AWKWARD ARCADE

第六話 火山と杖とトカゲ 3





 結局、どこに買い出しに来たかというと、それは…
「フェイさぁーん…。あ、暑いですぅ〜…」
 サイカスだった。何故またここに来たかは言うまでもなくフェイ達の言う『マッチ』を買いに来たためだが、そもそも…
「フェイさん…いい加減教えて下さいよ〜。マッチって何なんですかぁ?」
 レイチェルはフェイから少し体を離して手はフェイの腰に回されている状態で、フェイに質問を投げかけた。馬のひづめの音で声がかき消される恐れがあるためその声は大きい。
「あぁ…そう言えば言ってなかったっ…け……」
 フェイは後ろを振り向いて一瞬言葉を失った。
「ど、どうかしましたか?」
 別に特別な事は何もない。ただレイチェルは汗を少しかいて前掛けを取っただけだ。
「あ、いや…」
 フェイは一度視線を逸らして息を短く大きく吐く。そしてレイチェルに視線を戻した。
「?」
 なるたけ表情に変化を持たせないようにフェイは気を使って、慎重に言葉を選ぶ。説明するのもなかなか難しいものがあるが、なんとなくレイチェルは判ってくれるような気がした。
「あのな…、マッチって言うのはさ…、俺達の『火元』なんだよ」
 幾分か気が軽くなったフェイは気楽に話しだした。
「火元?」
「そうさ。俺達に限らず、今じゃほとんどの人が使ってるんだよ。まぁ、マッチなんて呼ぶのは俺達の村だけだけどな…。正式な名前は『火山の杖』とかって言うらしい。まぁ簡単に言えば火を起こす魔法器具って言えばいいのかな?まぁ、火の制御を魔法の力でやるから事故も少なくて済むわけさ。遠くには飛ばないからあんまり攻撃には向かないしな。って言うかそこまでの技術はないってのが現状なんだけどな…だから、戦争にもあまり登場しない。…って、レイチェルがいつも使ってるやつって言えばわかるか…」
 考えてみれば今家事をやっているのは半々程度でレイチェルだ。特に食事の準備はほとんどがレイチェルで、火は使っているはずである。
「そうなんですか〜。フェイさんいろいろなこと知ってるんですねぇ〜…」
 フェイは頭に手を当てて「そんなことはないと思うけどなぁ」と言って笑った。
 サイカスの街は何変わることなく前に来たときのまま…であった。ただ…
「そう言えば門番がいなかったな…」
 いつもならば門番がこの街に入る輩を全てチェックしているはずだ。それが今日はいない。門番は火急的な用件がない限り持ち場を離れることは許されない…、と規定にもあったはずだ、と言うことは、もしかしたら何か起こっているのかも知れない。しかし、ただたまたまいなかっただけかも知れない…が、
(まぁ、なんかあるだろうなぁ…。ルクセントさんとは仲がいいし…何か力になってあげられると良いんだけど…、考えすぎ?)
 気になることは気になる。今まであの場所を離れた事はそうなかったはずだ。
「門番さん確かにいなかったですね。あっ、でもほら!あそこに兵士さんが…」
 と、レイチェルが指をさした先には、確かに兵士が三人ほど立っていた。しかし、何か様子がおかしい。何か焦っているような、切迫しているような、そんな状況にも見える。フェイが見たところそうなのであれば、それは正しいことになろう。
「ちょっと話聞いてくるね。なんかあったのかも…」
 フェイは申し訳なさそうにレイチェルに言った。レイチェルは優しく笑って、首を少し横に傾げる。
「フェイさんらしいですね…。何か力になれることがあれば、私も協力しますよ」
 フェイは目を堅くつむって頭を下げ、「ごめんっ!」と機敏な動きで謝罪する。レイチェルは胸を張ってぽんと叩いた。心が広いんですよ〜、と言いたげな感じであることはフェイが見なくても判るほどだ。非常にわかりやすい。
「ごっ、ごめんね…今度、埋め合わせするからさ…」
 フェイは駆け出して兵士達の元へ急ぐ。兵士達はフェイに気付くと一斉に話をやめて多少構え気味にフェイの方を見た。フェイは今私服の状態で、王国軍の制服を着ているわけではない。それにフェイの隊には階級賞なんて代物も、もちろんあるわけもないしあったとしても今は持っていない。
 つまり、今のフェイは一般人同然と言うことである。体からでるオーラなど、持ち合わせてはいない。
「なんだ…?」
「俺達は今忙しいんです!重要な話をしている最中なんですよ!」
「あなたのような人には関係ありません!」
 一応敬語で話してはいるものの、横柄な態度で受け答えをしている。一般市民とあまり交流する経験がないってのは、警備隊としては問題だろ、とフェイは思った。が、表情にそれは出さない。
「何かあったんですか?」
 と、フェイは一応聞いてみた。この兵士達もおそらく同じような質問を何度もされたのだろう、ピリピリした空気が流れているのがよくわかる。どんな答えが返ってくるかなどフェイでなくてもわかるというものだ。
「何もありませんよ!」
 言葉とは裏腹に態度は今にも襲い掛からんとしそうである。フェイの顔色一つ変えずにその視線を受けるという姿勢はいつもと変わらないが、今回は内心ビビッていなかった。
(…良くないな。こういうのは…)
「俺達はただ…!」
