AWKWARD ARCADE

第六話 火山と杖とトカゲ 4





 ザイグ活火山。一応登山道らしきものは存在する。それは警備隊の詰め所の裏手に存在していて、まぁ滅多なことがないとその登山道に人は入らない。もちろん言うまでもなく今は『めった』な事だ。
「しかし…こうしてみるとほとんど洞窟だな…山と言うより…」
 ザイグ活火山はよく噴火が起こる名の通りの活火山だ。が、ふもとの所までマグマが落ちてくることはほとんどない。火吐きトカゲは集団で一つの大きな巣穴を作る。その巣穴がマグマをせき止めるのだ。彼らにとってもマグマは貴重な体温源なのでわざと穴を掘る…というわけで、持ちつ持たれつという関係になって、うまく成り立っている。
 噴火口が多くあるせいで地形も複雑である。植物がないぶん迷うと言うことはないのだろうが、それでも崖やら高く突き出た岩やらで結構見通しが悪い。むしろ植物なんかよりたちが悪いかもしれない。
 登山道の周辺には何の人影もない。火吐きトカゲの姿も今は見あたらない。警備隊の活躍の恩恵だろうか。それにしては人影が少ないようにも見える。
 だが山の中にはいくつかの人の気配もあった。
「じゃー、いくか…。何をすればいいのか、わかんないけど…。まずは、火吐きトカゲの退治!」
 レイチェルは不安そうな表情をしていた。さっきは気が付かなかったが、明らかに動揺しているような感がある。やはり不安なのだろうか、それにしても今までと違う。
「大丈夫?」
 フェイは優しくレイチェルに声をかけた。
「は、はい…。私も兵士見習いです…」
(エリザさん…簡易戦闘術でも教えたのかな…)
 フェイ達はついにザイグ活火山へと足を踏み入れた。先ほども記述したとおりに、突き出した岩によって先の見通しがつきにくい。さらに、丁度噴火の後だったのか、霧も立ちこめているため、である。
 真っ直ぐ進み、丁度入り口あたりが見えなくなって来た頃。
「何もないですね…」
「しっ!…誰かが戦ってる。…おそらく、あの火吐きトカゲとだろう…」
 フェイはレイチェルを手で制した。実はフェイ自身も霧でよく見えないので確信は持てないが、人が一人と、人じゃない生き物が一つ…。
(疑った訳じゃないけど…、火吐きトカゲが暴れ出したってのは本当だったのか…)
「(もう少し近づいてみるよ…ちょっとここにいて…。何かあったら呼んでね)」
 レイチェルは声を出さないように静かにコクリと頷いた。フェイも頷くと、その場から静かに物音を立てないように移動を始める。フェイの忍び足は天下一品だ。そこに見えなければフェイは全くいないのと変わらないようにすら思われるほどに何の気配も感じさせない。普段は厄介なものをやり過ごす時に使うのだが、こんな場面で使うのは珍しいなとフェイは自分で思った。
(やっぱり思ったとおりだ…警備隊の奴か…?)
「!」
 フェイはいきなり走り出した。霧の厚みがだんだんと薄くなり、そこにあるものがなんなのか少しずつ明らかになる。
 やはり…片方の人ならざるものの気配は火吐きトカゲのものであった.
