次の日の早朝、フェイはお隣さんであるライツのお宅にお邪魔していた。昨日の食材のお礼だ。お金は払っているのだが、わざわざ隣の町(クレストと言う名前の比較的大きな街。キュークほど大きくはない)まで買い出しに行ってくれているので、それのお礼はきちんとしなくてはならない。と言っても言葉だけであるが。 「いつもいつもすいません」 「いいんだよ!俺達も用があって行ってるんだからな!」 そう言ってライツ(夫)はがはは、と大きな口を開けて笑った。 「おう、そうだフェイ…」 急に何かを思いだしたのか、笑いを止めてフェイに向かって言った。何かのお願い事なのかな、とフェイは直感でそう思ったが、それはフェイにとっても丁度いいことだ。 あまりめんどくさいのもちょっと…と言う感じではあるのだが…。そう思いながらも、フェイは黙ったままでライツさんを見つめている。続きを話せ、と言う合図である。 「『マッチ』が無くなっちまってよぉ…ちょいと頼まれちゃあくれねえか?」 「本当ですかあ?それならば任せて下さいよ。村中の分を買ってきましょうか」 フェイがそう言うと、ライツはにやりと笑った。まるでフェイの言葉を予測していたかのように。 「おめえがそう言うだろうと思ってよ…何本必要かきいといたぜ!」 フェイは目を見開いて驚いた。 「はは…、さすがですねぇ。で、何本くらい必要なんですか?」 反面、口をついて出る言葉は驚いて見えない。つかみ所のねえ奴だな…というのはライツさん及びロメオの言い分である。本人にその自覚はまったくない。 「まぁ、大体十本ありゃ足りるだろうさ。一応ご入用は九本だ。ほらよ、集金までしといたぜ」 「いやあ…何から何まで苦労かけますねえ…」 うちの上司もこうだったらいいのにな、と言う言葉は口の中でつぐみ、外には出さなかった。上司と言っても国王だけである。 フェイはお金を受け取り、ライツにお辞儀をして、家に向かった。 フェイも外来の人間なのだが、よくこの村に慣れたものだ。でも、よくよく考えてみれば、横のつながりの強い田舎なので、それほど慣れ親しむのには時間はかからなかったと思う。一つの大きな家族のようなものだ。かけがえのない家族。フェイはそのためにわざわざ…なんて (思い出すことでもないか) フェイは頭を切り換えた。 「じゃあ行って来ますよ!」 フェイは隣の家の着く直前、まだ見送りをやめないライツに突然駆け出して手を挙げ、ひらひら振る。ライツは「おーう」と長い返事を返してフェイの姿が見えなくなるまで見送っていた。 ライツはフェイを見送りながら一言こうもらした。 「ったく…。今すぐって訳じゃねえのに…暇な奴だぜ…」 そして、おだやかな表情でふっと笑った。 フェイは、寄り道もせずに家に真っ直ぐ帰ってきた。少しでも早くレイチェルに連絡したかったのである。 フェイの考えでは、盗賊団『エックス・オプティクス』はおそらく、王国軍に目を付けられたので、しばらくは活動が多少おとなしくなる、はずだ。 「そんな甘い考えじゃいけねえぞ、隊長さん」と、ロメオにしかられるかも知れないが、フェイはその考えに達した…要するに、少しは安全であろうと言うことだ。 つまり、結局はレイチェルをデートに誘おう、と言うことになるわけである。 「レイ〜!」 レイチェルは家にいた。丁度家事も一段落ついて一休みしている最中だったようで、エプロンはつけっぱなしだったが椅子にまさに今座ろうとしている。 「フェイさん、何か楽しいことでもあったんですか?」 レイチェルはフェイの顔をじっと見つめて微笑みながらそう言った。 「ど、どうして?」 「何か楽しそうな感じ、しましたよ?」 見抜かれたか。フェイはそのままの表情、そのままの姿勢で続けた。見破られては無駄な足掻きのしようもない。 「いや実はさ、ちょっとデートでもと思って」 さらりと言っているように見えて心の中は結構赤面、である。レイチェルは微笑んだ表情を変えずに聞いていた。それが焦りをさらに加速させるものであるとは言うまでもないだろう。 「いいですよ。へへ…フェイさんとお出かけかぁ…。あっ、すぐに準備しますね?」 どうやら喜んでくれたようだ、という安堵の反面、実はお使いなんだけど、と言う謝罪の念が少しある。が、フェイとしてはレイチェルとお出かけできるのはレイチェルと同じで単に嬉しいので、そこまで深刻に考えることではない。 支度と言っても、いつも掛けているエプロンをはずして、代わりに…これもエプロンみたいなものなのだが…それをつけるだけだ。フェイの方は剣を取って腰に巻いて取り付ける。後の用意はすでに済んでいた。財布は持ったし…後は、馬車だ。 