AWKWARD ARCADE

第八話 城下治安維持計画! 10





 夜が明けて、朝。まだ作戦室に隊員たちが集まるには少し早い時間。結局作戦室に泊り込んだフェイはソファも用意されていない作戦室内で、唯一他より豪華ともいえる中古の隊長席にて仮眠に近い睡眠をとっていた。

「ん……」

 カーテンをかけていた窓から少し光が漏れて、それがまぶたの上に重なる。そのまぶしさでフェイのたゆたっていた意識は現実に引き戻された。

 フェイはゆっくりと薄目を開ける。

「おはようございます」
「ん?」

 目を開けると、飛び込んできたのは満面の笑みと、さらさらと流れる緑色の髪。

「レ、レイ…?」
「はい。おはようございます」
「お、おはよう…」

 レイチェルはニコニコしてフェイの前に中腰の体勢で立っていた。おきたのを見てフェイの顔を覗き込みにきたのだろう。さっきまでフェイのまぶたに当たっていた朝日がレイチェルの体によって遮られていた。

「カーテン開けますね!」

 異様に元気なレイチェルはスキップデモしそうな足取りでカーテンに近付いて、その勢いのままそれをばさっと勢いよくあける。一気にまぶしくなった作戦室に反射する光。フェイはまた目を少し細めた。

「レイ…君は」
「心配してきたんです…でも、しっかり眠ってましたね!」

 フェイが疑問を発する前に、レイチェルはそれに答えた。自分でも何か言われる事は予想していたのだろう。しかしその心配の表情はレイチェルにはなく、逆にフェイの姿を見て満面の笑みを浮かべている。むしろ楽しそうですらあった。

 フェイとしても昨日のレイチェルに対する発言は少し思うところがあって今日何か言われるかとも思っていたが、それはなく、逆に喜んでくれたようで安心した。

 気がつけば、フェイの方も自然に笑顔が出ていた。

「様子を見に来てくれたのか…レイ」
「今来たばっかりですけどね」

 「えへへー」とレイチェルは下をぺろりと出してフェイにウィンクする。言葉につまって、フェイは窓の外をなんとなしに見た。

「…ふぅ」

 冷静になって、窓の外を見ているようで見ていない。視線を泳がせながらフェイは昨日の事、城下で起きていることを頭の中で整理する。

 昨日は隊員達の活躍によって事件を未然に防ぐ事が出来た。もしかしたらそのおかげでこれから事件が起きなくなるかもしれないし、実は人違いだったかもしれない。まだやはり警戒を続ける必要があるだろう。

 しかし、どうやって?――フェイの頭の中で考えが交錯する。

「フェーイさん」
「え?な、何?」

 フェイの思考を切り裂く間延びした声、レイチェルの一声でフェイの意識は頭の中から外へと向いた。フェイが振り返ると、レイチェルの指が目前に…。

 そして、ツン、とフェイの眉間の辺りを小突く。

「うわ」
「眉間にしわ寄せちゃダメですよー」

 言われて、またフェイは言葉につまった。返す言葉もない。そしてそのまましばらくレイチェルの顔を見つめていたフェイは、穏やかに微笑んで立ち上がった。

 屈んでいたレイチェルもその背を起こし、フェイの顔を見て笑う。

「頑張るよ」
「それでこそですよ!」

 拳を強く握り、少しオーバーアクション気味にガッツポーズを決められ、フェイは促されるままにうなずいた。レイチェルの気遣いなのだろうと思い、嬉しい気持ちもある。

 と、思っていると急にドアが開き、二人は別に何もしているわけではないというのに体が硬直して首だけその方向を見た。

「おはようございますー…。あ、レイお姉さん早いですね」

 少しくせ毛気味にはねた濃い青色の髪の色が視線の高さに見える。顔を覗き見るにはまだ少し下を見なければならない少年、ロックだ。そしてそのすぐ後ろにはフェイと違って眉間にしわが似合う少年、ティンガースがいた。

