太陽の薄暗い光で、足元は何とか確認できる。が、足取りは軽やかではない。それどころか、ふらふらとして不規則である。無理もない。まだ体は起ききっていないのだから。それにまだ昨日の傷も少し痛んでいる。 フェイが起きたとき、まだ他の二人は起き出していなかった。フェイはそろりそろりと二人の寝る布団とソファへと近づいてみる。フェイがいくら怪我人だったとはいえ、二人には悪いことをしたと思う。女の子をソファで寝かせるとは我ながら情けないもので、フェイは心の中で二人に頭を下げた。 幸い、二人はフェイが近づいても起きることはなかった。静かに寝息を立て、その姿はまるで無防備だ。クリエスに至っては昼のあんな強かった姿が嘘のように静かで、可憐さまで見え隠れする。 「…(寝てるな。起こしても良いけど…もう少しくらいいいかな)」 レイチェルはソファに寝そべっていた。フェイが察するに、おそらくレイチェルが気を利かせてソファに寝たのだろう。あのクリエスに納得させるとは、以外と頑固な一面もあるのかも知れない。それともクリエスが頭の上がらない理由でもあるのだろうか。 「…フェイ…さん…」 「!」 フェイは一瞬、飛び上がるくらいに驚いた。いや、一瞬ではない。しばらくの間は心臓の鼓動は高まったままの状態が続いた。フェイとしては予想外の展開だったに違いない。今だれも彼の顔を覗ける者がいないのが残念なところだが、今彼の顔は腫れ上がったように赤くなっていた。もしこの場にネリスでもいたら収拾のつかない自体に陥っていたであろう。もちろん、それはフェイ自身気が付いていない。何にせよ、運が良かったとしか言いようがない。 「……。はぁ、はぁ…」 もう一度、レイチェルの顔を覗き込んでみた。いきなりの出来事に、完璧に気配を消していた(無意味に)フェイもさすがに油断したためだ。起こしてしまったら結構まずいことになるのは目に見えていた。 「…(ふぅ。寝てるな…もう、やめとくか…)」 ふとフェイが振り返ると… 「ったく…何やってるんだ、朝から…」 フェイは言葉が出ない。代わりにその場の空気を動かしたのはクリエスの正義の鉄槌であった。 俺は何かいけないことをしたのかあ…!!とフェイは思ったがクリエスのこぶしは意思ごとフェイの顔を貫く――。 朝。ものすごい音(スパーンという、何とも気持ちのいい)のおかげで、レイチェルはすっきりと目覚めることが出来た。起きあがるとき、傍らでフェイがうずくまっているのには気付かなかったが。 「レイ…朝御飯、おいしいよ…」 フェイの声にはいまいち元気がない。いろいろな気持ちが交錯していることは言うまでもないだろう。クリエスの方は、昨日とはほとんど変わらず、無表情だ。と言っても、来るべき時に、多少の緊張はあるのかも知れない。といくら思考をめぐらせてみてもまったくそんな素振りは無いのが事実である。 「なんかフェイさん…ほっぺた赤くありません?」 鋭い。 「えっ、…あぁ、なんでも、ないよ」 歯切れも悪い。朝からいきなりの攻撃を受けて、フェイの気持ちは下がり調子だった。もっとも、原因はフェイにあるし、そんなことをいつまでも気にするような性格でもない。と言いたいところであるが、今はまだ気持ちが上がらない。 「朝に少しはしゃぎすぎたんじゃない…のか?」 クリエスは静かに言った。フェイはその言葉を慌てて取り消そうと思ったが、それは逆効果だと冷静に気が付き、その場は何も言わずにやり過ごし、レイチェルの顔を盗み見て見ることにした。 「…?」 レイチェルは一瞬、クリエスの顔を見た。何とも言えぬ、複雑な表情を顔にのせて。 さすがのフェイもその表情からは何を考えているかまでは読みとれなかったが、おおかたの見当はつく。 それにしても、フェイがこんなにも調子が悪いというのに、レイチェルがいつもの通り心配顔をしないというのは、やはりあのクリエスという少女の存在故なのだろうか。