AWKWARD ARCADE

第七話 死神の鎌 3





「ただいまぁ…やっ、と…家、か…」
 フェイはふらふらとした足取りである。何が原因かは言うまでもないことだろう。中では先ほどの少女とレイチェルがくつろいでいた。フェイの家に意味もなく置いてあったソファが、初めて役に立ったようである。自分柄座ることも稀だ。
「フ、フェイさん?」
「あは、は……」
 そうして音もなくフェイの足は崩れ、その場に倒れ込んだ。ドアの外には水がなみなみと入っている桶が二つ。どうやら意地と気合いだけで持ってきたらしい。
「フェイさん!どうしたんですかっ!」
 レイチェルは訳も分からずにフェイに駆け寄り、大声でその名を呼ぶ。が、当の本人はとっくに気絶していて意識はない。血は溢れているがどうやら今は小康状態のようだ。
「…あんなものをこの傷で運んできたのか…。大した奴だな…こいつ…」
 クリエスは外に置いてある桶を見て言った。よく見ると血は一滴も混じっていない。どんな運び方をしたのかはわからないが、相当努力したに違いない…がする意味はあっただろうか。
「…そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!手伝って!」
 レイチェルはフェイの阿多兄手をかけながらそばで独り言をぶつぶつとつぶやいているクリエスに向かって叫んだ。クリエスは一瞬だけ考え込んだ様子を見せたがすぐに思い直したように外に向けていた首をレイチェルのほうへ向ける。
「……。わかった。私も一応、生かされた立場だし…」

 …しばらくして、フェイはベッドの上で目を覚ました。良い香りがするのはおそらくあの少女が寝ていたからだろう、ともやもやが盛大にかかった頭の中で漠然と思った。
「フェイさん?目が覚めましたか?」
 フェイは首だけを動かして周囲を見る。その視界には、部屋の隅で立っている先ほど対峙したツンツン髪の(人の事はいえないが)女の子の姿が見えた。
「…手間をかけさせたね。ありがとう」
 フェイが自分の後ろに視線を送っているのに気が付いたレイチェルは、その視線に促されるようにしてクリエスを見る。クリエスはばつの悪そうな顔をして、そして二歩ほど前に詰め寄った。
「…礼はいい。私の方こそ、いきなり襲いかかって悪かった」
 フェイは、クリエスが構えて言葉を発していると、すぐに気が付いた。何より彼は人間観察が得意な人種なのである。
「いや、気にしてないと言ったら嘘になるけど、気にしないでくれ。何らかの理由があったんだろう?」
 フェイはふっと笑って、レイチェルの方を向く。クリエスに言葉をかけて反応を見てみたが、反応は無し。…どうやらかなり警戒されているらしい。
(ま、それは相手も同じだろ…ううん、厄介だなあ)
「レイも、ありがとう」
 フェイの礼に、レイチェルは優しい笑顔で返した。
「紹介が遅れたが、私の名前はクリエス。レイチェルとは旧知の仲…だ」
 対峙していたときの殺気は嘘のように消えている。レイチェルに何らかの形で言いくるめられたか何かしたのだろう。が、その目にはまだわだかまりが残っているのはフェイにはわかっていた。
「わかってると思うけど、俺はフェイ。よろしく」
 あえてフェイは握手を求めることはしなかった。おそらく出しても相手は応じなかっただろう。…というより正直手を出すのも痛くて億劫だ。
「クリエスちゃんは昔からよく遊んでたんですよ!」
 とレイチェル。しかし…
「……悪いけど…一人にしてくれないか?」
 フェイはまだ意識がもうろうとしていた。
「す、すいません…」
「ごめんね…」
 フェイはそのまままた静かに目を閉じる。レイチェルは心配そうな顔をしていたが、それに対して何か言うことは出来なかった。フェイは本当に意識を失っているのだ。思ったより、傷は深かったらしい。血が流れすぎたのかもしれない。
「行こうか、クリエスちゃん」
「…ああ」
 クリエスは最後に横目でフェイを見、刹那の後に部屋を静かに出て行き、遅れてドアがばたんと閉まった。

