「ふぅ…」 フェイは一息ついて誰もいない作戦室を見渡し、ゆっくりと歩きながら窓のあるほうへと歩く。コツ、コツ、とフェイの履く靴の音が響き、それがまた人の気配が薄いことを示していた。そして、部屋の明かりを一つ、二つ消し、部屋を薄暗くする。 この掃き溜め隊で、無駄に部屋の明かりをつけ続けるわけにもいかないのである。経費はそう多く出されていないし、自費で出せるほど高給でもない。 「さて…」 フェイは隊長席に座った。王都の住民からの意見書、羽ペン、インク、地図。それらが机の上にあり、フェイはその中の意見書を手に取る。 フェイの仕事は、この二十七番小隊の隊長である。二十七番小隊の仕事は王都の警備。とはいえ隊員だけでは王都全てに目が行き届かないと言う事で、王都のことを一番よくわかっている住民からの意見を取り入れる、と言うものが意見書であった。 フェイは隊長としてその意見書に目を通すのが仕事なのである。ちなみに投書のシステムは様々で、城の前に設置されている投書箱(鍵は二十七番小隊の部屋内にある)に投函すると言う方法に加え、城下の警備中の兵士などに渡す、城の中に行く商人に渡すなど…簡単に言えば最終的にフェイの元にたどりつけば方法は問わないと言うわけだ。 投書の案は成功なようで、悪くない反響である。元々暇だったので丁度いい仕事かと思いきや、実は大変なのはフェイだけで、それに加えたいした投書でない場合が多い。それでもたまに来る『当たり』の効果は絶大で。 要は重要な仕事の一つなのである。今回は投書もあり、ロメオの投書代わりに住民の意見を聞くという報告書もあった。運悪くフェイのいないときに。いや、この場合よりによってと言う方が正しい。 責任を感じないわけがない。 責任がないわけもない。 「……くそ………」 フェイの口から声が漏れた。フェイの今の心の中の不満を全て吐き出すような一言。しかしフェイの心はそう簡単に晴れてはくれない。 落ち込んでいても仕方がない事はフェイ自身よくわかっている。 責任がのしかかり、フェイは背中に何か重いものがのしかかっているかのような感覚にとらわれ、肩に何か感覚があるように感じた。 と、おもったら… 「隊長」 実際の感覚だった。見られて恥ずかしい場面ではなかったが、少しフェイに緊張が走る。 「僕です、バイパーです」 名前を名乗られるまでその存在に気がつかなかったフェいはいつもは見せないような対応の仕方でバイパーにぎこちなく片手をあげた。何かを言おうとしたがうまく言葉にならず結局片手をあげるだけで終わったのが本人だけでなくバイパーにも分かって、少し固い空気がその場に流れる。 「ご、ごめん…何かな?」 バイパーはフェイばりに穏やかに笑うと隊長席の近くに椅子を持ってきてその椅子に腰掛けた。おそらく気を使って何も言わずにそのに腰掛けているのだとフェイは思い、その好意に甘えてフェイは少し心を落ち着つける。 「ちょっと…隊長の事が心配になりまして」 バイパーはフェイの様子を見ながらゆっくりと話し始めた。夜の闇がほとんど部屋の中を包み込むなか隊長席近くのランプだけ点灯していて、普通に見慣れた人の顔でも少し薄気味悪いくらいである。バイパーの穏やかな顔も一つだけのランプに照らされて、顔を包むのは影のほうが多い。 「俺の事?」 「はい。一人で残られていると言うのが気になりまして」 どうやらバイパーはフェイの事を手伝うつもりで戻ってきたらしいとフェイは思った。フェイとしても別に人払いをしたというつもりはまったくなかったので、その気使いは痛いほど体に染み入る。 「ありがとう」 「いえ。ところで最近の事件ですが…」 バイパーは身を乗り出してフェイに語り始める。今からする話のことは分かっている。事件のことだ。しかしフェイには何を話すのかまったく予想がつかなかった。 「まだ襲われていない酒場はいっぱいあります。客の入りと言うのは酒場酒場で違うものなのですよ」 (ん…?という事は) フェイの額に汗が浮いた。偉そうなことを言った自分に急に恥ずかしさがこみ上げてきて、穴があったら入りたいような気分になる。 「俺の言ったやり方は失敗だったんだね…」 「おそらく犯行は未然に防いだ部分もあると思います。酒場だけを狙うと言うものも珍しいですし、おそらく短期間で一気にやるつもりなのでしょう。おわったら、王都から出て追撃の手を逃れるだけです」 「それでも一回やって逃げるってわけじゃない分捕まえやすいと言えば捕まえやすいか…」 バイパーは頭の回る人間だ。どちらかと言うと体力タイプの人間ではなく頭脳タイプの人間であり、小隊に欠かせない存在である。バイパーが他の小隊にいたときは体力面の問題ばかりが浮き彫りになって『問題あり』と判断されてしまったのだが、どうもこの小隊に来たときあたりからその才能が開花し始めたらしい。 原因はロメオにあるようだとフェイは睨んでいるが実際のところどうなのかはわからない。 