AWKWARD ARCADE

第六話 火山と杖とトカゲ 5





「はぁ…、はぁ…こ、これで四体目だ…」
 三人はフェイの活躍もあり、順調に頂上を目指していた。結構な距離を進み、そして結構な量のトカゲに出くわし、撃退を繰り返すこと四回。やっとの事で頂上に着くのも見通しがついてきた。途中で出会った警備隊の人間も無事救出できたし、この危険なハイキング、今のところ順調である。
「僕だって…、疲れましたよ…」
「君は一体しか相手にしてないでしょ…」
 が、そうは言うものの、あのトカゲを一体でも倒せたのは称賛に値する。あの硬い皮膚を貫くには力と技が要る。吐く火をかわすには経験と速さが要る。アクザットという少年は、その両者をこの年ながらに持っていたからこそ、その壁を越える事が出来た。
 このダイヤの原石に出会って、フェイはこの山に来たのも間違っていなかったな、と思い始めてきている。もっとも、それを口には出してはいないが…、レイチェルは薄々ではあるが感づいているようである。
「まだつかないみたいですね…」
 それとは関係なく、レイチェルは言った。
「そうだね…。あ、そういえば…何でレイ、君は火が苦手なの?」
 レイチェルは「えっ」と小さく口の中で言って、そして体をこわばらせる。
「き、気付いていたんですか…?」
「いや…気付くって言うか…」
 わかりやすいんだよなぁ…と、フェイはその言葉を胸にしまって心の中でレイチェルに向かって言った。声に出さなかったのは、かわいい短所を見つけたから…という、子供じみたフェイのいたずら心から…だ。
「私本当に火は苦手で…」
「家にいるときは、火を扱ってるじゃないか」
「そう言う火じゃなくてなんかこう…敵対的な火…って、言うんでしょうか…」
「ふうん…だとすると俺も苦手だな。大丈夫。ちゃんと守ってあげるから心配しないで」
 その時、前で歩いていたアクザットが、後ろを向いて(歩みを止めることなく)フェイの方を見た。レイチェルは何故かうつむいていて顔に両手を当てている。だがアクザットはそのことにはまったく気がつかなかった。
「どうかした?」
 フェイはそう聞く。
「周りに火吐きトカゲの気配が全くありません…なにか、おかしくありませんか?」
「そうだね、さっきから結構歩いているけど、一体も会わないし見えない。たしかに、おかしいな」
 フェイはそう言う間も余裕を残した表情である。というのは、しばらくトカゲと出くわさないでラッキー…という意味からだ。
「そろそろ頂上だ…ま、俺の予感が当たってたって事じゃないのかな」
 フェイはアクザットの肩に手を置いて自分の方へ寄せる…その勢いでフェイは前に行き、先頭を入れ替わった。そしてにこりと笑って「レイを頼む」と一言だけ、言う。そこまで深い意味は込めなかったのだがアクザットは「わかりました!!」と大声でタンカを切って見せた。
 小さな地震は、頂上に向かう度に少しずつ大きくなっていっている。フェイはそれを足から感じ、一人、大きくため息をついた。
 頂上はすでに目前だ。距離で言うならば後数十メートルと言ったところか。フェイにはただならぬ気配が感じられる。レイチェルも同じなのか、額には大粒の汗が光っている。ただ一人アクザットは何も感じないようで、特に緊張した様子はない。
「…!」
 頂上には岩、大きな岩が一つ、あっただけだった。火口と思われる場所の上に、不自然に置かれている岩。それを岩とは別のもの、と気が付くのにさほど時間は必要なかった。
「こいつか…でかいねぇ…」
 フェイは余裕をまだ残した口振りで話している。後の二人は驚きのあまり何も口に出せない状況に落ちていた…そうさせるほどに、あまりにも大きい。普通に成長してもここまで行くのはあまりにも異常だ。どう考えてもおかしすぎる。
 そのバカでかい岩のような『生き物』はようやっと小さな闖入者が三匹もいることに気が付いた。それも、一つには自分と同じ…
 ズゥゥン…。一歩、岩が動く。同時に、地面が大きく揺れた。
(やっぱり地響きだったのか…)
 ギョロリ、と言う擬態語がぴったりマッチしそうな目がフェイ達を射抜く。ヘビに睨まれたカエル状態のレイチェルとアクザットは、文字通り一歩も動けない。距離はフェイの方が近いので、あちらが攻撃されることはないだろう。だがここまで大きいとこの微妙な距離もいささか不安が残る。
(これだけ大きければ動きは遅い…よな?)
