城の正門から見ると真ん中の建物に遮られて裏にある庭は全く見えないところにある。城の敷地ある庭にしてはとても広い場所を使っていて、小川、泉、木々…どれを取っても自然のそのままと言った感じだ。しかし、それだけ充実している施設にも関わらず、利用する兵士は少ない。当然と言えば…当然なのかも知れないが、それにしても利用率があまりにも低すぎる。 ここを訪れているのは大体はフェイの隊だけである…、と言うよりフェイだけである。最近はレイチェルもよく訪れているらしい。つられて、エリザも。 一説によれば、その二人が自然と戯れている姿を見に来ている輩もいる…らしい(これはナード独自の情報網による)。だが聞いてみれば確かにわからない話でも無い。 「ここには目撃者はいないよなぁ…」 フェイは独り言のようにつぶやいた。結果は分かっていたが、あまり気乗りがしない、と言うのが今のフェイの本音だ。もうこれ以上絞り込む要素は見つからないと言う事で後は探す以外に無い。 「一応、探してみますか…」 もう一度、フェイは独り言のようにつぶやく。どうしようもない現実に打ちひしがれた人間の発する声、と言っても言い過ぎではないだろう。 「仕方ないですね…でも、広いですよ。ここ…」 と、言いながらもロックは中央にある泉の方へ向かって歩き出した。一応探す気はあるらしい。 「じゃあ、私はあっちに探しに行きますね!」 レイチェルは右側を指しながら言った。あっちには…まぁどこでも同じだが、芝生と木しかない。取り立てて何も無いというのが正しい表現だ。つまり探すと言っても目印は何も無いし、自分がどこまで探したのかも良く把握できない。 「なんか嬉しそうだったな…まぁいいか。…ん?ネリスは行かないのか?」 じっとロックのほうを見ていたネリスは、びくっとして体をふるわせた。急に声をかけたわけではないが、何故か驚いている様子である。 (…) 「わ、私はいいのよ!…さっさと行ってきなさい!」 フェイはわざとだらんと敬礼をした。ネリスの神経を逆なでする結果になるとわかっていながらも。体も自由に動かない。歩くとまだ結構痛いのに、そんな事させるなよ…という意味を込めたつもりだがネリスは返事を返さなかった。 「了解。命令には従いませんと…」 それだけ言ってフェイはレイチェルとロックのいない左側の捜索をすることにした。もちろん、こちらにも取り立てて何があるというわけではない。ただ、芝が邪魔であった。芝の手入れは完璧だが(誰がやっているのかは不明。少なくともフェイの隊ではない)、もしここに落としていると相当やっかいである。まさに草の根運動と言ったところか。 (ま、そんな心配はないだろうけどな) フェイは落ち着いてまわりを見渡した。中心の泉のまわりには、芝が広がっていて、ただ一本、泉からは城外へと続く小川がある。城壁と城壁に挟まれた場所になっているのだ。なのでいくら広くともあまり自由という気はしない。 城外側の城壁には木が何本も植えられていて、その範囲内の地面は土になっている。 泉ではロックが水の中を調べている。右側の林の中ではレイチェルが捜索…、ではなく、自然と戯れていた。一応探しているのだろうが、周りから見るとそうは見えない。 (…まぁ、あの辺かな) と、適当に他の場所に見切りをつけ、フェイは左側の林へと入っていった。中の地面にはたくさんの足跡が残されていた。それも大人のものではなく。 「…あそこか?」 薄暗い林の中、木漏れ日が中に降りてきている。偶然か何なのかはわからないが、丁度不自然に土が他のと少し違うところにちょうど木漏れ日が当たっていた。 (神様を信じたくなったよ…) ここだな、とフェイは確信して掘り起こしてみる。土は冷たくて、少し湿っていた。確かにこれなら遊びたくなるのも判らなくは無いな、とフェイの子供心が少しだけ顔を出した。 「…ビンゴ!」 フェイは叫んで立ち上がった。この際からだの痛みはどうだって良い。…痛いけど。 「ほら。もう無くすなよ?」 フェイは泉から流れる小川で土に潜っていた指輪を洗い流し、ネリスの指に返してやった。傷はついていないようだったし、ひとまず安心である。 「ったくよー、迷惑な話だよなぁー…。もう無くすなよ!探すのは僕たちなんだからな!」 と、ロックは少しいらだっている様子である。だが、留守番よりは断然ましだという気持ちも心の片隅にあった。フェイ隊長が戦うのも見られたし、実は言う事無しで満足だった。 「私見つけられませんでした〜!」 レイチェルは悔しがっている様子でも、残念そうな様子でもなく、ただ楽しそうに笑っていた。どうやら自然と触れ合うのがとても心地よかったらしい。 「以外と時間がかかったな…これもクリューガー達のせ…い?」 フェイの言葉はそこで止まった。フェイがただ一点を見つめてと待ったので、後に続いてロック達も同時にそちらの方へ向く。