「俺が一番だと思っていたのですが…先を越されましたか」
「まったくだ。まさかレイチェルに先を越されるとはな」
「うええ!?」

 気がつくと既に部屋の中にクリエスが入り込んでいた。完全に後ろを取られている。視線は入り口であるドアを完全に捉えきっていたはずなのに。

「まだまだだな、フェイ」

 バシ!と強く肩を叩かれ、衝撃に押されるままフェイは再び隊長席に座らされた。敗北感がフェイを包み込む。

 レイチェルを覗くすべての人間がその光景を口を半開きの状態で見つめている中、クリエスは肩をすくめて見せてからすたすたと席へ向かっていった。送れてドア付近で突っ立っていた二人も席へと行く。

「…今日はヤンググループが集まったな……」
「え?なんですか?」
「あ、いやなんでもないよ」

 フェイは笑ってごまかした。昨日の出来事は別に隠すほどの事ではないが、おそらく言ったらエリザかクリューガーに大変な目に合わされるだろうと思い、言うのはやめておいた。

「……フェイ」

 部屋の奥からフェイの名前を呼ぶ。クリエスだ。

「何かな」
「お前の事だ…昨日、もう一度見回りに行ったのだろう?成果を聞かせてくれないか」

 言われてフェイはどきりとしたが、別段まわりの皆はそれについての事実を問おうとはしなかった。と、言う事から考えるとどうやらバレバレのようだ。何故分かったか、なんて聞くこともできない。

「昨日も騒ぎはあったよ。でも、未然に防げたみたいだ」
「作戦は失敗だったな。犯人のほうが上手だったか」
「読みが甘かっただけだよ」

 不思議とクリエスに言われても腹立たしくなかった。むしろ問題点を性格につかれ、自分の中で新たに発見が出来る進展すらある。相手が誰であろうと木の葉に衣着せぬ物言いは代わらないかもなあ、とフェイは思って少しクリエスの城内の立ち居振る舞いが心配になった。

(まあでも、猫かぶるの得意そうだし…大丈夫かな……)

「時間を限定した事でミスしたのなら、全時間という事になりますが…」

 ティンガースが口を開く。その間にレイチェルも席についていた。ニコニコと笑って、話を聞いているのかいないのか。

「そうなんだよなあ…徹夜、かなあ」
「僕は別に構いませんけど」
「私もだ。二度厄介払いされたとあっては…な」
「ありがとう…」

 いつの間にか閉まっていたドア(おそらくティンガースが閉めた)が、その動きによってかなりの風圧を巻き起こしながら壁に叩きつけられる。あまりの轟音に作戦室内の全ての人間がそちらを振り返ったほどだ。

「あれ?こんな時間に人がいんのかよ」
「ああ、いいところに」

 太陽の光をほぼそのままの威力で跳ね返せそうなほどに光る金髪を風圧でさらさらとさせながら、自らの行動を人のせいにするような発言をするのはフェイの現在唯一の同い年…。

「俺暇でさァ!なんかねーか?」
「十五番小隊は何人動かせるんだ、ナード」

 ナードだった。たまにこの部屋に来ては予定のないことをいいことにフェイに付きまとうフェイと同じくらい暇な男。

「んー、五人はいけるな」

 ナードは15番小隊の中でも実力派であるため、隊長に断りなく自分の判断で隊員を動かす事もあるらしく、副隊長がいるにはいるがそれよりも権力がある。そのためたまにこうして力を貸してもらう事もあって、持ちつ持たれつと言うか、腐れ縁は続いていた。

「城下の事件知ってるか?」
「いや、昨日までイズラエワ自治区と教会に行ってたからな…よく知らない。何か面白い事でもあったか?」
「何だよ海行ったの?…いいなあ」

 イズラエワ自治区とはバイン国内にある五つの自治区の中の一つである。王都の北西に位置する自治区で海に面した範囲を統治している所だ。

「馬鹿お前あのインテリイズラエワの護衛だぜ?まったく教会まで遠かったっつーの」

 背中に背負っている剣を親指で指差して苦い笑いを浮かべる。

「お前…剣かよ」
「まあな。で、俺は何をすればいい?」

 ナードは片目をウィンクしてフェイに笑いかける。フェイの頼みとあらば普段はやる気の無いナードもやる気モードだ。

「その面白い事さ。手伝ってくれ」
「難しい事は無理だぜ」
「簡単だよ。一緒に警備を手伝ってくれればいい」

 ナードは片手を上げる。やれやれと、そう言っているかのように見えた。「頼むよ」フェイは念を押すように言う。ナードは首を振り、
「わかってるさ」
 と言って頬を緩めた。

