AWKWARD ARCADE

第九話 フェイの憂鬱 2





『緊急告知!!
 毎年恒例のバイン王国武術大会が四日後に開催されます!!参加者希望の方は大会会場にて担当の兵士が受付いたします…
 参加条件は…』

「ッたくよー、戦争中だってのによくやるぜ!」

 その張り紙は、王都のメインストリートのいたるところに貼ってあり、その前には既に人だかりが出来ていた。その中に真っ白い服を着たものも多数混じっている事から見て、おそらく暇な兵士もこの張り紙を見に来たのだろう。この告知は兵士に直接は下されないバイン王国開催のイベントなのだ。不思議な事に。

「でもクリューガーさんこういうの好きじゃないですか」
「えーっと、名前と使用武器を申告して…登録完了?魔法使用可だってよ!」
「話を聞いてください」

 頭に手を当てて息を吐く間に、バイパーの視界からクリューガーが消える。きょろきょろと周りを探してみると、少し遠い所に背を向けて歩いているクリューガーが見えた。バイパーが呼び止めようすると、その前にバイパーのほうを向く。

「テメェ何してんだ。先行くぞ」
「…はぁ〜……」

 もういつもの事だ。まだ振り返ってくれるあたり昔よりは改善されている所を考えてバイパーは何とか割り切ってその後を追った。

「そういや隊長出るのか、これ?」
「あ、出ると思いますよ。あの人意外に負けず嫌いですしね」
「…そうだったかァ?俺から見ればロメオさんのほうが負けず嫌いに見えるがな」

 道すがら、バイパーはクリューガーの歩幅に合わせながら(バイパーは足が長い)、並んで歩いていた。張り紙を見てか、エントリーするであろう人たちも傍を歩いていた。その中で見ると色白で少しばかり線の細いバイパーは相当浮いて見える。
 それほど血気盛んな、それでいてごつそうな面々がその大会会場へと歩いていたのだ。クリューガーの激しさもこの中では普通に見える。

「ロメオさんがですか?」

 少し間を取ってからバイパーは言う。普段はクールを気取っているロメオでもそんなに熱い一面があるのかと、バイパーは耳を疑ったからだ。考えてみれば戦っている姿など一度も見たことがない。普段は酒に溺れて隊長に文句をつけているだけかと思っていた。

「あの人ァ…」
「俺の噂はするもんじゃないな」

 いつの間にか並んで歩いていたロメオの言葉にクリューガーは心臓が飛び出る思いだった。飛び上がるようにしてロメオに向かって正面を向いてステップを踏むクリューガーはやはりクールとは程遠いように見えた。というか誰にでも喧嘩腰、なのかもしれない。

「いたのかよオッサン!てっきり今日も飲んでるのかと思いましたよ」
「お前またつぶされたいのか?」
「ぐっ…すいませんでした」

 さしものクリューガーもこの無言の気合には勝てないらしく、舌を巻いてまたもとの列に戻って歩く。バイパーは終始苦笑いだ。

「ロメオさん、どうしてここへ?」
「どうしてって…お前、大会に出る為だよ」
「えッ!?」

 苦笑いから一転、口をあんぐりあけてバイパーは声をあげた。冷静なバイパーも驚いたらしく、周囲にはっきりと分かるほど感情をあらわにしている。それをみてロメオは眉間にしわを寄せた。

「俺を馬鹿にしてんのかお前等?」

 その言葉に萎縮したバイパーはビシッと姿勢を整えて背筋をまっすぐにした。

「い、いえッ、そういうわけでは!」

 そして綺麗に頭を下げる。

「腰に悪いんじゃねースか?」
「ふっ、俺と当たったらそん時ゃ覚えてろよ、小僧…」

 珍しく持っている背中の大剣に手をかけて、口の端を軽く吊り上げてクリューガーに挑発するような笑みを浮かべた。年の差を戦闘の経験という点で感じさせるロメオに、クリューガーは少したじろぎそうになる。

「お、おもしれーじゃねースか!」

 その足を抑え、クリューガーはロメオに向かってロメオと同じように獲物に手をかけて笑って見せた。

「二人とも…まだ大会は始まっていないのですし…」

 バイパーは冷静にそれをとめようともするがまわりも既にそういう雰囲気が漂っている。ここで喧嘩を売るような事はしないものの、その血の気はかなり高い。なんと言うか…やる気満々だ。
 幸いにも相手がクリューガーとロメオだったおかげでそのときの一触即発の空気は多少和らいだ。もしここで争いごとなど起きたら油の中で火を起こすのと同義だろう。ロメオのしたり顔をみて、バイパーは大きく息を吐いた。