 と、そこでザッザッ、と足音が遠くから聞こえてくる。それはだんだん近づいてきて、大きくなっていった。紛れもなくそれはいつも門番をしている顔であった。焦ったような表情からして、何かの変化があったことは判る。一体何が起こっているのだろう。
「あっ…!」
 フェイの顔を見て、門番は声を上げたが、すぐに引っ込めて仲間の兵士達に耳打ちをした。それで兵士達は全員で頷き、そして一斉に駆け出す。その中の一人はフェイの顔をきつく睨み、それから皆に一足送れて駆け出した。
(まあ、今のは逆なでした俺が悪いかもな…)
 すると他の二人もの兵士達はフェイに向かって何か言おうとしたが、それはうまく言葉にならずに、結局ただ睨んで走り去っていった。
「なぁ…なんかあったの?」
 フェイは多少顔見知りの門番(考えてみるとルクセントに最初にあったときからこの街の門に立っている)に、それはフレンドリィに話しかけた。
「実は…火吐きトカゲが…」
「ゲッ、あいつが…?」
 火吐きトカゲとは、この街の象徴でもあるザイグ活火山に生息する火を吐くトカゲのことである。結構大きいので、他所の人からは気持ち悪がられることが多い。ちなみに、火を吐くので天敵はいないと言っても過言ではない。
「急に暴れ出しまして…」
 火吐きトカゲは火を吐くという究極の進化で天敵がいなくなったことによって、あまり凶暴な性格ではない。今まで暴れ出したという例が無くはないのだが、今回は数が違うという。原因はまったくの不明らしい。
「量が多すぎて警備隊でも手を焼いているのか…」
「そうですね…なにしろ、火を吐くもんで…なんかでっかいボスもいるとかいないとか」
「ボスぅ?そいつを倒せば何とかなるかなぁ…」
 門番の男は一歩フェイに詰め寄って手をぎゅっとつかんだ。何か悪い事言ったかな、とフェイは思ったがすぐに事情を察した。悪い事を言ってしまったのだ。
「さすがフェイさん!手伝っていただけるのですね!」
「え?あ、いや、うん、まぁ…ね」
 そのつもりがなかったわけではないが、こう言われると素直に返事できない。と言う事で少しあいまいな答えになってしまったが、門番の人はというとそんな事は気にせずに心ここにあらずとも取れるくらいに喜んでいる。
「奴らは何故か徒党を組んでいます。もしかしたら本当にボスを倒せば解決するかもしれません!どうか、私たちに加勢を!」
 フェイはレイチェルを手招きして呼んだ。レイチェルは心配そうな顔をしていたが、フェイにはそれを解消する手だては持っていない。むしろ厄介ごとが増えるだけ…と言うより危険きわまりない。何も知らずに急いで近づいてくるレイチェルに心の中でフェイは頭を下げた。
 レイチェルに向いていた視線をフェイはもう一度門番に戻した。
「君は門番だろ?火急な用事であるとはいえ、あまり長い時間あけちゃダメだよ?」
 えらそうな言葉なのに、フェイが言うと別にそうでもない。それはひとえにフェイの物腰が柔らかいから、であろう。注意しているというのにそれをまったく感じさせない。…それでも心のまっすぐな人間はそれで効くものだ。
「ハッ…、申し訳ありません!」
「はは、そんなに堅くならずに…俺はただの兵士だし…」
 フェイは両手を前に出して苦く笑った。レイチェルもいつの間にかフェイの横についていた。
「いえ…、王都の警備隊長みたいなものですからね、フェイさんは!私たちの目標みたいなものですよ」
「あっ、そうだ!」
 フェイは思いだしたように言った。警備隊長という言葉でふと思い出したのだ。
「そのついでに言っておくけど、今の兵士達の態度は、あんまりよくないと思うなあ。アレじゃ一般人の人たちの反感買っちゃうよ。強い兵士も必要だけど、それだけじゃダメ…、って、これは理想論かな。ゴメン」
「いえ、出来る限り目指すのが我々の義務であります!肝に銘じておきます!…それに、フェイさんはそれを実践されていますから」
 フェイは手を軽く振って門番が持ち場に戻っていくのを眺めながら、レイチェルをどうしようか必死に考えていた。
(さすがに危ないよなぁ…。火を吐くってものすごい危険だよなぁ〜…)
 フェイは必死に思案するが、時間が長引くことはつまり…それはつまり、フェイは気付いていないのだろうが、レイチェルに先手を取られる、と言うことになるのだ。フェイは思案を続け、そのことにはいっこうに気付かない。もちろんいい結果を思いつくなんて事もない。
「フェイさん…」
 フェイの思考はその言葉で中断される。察しのいいフェイはこの時点で気付いたのだろう、汗が一滴、額に浮かんだ。
「いや、レイ…危ないんだよ…」
 もう手遅れだ。
「フェイさん一人でそんな危険なこと…」
 フェイが反論の言葉も思いつかずに黙って聞いていると、レイチェルはもう一言付け加えた。
「死なないって約束してくれたじゃないですか…」
 今回も、フェイの負けのようである。
「ああもう…わかったよ。ごめんね、付き合わせちゃってさ」
 フェイは軽く頭を下げてレイチェルに謝った。フェイが謝ることは何もないのだが、やはり言っておかないと気が済まない。フェイとはそう言う性格なのだと、レイチェルもそう思った。











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