AWKWARD ARCADE

第七話 死神の鎌 1





第七話 死神の鎌


 午前――、太陽も出ていないような薄暗い朝。ルイル村。火山での一件も何とか片付き、フェイ達は村に帰ってきて、休息をとっていた。台地はまだ眠りについたように一陣の風も吹かない。
 …と、村の一角のある一軒の家の影に、動く者の姿があった。大きく背伸びをしてそれもまた大きく息を吸う。体全体に一瞬で酸素を充実させるがごとく。攻撃的な髪の毛は重力に逆らうようにして立ったりあるいは重力に従って地に落ちたりとして、どうにもくせがある。
「…まだ、俺には力がたんないな」
 小さく、弱音を吐いてみる。だが、それを慰める者はいないし、咎める者もいない。村全体が未だに夢の世界に落ちているからだ。この時間、起きている方が珍しい。さすがに農作業を生業としているライツ夫妻や他の面々、酪農や家畜を生業としているアービンも達もまだ起きてこないのだから、命の息吹は完全に落ち着いている。
 薄先の方の視点なら少しもやのかかる程度の霧の中に何度も反射された光を浴びる一つの影が微妙に動き、森の中へと進み始める。
「…行くか」
 かがり火の中、うっすらと浮かぶ景色を見、彼――フェイ・ランライトはここよりもさらに暗い森へと足を運ぶのだった。自分に足りない力を求めて。
「…!」
 森の中には、いつも通りの闇と、森が森であるための木々…そして、決して大きくない虫の数々――だけが、あるはずだった。が、フェイの第六感に強烈に語りかけるものがそこにはあった。レイチェルの時とは違う何か。
 人とは思えぬほどの黒く、暗い力。
 闇すらも覆い隠すと錯覚させるほどの力…、フェイはもとより魔法の才はほとんどない、とはいえ、この力はそのフェイですらはっきりと感じ取れる。
 気配はない。が、むき出しの殺気と魔力が、『そいつ』が近くにいることをフェイの頭脳に直接送り込む。
(いつもと同じように剣を持たずに来なくてよかったな…。俺の向上心に感謝…かな?でも、運が無いなぁ…。しかし、これ人間か?)
 一応、フェイはこちらが気付いていない風を装い、森の中へ一歩一歩慎重に踏み込んでいく。相手はフェイの見かけにだまされているのかいないのか、何もせずにどこかに潜んだままだ。気配が感じられない以上、こちらから仕掛けることは不可能だろう。殺気の充満のせいで気配が感じ取れないのかも知れないが…それでも、気配を殺す術にはたけているようだ。
 相手からはまず間違いなくこちらの姿は見えているだろう。先ほどと比べ、殺気がさらに充満してくる。それから見ても、フェイを狙っているのは間違いない。どこにいるのだろう、と考えているうちに額に汗がにじんできた。しかし気付いたと見られたら確実な手段を使って先手を取られる、こちらがよそうもしていないような手段で。今ならまだ正面からくるということも考えられるから、対処のしようもあるというものだ。何より逃げられたらかなわない。
(参ったな…)
 歩きながら、様々な思考を巡らせていると、不意に森の奥から声が聞こえてきた。それは紛れもなく先ほどまでの激しい殺気をまき散らしていた張本人である。そしてそれは、フェイの巡らせた思考が全て無駄になったことを示していた。
「フェイ・ランライト!」
 フェイは声のした方向を見る。と言っても正面にいたので、少し顔を上げただけだが。
「な、なに…?」
 出てきた人物は…女の子だった。フェイと同じようなヘアバンドをしていて、髪もまたフェイと同じくトゲトゲしているようだ。片側の髪を結んでいるようで、それはかわいさよりは攻撃性を強調しているように見える。だが、色は不思議で、ほとんどが白色の髪をしているのだが、先端だけが黒い。おそらく、地毛だろう。