緊張の糸がうっすらと張っているようにも見えるし、久々に友達と会って軽い興奮状態なのかも知れない。一体、どうしたのだろうか。それは、フェイにもわからなかった。 「…ところで昨日のこと…覚えている、か?」 「ん?まぁ…ね」 クリエスは思い出したように口を開いた。昨日の事。つまりは、決着をつける話だろう。正直な話忘れたい事実だ。 「調子が万全でないなら、待っててもいい…が?」 フェイは意味深に笑い、片手のひらを相手に向けるようにして軽く振り上げた。 「大丈夫。あんまり先に延ばしても…しょうがないし」 「な、何の話…ですか?」 レイチェルは心配そうにフェイに訊ねてくる。レイチェルにも少し予想がついたようだ。 「私はいつでもいい…」 クリエスはあえてレイチェルを無視したような口調で話す。暗にレイチェルに感じ取らせようとしているのか。それとも、レイチェルを心配させまいとする心遣いか。 (俺は後者に賛成…だな) 「じゃ、今でどう?」 一応余裕を込めて言ったつもりだが、いざ口にしてみるとあまりうまくはいかなかった。心臓が飛び出しそうなくらいに高鳴っている。手には汗、額にも薄っすらと汗。 「わかった…」 クリエスはどこからともなく取り出した鎌をすでに構えていた。フェイは両手を前に出して今にも飛びかからんとする少女を慌てて制す。 「待て待て!」 それでクリエスの動きが止まったのは本当に運がいいとしか言いようがないと、フェイは思った。 「?」 クリエスは本気で怪訝そうな顔をする。一つのことをすると周りが見えなくなってしまう性格のようだ。 「俺の家を壊さないでくれ…。外に出るの。広いし」 「あっ…」 クリエスは軽く顔を上気させ、目を大きく開いて視線を下に落とす。どうやら本気にここで戦うつもりだったらしい。 (なかなかカワイイとこも…って、そうじゃないだろ!雑念は、死を招くぞ…特に、相手が相手だし…) フェイは、心の壁が取り切れていない少女の、素の姿を垣間見たような、そんな気がしていた。…もちろん、これも雑念ではあるのだが。 静かに歩いてフェイたちは家を出、そのまま一言も言葉を発さずに村の外へと歩いていく。フェイは珍しくなかなか真面目な表情をしていたため、村の人が見たら何事かと思ったことだろう…が、その心配はなかった。 フェイのいる村、ルイル村の南西側に、そのだだっ広い広原はある。いつも水を汲みに行ったり、周囲を警戒するときに良く見る広原だ。ここに人が来ることはまずありえないし、何よりものすごく広い。多少暴れても何も問題はないだろう。もちろん、フェイにそんな力があるわけはない。 問題は、対峙する相手だ。未知数の実力を持つ強大な相手。 (あんまり本気出さないで欲しいなあ…。俺は、まだ死にたくないし…な) レイチェルは納得したのかしないのか、遠くではなれてフェイとクリエスのことを見守っている。その眼は、瞬きもしない。 クリエスはもう一度鎌を構えなおした。右手で端のほうをつかみ、左手は真ん中辺りを支えるように持つ。刃はフェイのほうに向き、全体的に少し刃のほうを下に構えていて、その姿勢でクリエスは動かない。 フェイにとって鎌という特殊な武器を使う者を相手にするのは初めてのことであるはずなのに、その構えは鎌にとって最善の構えとさえ思える。それほどまでに隙はなく、垂れ流している気迫が濃い。 (あの鎌って奴は、重いから大振りになるのはわかる。けど、前にやりあったときはそれであるにもかかわらず隙がまったく見当たらなかった…。あの武器は、防ぐのも難しい…強いな、やっぱり…) 「勝機は見当たったか?そろそろ行こうか!」 クリエスは思いっきり大地をけり、フェイに向かって突進する。それが合図となり、フェイも剣を構えた。 |
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