AWKWARD ARCADE

第七話 死神の鎌 5





かと思うと、すでに地面を蹴っていて距離を一気につめていた。重い鎌を持っているのにもかかわらず、そんなことはまったく感じさせない軽やかさだ。周りに障害物がまったくないため、森でフェイと戦ったときよりもスピードが速い。
「う、は、速いっ…」
 だがそれでもフェイほどではなかった。フェイはクリエスと垂直に飛びのくと同時に剣を空中で抜き、地面に手をついてクリエスのほうを向く。横目でしっかりとクリエスのほうを見つめていたために見失うことはなかった。我ながら初見にしてはまずまずの反応とフェイは内心ヒヤヒヤしながらそう思った。
「さすがだな…」
 クリエスは驚くべきスピードで突進して来たのにもかかわらず、それはまた驚くほどの脚力で瞬時にその勢いを殺して見せたのだ。さすがのそれにはフェイも驚いたようで、言葉が口から出てこない。人間離れしている。
「はは、反則…」
 クリエスはにこりと笑って再度突進してきた。おそらく今のは様子見だろう、次はなんかしらの細工をしてくることは間違いない。
(次はどう来るんだ?)
 が、予想とは裏腹にクリエスは真っ直ぐに再度突っ込んできた。一度見たスピードならば、二度目は一度目よりはかわしやすい。
(ギリギリだが…かわせる!)
 フェイは持ち前の反射神経でその突進を難なくかわして見せた。もちろん目線はまたクリエスの姿を捉え続けている。
 だが、クリエスの姿はすう、と消えた。
「な、何!」
 クリエスの姿はもう無い。ものすごい速さで動いたのではない、フェイに見えない速さなどそう出せるものではないからだ。
(魔法…か?)
 そんな事に驚いている暇は無い。クリエスがいつどこから攻めてくるかわからない状態であることに依然変わりは無いのだ。フェイは再度意識を周りに集中させる…とすぐに、
「!!」
 ブォン!
 目標を捕らえきれなかった刃が空を切る。恐ろしいほどに反り曲がった長い刃渡りの武具…鎌だ。クリエスの鎌はフェイの姿を捉えられずに上から横に振り流される。フェイの体はというと、瞬時に身をかがめながら飛んだおかげで傷ひとつ無い。
 フェイの表情にはもう笑顔などは一切無く、すでに緊張して無表情である。…いや、多少恐怖も混じっているかも知れない。
「良く避けられたものだ…。大体の奴はこれで十分なんだけどね…面白いじゃないか」
 クリエスの方は楽しいといわんばかりの表情だ。今までに無いほどの感情をむき出しにしている。おそらくこれが「素」のクリエスの姿なのだろう。その姿はまるで手加減をしているように見えた。
「くそ…人の命で面白がるなよ…」
 レイチェルはおろおろして互いの戦いに魅入られている。おそらく自分が入っていったところで止められるわけは無いと思っているのだろう。もしくは、互いを信じているのかもしれない。
 どちらにせよ、レイチェルは二人の戦いをただ静かに傍観していた。
「私の力…、見せてやろう…」
 クリエスは呟く。そして目を半ばくらいまで閉じ、口元だけ端を吊り上げた。
「なに?…しまった…!」
 フェイは一瞬でその言葉の意味を察知したが、遅すぎた。距離をとりすぎてしまったのである。
「『地の底より来たれ…断罪の炎!』」
 クリエスは自分の前に腕を突き出してこぶしを握り締めた。クリエスの腕にみるみる地面から黒い気が昇り、そして腕に巻きついていく。クリエスは腕を前に突き出している姿勢のまま、閉じていたこぶしを開いた。
「受けろ…『業火』(ヘリッシュ・ブレイズ)!!」
 黒い光はそのまま赤い炎に変わってクリエスの腕から一斉に飛び出した。赤とはいえ感じる気は黒そのものである。フェイにとってその気は恐怖の対象として捉えられた。
(聞いたことは無いが…当たればまずいのは明らかだ…それに、よけたところでなんらかある…あんなに大きな、目にはっきりと見えるほどの魔力を使っておきながら、あんなに小さい炎ですむわけは無い…)
「だが、…人間をなめるなよ!」
 フェイの方もすでに魔力の集中は出来ていた。距離をとりすぎて一瞬あせったが、それは相手の攻撃がこちらに来るまでの時間と詠唱の時間を稼ぐことにつながったわけだ。詠唱の時間を与えることになったが、その分こちらにも考える時間が出来た、とフェイは考えることにした。
 そして出た結果は、『かわす』ことではなく、『魔法で対抗する』こと。その答えは即座に出、クリエスが魔法を詠唱し始めるとほぼ同時にフェイの魔法の詠唱も始まっていた。
『…天空に光る神の意思、輝きを増し続ける星々の歌声…眠りを誘い、静止の合図たる幕よ、我らが大地まで下りられ、反歌を謳いし者の意思を遮断する壁となれ!』
 黒くて赤い炎はすぐそこまで迫っていた…が、どうやらぎりぎりでフェイの方の魔法も発動できたようだ。
 見た目にはほとんど変化は見られないが、フェイの目の前には薄くではあるものの、光の幕のようなものが浮き出ていた。
 その幕に炎は轟音を上げて激突し、その衝撃で光の幕はへこむようにして歪み…炎の勢いを殺すかのように消滅する。
 それでもその炎の勢いはやまず、その場で大きく燃え上がった。クリエスは鎌を構えなおして炎がいまだに燃え続ける有様を見ている。
「《白銀の垂幕》(リフレクト・カーテン)を完全詠唱でかけるとは驚いたが…惜しいね。所詮は人間ごときの魔力でやれるもの…っ!?」
 クリエスの体が瞬時に振り返った。右手に持たれた鎌が後方へと投げ出される。すでにクリエスの顔のそばには剣の刃が向けられていた。そしてその刃の勢いはクリエスの今まで頭があった場所を音も無く切り裂く…フェイの一撃は惜しくも空を切ったわけだ。