「何だ、やる気ねェ兵隊さんがいるじゃねーか」

 アダルトグループも続々と作戦室に集まり始める。皆がみんな少し眠そうな表情をしていたがそれを何とか抑えていつもどおりの時間に集まってきたようだ。それでもいつもいないナードに悪態をついたり、挨拶をしながら入ってきた。

 十五番小隊のナードも暇な時はよく来るので、みんなかなり顔見知りだ。

「二日酔いの老兵士さんもご到着ですか、ロメオさん」
「口の減らないガキだな…」

 最初にはロメオ。別段怒った様子もなく席に着く。示しを合わせたように残りの三人もほぼ同時に入室する。

「お、ナードテメェ一回くらい勝負しやがれ」
「クリューガーさんには敵いませんよォ」

「おはようございます、ナードさん」
「おはようございます、バイパーさん」

「あ、お兄ちゃんおはよう」
「俺は貴女より年下でしょう、エリザさん!」

 それぞれがそれぞれの挨拶をして席につく。隊長席の傍にフェイの付き人のように立っていたナードはそのままに、全てのメンバーがこの作戦室内に揃った。クリューガーが大きなあくびをしていて、それを隣に据わっていたバイパーがあわててとめている。

「みんな集まったかな」

 フェイは隊長席の前に立って部屋の中を見渡した。いつもどおり若年層が右側(廊下側)に座り、年配層が左側(窓側)、クリューガーが正面に座っている。

 特に集合をかけたわけでもないが今日は皆が朝作戦室に集合していた。普段ならばよりもせずどこかへ行く人やずいぶんゆっくり来る人もいるのだが…、今日は何かあると感じたらしい。

「何か決まった事でもあるんですか?」

 ティンガースが聞く。いつもなら野次を飛ばさずに真面目に話を聞いているのはおそらくティンガースとバイパーくらいのものだろう。

 今日は違った。雰囲気から、隊員達の態度まで。

「昨日はどうも俺の指示が間違っていたようだし、今日は違った方法で回ろう」
「具体的には、どうまわるの?」

 今度は珍しくエリザが口を開いた。いや珍しいのは喋る事より乗り気な事だろう。それには周囲の人間も少し面食らったような表情をしていた。

「今からフェイが言いますよ。俺も手伝います」
「お兄ちゃんには聞いてないわよ」
「…お兄ちゃんはやめてください」

 言葉の勢いに押されたようにナードは一歩後ろに下がった。何故エリザがナードの事をお兄ちゃんと呼ぶかは昔からフェイも気になっていたところなのだが本人ともどもいまだに不明である。ちなみに二人は知り合いではあるが血のつながりはまったくない。

「十五番小隊と協力して今日一日時間の漏れをなくして警備に当たろう。ちょっと厳しい事になりそうだけど…」
「腕が鳴るぜ」
「そんな事より十五番小隊は本当に動くのか?」

 ニヤニヤと笑うクリューガーとは対照的に冷静に状況を見たロメオが的確な質問を投げかける。確かにかなり不確定な要素でろう。一番の問題はそこの人数の上下であるとはこの案に関してはそうだ。前記の通りナードは自由に兵を動かせるが、その人数は確かに定かではない。

「なるべく多くと、頼んでみます。一応俺も隊長ですし…」

「俺も一緒に頼みますよ。頼めば結構動かせると思います。任務終わってすぐなのでおそらく…ですが」

 と、ナードは言った。表情を見る限りそんなに悪い結果は出ないだろう、フェイはそんな気がした。一応十五番小隊の隊長とは顔見知りだし、頼めば協力してくれるだろう。連続で任務があるという事がなければ、おそらく。

「いい結果期待してるぜ」

(ロメオさんが頼んだ方がいいんじゃないかな…もしかして)

「じゃあそういうことにするよ。周り順は決めておいて」

 そういい残し、フェイとナードは十五番小隊作戦室へ向かうためにドアノブに手をかけるのだった。





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