「じゃ、行こうか」 フェイは外へ先に出て、レイチェルはその後に家から出た。ちゃんと火元などの確認をするところがいかにもレイチェルらしい。 「あれ?いつものお馬さんの所には行かないんですか?」 フェイがいつも馬をつなぎ止めている場所はレイチェルにも判っている。フェイが何故か違う方向へ歩き出したので、レイチェルはそう言った。アレ?遠くに行くって言ったっけなぁ…、とフェイは思ったが、そのことには触れない。 「ほら…実は買い出しをしなければいけないから、さ…。馬車が必要なんだよ…」 申し訳なさそうにフェイが言うと、レイチェルはフェイの心の内を悟ったかのように屈託のない笑顔でにっこり笑う。 「二人で行くならデートと変わらないですよ」 そう言ってくれると助かるよ、とフェイは心の中でそう思った。レイチェルの表情は変わらず。さすがに心を読んでいるわけではなさそうだ。 「馬車はこの村の牧場で貸してくれるんだ。無償でね」 フェイはゆっくり歩きながらレイチェルに向かって言う。レイチェルはその速さに合わせてフェイの横で歩いていた。 「へぇ、お優しい方なんですねぇ」 「まぁ、人を疑うことなんか知らないと思うよ。彼は…」 フェイのいる、じゃなくて警備している村、ルイル村は言うまでもなく狭い。が、牧場がある。こんなへんぴなところで出来るのは牧場か農家かしかないだろう。実際、その通りだ。 しかし、牧場は広い。村と同じ…なんてものではなく、かなり広い。かなりの収入が期待できるが、それは中心部と比べれば微々たるものだと思う。どん欲な性格では無いというのもその差の理由かも知れない。生きていさえすれば良いとは、よく言ったものである。 「おーい!アービン!いるかぁーーーっ!」 平原が果てしなく広がるだだっ広い牧場。これが今名前を呼ばれた者が経営(?)する牧場である。一応他の街や王都に馬を売ったりして生計を立てている…が、それは必要最低限のもので、やろうと思えばもっと稼げるのにそれは別に行っていない。その辺が『村』らしさと言えばそうだ。 「ッせーなぁ!お前はぁ!」 視界の外からいきなり出てきた男、それは村での知り合いであるアービン。年は二十。フェイの他に少ない村に残る若者だ。若いくせにこの村に残り、牧場を経営している。女の子に興味なんかないし、お金儲けもそれほど興味はない。…本当に何のために生きているのか判らない。いやあえて言うなら死なないためかもしれない。 「馬車と馬を貸してくれよ。『マッチ』買って来なきゃなんないからさ」 髪の毛はぼさぼさのまま、目は開いているのか閉じているのかも判らない。そんな性格のくせに動物への世話は結構完璧にこなしている。ある意味フェイよりも不思議な男かも知れない。 「んー。わかった。持っていってくれよぉ。いつもの所にあるからー」 アービンはうっすらと笑いながらフェイに言った。何か眠そうな感じがするのはフェイだけ…ではない。だがレイチェルはそんな事思ってもいないのかニコニコと笑っている。 「あいよっ!起こして悪かったな!じゃ」 「最後までうるせーんだよぉ!」 「す、すいません…」 フェイの代わりにレイチェルが謝ったが、アービンはその場にどっかりと座り込んで何も言わなくなった。死んだ……訳ではない。座り込んでそのままの姿勢で夢の世界に軽快に旅立ったのだ。最初からその姿勢と考えると、昨日の夜からその姿勢なのか。…それは誰にも判らない。 牧場の厩舎はいくつもあるが、位置で言うと一番外側、つまり村の一番外側にその馬車と馬はある。フェイが買い出しを頼まれた時や、自分で大きなものを買いに行くときはこの馬車を借りて外の都市に買いに行く。大体はクレストに行くことが多い。 「おぅ、これだこれだ!結構廃れてないな。これならすぐ行けるな…」 かなり立派な馬車がそこにはあった。全体が木で出来ていて、小窓までしっかりついている。荷物を載せるのに小窓は必要ないのだろうが…、今はレイチェルを乗せるので、気にしないでおこう。 「立派ですねぇ…」 レイチェルは感嘆の声を上げた。確かに綺麗だし、結構頑丈ではある。 「あぁ、それでいてそんなに重くないんだよな、これは」 (窓がついてるおかげか?) フェイは適当な馬を見繕って二頭連れてきて外で馬車とつないだ。美しい毛並みが目立つのは言うまでもなくアービンの世話のたまものであるが、事実を見せられた後でもあの彼からこの毛並みが生まれたとはどうも考えにくい。 「ずいぶんかかったけど…。さぁ、行こうか」 レイチェルはにっこりと笑って答えた。 |
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