AWKWARD ARCADE

第八話 城下治安維持計画! 9





 深夜の城下町。『夜』の城下町を派また違った空気を醸し出している。重苦しい空気が充満し、王国からの支給品であるたいまつだけでは照らせない場所は手にも取れそうな闇が広がっている。深夜ともなれば活気付いている場所の方が少ない。

 さらに静かな場所とにぎやかな場所が隔離されているかのごとく空気が二極化している。

 人が二人歩いていようとそんな気配など周囲に瞬く間に吸収されていてしまうだろう。そんな中を支給品のランプを持ち、フェイとバイパーはメインの通りを歩いていた。

「静かだね」
「ここまで静かだだと不思議と何か起こりそうですね…。昼とは違いすぎる」

 こんなに深夜だと見えない部分のほうがやはり多く、光の当たらない部分は気配と勘でどうにかする以外にない。バイパーは勘はそこまでよくはないほうだが、気配を察知することには多少長けていた。

 そのためか、その表情はまじめ一色である。

「バイパー、体の調子はどう?」
「え?あ、ああ、良好だよ。毎日少しずつ鍛えてるし…」

 天に向かってこぶしを上げ全身に力を入れてみせる。元の体の弱かったころのバイパーを知っているフェイはしみじみと感動を覚えた。

 バイパーの言う少しずつというのは言葉のあやで、実際のところはかなりの運動量のはずである。毎日へろへろになるまで訓練につき合わされても、今のバイパーは次の日までその疲れを持ち越さない体力を持っていた。

「来た当初は顔色悪かったもんなあ」
「そ、それはいわないで…」
「クリューガーの特訓の厳しさだね。俺もたまにやるからよくわかるよ…」

 そして顔を見合わせて笑った。なんというか、今の状態はほとんど警戒していない常態といっていい。というのも二人にはわかっていたようだが、それでもいいかな、とかそういう気持ちがわいてきていた。ゆっくりとメインの通りを歩いていき、周囲を見つつ進む。

「酒場はどこもいざこざすらありませんねえ」
「…ま、それならそのほうがいいんじゃないかな?」
「ごもっとも」

 メイン通りから少し外れた細い道、王都のメイン通りに比べるとすこし白さに欠ける道だ。その中を二人は先ほどと同じくゆっくりと歩いていた。

「…ん」
「どうした、バイパー?」

 突然バイパーが足を止め、進行方向ではない方向を向きながら声を発する。少しトーンの低い声でフェイはバイパーに様子を聞くと、バイパーは指で口を閉じるように指示を出した。まるで立場が逆だ。

「…なんか騒がしいですね」
「え?」
「こっちです!」

 バイパーは急に走り出し、さっきまで歩いていたのメインの通りのほうへ駆け出した。バイパーの持つランプが激しい音を出し、がらんがらんとなっている。

「え?え?」

 バイパーの表情が見えなくていまいち状況のつかめなかったフェイは促されるままバイパーの後ろについて走る。足に自信のあるフェイでもスタートでつけられた差を縮めるにはそれなりに苦労した。ちょうど追いついたと思ったときには、バイパーの足はすでに止まっていた。

「ちょっと何やってんスか!!」
「…いやお前が先走ったせいだろ今の」

二人の目の前に現れたのは、私服姿の二人。銀髪でツンツン髪の目つきのきつい青年とくたびれた感じの同じく銀髪の中年男性だ。見知った顔だった。

「ロメオさん…」
「クリューガーさん!?」

 フェイとバイパーは同時にそれぞれの名前を呼んだ。その声でようやくフェイ達に気が付いた二人はこちらのほうへ歩いて近づいてきた。クリューガーはかなり熱くなっていたようだが今はもうすっかり冷えているように見える。

 ロメオはいつもどおり、冷静というかやる気がないというか。

「きぐう、だな、なっ!」

 そういってバイパーの背中をバシン!と叩くのはクリューガー。言葉の歯切れがどうもよくない。

「こいつが俺んとこに頼んできてな。一緒に見回りしてくれないか、ってよ」

 その言葉でクリューガーの表情が一気に変わる。歯を見せて目を開いて、ランプの火のせいかどうかわからないが顔が赤く見えた。

「はあ、なるほど…クリューガーさんがねぇ…」
「わ、悪りーかよ。俺だって第二十七番小隊だぜ」

 納得しないバイパーを前に子供が言い訳をしているかのような表情と仕草でクリューガーは言った。

「ああ、ありがとう…クリューガー、ロメオさん」

 ちょっと泣きそうだったが、フェイはぐっとこらえてお礼の言葉を発する。声が少しくらい震えていたかも知れない。もしそうだったとしてもおそらく気が付くのはナードくらいのものだろうが。

「ところで、今は何を?」
「いや、らしき奴等を見つけたんだが、接近する前にこいつが」
「違いますよ!ロメオさんが出るの遅れて逃げられたんでしょうが!酒なんて飲んでっからですよ!」
「ば、馬鹿野郎!お前酒の一杯がどれだけ重要かわかってるのか!最後の一滴まで飲み干さねばならん!」

(どっちもどっちか…)

 フェイは二人を言葉で制してとめようと思い、口を開きかける。と思ったらその状況を見かねたのか、静かに見ていたバイパーが二人の間に入ってとめようと試みた。

「や、やめてください!こんな街中で…」

 気が短い奴を相手にしていて、言葉で制するならわかるがまさか真ん中に入るとは…とフェイは思い、しかし手は出さずにその成り行きを眺めていた。

「うるせェェ!!」

 結局バイパーは殴り飛ばされ、その二人の喧嘩空間から追い出されてしまった。

(やっぱなー…)

