AWKWARD ARCADE

第九話 フェイの憂鬱 1





第九話 フェイの憂鬱


「あらぁ?手厚い看護が必要になっちゃったんだぁ、隊長さ〜ん」


 古傷が完全に開いたフェイを待っていたのは手厚い看護に関しては定評のある女医、クライアの集中看護だった。決してやぶなわけではないが必要以上の心のケアがフェイには無料で追加される。一回の男子兵士にとってはこの上ないサービスであるのだが…

「クライアさん、今日も綺麗ですね…」
「あらうれしいわ〜?フェ・イ・クン!」
「十分分かってますから顔を離してください……」

 今日は添い寝サービスである。否が応でもクライアの女性の香りやら魅力やらが分かるすばらしいサービスだ。
 病床の患者にとっては傷を悪化させる場合もあるということは分かっていないらしい。

「つれないねー。アンタ傷の治り悪くなるよ?」
「そんなことあるわけ…!!い、痛…」

 傷は魔法ではなくクライアの迅速な処置でほとんどふさがっていた。それでも叫ぶとさすがにおなかに響く。満足に動けないことをいいことにクライアはフェイにやりたい放題だった。

「ほら、言ったとおりだろー?お姉さんに任せなさい」

 フェイは言い返す気力も失せ、息を吐きながらされるままになる…という繰り返しが一晩空けて朝起きた瞬間から続く。

「…何やってんですか……」
「あ、妹」
「妹じゃありませんっ!」

 ノックもなしにドアを開けて入ってきたのはフェイをここ送りにした張本人、エリザ。申し訳なさそうに入ってきたようだがそんな気持ちもこの有様を見て一気に吹き飛んだようだ。クライアの集中看護を目の当たりにした女性兵士は大体こういう対応になることは今までの経験上フェイはしっかりと分かっていたため、苦笑いをするしかなかった。

「私の部屋に何か用かな、エリザ」

 ようやくフェイの布団から這い出したクライアはエリザの事を見てにっこり笑う。この二人、昔にクライアを師として格闘術の稽古をしたことがあるいきさつ上仲が良い。クライアは一方的にエリザを妹呼ばわりしているため…ナードとエリザとクライアは実は三兄弟なのではないかという噂も在るというなんとも面白い関係だ(ちなみにナードはクライアのことを姉さんと呼ぶ)。

「貴女に用はありませんが」
「吐くねー今日も…。姉として考えなきゃいけないな、君のその性格」
「はぁ、もういいです」

 もしかしたらエリザに勝てるのはクライアさんくらいか、とフェイは思った。方法は何にしろ、エリザを黙らせることが出来るのはそうはいない。

「フ…、た、隊長…大丈夫ですか?」
「なんとかね」

 クライアのいつも使っている背もたれのあるいすを引き、エリザはフェイのベッドの横にそれを置いた。

「ちょ、それ私の……」
「ちょっと良いですか?」

 エリザはクライアの言葉など耳に入っていないかのように無視し、フェイのおなかあたりに両手を添えて目を閉じる。

「…ん、もしかして」

 クライアの表情が急に真面目な表情になる。

「『療風』(ヒール・スペース)……」

 エリザの手のひらから半円ドーム型の薄い膜が張ってフェイのおなかあたりを包み込んだ。肌色のような、少し赤みがかった薄い黄色光を出しながら包みこむ。

「回復魔法?エリザさん、いつのまに……」

 痛みがすっと消え、なんだかふわふわしたとても気持ちのいい感覚が腹の辺りを包み込んでいた。いかにも傷が治りそうだ。

「こんな所で役に立つとは思いませんでした」

 エリザはにっこりと笑う。そいてしばらくすると幾分か楽になった痛みを残しつつ、魔法の効果がきれた。

「今の私ではこれが限界です…ふぅ」
「十分で…だよ。助かった」
「私の役目を取るなんてね、姉を越える日も近いな。嬉しいぞ」
「もう、黙っててください!」

 水を差され、エリザの怒りももう頂点だ。クライアも得意の話を聞かない体勢でエリザの怒りをまったくなんとも思っていないように見える。ただからかっているだけなのか。ニコニコ笑う顔はそれの証明だろう…、表情だけ見れば美人なのであるが。
 それに騙される男子兵士も多い。ナードもその一人だ。

「二人とも、悪いけれど一人にしてもらえると嬉しいのですが…」

 フェイは微笑みながら二人の顔を見た。その声で二人の間でぶつかり合っていた空気が急に緩和して冷め始める。

「で、でも隊長」
「いいよ、好きにしなさい」

 反論をしようとしたエリザの肩をクライアはつかみ、半ば強引にフェイのそばから引き剥がした。

「何するんですか!」

 エリザも抵抗する。フェイの傍にいたいというよりはどちらかというと無理やり引き剥がされた事に対して抵抗しているようだ。いやもちろんフェイに対する感情がないわけではない。

