AWKWARD ARCADE

第八話 城下治安維持計画! 3





 バイン王国城下町。クリエスは初めてその台地を踏むことになる。それがどういうことかは前述の通り、前例の通りである。今までのフェイの体験に、その例外は無かった。

「フェイ…なんなんだ、こ、この街…は…」

 クリエスは城下のメインストリートとも呼べる広い道をフェイ、レイチェルと共にゆっくりと歩いている。そのスピードは、図らずもゆっくりだ。わざわざ城下を見るためでも、レイチェルの歩調に合わせているわけでもなく…クリエス自身の歩きの早さだった。

 うめくような声ががやがやと多少にぎやかな町に吸収されていく。人影がまばらであるが故、それでなくてもクリエスにとってはきついだろう。目はうつろ。前を見てはいるが視界はほとんどゼロに近いだろう。

「大丈夫か…やっぱり、きついだろ?」

 クリエスはふらふらになりながらも自分の足で歩き続けている。クリエスの意地も理解しているフェイは決して手は出さないが、ちゃんと倒れたときのためのサポートに回り、レイチェルも同じ経験をした関係でクリエスのサポートに回っていた。

「し、白すぎる…!光が…」

 クリエスはついにふらりとよろけ、足元がふらついた。が、無言の気合と共に足を踏みなおしてその場に立ちとどまった。それだけでも賞賛に値する。
 バイン王国城下…それは、白の楽園である。建物、地面…王国軍兵士の制服さえ白い色で構成され、もちろん白という色は光をよく反射する…そのため、この城下は慣れている人間でないとまぶしく感じる。いや、既にこの城下はその次元ではない。
 健康を害するくらいなものであることは、レイチェルも体感していた。

「…やっぱり光に弱いの?手、貸そうか」

 さすがにまずいと見たフェイはクリエスにそう提案してみた。ふらふらの女の子が隣に歩いていて手を出さないでいつづけるのも何か気が引ける。

「確かに…他の種族よりは光に弱いかもしれないが…しかし、ここは……」

「最初に来た人はみんなそうだけどね…レイよりは長く持ってるよ。…きついなら手、貸すよ?大丈夫かい?」

 フェイの言葉にクリエスは頭をたれながらも彼に向かって微笑んで見せた。

「自分も怪我人なのに、他人の心配を…フフ…今日のところは甘えさせてもらうよ…」

 フェイはクリエスの腕を自分の方に回して肩を貸す形になる。以外にもクリエスは体重を預けてきて、フェイは思ったより彼女がふらふらだと言うことを実感した。

「城の中までこうじゃないから、もうちょっと頑張ってね」

(こんな華奢な体で…俺は、…いや、今はそれを考える時じゃないか。クリエスを早く連れて行かないとな…。しかし、倒れなかったのはクリエスが初めてだよ…さすがだな)

 フェイはクリエスの内なる強さをさらに知ったような気がした。



「兵士長〜いますか?」

 フェイは城に着いたと同時に今回は先に兵士長に許可を取りに来るべく兵士長室の前に二人を引き連れてやってきていた。クリエスは城内に入って少し息を整えると、「もう大丈夫。行こうか?」と言って自分の足で(少しふらついてはいたが)歩き始めた。さすがにそれはフェイにとってもレイチェルにとっても驚きだった。回復が早いのか体力が底抜けなのか判断に迷う。

途中でナードにつかまって「増えてるじゃねえかよ!やるなお前…俺はお前…」などと言われて少し手間取りはしたがとりあえず他の兵士に会うことはなかった。元々歩き回ることもないので、それが普通なのだが…よくわからないところでなぜかナードにはよく会う。やはり、お互いに暇なのだろう…問題だが。
 と言うより十五番小隊は城に残って一体何をやっているのだろうか。…実際戦争に行っているのは五つの大隊と(フェイはよく知らないが)十から十五程度の小隊だったはずだ。
他の小隊はあらゆる事態のために残されているというが、それにしては何もやる事が無いというのが事実である。はっきり言って二十七番小隊くらい暇なのだが、ナードの話によると『稀に』重要任務が下るらしい。…それでも何をしているのかは全くの謎である。親友にも任務が話せないとなると…とそこまで考えてフェイはその考えを頭から追い出した。

「兵士長?」

 フェイが再び声をかけると中から少しだけ物音がして、すぐに静かになった。

「いるよ…どうぞ」

 少しぶっきらぼうな声で中から返事が返ってくる。部屋を訪ねてきたのがフェイとわかった時のいつもの反応で…それは今日も変わらなかった。
 フェイは他の二人に目配せをして静かにドアノブを回し、ドアを開ける。中ではそれもいつもと同じくした姿勢…ではなく多少くだけた姿勢でウィリアムが座っていたが、こちらがフェイだけでないのを目で確認すると、素早く机の上の書類をまとめて座りなおした。その動作の素早さは年季が入っていてかすかな余韻も残さない。
 フェイはその時間をウィリアムに与えるかのようにゆっくりとお辞儀をして、ドアから少しだけ姿を覗かせていた二人を後ろ手で招いて見せた。
 レイチェルは少し緊張していた様子で、しかしそれでも多少慣れた様子で顔を背けることなくまっすぐ見据えて部屋の中へと入ってきた。
 クリエスはというと…驚きだった。

「失礼します」

 と一言機械的ではあるがほとんど同様や緊張を感じさせない口調で言うと、(それも想定の範囲の中であろうが)少し控えめに頭を下げたまま部屋の中へ足音をさせずに入り、ウィリアムが顔をあげるのを見ると、軽やかに微笑んだ。