さすがのフェイも少し驚いている様子だった。 (…ここでか!?レイチェルもロックもいるのに…運が悪いなあ今日は…) そこには二つの人影があった。一つは大きな、そしてもう一つは細い。 「こ、国王…」 ふとロックがおそらく無意識にであろうが、そうもらした。それは紛れもない事実で、そうもらしても不思議ではない。一応何度か見た事しかないのだろう…しかし、それで覚えているとはなかなか勤勉である。 片方は兵士長だった。何故そんな二人がわざわざこんな所まで来たかは、言わなくても明らかであろう。フェイは後ろの二人を隠すように前に一歩出た。 「ネリス…こんな所で…」 ヴァルガン国王は四人の近くに来るやいなや、そう言った。兵士長はフェイ達四人の真ん中あたりを見つめている。その表情からは何を考えているか、それは全く判らない。ほとんど無表情である。 そして、ヴァルガンはネリスへの視線を変え、それはフェイ達(視線はフェイだが、おそらくそういう意味だろう)に向けられた。恐ろしいほどの怒りを込めて。その色は濃く、フェイは少し額に汗をかく。 (まずい…コレはまずい…) しかし、国王が何か言いかけるのを、兵士長は手で止めた。どんな不当なことも言いかねないから、ここで止めておかないとフェイにとって取り返しのつかないことになりかねない。そしてしばらくすると、国王はやっと落ち着きを取り戻したような表情に戻る。といっても、怒りを目の奥に隠しただけという見方もあるが。 「我が姫を連れ回したのは誰か?」 静かに、そして何の感情も込めずに意識して発した言葉。だが、それがどれだけ怖いかはこの緊張した雰囲気の中ではいたいほどによくわかる。 「ハッ、私であります!」 フェイは物怖じせずにはっきりとそう答える。答えなかったところで何も回避できるわけではないのも理解していても、そうやってはっきり答えるには相当の勇気がいることのはずだ。ロックはフェイの背中を見つめて、フェイの事を見つめていた。レイチェルも同じく。 「またお前か…姫を連れ回すのもいい加減にしろ!」 フェイは微動だにしない。しかし、内心は結構びびっていた。 (今日は運がないなぁ…。国王が出てくるなんてさぁ…。どうしよう…俺ごときじゃ責任取れないよ…) 「しかもお前は国宝にまで手をふれていたな?私はしかと見たのだぞ!」 フェイは心の中でしかめっ面をした。痛いところをつかれた…そんなところだろう。国宝に関する罪ならば死罪なんてこともあるかもしれない。 「…どういうつもりなのだ?姫を連れ回したり…国宝に手を出すつもりか?」 フェイは何も言わずにただじっとヴァルガンの言葉に耳を傾けている。ロック達はただその姿を見つめている。フェイは何も言わないが目は死んでいない。この状況ではそれが何よりの頼りとなるのだ。 「お父さん!それは私が…!」 ネリスは、フェイが自分のせいで不当な濡れ衣を着せられているのを見て、いてもたってもいられなくなったのか、急に駆け出してフェイの前に立った。そしてフェイの誤解を解こうとしたのだが…、 「やめとけよ。嘘をつくなら、最期までつくんだな…」 (なるようになるよな?) フェイはそれを止め、後ろ向きに立つネリスに二人以外の誰にも聞こえないように静かな声で言った。ネリスは「でも…!」と一瞬は反論しようとしたのだが、フェイの性格を考えると、それ以上の反論の言葉は出てこなかった。 「ネリス姫は関係ありません。私が全ての責任をとらねばなりませんね…」 「ふん。たかが兵士の分際で姫と国宝の責任だと?まったく、思い上がりも大概にするんだな!今回は多目に見てやる…ウィリアム、後は任せたぞ」 ウィリアムは首だけ縦に振って、そして「任せて下さい」と静かに言い、その表情は何とも言えない、最初の時からの無表情のままだった。 ヴァルガンはネリスの手を引いて連れていく。ネリスはフェイとロックの顔を交互に見て、申し訳なさそうに目を閉じた。フェイはネリスにウインクで返す。フェイとしては気にしてないよ、という意味合いのものだったのだが、果たして通じただろうか。ネリスはやがて見てなくなってしまった。 ウィリアムが一歩前に出る。ロックとレイチェルは萎縮したまま、動かない。 「すまなかったな…」 とウィリアムは開口一番、そう言った。頭をかきながら、フェイの後ろで小さくなっている二人に軽く頭を下げる。 もちろんのこと、レイチェルとロックにはこんな事を予測できたわけではない。つまり、素直にとても驚いた。 「兵士長も辛い立場ですね。わざわざ俺達のために…いつもすいません…」 「いや、まぁ…こちらも礼を言わねばならんな。いつも姫の相手をしてくれて、礼を言う…俺じゃ手に負えないからな」 レイチェルとロックはもうすでに彼らの常識を越えたやりとりについていけないようだ。二人は何も言わず…いや、何も言えずにその場に立ちつくし、フェイとウィリアムの話を静かに聞いている。 