「報告書に目を通しながらでもいいなら…」 フェイは指を指されるがまま隊長席に座って、そこにおいてある紙の束を手に取ってロメオに言う。隊長としての仕事が、一応あるにはあるのだ。それがこの報告書である。 「その報告書とも重なる内容だと思うぜ?」 それを聞くとほぼ同時に紙をめくる手が止まる。フェイは一つの紙に書かれた文字に釘付けになった。 「…これ…本当ですか?」 フェイはロメオの顔を見た。ロメオはにやりと笑い、近くにあった適当な椅子を引きながらフェイの元へ近づいてくる。そして、椅子を隊長席の前にセットして、そこに腰を下ろした。腕は机の上に投げ出され、腕を組んでいる。フェイよりも態度がでかいのは言うまでもないだろう。ちなみにフェイは椅子に深く腰掛けていて、紙をきれいにまとめている。 「本当だ。二件あったんだが…」 フェイの手にしている報告書にはバイン王都に住む市民の名と、その言葉を聞いた担当の兵士の名前が上に書いてあり(その紙にはロメオ・ドブロスキーと書いてあった)、その下の欄にはその報告の内容が書いてある。 『二人組による強盗事件』と書いてある。が、肝心の内容はまったく記載されていない。 「悪いな。報告書って書くの面倒なんだよ…口で言わせてもらうぜ」 ロメオは一応頭を下げて謝った。そういう事か…t、フェイは頭の中でそう思う。まさか口が裂けてもいえるものではない。 「いえ…、では報告をお願いします。俺が書き留めておきますから…」 フェイはそばにあったペンとインクを取り、ペンの先をインクに浸けながらロメオに言葉を促した。支給品、お下がりの品物である。 「一件めは一昨日だ。隊長さんとレイチェルちゃんが帰った後だな。城下の酒場を狙った強盗が入ってな…ここは酒場が異常に多いからってのもあるかもしれんが、とりあえず酒場を狙った強盗が発生した」 「被害者はいましたか?」 時折インクにペン先を浸けながらフェイは紙の上にペンを走らせる。あまり早く字をかけるほうではないが字は綺麗だと思う。 フェイはめずらしく多少焦りの色を外に出していた。自分のいない間に…と、ちょっとした責任を感じての事だ。 「焦るなよ。この事件に被害者はいなかった…驚くほど手際がよかったらしくてな。人がたくさんいるっていうのに気付かせずにやり遂げたって話だ。騒ぎが起きなかったそうだぜ…あまりな」 「なるほど…慣れてるって事ですか。腕も立ちそうですね」 「そうだな…まあ、奴等のことは後で話す。場所は東の地区だ。名前は『リベリオン』…ま、売り上げは結構あるほうだな。狙われるのも、無理は無いな」 ロメオは多分この城下に無数に存在する酒場を全部回っているだろう。でなければ名前と売り上げがこんなに早く出てくるはずもない。さすがのフェイもここまで早くその酒場に対する情報は出てはこないだろう。 「ああ…あの辺は比較的今まで何もなかった箇所ですね。狙われましたか」 「お前自慢の要注意エリアには入ってなかったか…まあ、そんな事はいい。リベリオンの店主から直々に俺のところに話が来てな…」 ロメオは窓の外を遠い目で見つめる。言葉の最後の方に息を吐きながら、また視線をフェイの手元のあたりに戻した。 「犯人については?」 フェイの声のトーンが下がった。だがロメオは申し訳無さそうに眉にしわを寄せて肩をすくめて見せた。 「一件目の店主はよく見てないんだそうだ。布か何かで顔を隠していたらしい…判ってるのは二人組だという事だけだな。それと、髪の毛の色…一人が緑色、もう一人はバンダナで見えなかったらしい」 「バンダナですか…」 フェイはついポロリと口からそう漏らす。自分もバンダナ(のようなもの)をつけているという理由から、である。 「お前と違って頭全部隠れてたんだってよ。虹色で趣味悪かったらしいぜ?」 ロメオはにやりと笑ってフェイの頭のバンダナを小突いた。 「さ、触らないで下さいよ…。しかし、緑色の髪ってのは珍しいですね。僕はレイチェル以外ではあまり見たことありませんね。どちらも目立ちますが…」 フェイは柔らかな物腰であるが、きっぱりとロメオの手を制して止める。ロメオは「すまんな」と言って素直に手を引っ込めた。迷った手はふらふらと空を漂っていたが、結局元の位置へと収まった。 「俺もそんなに見たことはないな。緑色の髪は東の方に多いらしい。あと薄い青もな」 「はあ、そうなんですか…って事は、セルガの?」 ロメオの言う『東の方』とはバイン王国と対極に位置する大国…セルガの事だ。東の方に多い髪の色というのなら、もしかしたらセルガの人間がこちらの国へなだれ込んできたのかもしれない。国境辺りは所々に兵士がいるためにそういった考えは突飛であるが、絶対に無いとはどうしても言い切れない。 「そうかもな。二件目の方はだが…、こちらも同じでな、よく犯人は見ていないんだそうだ。場所は同じ東の地区だが…これはもっと城に近いほうだな。名前は『ノック・バック』。売り上げはかなりいい方の部類だな」 「そこは俺のチェックに入ってる箇所ですね」 すかさずフェイは言った。自慢するためでも何でもなかった。 「そうか?でも起きちまったんだから意味はねえな」 だがロメオには通じない。 「そ、そうですね…見直します」 「さて、どうする?二度あることは三度以上あると思うぜ…特に、こういうもんはな」 いつもロメオはフェイの指示をこうして仰ぐ。