「…新顔だな」

 一通りの整理を済ませたウィリアムは一応の体裁を保った尊厳を込めて言った。事情を知るフェイにはそうは見えなかったが…。

「そうです。クリエスって言いまして、実力は…」

「わかってるよ…。お前の眼は信じているつもりさ」

 フェイは言葉を遮られても、ニコニコと笑っている。さっきまでの真面目な表情がまるで嘘のように。

「クリエスです。私は…」

 クリエスは一歩前にずいと出てしゃべり始めるが、それもまたウィリアムは遮った。

「いい。レイチェルの時もそうだったが…こいつから深くは聞くなといわれているんでね」

 ウィリアムはフェイのほうをちらと見て、ふっと息を吐いて眉を少し吊り上げた。

(借りですか?…部下に恩着せないで下さいよ)

 どういう風の吹き回しかフェイには判りかねたが、とりあえず今はその好意に甘える事にした。素性の知れない者が王国軍の一員になる事を恐れてはいないのだろうか。

「!…なるほど。お気遣い、感謝します」

 クリエスは深々と頭を下げた。もちろんレイチェルはこの状況を見て心底驚いていて、それはフェイも同じだった。もっとも、フェイに至っては顔色ひとつ変えることは無かったが。
「所属は二十七…でいいかな、クリエス君?」
「はい」
 頭を上げ、ウィリアムの顔を直視したクリエスは考えもせずに即答した。正直、どこでも異論を唱える事はしなかっただろう、ということを考えるとフェイにとってそれはまさに心遣いを感謝したい気分だった。
 一応フェイは軽く後ろ頭に手を当てて頭を下げてみはしたが、どうやらウィリアムの眼には入らなかったようで、ウィリアムは何かやたらと分厚いファイルのようなものを机の…どこからかはよく見えなかったが、それを取り出して何か記帳している。

(そういえばいつもアレになんか書いてるよな…何書いてるのかな)

 フェイは前回レイチェルを連れてきたとき、その前にはロック、最初はティンガースをつれてきた時にあのよくわからないファイルを見た事があった。あのファイルは何度も言うように何かはよくわからない謎の物だが、いつも新入りが入るときにあのファイルは取り出される。
 思うに、全ての兵士の記録があのファイルには保存されているのだろう。それならばあの厚さもうなずけるが、それが真実とあればあのウィリアムという男…侮れない。
 しばらくして、記帳を終えたかと思うとそのファイルはまた机のどこともわからない場所へと消えていった。どこへしまわれているのかも謎とは、徹底している。

「では、正式に入隊を認める。私は兵士長、名はウィリアムだ…まあ、年は聞かないでくれ。今日からクリエス君を第二十七番小隊へ配属させる!…たいした給金は払えんがね」

「十分です。感謝します、兵士長」

 そう言ったのはフェイだ。既に頭は垂れていて礼の姿勢であったのは…ウィリアムにとってはいつもながら感心する所だった。

「堅苦しい奴…お前を信頼してのことだって言っただろ…何かあったら…」

 すかさず、フェイは顔を上げ、

「俺にどれだけ責任が取れるかはわかりませんが…大丈夫です。絶対とは言いませんけど…そんなことありませんよ。俺だってクリエスのことを信頼してるんですから」

 その言葉に反応したのか、クリエスは少しだけ顔をうつむかせた。…想定外の言葉だったのだろう。

「私からもお礼、言わせてもらいますね。ありがとうございました!」

 今度はレイチェルが一歩前に出て頭を深々と下げた。

「うむ。フェイ、後のことは任せるぞ」

「判っております。後はお任せを…、行こうか、二人とも」

 フェイは横に立つ二人に声をかけて、まずは手前に立ってまだ顔をうつむかせているクリエスの肩に手を置いた。するとクリエスはちらりとフェイの方を見て眉間にしわを寄せる。フェイがとっさに身を引いたのを見ると、そのまま何事もなかったかのように兵士長に一礼し、部屋を出て行った。…レイチェルもそれにつられて部屋を出て行く。
 フェイもそうしようかと思ったが…「おい」、と小さな声で兵士長がフェイを呼び止めるので、フェイはその部屋に少しだけとどまることにした。

「その腹…痛むか?」

「…ふう。気付かれてしまいましたか…さすがですね」

 フェイはおなかをさすりながら後ろを振り返り、苦々しく微笑んだ。

「観察眼はお前だけの特技じゃないってことさ。…深いのか?」

「いいえ…近くに飛び切りの医療使いがいまして。傷はもう塞がってます…血はちょっと足りないようですが。問題はありませんよ」

 ウィリアムは片目の眉を吊り上げたが、すぐに戻して椅子に座りなおす。

「安心した。なら良いんだ。引き止めて悪かったな」

「いや、あはは…失礼しますね」

(さすがだ兵士長…)

 情けないごまかし笑いを浮かべ、フェイは後ろを振り向いてドアノブに手をかける。するとウィリアムがもう一言付け加えた。

「ひどいようなら、私からクライアに言っておいてやろうか?」

 フェイの首筋に冷や汗が一筋。

「か、勘弁してください…そこまで手厚い看護は…」

「…そうだろうな」

 ギギ、と椅子の音が鳴り響いた。

(絶対笑ってるよ兵士長…人が悪いなあ…)

「…失礼します!」

「おう、悪かったな…無理はしないようにな」

 そこでやっとフェイは兵士長室から足を踏み出すことが出来た。





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