もう片方の方は、人間ではあったようだが、警備隊の人間ではないようだった。それを確認したからこそフェイは急いで走り出したのだ。
「はぁッ!」
 フェイは腰に差してあった剣を素早い動作で抜き放ち、返す動きでトカゲの背に振り下ろした。
 ギィン、と、まるで金属同士がぶつかり合ったような音が辺りに響いた。火吐きトカゲの皮膚はマグマに耐えられるほどのもので、言わずとも判るが、堅い。そして厚い。
 フェイは少しだけ刺さっている剣を抜いて、火吐きトカゲの前足の反撃(前足には爪がついている)をさらりとかわして先ほどまでこいつと対峙していた人の方へ飛んだ。土を掘るための爪に引っかかれたら大木も一撃で倒れるだろう。こいつは喰らうとすごくまずい。
「危険じゃないか…。君は、一体…」
 フェイは背を向けたままでその少年に向かって言った。出来るだけ威圧しないような声を心がけながら。
「あんた、警備隊の人間か?」
 質問を質問で返されたが、気分を害されたわけでもないのでフェイは律儀に答えた。
「あぁ、俺?…まぁ似たようなもんだけど…警備隊の人間じゃないよ」
 そう言ってフェイはまたその場を離れ、火吐きトカゲに一閃を浴びせる。またそれも傷は付くが、致命傷と言うまでには至らない。
(切り傷にも満たないなっ!)
「こりゃ堅いな…本当に…。俺の剣も結構な業物なんだけどなぁ…」
 火吐きトカゲの方は何食わぬ顔をして堂々と立っている。実際に近くで対峙すると異様にでかく感じるのはフェイだけであろうか。しかし、相手の威圧に飲み込まれているわけでは決してない。…といいたいがそうでもないのがフェイのたいしたことないところだ。
「仕方ないな…、それなら俺の剣技、見せちゃうしかないかな!」
 火吐きトカゲはフェイの言葉が終わる前に一歩下がった。そして体中が赤く光り始める。
(あ、も、もしかして…)
「危ない!火を吐くつもりだ!」
 がぱ、と火吐きトカゲは口を大きく開けた。とがった歯がびっしりと生えている。そしてのどの奥から…
「うおっ!」
 勢いよく火の玉が飛び出した。丁度人を一人飲み込めるくらいの大きさだ。スピードも結構ある。
 火の玉はフェイのいる場所を通り過ぎた、が、その場にもうフェイの姿はない。
「ジャンプして避けたのか…!あんな跳べる人間いんのかよ…」
 少年は素直に驚きの声を漏らす。確かにフェイの跳躍力は目を見張るものだ。むしろ飛びすぎて逆に隙が生じているが、相手が人間でないのでそこは助かった。
「ふぅ、まぁ丁度いいか。おいトカゲ!」
 火吐きトカゲはフェイの姿を完全に見失っていたが、その声でフェイの存在に気付き、そちらの方へぎょろりとした目を向けた。だがトカゲと言う性質上上に弱く、顔もうまく向けられていない。チャンスだ。
「見せてやるぜ!剣技…」
 フェイは空中で回転し始める。目が回ったりするんじゃないだろうかとか、そういう心配はいらない。フェイは何度も練習してもう慣れているはずだ。
「回転・隕華ー!」
 回転しながらもしっかりと両手で握られていた剣は、ぴったりと火吐きトカゲの背中にヒットし、その体を二つに切り裂いた。綺麗に、真っ二つだ。
「ふう…」
(ちょっと目が回るな)
 実はそう慣れてもいないようだ。
「死んだトカゲからはなれろぉ〜!」
 遠くからさっきの少年の声が聞こえてくる。倒した喜びの叫びとはいえないような緊迫した声質だ。
「えっ…」
 フェイはとっさに大きく一歩その場から飛び退いた。すると、火吐きトカゲの亡骸は突然先ほどの火を吐いた時のように赤く光り出す。
「本気か…?」
 ズドン、と小さく爆発音がして、火吐きトカゲの亡骸は火と光を発しながら破裂した。火吐きトカゲから捕れる様々なものが高級なのはこれが原因なんだな、とフェイは冷静にそう思った。跡形もなく死骸は飛散し、後には少し爆発の衝撃でくぼんだ地面が残るだけだった。
「大丈夫かぁ!」