「こいつは連れて行くよ。好きなだけこの部屋は使ってくれて構わないさ。でも」
「…」

「意味も無い事をうじうじ悩むようなら、私が心の看護をしてあげるからそのつもりでね」

 それだけを言い残しれクライアは抵抗するエリザを引きずるようにして部屋を出て行った。部屋を出る瞬間にエリザの心配する表情に笑顔で答えたのを最後にフェイの表情は悲しみの混じったような無表情になる。
 そして、小さく長く息を吐いた。

 人払いをして自分を被地理にしたのは他でもない、昨日のことを含め、溜まりに溜まった感情を表に出すためである。自分の気持ちを整理するという意味合いもあった。

(情けない…)

 盗賊団の手にかかって死んだ二人の部下の事を思い出した。人外のものとはいえ自分の決意のもろさのせいで敗北した事を次に思い浮かべ、そして昨日の事…。

(俺はやっぱりだめだな…。いままでは何とかやってはこれたけど、でも一人じゃ出来なかった。一人じゃ…)

 そういう思いがよぎる。今までの人生にはいろいろな事が起きた。壁にぶつかってきた。それを乗り越えたのは自分の力だけではない。
 周りの助けで乗り越えてきた。むしろ自分の力はほとんど無かったかもしれない。そう思うとまたフェイの精神は暗がりへと向かっていく。
 20に満たない年のフェイがいくら掃き溜め隊の、とはいえ隊長としてやっている姿を見て周り(隊員や一部の兵士)は鉄の精神を持っているとフェイを称する。逆にそれが物言わぬ期待となり重圧となってフェイにのしかかってきた。
 事実上からも横からも掃き溜め隊と罵られたこともあり、それでも投げ出さずにやってきたことはフェイにとっても自慢できる点ではある。鉄の精神といわれるのもわからなくはない。
 しかし、それは数々の小さな、時として大きな悩みを抱えたまま…であることを周りは知らない。時々こうしてそのしわ寄せが来る。

 事があるごとに、記憶はフェイの心をさいなんできた。

「…ふう」

 フェイはカーテンのかかった窓のほうを見ながらゆっくりとまた息を吐いた。
 外は静かだ。風が流れる事を羅競るかのように草の波音が聞こえてくるぐらいである。フェイは目を閉じながらその自然と一緒になったかのように体を揺らし、静かに呼吸を外へと近づけた。

(自然と一緒になれるのはいいな…)

「ん?」

 フェイは目を開ける。多数の足音がこちらへ向かってきていた。この時間に暇をもてあましている兵士は、もちろん。

「隊長ぉー、元気ですかァ?」
「大丈夫かい?酷くやられましたね」

 二人組の兵士が勢いよくノックもせずに中に入ってきた。いやでもも目に付く銀髪、激しさを秘めた通る声、長いものを背中に背負い、征服の前をはだけて真っ赤なシャツをむき出しにしている風貌。見間違えるはずも無い。

「クリューガー…」

 一気に現実に引き戻された反動で少し呆け気味のフェイを見てクリューガーは大声で笑った。

「こりゃあダメだな」
「まあまあ、仕方ありませんよ。かばいながら戦うのって難しいじゃないですか」
「バイパー……テメェ俺の性格知ってんだろうが」
「だから大隊から追い出されたんですよね」
「うるせー!」

 バイパーの痛い突っ込みにクリューガーは一喝。事実性格に問題があるのは自分でもわかっているようである。

(直そうとしているみたいだからな…)

 フェイは少し微笑ましいやり取りに口元をほころばせながら(注意して声をあげて笑わないようにしていたため)、布団から体を起こした。

「そういえば、肝心なこと忘れてたぜ」

 それを見てかクリューガーが思い出したように言い出した。バイパーはフェイの体を気遣って背中へと手をまわしつつフェイの体の動きを補佐する。クリューガーはそれを見て少しだけ言葉をとめた。

「…。実は、今年も開かれるらしいんですよ」

 開かれる、と聞いてフェイはその当てを手繰ってみた。すると一つの心当たりが浮上してきた。

「『大会』!?」

「そう、それです」
「今から大会の会場を見に行ってから修行だぜ、バイパー!」
「わ、分かりましたよ」

 それだけ言うとさっさとクリューガーはフェイに背を向けて大またで歩き出した。フェイを優しく寝る体勢に戻してから、バイパーは急いでクリューガーの後を追う。部屋を出るときに隊長へのお辞儀も欠かさない。

 それを見送ってからフェイはまた大きく息を吐いた。

「…」

 そしてまた医務室の中には静寂が戻る。クライアがおそらくフェイを一人にしてくれるように医務室の前にクライアがいないことを示す看板でも立ててくれているのだろう。普段は暗いアメ宛で来る男性兵士も少なくないのだが今日はクライアが出て行ってからはそういう雰囲気はまったくない。
 クリューガーたち二十七番小隊の面々はエリザによってこのことを知っているからこそ医務室に入ってきたのだ。

 フェイの気分はまだ収まらない。落ちた気分は限度を越えると変な気分の高まりへと変化する。それは分かっている。だからこそこういうときは、こういうときくらいはその気分を抑えずにトコトン自分と戦おうとフェイは決めていた。

(今日一日くらいはいいかな…)

 フェイはとりあえず外を見やるのをやめ、目を閉じた。






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