上出来だ。一応隊長としての尊厳は見せることが出来たとフェイ自信は思う事にした。例え周りがどう見たとしても。
「なぁ…、これって、どう見ても…俺の負けだけどさ…」
 フェイは地面に大の字になって横たわってそう言った。この人込みの中で大の字に寝ているフェイははっきり言って邪魔以外の何物でもないが、それをとがめる者はいない。この傷では仕方が無いと言えばそうだ。
「いや…、満足しましたよ…。質問は姫に関すること…ですよね…」
 フェイは首だけ動かしてティンガースの方へ向く。ティンガースはしゃがみ込んで座っている。どう見ても元気いっぱい…ではない。しかし顔はニコニコとしていて満足そうだ。
「昨日…庭の方へ歩いていく姫をクリューガーさんが見たそうです…」
 フェイがクリューガーの方へ向くと、クリューガーは無言でただ頭を一回だけ縦に振った。それを見てフェイは全身に力を込めた…いや、そうしようとはしたのだが、痛みで体が思うように動いてはくれない。力を込める度、ジンジンと体全体に痛みが走る。
 これは結構効いたな、とフェイは思った。
「いつつ……よっ!」
 フェイはもう一度体に力を込め、痛みを無視して勢いで体を起こす。無視しただけですごく痛いのに変わりは無かったが叫ぶのだけはさけた…これも隊長としてのプライドである。
「まだ動けるなんてさすが…としか言いようがねえな…」
 クリューガーは体を少し前傾にして同じように勢いで起きあがる。木で出来た槍でその体の重みを支えているところを見ると、疲労とダメージは明らかであるが、「まだいける」と言う気迫はまだ衰えていない。
「次は一方的にのしてやるから覚悟してろよ?クリューガー…」
「へっ、次は一対一でボコボコにしてやりますよ…」
 フェイは鼻で笑った。そして他の二名に軽く手で挨拶をすると、そのまま立ち去っていく。その背中はまさしく男でも惚れるように格好が良かった。
「不死身ですね。あの人は…」
 バイパーの一言に、その場にいた三人は静かにうなずいた。
「おいティンガース…お前まだいけんだろ?付き合え」
 ティンガースはにやりと笑うと、そばにおいていた剣をとってぴょんと立ち上がって構えた。

「大丈夫なんですか?ずいぶん叩かれて…痛そうですけど…」
 レイチェルはフェイが戦闘場を出てすぐに駆け寄ってきた。本気で心配しているようで、フェイの体を支えて離れない。もっとも、それはそれで助かることは助かるのだが、さわられていると結構痛い部分がある。それを知らずにべたべた触ってくるのでかなり痛い。フェイは口をつぐんで痛みに耐えていた。
「大丈夫…歩けるから」
 と、一応言ってはみたが、これでも強がりを言って見せたほどなのだ。しかし、そう言ってもレイチェルはフェイのそばから離れなかった。女の子に介抱されるのは男としてはうれしいのではあるが、場所が場所なので絵的にすごく恥ずかしい。しかも今三人にボコボコにされた直後なので情けなさを加えてそれは何倍にもなる。周囲の視線がこれほどに痛いとは。
「次は庭だってさ…。行こうか」
 ロックは静かに歩き出したが、ネリスの方はと言うと、今だ、と言わんばかりに声を張り上げてしゃべりだした。まるでこのときを待っていましたと言わんばかりに。
「ずいぶん男前になったわねぇ!隊長!あっははは!!」
 これほどの口がたたける人間はここにいた。ロメオだけではなかったのだ。
「言い訳はしないけど、姫様に言われたくないなぁ…」
 フェイは胸に手を当てて前傾の姿勢で足を引きずって歩いている。言い訳はしないのではなく、出来ない。と言った方が正しいのだが…。目の前であの様を見られたのであってはいいわけの仕様も無いし、ここは諦めるしかない。分が悪すぎる。
「ほれ、行くぞ!俺だってあんまり時間無いんだからな!…う、げほっ…」
 大きな声はそれすなわち肺に多大なるダメージを思い起こさせるスイッチである。レイチェルが患部を手でさすってくれる…、のは良いが、さっきも言ったとおりにさわられると結構痛い。
(気持ちいい反面、痛い…、我慢我慢)
 フェイの戦いはまだ終わっていなかった。…と言うのは正直あまり思い出したくなった。だが、まだ少し続くのである。






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