「すいません。また兵士長に迷惑をかけることになりまして…」 フェイは深々とウィリアムに頭をさげる。それはウィリアムでさえ恐縮してしまいそうなほどに感情のこもった一礼であった。フェイが深く信頼している上司にこそ見せる態度。とウィリアムはそうとらえている。 「ふっ、これからもよろしく頼む。ロック君とレイチェル君も同じだ。まぁ一応国王の娘だからな、大切に扱って…そんなこと、立場は関係ないな。うむ。立場を気にしないで彼女と付き合っていって欲しい。責任をとるのは俺達の仕事だ」 「俺もですか。判りましたよ…」 フェイは後ろを向いて、神妙な顔つきになっている二人に声をかける。内心はすごく安心していた。緊張が解けて今にも足が崩れ落ちそうだった。 「わかったな?ネリスとはこれからも変わらず、立場を気にしないで付き合って欲しい。何かあっても、責任は…俺達で取るからさ…」 (取りたくないけど) 「はっ、はい!」 「それは重要な任務ですね!頑張ります!」 二人はフェイとウィリアムに向かって敬礼で返す。レイチェルもロックなら、いい関係を築いていけるだろう。 「なんか最後の方が小さい声だったようだが…?」 「茶々を入れないで下さい」 「はは。いい部下を持ったな、フェイ」 「俺の目は正しいでしょう?それにほら、兵士長だって、たくさんの有能な部下がたくさんいるじゃないですか」 ウィリアムはどちらとも取れない笑みで返した。いろいろあったが、これで一応ネリス姫のハチャメチャな行進は終わりを告げた。 「はあ…」 フェイ達三人は作戦室に戻ってきていた。すでにエリザとロメオが作戦室に帰ってきていて、二人でなにやら談話をしている。あまりに不自然かつ不可解な状況にフェイですら驚きの色が隠しきれない様子だったが、別に言及することでもなしに、そのことは声には出さずに、心の中にしまった。よく考えてみれば、ロメオは他の誰よりも経験が深く、その長い経験から来るありがたいお話は聞いていてすごく楽しいし自身の経験にもつながる。エリザは勉強熱心な性格だし、ロメオも若い奴に話すのは好きな方だ。なにも不自然なことはないではないか。 「国王ってあんな人だったんですね」 少しばかりがっかりした、というようなニュアンスが微妙にロックの言葉に含まれていたのをフェイは感じ取り、一応フォローを入れる。 「まぁ、今は戦争している最中だからな。国王もピリピリしてるんじゃないか?」 「でも、怖かったですね」 そういうレイチェルはそれほどでもない顔だ。本当に怖がっていたのかは、後ろを向いていたフェイには判らない。が、後に引きずる性格ではどうもないようなので、さっきは結構おどおどしていたのだろう。まあ、それはフェイも同じなので人のことは言えないが。 「まぁま、今回はよかったじゃないか。国宝も無事に見つけられたしな。任務完了だ!レイ、ロック、よくやった!」 フェイは笑顔でロックとレイチェルにそう言った。 「とんでもないですよ!いつでも任務があれば一緒に行きますよ!」 「えへへー、それは私も同意見です。いつでも連れていって下さいね?」 (まぁ、やっかいごとはこれでこりごりだけどな…) と、心の中でそう思いながらも、フェイは笑みで返した。レイチェルとロックは同時に顔を見合わせて、そして二人で手を取り合って喜ぶ。その光景は何故かフェイにとっては微笑ましく、そして何故か自然とフェイ自身もいい気分になっていった。 「おーし!じゃ、遅くなったけど…、レイ、帰ろうか」 レイチェルは大きな声で返事をする。フェイはレイチェルを促して先に作戦室から出させると、席に座ってなにやらやっていたエリザに「後は頼みますね」と言って手をあげた。エリザは、「えー?何で私なのー?」と言うような顔を…していたのだろうが、そんなことはもうフェイには関係ない。 一応これがフェイのいないときの隊長代行の指名なのである。実に適当なのだが、この隊の存在がすでに適当の塊のようなものなので、これでも誰も文句は言わないし、副隊長なんてものもこの隊には存在しない。 大体はその場に居合わせた者の中からフェイが選ぶ。指名された者は、みんなに指示を与える…なんて事はせず、ただ隊長席にすわることと、城下町の見回りの先陣を切る事しかしない…ので、別に何も難しいこともめんどくさいこともない。 「こんなんでいいのかなぁ…」 毎度のことだが言わずにはいられない言葉を発する。だが自分でどうにかしようという気はないので、ただ言葉だけ、なのだが。 「フェイさん?何か言いましたか?」 「ああ、ううん。何でもないよ」 まぁ、いいか。フェイはいとも簡単に気持ちを切り替えて、レイチェルの後に続いて城からの帰路へついた。 |
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