 …そして、夜。
 静かな広い部屋に寝息が一つ。それ以外の気配は感じられない。フェイにベッドを預けたレイチェルのベッドである。それでもしっかりと布団が敷いてあり、そこでフェイは静かに睡眠に入っている。
「……」
 キィ…。と、ドアがきしむ。フェイの寝る寝室のドアを開ける音だ。中にはベッドが一つあり、そこには人の気配とそれを証拠づける膨らみがあった。
 ドアを開けた主は一歩一歩気配を完全に断ちながらフェイの寝る場所へと歩み寄る。そして、その顔を覗き込んだ。
「(…寝てるか。不用心な奴め…)」
 その顔が月光に照らされる。特徴的なつんつん頭、クリエスであった。月の光とその赤い眼光が対照的で恐ろしくすらある。
 クリエスは音もなく息を大きく吐くと、そのまま部屋を後にしようとする、が。
「…俺に何か用かい?」
 不意に後ろから声が聞こえて、立ち止まった。
「起きていたか…」
 観念したようにクリエスはまたフェイの方へ歩み戻る。フェイの方も身を起こして対応した。
「…体の方は平気なの…か?」
 クリエスは微笑をおりまぜて言った。さげすみのニュアンスが含まれているのは、フェイにも気が付いた。それに、構えたしゃべり方もまだ続いているようだった。
「おかげさまで。君の方は…平気なようだね」
「私も鍛え方が違うのさ」
 そしてクリエスはベッドに腰を下ろした。フェイの背中に感じた感触から推察するとクリエスの体重は思ったほど重くはないようだ。
 クリエスをよく見てみると、目つきは厳しいものがあるが、幼さが残る顔立ちをしている。それに、こうして月光を浴びる姿は、それはひどく幻想的で、その物腰にぴったりだ。とても絵になっている。
「君たちは…」
「!なんだ?」
 フェイはいつも疑問に思っていたことを素直に口に出してみた。それは答えを聞くためのものではなく、フェイ自身の好奇心を満たすまでのことだったのだが。
 今の言葉に対する反応は興味深いものだった。クリエスの物腰が少し崩れたような気がする。
「君たちは…人間なのか?」
「どういうこと?」
 一瞬、クリエスの人格の一遍を見た気がした。おそらく、しゃべり方が一瞬だけ素の自分に戻ったからだろう。クリエスも「しまった」と今にも言い出しそうな顔だった。
「雰囲気というか…。君たちは、どうも人間より上の…感じがする」
 クリエスはまた驚きの表情を見せた。以外と表情豊かな人間なのかも知れない。しかしそれはすぐに引っ込んで、今度は穏やかに笑った。そんな表情も非常に絵になる。
「さすがだな…。レイチェルが見込んだだけはある…か」
 フェイはクリエスを見つめ、次の言葉を待つ。最初はそんなつもりはあまりなかったのだが、もう少し。
「まぁ、気が付いているなら言ってもかまわないだろう…。確かに、私たちは人外の者といえる存在…だ」
「…そっか」
 フェイはうっすらと微笑んでいる。驚いた様子は特にない。
「驚かないのか?」
「…いや、驚いているよ。でも、やっぱりそうだったのか。じゃあ君たちは…」
 クリエスは今までの視線を逸らした。目を細めている。
「…言えないか。でも、今日は一歩前進かな」
 クリエスはまた驚いた表情でフェイを見る。
「なんだって?」
「君たちのことを知れて…ってことさ」
「…深くは聞かないのだな…」
「言えないのなら仕方ないさ」
 クリエスはまた視線を落とした。何かいろいろと思考を巡らせているのがわかる。フェイはしばし沈黙した。
「すまない。私の口からはこのくらいしか…言えん」
 フェイはにこっと笑った。話してみれば、クリエスもいい子なんだな…、とフェイは思った。
「お前のような人間もいるとは…しかし」
「?」
 クリエスはすっくと立ち上がる。そしてくるりとフェイの方へ回転した。その表情は…晴れやかである。フェイはちょっとどきりとした。
「昨日の勝負はまだついてない…」
「まぁ確かに、不意打ちのようなもんだったし…ね」
 フェイは頬をかきながら言った。
「決着をつけよう。全てはそれからだ…」
 フェイは苦笑いである。あんな強い相手ともう一度戦うなんて正直言って勘弁だ。しかし、フェイは自分の心の中に、決着をつけたいと思う気持ちがあることにも気が付いた。
(強い相手と…戦う。俺の臆病な精神も…叩き直さなきゃな!)
「いいだろう。だけど今日はしんどいからね…。明日でいいかい?」
「フフッ、楽しみだよ。認めたくないが、お前はなかなかやる…」
「お褒めに与って光栄さ…でも、君はもっと強いだろ?」
「それは明日わかるさ…お休み」
 後ろを向きながらクリエスは言った。
「あ、あぁ…お休み」
 フェイは面食らった顔をしている。クリエスの方からそんな事を言うとは予想だにしなかった行動だったためだ。
 フェイは一息ついて窓から外を見る。外には大きい山々が見え、空は月の明るさを映し出すように薄く明るい。フェイの心は自分でも不思議だが昂揚していた。外の静かな風景を見て気分を落ち着かせようとしたのだが、フェイの胸の高まりはなかなか収まる気配を感じさせず…、そして気が付いたら、夢の世界に落ちていた。




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