 逆に、クリエスの投げ出した鎌の先はとっさに身を引いてかわしたフェイの前の腹を深くは無いとはいえ、決して浅くは無いほど抉り取っていた。さすがのフェイの表情にも苦悶の色が見て取れる。ここで叫び声をあげなかったのは賞賛に値するかもしれない。そう言えるほどにその傷は深い。
「…うく…はっ!」
 声と同時に口から血液が飛び出る。もちろん抉られた腹からも大量に、だ。後ろに飛び去ってかわして、それが地面に着地するときにフェイの体に走った激痛は、それは想像を絶するものだったのだろう。フェイは着地と同時に、もうすでにしゃがみこんで地面を見つめていた。
 震える全身が、力を入れても動かない体を証明しているかのようだ。その間にも血液は腹と口とからどろどろと流れ出てしまっている。
「ぐっ…ま、まだ……」
 フェイは剣を地面に突き立て、それを支えにして再度立ち上がろうとする。驚くほどにゆっくりなスピードで隙だらけだというのに、クリエスは黙ってその光景を見つめていた。
 時間にして十秒。その後に、ついにフェイは顔を上げ、剣を地面から引き抜いて正面に構えなおした。血の流れは先ほどよりゆっくりになってはいるようだが、それでもまだ流れている。フェイのいつも家で着ている私服は血まみれでもう使えそうにない。
 ゼェ…ゼェ…。フェイの息はすでに血混じりで呼吸だけでももう手一杯そうだ。だが、フェイは立ち上がり、その目は死んではいない。
「…」
 だが、次の瞬間、フェイは手に持っていた剣をこぼしてふっ…としりもちをついた。そして表情を崩して辛そうに笑う。
「だ…、だめだ…。はは…負け…ゴホッ!お、俺の負け…だよ…」
 フェイは後ろでついていた手を上げようとして咳き込んだ。結局、手は上げずに終わった。
「フェイさん!」
 レイチェルはフェイの元に駆け出そうとした、……が、それを止める声があった。
「来るなよ…レイ…!」
 反射的にレイチェルの足が止まる。足元は落ち着かない様子だ。
「で、でも…!」
「そうだな人間…まだ、勝負はついていないな?」
 クリエスは鎌を構えてフェイのもとに歩み寄る。一歩、二歩…だんだんと。
「出来れば…見逃してほしいけど…。相手を殺してこそ…勝利……なんだろ…?」
「その通りだ…」
 クリエスはフェイの目の前に来ると鎌を高く振り上げた。
(俺まだ死にたくないなぁ…。まあ、でもしょうがないか…?)
「だが、それは私の土俵でのことだったようだな…」
(え?)
 フェイは目を見開いた。
「お前の剣には殺気がこもっていない…むしろ…お前は人を斬る事に抵抗を感じている…違うか?」
(こ、こいつ……!)
「お前は戦闘者には向いていないよ…」
 フェイは俯いて、返す言葉もない様子だ。
「だが、他人を慈しむ心はあるようだ…その意味では、お前は真に兵士に向いているのかもな」
 クリエスは鎌を下ろし、その鎌は下ろされたと同時にどこへかは不明だが一瞬で消えた。
「た、助かった……」
「この勝負は、預からせてもらうよ。殺気を持たぬお前の剣に、私は傷を受けたのだから…」
 クリエスは右のほほをフェイのほうへ向ける。そこには、うっすらと切り傷が見て取れた。血も滴り落ちている。
「引き分けね…いつか、決着をつけようか?」