「しかしどうしてまたロメオさんが大会に?」
「俺も腕試しがしたくてな。まあ、そんなに深い意味は無いさ」
「今年は男メンバー全員参加かァ?あ、隊長は出たそうだが無理か。あの怪我じゃな」

 クリューガーはにやりと笑ってそう言った。現存の王国軍中で有力な戦力としてはやはりフェイも挙げられるだろう。その一人がいなくなるとなると一気に優勝の可能性は跳ね上がる。

「いや、そうも言ってられねェだろうさ…。きっと出るぞ」

 ロメオもバイパーと同意見だった。彼の性格も、ロメオには分かっていた。

「ま、そうだろうな」

 毎年行われるバイン王国主催の武術大会には、普段最も暇をもてあましている二十七番小隊のほぼ全員が参加している。残存する王国軍の中から希望者、増加若しくは近隣の諸町村からも参加希望者が集まる大きな大会となるこの大会の平均参加者は五十人程度。木製の武器を使って行われる擬似戦闘を楽しむ余興である。
 トーナメント方式で試合が進められ、優勝者、準優勝者…以下六人、つまり準々決勝まで上がった者八人以上には褒賞が与えられる。賞金であったり、物であったりその年によって違うらしい。
 単に実力を試したい者、誇示したい者、賞金を目当てにしている者…様々だ。どんな形であれ参加者が変わりこそすれ、いつも大体一定以上の参加者を獲得できる大会であり、民もその様子を見に、かなりの数が押しかける。

「隊長って、去年はどのくらい行ったんでしたっけ?」

 三人の話題はいつしかフェイの事になっていた。ロメオとクリューガーの間に入って歩いていたバイパーがフェイの去年の成績の事を話題に出す。

「確か二回戦負けだ」

 ロメオが言う。去年は不参加でずっと観客席にいたロメオの記憶はかなり正しい形で残っていた。

「そう、そうだ、確かあいつは近衛部隊の奴に負けたんだ。名前忘れたが…」
「近衛部隊か…」
「上位を独占していってますよね、そういえば」

 近衛部隊とは大隊のいない王都にいる王の傍について直接外敵から王を守る精鋭部隊のことだ。隠密部隊と同じで兵士長ウィリアムを通さずに命令を通達する事のできるいわば王の私兵とも言える。

「そうだ、俺もそいつ等の誰かに負けた」
「良い試合だったんじゃねェか?」

 ロメオは槍を持つような手でそれを突く動作をしながらクリューガーに言った。クリューガーはロメオのほうは見ずに少し顔を上げて空を見る。

「内容は関係ねェ…負けは負けだ」
「お前らしいな」

 肩をすくめてジェスチャーをやめると、ロメオは鼻で笑いながらクリューガーの肩をポン、と一度叩いた。もちろん馬鹿にしたくて鼻で笑ったわけではない。あくまで自然の紅だという事はクリューガーにも分かっていた。だからこそ払いのけようともせずに、流し目気味にロメオを見て笑った。

「戦場で二度目はねェが、チャンスがあるんなら次は勝つ」

 その目は闘争心に満ち溢れている。

「練習につき合わされたんです。その分の成果は見せてもらわないと」

 バイパーが珍しくにやりと悪戯に笑い、クリューガーに言った。

「テメェもな。俺の練習に付き合ったんだ、負けたらただじゃおかねェ」
「ぼっ、僕は強制参加じゃないですか…」

 同じような表情でクリューガーはバイパーを見返す。クリューガーは自分が負けるのと同じくらい仲間が負けるのを嫌う性格だった。かといって弱い人間を嫌うというほどではなく…簡単に言えば少し極端な性格なのだ。気分屋と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

 歩いていくと、街中の風景からだんだんと人(大会に参加しない一般人)の気配がなくなってくる。相も変わらず白一色の建物は変わらない。ただ人がいない。
 そこは既に闘技場の範囲の中だった。出場者達が体を休めたりするための、待合室が立ち並んでいる。綺麗に掃除されていて、その白い壁はよりいっそう輝いて見えた。おそらく、これもすぐに汚されていくのだろう、と経験者であるクリューガーは思う。