まるで答えを導かれているような感覚がフェイにはあるが悪い気などまったくしない。ロメオなりのアドバイス術は、実はこういうところにもかなり効いてくる。 「警備の強化…ですね。顔がわからないんじゃ、次の犯行を押さえる以外にない…ですよね」 ロメオはにこっと笑って立ち上がり、手のひらを天に向けて流れるように部屋の中をあおいだ。「さあ、皆にそのことを伝えるんだ」…フェイは心の中で「判ってますよ」とロメオの無言のジェスチャーに答えた。 「皆!ちょっとお話中断して、話を聞いてほしい!」 「ホレホレ、隊長さんが珍しく会議って言ってんだぜ」 ロメオは一応サポートに入る。ロメオの言葉があれば黙らない兵士などいない。あのクリューガーでさえ、である。 隊員の面々はクリエスへの質問攻撃の手を止め、皆それぞれの席へとつく。不思議な事にフェイから見る隊員の面々の位置がいつもさほど変わらない。 「報告書、目を通した。俺がいない間に城下で強盗が起きたそうだな」 フェイの言葉に驚きの声を上げる人間が数名。冷静でいるのはクリューガーとロメオ、そしてバイパーの三人だ。 「…まあ、知らなかった人はしょうがないけど。城下で二件、酒場を狙った強盗が発生している」 「ほ、本当ですか?」 ティンガースは驚いた表情を崩さずに、焦りの色をその言葉に十分に乗せてフェイに言った。おそらく、昨日に見回りに言ったか何かしての発言だろう。見落としたのであれば真面目なティンガースにとってかなりの衝撃であったのは間違いない。 「気が付かなかったのか?」 「はい…。目立って何か騒動が起きた様子はありませんでしたね…気がつきませんでした。すいま…」 フェイはティンガースを手で制した。ティンガースの表情はさらに焦りの色が濃くなる。 「今回のは騒動ってわけじゃなかったんだ。気がつかなくてもしょうがない…ホラ、座っていいよ?」 フェイは口元に微笑を浮かべつつ、ティンガースの方へ手のひらを向けた。ティンガースはそれを観て安心したのか、軽く「ふう」と息を吐いて一度フェイに向かって頭を下げ、それから元座っていた椅子に腰を下ろした。 「その事件なら聞いたぜ…訓練場でな」 「僕も聞きました」 クリューガーとバイパー両名が今度は口を開いた。 「あそこは人が集まるから、そういう情報もよく聞くな。…随分手際がよかったらしいじゃねえか」 「そのおかげで被害が少なくなったとも言えますが…僕もそう聞きましたね」 おそらく二人は訓練場にいて別々にその話を聞いたのだろう。二人の口ぶりからは、同じ人から聞いたとは思えない。…もしかしたら知らないほうが少ないのかもしれないが、そんな事があったら城下を警備するものとして結構問題だ。 「クリューガーはどんな話を聞いたのかな?」 フェイは一人一人話を聞くことにした。まずは、クリューガーから。 「俺か?ああ、今日の朝なんですが…俺は珍しく一人で訓練場に行って、その時聞いたんですよ」 「今日の朝?頑張るねえ…それで?」 「なんでも、昨日と一昨日二日連続で酒場を狙った強盗が起きて…あまりの手際の良さに犯人の顔もよく見えなかったらしい、だとか」 フェイは顎に手を当てて軽く考え込み、そして今度はバイパーに話を聞くべく話しかける。ロメオに聞いた通りのものであったため、メモを取ることはしない。 「バイパーは?」 「僕は…昨日聞いたんです。酒場に二人組の強盗が入ったって。犯人については片方が趣味の悪いバンダナをしてたって事くらいですね、聞いたのは」 フェイは軽く息を吐いて、もう一度思案した。 「ん〜…。犯人の顔がわからないんじゃ探しようもないね。じゃあ次はどうしようかロック君!」 フェイはいきなりロックの方を向いてにかっと笑った。それもわざとらしく。 「ぼ、僕ですか!?」 ロックは立ち上がってうろたえ、彼は体全体でそれを表現していたが…フェイはそれをまるっきり無視した。ロックに話を振ったニコニコ顔のまま次の言葉を待つ。 もちろんそれがロックの心に重圧をかけているのを判っていながら。 「私ならバンダナをしてる奴を全員たたっ斬るな」 不意にクリエスがポツリと言った。フェイはとっさに冷や汗をかく…無意識に。 「それって、俺もか?」 「もちろんだ」 クリエスはにやりと薄ら笑いで返答した。…殺る気だ。 「それはいい案だなァ!腕が鳴るぜ!」 なぜかクリューガーがその案に同乗…結果は、 「それはまずいんじゃないでしょうか…」 そのレイチェルの一言で丸く収まったのだった。フェイも命を救われたわけだ。濡れ衣で死ぬには自分で言うのもなんだが惜しい。フェイはなんとなくそう考えた。大体真面目に戦っても勝ち目があるわけないのだし。 「どうだロック?なんか案は出た?」 フェイはもう一度ロックに話を振った。 「城下の警備を厚くしましょう。次の犯行を抑えれば…」 先ほどと違ってロックは冷静になっていた。時間を与えれば…。なかなか聡明な判断であるとフェイは思った。 (さすがだな…切り替えが早い) 「よし、じゃあそれで行こう。犯行が起きた時間はいつくらいでしたっけロメオさん?」 「あ〜、日が暮れてしばらくって所だな。客が一番入る時間帯だったと思う。二件ともな」 「じゃあその時間帯、全員で行くぞ!」 フェイは右手を突き上げて叫んだ。 |
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