AWKWARD ARCADE

第七話 死神の鎌 2





「あっ…!」
 家に帰るなり、レイチェルはフェイに抱えられている少女を見て声を軽く上げた。レイチェルははっとしてフェイの方を見る。しまった、と言った感じの表情だ。
「…この子、レイの名前を呼んでた。…知り合いかな?」
(ま、深くは聞かない方がいいんだろうけど…少しくらいはなあ)
 フェイはレイチェルの心情の変化を敏感に察知し、それ以上は何も言わずに寝室へと歩いていった。レイチェルの方も何も言わずにフェイとその少女の行方を見守っている。申し訳なさそうに眉間にしわを寄せている姿は珍しい。フェイトしてもそんな表情はそう見たくなかった。
 大きな部屋を歩き、フェイ達のいつも使っている寝室へとその少女は運ばれた。その少女は意識をまだ失っていて、今のところ起きる様子はない。しかし、フェイの魔力も大したことはないので、いくら不意打ちまがいの攻撃だったにしても、目を覚ますのは時間の問題であろう。打たれ弱いとはどうしても見えない。
(う〜ん…。さて、どうしたものかなぁ……)
 フェイはちらりとレイチェルの方へ視線を送る。その視線に気が付いたレイチェルはさっと視線を逸らした。そしてもう一度フェイは少女の方へ目をやってみる。
(…そろそろ起きるだろうな)
 フェイは一度軽くため息を吐いて、そしてまた小さく気合いを入れ直した。レイチェルは少し目を見開いてそれを見ている。見たところ、少し不安と、困惑が入り交じっている視線。
「んじゃちょっと、水でも汲みに行ってくるよ。その子、頼んだよ」
「あ…」
 フェイはにこりと笑って、水を汲むための桶を二つ、物置から取ってくるとそれを担ぎあげ、片手をひらひらと振る。
 レイチェルはうつむいて、本当に小さな声で「…ありがとうございます…」と言った。うつむいてしまっているのでその表情はわからない。が、どんな表情をしているかはフェイにはわかっていた…故に、後ろを振り向くことなく静かに家を出ていった。
「…あんなに素性の知れない人間を家に置いていていいのかね…」
 フェイはゆったりとした歩調で村の外にある小川へと向かっていった。言ってはいるが正直のところそこまで気にかけてはいないのが実状なのが問題だが。

「…ぅ…」
 うめき声。どうやら目を覚ました様子だ。……その少女の横には側で静かにたたずんでいる緑色の髪の少女がいる。ベッドに横たわっている少女は、薄く目を開いた。そしてすぐに体を起こし、まだ少し虚ろな視線を周囲へ振りまく。どうやらほかに人影は無い。周りを囲む木…家の中。体にかかる重みと体の下の柔らかい感触…布団。
 今まで側で静かにたたずんでいた緑髪の少女は、まるで全てを包み込むかのような優しい笑顔で今しがた目を覚ましたつんつん頭の少女の方を見、そして一言、言った。
「大丈夫?」
「レイ…チェル…。この布団は、レイチェルが……?」
 レイチェルは静かに首を振った。その表情は今のところにこにこしている。だが自然ではどうも無い。
「そうか…、あの人間が…。無様だね……」
「そうじゃないでしょう?」
 レイチェルは少し引きつっているようにも見えた。様子が変なのは……誰が見ても明らかであろう。
「い、いや、すまない……。悪かった。いきなり襲いかかったのは……私のせい…よね」
 レイチェルはにこにこ顔から普通の表情に戻り、息を軽く吐いた。もともとの理由がレイチェルのためだと本人もわかっていたし、そこまで怒るわけにもいかない。
「フェイさんに何かあったら…」
 言いかけて、言いよどんだ。理由は、わからない。レイチェルは最後まで言えなかった。
「それはわかるけど…、しかしレイチェル…」
「わかってる…もうかなり開いてるんでしょ?」
 少女の方はもうほとんど意識がしっかりしているようだ。焦点もしっかりしている。
「そうだな。私も禁術を使わずに来れたぐらいだからね…もって後十年…」
 少女は、言ってて気が付いたのか、その言葉に付け加えて言った。
「このことは奴に?」
 レイチェルは少し口をつぐんだが、すぐに意を決したように口を開く。隠していても無駄だし、今相談できるのはこの少女程度のものだ。
「まだ…」
「まだ…?そうか、しかし…」
「でも、クリエスちゃん…!」
 レイチェルはそのクリエスと呼ばれた少女を真剣な眼差しで見つめる。よほどの事情があるのだろう、瞳に涙がたまっている。というより、潤んでいる。
「わかったよ。わかってる。とりあえず様子を見てみよう…。あの人間は、何か他の奴らとは違いそうだし…レイチェルが気に入るのもわかる気がする…な」
 レイチェルは刹那の時間を理解に使った後、一気に顔を赤くした。手をばたばたさせながら瞳孔も開いてしまって、付け加えるなら落ち着きを失っている。
「わっ、私はっ…!そんなんじゃ…!」
 レイチェルの真っ赤な顔が緑の髪とひどく対照的で、可笑しい。と、おそらくそれだけの理由ではないのだろうが、クリエスは声を上げて笑った。
「フフ…。私もそんなつもりで言った訳じゃあないんだけど…」
「うぅ。ひどいよ〜」
「まぁ、とりあえずは様子見だな…。まだあったばかりでは人間ごとき……信じられん」
 誰もいない窓の外に向けられたその視線は、およそ女の子とは思えないほど鋭く、そして厳しいものだった。