「そのしゃべり方…それが普段通りなんだろ…クリエス?」
 フェイはその少女を、名前で呼んだ。
 呼ばれた少女は驚いた表情を見せ…そして笑った。
「ははは…いや、すまなかった。深く、斬ってしまったね…」
「いや…命が助かっただけでも…」
 クリエスはフェイに手を差し伸べた。
(命の取り合いを楽しむだけの…子じゃないみたいだね…)
「気に入ったよ。お前は…ほかの人間とは、何か違うような気がする…。言っておくけど、私に気に入られる人間はお前が初めてなんだぞ?」
(え?それって…いや、考えすぎか……ははは…いてっ)
「フェイさん!大丈夫ですか!?」
 レイチェルはすっ飛んできてフェイの体を支える。クリエスの方もフェイの体の半分を支えてくれていた。おかげでフェイはほとんど力を入れずにすむ…これは大助かりだ。
「やられちゃった…ごめん」
 フェイは二人の女の子に支えられながら言った。両手に花などと、今はこの状況を楽しめるような体ではない。
「無理…しないでくださいよぉ…」
 レイチェルはフェイの方を見て今にも泣き出しそうな声で言った。フェイはそちらを一瞬見た。フェイはレイチェルの顔があまりにも近くて、すぐに顔をそらす。気恥ずかしいというかなんと言うか、フェイは自分でも情けなく思ったが、こればかりはどうしようもない。
「そうだ…フェイ」
「お、初めてかな?真面目にそう呼ばれるのは…何?」
 一応そちらにも顔を向けるのはやめておいた。クリエスもきつい顔はしているが、全体的に整った顔立ちで、可愛いというよりは美しい。
 きつい顔はエリザで見慣れているためかもしれないが…フェイに女の子に対する免疫はそう無い。
「レイチェルを泣かせたら、たたっ斬るからね?」
 たぶんクリエスは笑っている。直視するのも恐ろしいくらいに。
(城で感じる寒気と同じだ…)
「わ、わかった…」
 フェイは少しうなだれた。と、同時に決意も少し固まった。
「クリエスちゃん?」
 今度はレイチェルが口を開いた。
「フェイさんを傷つけたら…本気で怒るからね!」
 ジャンケン。三すくみ。…もしかしたら理想的な関係かもしれない。
「わかったよ…気をつける…」
 しばらく歩いて、急に思いついたようにレイチェルが口を開いた。
「ねえ、クリエスちゃんはこっちの世界にいるんでしょ?」
(ん?ちょっと待て?)
「ああ、こいつが気に入ったし…しばらくはね」
(レイチェル?)
「腰を落ち着ける場所はどうするの?」
(落ち着け、落ち着けよレイチェル?)
「ああ、そういえば…」
 クリエスも察知したようだ。もうこれはフェイにとっては最悪の事態、といわざるを得ない。
「ね、フェイさん?」
(そんな目で、二人で見るなよ…うう、くそ…)

「ああ、わかったよ!俺のうちでも何でも好きに使ってくれていいから!!」
 威勢のいい叫びの後は、もちろん。
「あああ〜!い、痛え!!」
 悲鳴。腹をやられて大声を出せば当然といえば当然だが。
 こうして、新たに居候をもう一人預かることになるのだった。

 現在、フェイ家の住民、三人…
うち、非人間……二人。




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