 フェイが思考を巡らせていると、その隙をついてなのかは定かではないが巨体が静かに動き出す。
(音が…って、速いじゃん!)
 音もなく前足の蹴り(?)がフェイに向かって放たれる。あの小さいと影の動きのまま巨大化したようにそのスピードは速い。空気抵抗など感じないかのように。
「〜〜ッ!」
 前足の攻撃はかわすことが出来た。が……
「フェイさん!」
 レイチェルは振り絞った声で叫んだ。振り絞ったものの、多少声がかすれている。
 あまりに太く大きい足から放たれた一撃は、ただの爪による攻撃だけでなく、突風をも起こしていた。広範囲に及ぶこの突風をかわすことはさすがのフェイでも出来ない。避けようがないのだ。
 フェイは近くの小高い場所にたたきつけられた。多少斜めの衝撃で、ダメージは少し少なく済んだが、それでもかなりダメージは大きい。少し動かないでじっとしていれば比較的動けるようにはなるだろう…が、相手はその暇を与える気などもちろんない。
 巨大な火吐きトカゲは大きく口を開ける。大きいから遅いという訳ではなく、その動作はごく自然なものだ。人間が口をあけるのとさほど変わらないのだろう。
 そして、間をおくことなく、それはまた巨大な火の玉を吐いた。触れるもの全てを灰塵に帰す炎。
(俺の魔力じゃかき消すまでには至らない…。かといって、かわすのも…無理かな。動けないし)
「やるだけやってやる!リフレクト…」
 ゴゴゴゴ…!突然、地鳴りのような音がする。火吐きトカゲの足音ではない。これは…大地自体の移動…変化か。
「《土の護り手》(ソイル・ウォール)…か…?って、ま、魔法!?誰だ?俺か?」
(いや、俺じゃないよ…)
 フェイの前に立ちはだかったものはせり上がった地面、今までは地面であったものだ。が、今は『護り手』だ。言うまでもなく魔法の力によるものである。だがフェイの放とうとしていた魔法とは違う、別の者の手によって放たれた魔法。それもこれほど大きな規模で動かせるほど。魔力の低いフェイの所業ではない。
 その『護り手』は先ほどの火の玉を簡単に阻んでしまう。完全に消えることなく行き場を失った火の粉は壁の横を通って辺りに巻き散らされる。幸いにも、その場には人の影はなかった。
「フェイさん!大丈夫ですか?」
 静かに体力の回復を壁の後ろでじっと待っているフェイに、レイチェルが駆け寄る。フェイはレイチェルをあえて制止することなく、その場で何も言わずにいた。
「レイ…、今のは、レイがやったのか?」
 フェイは真面目な表情で聞くが、レイチェルは一転、にこりと笑った。
「そうですよ?今のは…」
「あー、判ってる…《土の護り手》だろ?」
「知ってましたか」
 フェイは頭に手をあてがい、ふぅと軽くため息をついた。あきれたのではなく疲れを吐き出すためだ。その甲斐もあって体が少し軽くなったような、そんな気がした。
「俺が聞きたいのは…そんな事じゃなくて…」
「?」
 レイチェルは不思議そうな顔をした。真面目に何が聞きたいのか理解していないようで、フェイは少し可笑しくなった。
「君は魔法使えたの?ってこと」
 レイチェルは胸の前で手をぽんと叩く。理解したようだ。
「なるほど〜。まだ言ってませんでしたっけ…、そうです。私は魔法使えるんですよ!まぁ、【大地】に限りますけど」
「なるほど…【大地】ね…じゃ、ちょっと、一人じゃ辛いから、手伝ってもらおーかな」
 フェイはレイチェルに目配せを加えた。レイチェルは「りょーかい♪」と言って敬礼のポーズを取る。何度も言うようだが、お茶らけていても完璧に決まっている。
「壁が消えると同時に飛び出すから…後は、頼んだよ」
「魔法で援護、ですねっ!」
(なんか不安だな…)