(なんか…違う)
 切れ長の目で少しきつい感じもするが、幼さの残る顔立ちは、まだかわいいと言える顔だ。が、そのかわいい顔とは裏腹に、その手には大きな…フェイにとっては初めて見る、大きな鎌が握られている。狙うのは――フェイの命か。
「レイチェルをたぶらかしたのは…お前か」
 声は通っていて、フェイのように肝っ玉が座っていない奴…例えば、ロックなどがこれを聞いたらまともに立てなくなるとまでは言わないまでも、結構精神にくるのではないだろうか。いや、フェイは気にかけないだけだ。
「え?レイ?」
 フェイの緊張感はピークに達するが口を突いて出る言葉はなんとも間抜けだ。
「問答は無用だ!行くぞ!」
 その女の子は勢いよく地面を蹴り、一気にフェイとの距離を縮める。かなりのスピードだが、フェイにとってはそれほどでもない。
 そして大きく振りかぶった鎌を軽々と片手で横に振った。まさに殴るかのように。
 フェイは左腰に差してあった剣を左手で、刃の半分ぐらい抜いて、軽く右手を添えた。それだけで十分なはずだ。それ以上のアクションを取れる余裕はない。
 大きい鎌の刃はフェイの剣に阻まれ、後少しの所で止まる。と、フェイは間をあけずに左足を軸にしてくるりと回り、その回転を利用して右足で横腹に狙いを定めて蹴りを入れる。
 しかし、女の子はフェイの足に左手を乗せてふわりと空中を舞った。フェイの右足は標的をとらえることなく空を切る。フェイは何とか踏みとどまってバランスを崩すことはなかったが、まさかかわされることになるとは思っていなかったろう。
「問答無用ってさ…聞いたの君でしょ…」
「次ははずさん…」
 ふぅ。フェイは軽くため息をついた。
(これはまずいな…。うん。これはまともに戦っても勝ち目はなさそうだぞ…どうしようかな…。そうか、逃げればいいのか。…待て待て)
 鎌を構え直し、そして踏み込みながら女の子はその華奢な体つきからはとうてい想像できないような斬撃を繰り出す。フェイは飛んでかわし、そのまま樹上へ避難した。大降りであるために第二撃はすぐには繰り出せないだろうが、あの手練がそんな簡単なことを見逃すはずもない。
「…!」
 フェイは声にならない声を上げた。女の子の体の回りにオーラが出始めていたのだ。それは彼女からひしひしと感じていた黒い魔力であった。フェイを樹上へ避難させたのはあちらの思惑通りだったのだ。
(臆病者…か。に、逃げすぎた…)
「ふふっ…『空裏に隠れた闇…、光ある世界へ動き出せ!』」
 言い終わると同時に、彼女の周りを取り巻いていた影が動きだし、一本の棒状のものになった。まるで影が生き物になったかのように、グニャグニャとうごめいていて気持ちが悪い。
 やがてその『物』は針状の物へと変化した。今度は、グニョグニョしている印象は全くなく、刺さったら痛いどころの話ではなくなるだろう。そして、ある程度の速さを伴い、それは動き出した。言うまでもなく、標的はフェイである。
(《黒の奇襲》(ステアー・シャドウ)か…厄介だな)
「…くっ!」
 フェイはあえてぎりぎりまで引きつけてかわす。この魔法は自動で相手を追跡できるような便利なものではない。使い手本人が操作して標的をとらえるものだ。つまり、ぎりぎりまで引きつけてかわせば、次の一撃までに一瞬ではあるが隙が生じるはずである。
 これは、並外れたスピードと目を持つフェイにしかできないような芸当であることは、誰が見ても明らかであった。それほどにこの女の子の魔力は高い。スピードが速すぎるのだ。
「なっ…!」
 しかし、隙などは生じなかった。黒の奇襲の一撃目は完全に引きつけてかわした。さらに付け加えるなら、その針先は標的をはずし、一瞬の遊泳をしたのだ…が。