「な、なんか緊張しますね」

 緊張な面持ちをしていたバイパーが制服の胸辺りを掴みながら言った。この空気に呑まれているのか、体を縮こませているような感じだ。

「そうか?」

 目を細めていかにも眠そうなロメオがタイミングよくあくびをする。

「いや、ロメオさんは経験豊富ですから分からないかもしれませんけど…」
「まあな」

 落ち着き払ったロメオに緊張したバイパー、わくわくに体が揺れるクリューガー。三人がそれぞれ違うタイプの異色トリオである。

「お、あそこだ。受け付けてるぜ」

 簡易な机の前に少しばかり人だかりが出来ている。兵士が数人座ってその受付業務をこなしていた。立て看板が砂の地面に突き立てられ、そこに大きく受付と記載してある。受付業務をしている兵士は暇をもてあましている二十七番小隊ではなく、他の城に残っている小隊の誰からしい。

 受付をしている広場、こそ武舞台だった。円形の場には特になんの仕掛けもなく、人の身長の二倍ほどの塀の奥には観客席として使われるはずの段差が見えた。

「お、ロメオさん珍しいですね。ボケ防止ですか?」
「お、テメェ暇なんだなナード…」

 クセのある金髪が見えたと思ったら、出た言葉は減らず口。そんな口を叩く金髪の若造はナードしか思いつかなかった。どうやら正解だったようだ。ナードはニコニコと笑っている。

「参加ということですね。名前だけ一応確認を」
「ロメオ・ドブロスキーだ」
「はい…記帳しますのでしばしの間お待ちくださいね」

 ナードは営業スマイルと言った所の笑みを浮かべながらがさがさと机の下に隠れて見えない足元をまさぐり始める。

「なんだそりゃあ?」

 ナードは足元から取り出した金色の丸い何かに細工を施していた。始めてみる光景に、ロメオは不思議そうな顔をして顔をしかめる。何人かの兵士も横で同じように金毒性の丸いものに細工を施していた。

「登録の証ですよ。バッヂになってますので、名前だけ入れさせてもらってます」
「今まではあのだせえネームプレートだったもんな」

 バイン王国武術大会において去年の個人識別の方法はどうにも安っぽいネームプレートだった。あまりにも、な物だったのでおそらく苦情が多数寄せられたのだろう。あれでは参加の記念に持って帰る気すら起きない代物だった。
 今年は少しおしゃれに改善された、バイン王国の剣と盾が交わる国章をかたどった小さなバッヂになっている。これならば参加賞くらいにはなるだろう。

「ただこれ、名前彫るのに時間かかるんですよ。今日はまだ参加希望者少ないからいいですけど」

 それにしては器用な手つきだ、とロメオは思った。話しながらもナードの手は休まることなくロメオの名前をそのバッヂに刻んでいる。他の兵士はまったく何もしゃべらずにその作業に集中しているというのに。

「まあ、俺達も暇だし気が向いたら手伝ってやるよ」
「助かりますよ。とにかくこれから人が要ります」

 ナードはにこりと笑った。

「太陽にも負けないな」

 ぼそりと言うロメオの言葉にナードは少し眉をひそめる。

「それよりお前は出ないのか?」
「俺ですか?もちろん出ますよ。暇だし」

 そういう中でも文字が綺麗に刻まれていく。ここまでクルと一種の才能かとも思うくらい円滑に事が進んでいく様をロメオは見ていた。

「戦争中だってのにな」
「ま、息抜きは必要ですよ。っと、完成です。大会当日にチェックしますので、大切に持っておいてくださいね」

 太陽に照らされてその太陽にも負けないくらいに光を跳ね返している国章を受け取り、ロメオは一応名前を確認した。するとしっかりとその名前はフルネームで刻まれていて、塵一つ見つからない。見事な出来栄えだった。

「お前兵士に向いちゃいねえな」
「ありがとうございます」

 ロメオがその場を立ち去ろうとしたと同時くらいにバイパーとクリューガーの両名も登録を済ませたようで、ロメオの後を少し早歩きで追いかけてきた。
 ナードの太陽スマイルを背に、三人は城へと向かう。








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