 周囲に緊張が走る。しているのはフェイ一人なのだが。レイチェルはフェイに言われた事が相当うれしかったのかまだニコニコが顔からはがれない。
「…消えます!」
(あっ、作り出した本人は正確にわかるのか…)
 そして、レイチェルが言ってから一秒も経たないうちに壁はぱっとその姿を消した。ほぼ同時にフェイは飛び出して一気にトカゲの上まで登ってしまい、そして直上に跳躍。
 レイチェルはそれを見ると精神を集中させる。トカゲは驚いているのか迷っているのか、動きがない。アクザットがレイチェルの前に立ちトカゲの攻撃を牽制しようとしてくれてはいたが、どうやらその心配はないようで助かった。
 そしてすぐに、レイチェルの周りにオーラのようなものが出始めた。レイチェルのオーラは常人のそれに比べ、見たところかなり濃い。魔力は相当量持っていることは見てわかる。
「『全ての物を断つ力…彼の刃に宿れ!』」
 レイチェルの魔力が光となって弾ける。同時に、フェイの剣がまるで光を発しているように輝き始めた。オーラがそのままフェイの剣に乗り移ったかのようである。
(これか!これならいける!)
「さすが!行くぞぉぉぉぉ!剣技…隕華ァ!」
 そのまま降下を始めたフェイは、その勢いをつけ剣を振り下ろす。
 が、手応えはほとんどなかった。いとも簡単に獲物を真っ二つにしてしまったから、まるで空気を斬ったようだった。
「すごっ。これほどの切れ味とはね…って、そんなこと言ってる場合じゃない!」
 フェイは着地の勢いをそのまま横に飛ぶ力に切り替え、その勢いを殺すことなくレイチェルの方へ飛んだ。落下の勢いを使っているため、スピードはものすごい。この際足の痛みなどどうだっていい。
「レイ!もう一度《土の護り手》だ!」
 レイチェルを少し強引気味に担ぎ上げると、逆に飛んで今度はアクザットの方へ飛ぶ。
「わ、判りました!」
 フェイの言葉の真意を察したレイチェルは即座に魔法の詠唱を始めた。邪魔をしない程度の衝撃を心がけ、レイチェルをフェイとアクザットの間に降ろす。
「…『力、命…そして、鼓動…。大地に息づき今もなお目覚めの時を待つ魂達よ…』」
「…完全詠唱か」
「爆発しちゃいますよ!」
 アクザットは早く逃げよう、という事を主張しているようだが、この規模だと逃げても無駄だと理解していた。倒したはいいがこのままこちらも死ねば引き分け。いや、それ以下だ。
「静かにしろよ。レイの気が散ったら俺達は本当に死んじゃうぞ…」
 レイチェルの詠唱は続く。
「『我が魔力の波動を感じ取り、我が声で目覚めよ!』」
 言い終わるが先か、巨大な壁が今度は直立ではなく、三人を包むようにして現れた。そしてすぐに今までの爆発とは明らかに規模の違う音が響いた。壁に阻まれながらも尚衰えを見せない衝撃が三人を容赦なく揺さぶる。ビリビリと肌に直接衝撃が刻まれ、足は見事に笑い、直立が出来ない。支えていなければ、レイチェルはおそらく倒れてしまうだろう。レイチェルはそれもあって、今はフェイに体を預ける形になっている。心なしかにやけているレイチェルを見ると、もしかしたらわざと…なのかもしれない。
「これは…ボスっぽい死に方じゃないか?」
「そんなこと言ってる場合ですか?これ…」
「大丈夫ですよ!私が護ってますから!」
(それが不安材料なんだけど…。けど、魔力はすごいな…)
 やがて爆発の衝撃も収まり、まわりを覆っていた壁も役目を果たし、自然に帰っていった。
「さすがにすごかったな…噴火とか起こらなかっただけましだけど…」
 辺りには何もなくなっていた。地面は元々固い石で出来ているためにえぐれるようなことはなかったが、それでもそこらに切り立ってそびえていた岩や、目立つものは全てなくなっている。
「…いない…、まさか、逃がした…?」
「ん?なんか言った?」