 少年は走りながらフェイの元へ急ぐ。相当吹っ飛ばされたようだが、大きな怪我のようなものは遠くからでは見あたらない。壁に激突と言う事態はうまく跳んで避けたためになかった。
「大丈夫ですか〜!」
 爆発の音を聞いてもう一人、駆けつける人物がいた。
 少年の方が一瞬だけ早くフェイの元に駆けつけた。レイチェルは少し遅れてフェイの元にたどり着く。フェイは吹っ飛ばされて地面に強くたたきつけられたのだろうが、もうすでに立ち上がっていた。
「死んだら爆発するなんて聞いてないよ…。ありがとう…っと、君は…」
 少年は直立した。
「俺…いや、私は、アクザット・トウリンです!」
 呆気にとられるのはフェイでなく、レイチェルの方だった。
「地元の子?…あぁ、俺はフェイ。フェイ・ランライト…王国軍の兵士さ」
 フェイはそこまで言うとレイチェルの肩を指でちょんちょんとつついた。フェイの心の声をあえて言葉にすれば、「ほら、自己紹介しなよ」だろう。
「あ、あの…私は、レイチェル。王国軍の兵士…見習い、です」
 少年は二人の顔を交互に見つめ、大きく頭を下げた。先ほどとは全くの逆とも言える態度。何がそうさせたのか、フェイには薄くだが予想がついていた。
「王国軍の人…だったんですか。俺はこの街の生まれです。俺の街は俺達の手で護るはずなのに…」
 少年は地面を見つめ手を堅く握りしめる。悔しさが空気を伝わって感じられるようだ。
「なにかあったの?あ、今のこれがそれか…」
「それもそうですが…しかし…警備隊の連中は…口だけで、何もしないんだ!」
 フェイの考えは確信に至った。
「なんだって?」
「山とこの村の入り口を固めるだけで、元を断つ気はないんだ…!」
(そうか…しかし、そんなやり方には俺達若者は理解できないかも知れませんよ…ルクセントさん…)
 と、それは勝手なフェイの想像なのだが、フェイは自分一人で納得して、それを――
「ルクセント警備隊長は、犠牲者なるべく少なくすませようとしてるんだよ…。奴らはまだ山を下りてきてはいないから、叩く必要もないと思ったんじゃないのかな」
 少年、いや、アクザットに押しつけた。これは本当にフェイが勝手に思っただけの事で事実は違うかもしれない。だがフェイはかなりいい解釈だと心の中で自画自賛した。
「しかし…人が何人か怪我を負うような被害を受けているんですよ!」
「ま、俺が来たからラッキーだったね」
 フェイは胸を張ってにやりと笑った。普段からお世話になり続けているルクセントさんにお返しするチャンスを得られ、フェイ自身もラッキーだった。
「さすがフェイさん。言ってくれると思いました!レイチェル、隊長についてきますよー!」
「ははは…。じゃあよけい張り切っちゃおうかな。で、アクザット君…君、勇気あるじゃないか。どう、ついてくるかい?」
 フェイはアクザットと言う少年に素質を感じていた。いつものフェイの直感だが、こいつは強くなるかもしれないと、腹の内ではわくわくしている。
「は、はい!」
 レイチェルはアクザットににっこりと笑いかけると、アクザットは心なしか顔を赤くしてよそを向いた。
「なあ、アクザット君。ボスの居場所ってなんか検討つかないのかな?」
「ボス…ですか?さぁ…」
「やっぱり…火、吐くんですよね…」
「そうかぁ…ないのかぁ…じゃ、とりあえず頂上まで行ってみようか…大体ボスってのはそういう所にいるもんだろう!うん。宛がないからな…それで良いかな」
 フェイはとりあえずの目標を決めて、頂上を見た。
 ―――高い。表記はしていなかったが、実は先ほどより細かい地震が何回も起きている。噴火でも起きたら大変なことになるから、もちろん危険な道のりになることは間違いないが、それでもこのまま見ているわけにもいかない。
「…行くか」
 フェイとアクザット、そして人知れず震えているレイチェル――。それでも、三人は歩をゆるめることなく、山の奥へ踏み込んでいくのだった。







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