 影からもう一本の針が出てきた。完全に意表をつかれ、隙だらけのフェイではあったが、そこは戦闘のプロ(?)。何とか次の枝への着地以前にかわすことは出来た…否。『致命傷を避けることが出来た』…と言った方が正しい。
「や…るな…!」
 フェイの横腹からは少量であるものの、出血が見られる。今の奇襲で受けた傷だ。致命的な一撃にならなかったのはフェイ自身自分をほめたいところである。それほどに危険な一瞬であった。
(引きつけてかわしたのが…あだに、なったか…)
「あの一撃をかわすとはね!さすが、ってところか?」
(次は二撃目だ…)
 針は再び一本に集中し、フェイをめがけて一直線に飛ぶ。フェイはなるべくつかず離れずの距離を保って、反撃のチャンスを待った。
「逃げてるだけで、勝機がつかめるとでも?甘いね!」
「…」
 フェイはなおも猛進を続ける針の奇襲を変わらないスピードでかわし続ける。疲労の色は見えない。むしろ一撃を与えられたことによって冷静さが増したと言える。
(しかし…、あれほどの魔法を使うとはなぁ。人間の域を越えてるんじゃないのか?レイチェルもそうだけど…)
 フェイの考えは見事に的を射ていた。普通の人間では、針の横から新たな針を出すなどということはあまり考えられない。魔法を起動し、その魔法を操作している状態で、一方向以外の方向に攻撃を加える、というのはかなり難しいはずだ。一度に二つのことをしているのと大差ない。
 相当な精神力と思考力を必要とするはずである。それに、魔力も。しかし、これはあまり考えられないと言うだけで、やろうと思えば一応不可能なことではないはずだ。
 しかし、この少女の魔法は、そこだけが問題ではない。
 魔法の起動時間が長すぎる。操作する系統の魔法を起動するのには、実はあまり大量の魔法力を必要としない。だがしかし、魔法の維持と操作に関しては、それぞれ前者には魔力が、後者には精神力が不可欠となる。
 起動時間が長いということは、常に魔法力と精神力が使用されていくその時間が長いと言うことだ。水道の水を流しっぱなしにすることにたとえるとわかりやすいかも知れない。通常ならば、あまり長い時間を要してわざわざ一発で魔力が切れる、と言うような状況は作らない。
 …と、これが当てはまるのならば、この少女の魔力限界、及び精神力が逸脱して高いということになる。
「な、なんて…魔法力と…精神力だ…」
 フェイはそう思いながらも、しっかりと距離を取ってかわす。しかし、フェイが次の枝に飛び乗ろうとしたとき、事態が動いた。
「そこだっ!」
「…ん?」
 フェイが飛び移っている最中、つまり空中にいる時間を狙い、少女が飛び出してきたのだ。魔法起動中はあまり派手な行動は出来ないのだが…、しかし、これは簡単な問題だった。もともとこの魔法の目的はフェイのその行動を導くための囮。だったに違いない。
 魔法の起動維持を破棄。そうしたまでのことだった。
「…混一・秘剣…」
 フェイはにやりと笑った。剣には薄いオーラが出ている。もちろん、薄いのはフェイの魔力が低いためだ。我ながら情けない、とフェイは思った。
「…『飛角』!」
 フェイは剣を大きく振った。と、次の瞬間、少女は悲鳴を上げる暇もなく地面に落ち、動かなくなった。もちろん、剣で切ったわけではないので、死んだと言うことではない。
「…ったく、手間かけさせてくれる…、いってぇ…!!…受けた傷も、そんなに浅くないな…。早くかえんなきゃ…レイにこいつのことも聞かなきゃいけないし…」
 フェイは地に落ちた少女を静かに抱きかかえると、痛みの残る横腹をかばいながらふらふらとした足取りでゆっくりと戦場を後にした。





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