 フェイは側で何か小さな声でつぶやいているレイチェルを見て言った。様子がおかしいと言えばおかしい。が、すぐにいつものレイチェルに戻った。
「いえいえ!さ、ボスも倒したことだし、帰りましょう!気配も感じませんし」
(気配?…トカゲのか?いや…、トカゲならまだうようよしてるだろ…。じゃあ、なんのだ?まぁ、これ以上敵はいないって事かな…)


 無事山を下り、フェイ達は事の顛末を門番に伝え、やっとの事で目的のものを買いに行く事になった。
 街のことはフェイもよく知っていたが、いろいろ安い物とかの情報をよく知っているとかで、アクザットが案内役を勤める。別に頼んではいないが、恩返しのためらしい。
「…それにしても、魔法なんて間近で見たのは初めてですよ〜」
「アクザット君は使えないの?」
「才能がないようには見えないけど…」
 アクザットはにこやかに笑っている。
「いやぁ、まだ未熟で…さっきのは何だったんですか?」
「フフ…あれはね、《大地の護り手》(ソイル・ウォール)って言ってね。大地属性の魔法なの」
 「あの壁が出てきた奴ね」と、フェイは横からそう付け加える。それ以上の説明はレイチェルがどうしてもしたいように見えたので黙っていた。
「もう一つは、《快刀》(ダイヤモンド・シェイド)って言うの。これも大地属性よ」
「大地の力で物を硬化させる…感じかな」
 実はよく知らないのだが、フェイはそんな感じだろうと思っていた。事実フェイ自身も使った事がある魔法であるから、多分間違いない。
「すごいんですねぇ…」
 アクザットは本当に感心しているようだ。身振り手振りをふんだんに言葉に織り込みながらそう言う。
「俺が見たところ、君には両方の才能があると思うよ」
 フェイは言った。これはフェイが素直に感じたままの言葉で、嘘偽りはない。それに、フェイの見立てはほとんどの場合が正しい。本人に言うのは滅多にないことだが。
「そ、そうですか?じゃあ、王国軍の兵士に…」
 フェイはその言葉を途中で遮った。
「君…親は?」
 レイチェルは目を細める。この問いがフェイの思いやりであることは彼女には判っていた。
「この街にいます。母と…二人で」
「そう…、じゃ、王国に連れて帰るわけにはいかないかな」
 フェイは優しく微笑んだ。アクザットは膨れた顔をするが、それもすぐに納める。「どうしてですか?」と、聞き返すこともしない。本人もわかっていたようだ。
「不本意かも知れないけど、まずはこの街の警備隊で腕を磨くんだな。ここの警備隊長だって、悪い人じゃないし」
 フェイはそれを言って、一瞬ルクセントの性格を思い描き、(ちょっと嘘か)と思い直すが、それは言葉にはしないでおいた。
(でも…ロックは、びびってたよな…)
「じゃあ、一人前になったら、王都に行きます!」
「その意気よ」
「あまり…、親を心配させるようなことはするなよ?」
 親、と言ったときにフェイが複雑な表情をしたのを、レイチェルは見逃さなかった。
(フェイさんにも、いろいろあるのかな…。私も少しは力になってあげられるといいのに…)
「あっ、ここ!ここですよ。ここのは品質もいいし…」
 アクザットの好意もあり、予定よりも多少安価で目的のものを手に入れることが出来た。余ったお金は、返すのも何なので客人用の布団を何枚か買って使った。結構重くなるが、それはアービン自慢の馬に頑張ってもらうしかない。
「また!会いましょうね!フェイさん、レイさん!」
「あぁ、いつか、王都でな!」
「頑張ってね、応援してるよ!」
 街の入り口でアクザットは大きく手を振った。二人も大きく手を振って返す。二人の姿が見えなくなるまで、ずっと…。









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