「な、殴ることないのに…」
「ほらほら、二人とも今日はもう逃がしちゃったし帰りましょうよ。今日失敗したからもう来ないかもしれないし」

 隊長の貫禄、というかなんと言うか、フェイがニコニコと笑って仲裁に入ると場の空気は少しずつ解けて冷えてきた。クリューガーは人差し指を折りたたみ、ロメオは上げていた手をゆっくりと下げる。そして二人同時にフェイの顔を覗き見た。

「悪かったよ」
「チッ…帰るか」

 眉間にしわを寄せ、しかめっ面を作りながらクリューガーは城の方へ歩いていく。チラリと横顔が見えたとき、心なしか口元の端は上がっているように見えた。

「俺飲みなおそうかなあ」
「まだ飲むんスか!?」

 槍を背負った肩がつりあがる。逆に馬鹿でかい剣を背負っている背中から伸びる銀のトゲトゲは斜めに傾いた。

(お茶目な人だな…)

 そう言いながら暗い中を歩いていく。フェが見ていていまさらながら気がついたことだが、驚いた事にロメオとクリューガーは他の小隊のランプを所持していた。

 そうまでして見回りに来てくれたのはやはりフェイにとっては目頭が熱くなるものがある。

「だ、誰かいます!」
「あ?っせーな…うおお!?」

 暗がりから何かが飛来する。幸いバイパーの叫びによってその方向へ注意を向ける事が出来たクリューガーは右手を素早く顔の前に置き、後ろに飛びながらその物体を掴み取った。

(す、すごい!さすがクリューガー)

「何だこりゃ?矢か?…まさか」
「この泥棒!少しはやるようだけど次はそうはいかないわよ!!」
「うあああ!や、やめろやめろエリザ!俺だ俺!」

 エリザの姿は見えない。明かりもともしていない所を見るとかなり本格的に狙っていたらしい事は伺える。殺気のような空気は消えない。

「俺って誰!?あんたなんか知らないわよ!」

 仕方無しにクリューガーは足を少しだけ開き、攻撃をうける態勢をとった。いつも攻撃的なクリューガーにしては珍しい。

(あれ?混乱してるのかな?)

 エリザに対してフェイはそう思った。もしかしたらいくらクリューガーでも第二社をかわしきる事はできないかもしてない。エリザも本気だ。なぜか。

「エリザさ〜ん。隊長ですよー」

 フェイはあえてその中をニコニコしながら自分の顔にランプを近づけて手を振った。正直見えているかどうかは定かではない。それでもやるしかなかった。部下同士を無駄に争わせるわけにはいかない。

「た、隊長?」

 相手がフェイだと分かったエリザはどうやら弓に矢を番えるのをやめたらしかった。それは雰囲気で分かる。

 闇に溶け込んでいたエリザは次第にその姿を見せた。黒いマントのようなものを身にまとい、エリザ特有の強弓を背中に背負い、その手には小さな弓が握られている。二つ弓を持っていたらしい。

 顔をうつむけて上目遣いにフェイを見ている。言葉につまっている様子で、「うー」とか「あー」とか言っては言葉を続ける事が出来ないでいた。

「テメェ俺に当たったらどうすんだよ!」

 沈黙を破るように、いやおそらく本人は意識していなかったとは思うが…沈黙を破るようにクリューガーが大声を張り上げた。深夜であることなど今のクリューガーの頭にはないらしい。

「アンタなら避けられるでしょ」

 エリザは顔をうつむかせながら小声で言う。言われた本人としては喜んでいいのか、それともさらに攻め立てるべきか。…そういうことでクリューガーは「そうかよ」と言って言及を避けた。

「エリザさん、ありがとう」

 そういわれて、エリザは顔をはっと上げる。

「あれ、隊長?」
「いや、嬉しくてさ…」

 フェイは目の辺りを手でこする。察したバイパーはフェイの肩に優しく手を置いた。

「チッ…」
「アダルトメンバー集合、だな」
「ロメオさんだけでしょ」
「うるさい」

 フェイの周りではいつもの会話が当然のように行われていた。深夜でみんな休む時間帯だと言うのに、こうして普段どおりの空気で自分に接してくれる…それが嬉しくて。

 嗚咽まで漏れる。

「泣き虫さんなのねぇ、隊長ってば」
「す、すいません、ね…」
「あーもう喋んなくていーっスよ!」

 頭をかきながらクリューガーが言った。それを見たロメオとバイパーはニヤニヤ笑っている。

「な、なんだよ」
「素直じゃありませんね。クリューガーさん」
「なっ!…殴るぞ?」

 腕を振り上げる、するとバイパーはフェイの方から手を離して自分の頭に当てた。

「ひゃ!ご、ごめんなさいー!」

 クリューガーは「ふー…」と長く息を吐いて、上げた腕をゆっくりと下ろす。そして、
「バーカ」
 と言って背中を向けてすたすたと歩き出した。

 残りの皆もそれにつられて歩き出す。視界が遮られていたフェイは再び乗せられたバイパーの手によってゆっくりと促されて歩いていく。フェイはまさか二夜連続で深夜勤務になるとは、このときはまったく考えていなかった。





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