「相手は結構なれてますからね、前もどこかでやっていたのではないかと。そのつどぎりぎりまでやってから町から出たと考えるのが自然でしょう」 フェイは頷くしかなかった。 「チャンスは後二回もしくは一回…と、考えたほうが」 「…バイパー」 フェイは一瞬考え込むような姿勢をしたがそれをすぐに解き、薄っすらと笑いながらフェイのほうを見ているバイパーに呼びかける。 「…なんですか?」 「わかってるって顔してるじゃないか」 バイパーは頭の後ろを掻きながら苦笑いで、 「やっぱり分かっちゃいますか?行くんですよね?」 とフェイに言った。フェイははかなげに笑い、ゆっくりと隊長席を立った。それにつられてバイパーも席を立つと、自分の座っていた椅子をせかせかと元あった場所へと持っていく。バイパーと言う男はよく言えば気の利く性格であるが、ともすると結構細かい男だ。 それで幾度となく大雑把なエリザと衝突している様をよく作戦室内でも見かけていた。 「す、すいません、あれ?」 バイパーが椅子を戻しに少しの間背をを向けただけなのに、振り向いたらフェイが視界から失せている。きょろきょろと少し横を向いてみても、フェイはいない。 「バイパー」 「ひゃっ!な、あ、フェイ隊長……驚かさないで下さいよ…」 バイパーの肩を叩く、のはフェイだった。後にいつの間にか回りこまれていたという解釈だが本人(フェイ)にとってはまったくそんな気はない。逆に驚かれてフェイも驚いた。ポーカーフェイスを何とか保つことはできたが鼓動はかなり高くなっている。 「ごめん。別に驚かすつもりはなかったんだ…ほら」 フェイの手には二本の剣が握られていた。正確には一対、である。 「僕の剣…す、すいません」 それはいつもバイパーが愛用している一対の剣だった。細めの剣が二本、バイパーはそれを使っての二刀流を戦闘スタイルとしている。残念ながら実践でほとんどお目にかかったことはない。フェイは多少特訓の時に見かけた程度である。 「ずいぶん使ってるようだけど…」 「ははは…クリューガーさんが連れて行くものですから」 バイパーは剣を背中と腰に差しながら、苦笑いでフェイに返した。今度はフェイの方が優しく微笑んでいる。 「バイパーっていつから兵士やってたっけ?」 「僕はかなり最近ですねえ。18くらいの時に入隊しました」 バイパーは虚空を見つめ、昔を懐かしむ。その当時既にフェイは王国軍の一員であった。フェイはかなり幼少の頃からこの王国軍にいる。だからこそ昔からいる仲間であるウィリアムとかなり面識がある。というか仲がいい。 「今の俺くらいの年かあ」 「そうですね。フェイ隊長は大先輩です」 「やめてほしいなぁ…。別に敬語じゃなくっていいよ。と言うか俺が敬語じゃないのはかなり無礼かな?ちょっと気にはなっていたんだけど…」 フェイはバイパーの顔を覗き込むように見て、少し申し訳なさそうな表情をした。フェイはこの二十七番小隊の隊長である。それゆえの威厳と言うかなんと言うか、とりあえずその肩書の所為でフェイは年上にも敬語を使わない場合が多い。 とはいえロメオに対しては敬語を使っているのを見ると結構適当であり性格が現れているようにも見える。 「そうですねえ。僕が敬語を使うのはちょっと癖のようなものかもしれません。お気になさらず」 「俺たちの世代は世代だし、仲良くやりたいなあ。なんて思ってさ」 バイパーはフェイの本音を聞いたような気がして、少し含み笑いをして、フェイのほうを向いた。フェイは言ってから、少し恥ずかしい事をいったと少し顔をうつむかせる。 「…若いですね、隊長」 「そうかな?」 フェイ本人は気が付いていないようなほのかな想いであろうが、バイパーには少し分かったような気がした。おそらく、フェイなりに『年上に甘えている』のだろう、とバイパーは思った。 フェイはこの年で小隊を一つ(掃き溜めと呼ばれていても)任されているし、隊員としては手助けをしなければと思っていたところだ。それに年上というのも精神的な面で手助けがしやすいのかもしれないと今バイパーは思った。 そう思うと少し嬉しくなって、自然とバイパーの顔に満面の笑みが浮かんできた。それに、フェイの事が急に可愛い後輩のように思えてきたというのもある。 「これからは…」 「ん?」 「敬語を使うのは極力控えるよ、隊長」 「バイパー…」 「かといって隊長が僕に敬語使えといっているわけじゃありませんよ。あ、しまった」 「慣れないものなのかな」 「そうかも…あはは」 フェイはにこりと笑い、そしてバイパーも笑った。そしてフェイが目で合図すると、バイパーは先に部屋から出て行った。フェイは部屋の明かりを全て消し、誰もいなくなった作戦室に「行ってくるよ」と言い残してその部屋を出て行った。 |
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