 光の反射が、辺りを照らす。それでなくても明るいのに、その反射でさらに眩しい。周りに光を遮るものがないため、小川のほとりで重そうに桶を抱えている青年は、目を細めている。
「……」
 青い髪つんつんした髪を濃い青緑色のバンダナで止め、服は暑い時期(この村では)のために薄い。年の頃は十八から九と言ったところだ。
「…重いな」
 辛そうな言葉とは裏腹に、薄く笑った顔をしている青年、フェイ・ランライトはそう呟いた。水が満タンに入っているところを見ると、彼の両手にしっかりともたれている取っ手付きの桶は相当な重さに違いない。だが桶自体は地についているため、まだ本格的な重さには至っていないはずだ。
「ふぅ…。そろそろいいかな…」
 フェイは適当な場所に腰を下ろしながら時間をつぶしていた。それはフェイの心遣いからの行動なのだが、正直、今自分の家に起こっていることに興味はある。それでもフェイはレイチェルのあんな態度を見ると、どうしても一歩踏み込んだ質問や詮索するようなことは出来なくなってしまうのだ。
「何者なんだろう…。あの黒い魔力から見て、ただ者じゃないと思うんだけど…。と言うより…」
 フェイはそれ以上は口には出さなかった。周りに誰もいないのはフェイにもわかっていたが、口に出すのは何故かためらわれからだ。
(あの物腰…本当に人間か?)
 フェイはただならぬ雰囲気を彼女に感じていた。それはフェイの洞察力と、実際に対峙してみての結論であり、フェイ自身の意見程度のものなのだが…。
「しかし…強かったな…。もう二度と同じ手は通用しないだろうし、本気で魔法をかけられたら、逃れる自信はないな…」
 フェイはそこまでで思考をやめた。ぐずぐずこんな所で独りよがりの思考をめぐらせていても答えにたどり着ける道理はないし、見た目だけで判断するにはまだ早すぎる。フェイの場合見た目だけでわかってしまうことも多いのだが…。
「まぁいいか…とりあえず戻ろう……」
 「るぁぁ!」と気合いを入れ、フェイは桶を持ち上げる。無駄な体力をを消費しないよう一気に持ち上げて、フェイはそのミスに気がついた。
 …その後フェイの横腹からは血が盛大に噴き出し、声にならない悲鳴がこだますることになるのは、言うまでもないだろう。




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