米川淳二のTSチックでないと
こんばんは、米川淳二です。今宵も『米川淳二のTSチックでないと』最後までお付き合いください。
さて、夜かかってくる電話って不気味ですよね。わたしね、夜の電話って嫌いなんですよ。たいていろくな電話じゃないですからね。誰かに不幸があったとか、眠いのに、友達が相手の都合も考えずに時間をもてあまして、たわいもない電話をかけてきたりとかね。電話って相手が見えないじゃないですか。だからついつい取ってしまうんですよね。そして、これも思わず電話を取ってしまった人の話なんです。
かりに、Aさんとしておきましょうか。
Aさんがまだ大学生だった頃の話なのですが、夏休みに、友達のB君の親戚が持っている別荘に、もうひとりの友人のC君も誘って、男三人で遊びに行ったときのことです。
まあ、別荘と言っても、まわりに何かあるわけではなくて、親戚の人が静かに絵を描くために持っていた山小屋といった感じのところでした。そんなところに若い男が三人がじっとしていられる訳もなく、車で近くの(といっても車で1時間はかかるのですが)町まで遊びに行き、夜、遅く帰って来るといった生活を繰り返していました。
その日は朝から天候が悪く、外に出て行くのが億劫になり、三人は、別荘の中でなにをするということもなくごろごろしていました。そして、たわいもない話をしているうちにいつの間にか、深夜になってしまっていました。でも、話は尽きずに、たわいもない話題に盛り上がっていたんです。
「あの子は、俺に気があるんだぜ」
「あのポニーテールか?よせよせ、別荘にいるって言うから興味を持っただけだよ」
「それよりも、ロングのあの子の方が・・・」
などと、町で知り会った女の子たちの事をたわいなく語らっていると、突然、電話のベルが鳴りました。
「ジリリリ・・・ン」
「はい、もしもし」
近くにいたC君がなにげなく電話に出ました。最初は、ごく普通に対応していたのですが、だんだんとその様子がおかしくなってきました。
「なに?なにを言ってるんだ。お前は誰だ!イタズラもいい加減にしろ!」
そう怒鳴るといきなり受話器を電話に叩きつけるように切ってしまいました。
C君の剣幕にAさんがどうしたのか聞こうとした時、再び電話が鳴りました。C君は、また受話器を取りました。
「ああ、そうだよ。これでいいんだろ。もういい加減にしろ」
それだけ言うと、電話を切ってしまいました。電話を切ってもイライラしているC君に、Aさんは落ち着くように言いながら、どうしたのか聞きました。
「ああ、さっき電話に出ただろう?」
「うん」
「あの電話。何を聞いても同じ事しか言わないんだ。だからつい頭にきてさ」
「なんて言うんだ?」
「それがさ。『あなた・・・でしょ?あなた・・・でしょ?』これの繰り返しなんだよ」
「なんだそれ?『あなた・・・でしょ?』て・・・」
「『あなた』まではちゃんと聞こえるんだけど、そのあとは、テープの早回しみたいにキュルキュルキュルといって、また『でしょ?』だけはっきりと聞こえるんだよ」
「それは、男だったのかい?それとも、女?」
「それが、まるでキャッシュディスペンサーの案内みたいな声でさ」
AさんとC君がそんな会話をしていると、それまで黙って聞いていたB君が叫んだのです。
「そんな事があるはずがないんだ。そんなことが・・・」
そう叫んで、B君はブルブルと震え出してしまいました。
「どうしたんだよ。いったいなにがどうなっているんだよ」
AさんとC君が、興奮するB君を落ち着かせて聞きました。
「あのなぁ、さっきお前たちがまだ起きてくる前にNTTから電話があったんだ」
連日の夜遊びにAさんもC君も、今日はB君よりも起きるのが遅かったのです。
「NTTから電話って・・・なんて?」
「実は、この近くの電話線の工事で、夕方から明日まで不通になるっていう連絡だったんだよ。だから、今電話は通じないはずなんだ」
Aさんが受話器を取って見ると、確かに電話は通じていなかったのです。という事は、C君が出た電話はいったい何処からかかってきたのでしょう?気味悪くなった三人は、天候が悪いのもかまわずに、翌朝早く、その別荘から逃げるように帰ったそうです。
そんな事があってから十日ほどして、友達のD君から電話がかかってきました。それは、C君の居所を知らないかというのです。
「Cか。家にいないのか?」
「ああ、あいつのお袋さんから電話があったんだけど、二・三日前から行方不明だそうなんだ」
「家に帰ってないのか?」
「いや、四日前の夜に帰って来たらしいのだが、朝、なかなか起きてこないのでお袋さんが起しに行ったら部屋にいなかったそうなんだ。ベッドには寝ていた様子はあるそうなんだが・・・朝弱いあいつが、そんなに早くどこに行ったのかなぁ?」
「そうだなぁ」
Aさんも不思議に思ったそうなんです。C君は、寝起きが悪くて、あの別荘でも、朝は、いくら起しても起きてこなかったからです。
Aさんは、D君からの電話でC君のことが気になりだして、C君のところに行って見たそうです。Aさんが、C君の家に行くと、玄関の門から、C君の家の中を覗くような人影を見ました。それは、黒のゴシックドレスを着た銀髪の美少女で、Aさんに気付くと、何か言いかけたけど、止めると反対の方に走り去ったそうです。
C君のお母さんに、きえるまえのC君の様子を聞いたのですが、変わったところもなく、Aさんも思いつく理由もなかったので、気づいた事があったらまた連絡をする約束をして、C君の家を出ました。そして、B君に電話したそうです。B君なら、Aさんたちが知らないことを知っているかもしれないと思ったからです。でも、B君もC君の失踪は、知らなかったみたいで、Aさんは、逆にB君に何かわかったら教えてくれるように頼まれたんです。
そんな事があって、数日がたったある朝、Aさんは、けたたましい携帯のベルの音に起されました。携帯の表示を見るとそれはB君からでした。
「はい、Aですが、どうしたんだ」
でも、B君は何も言いませんでした。
「おい、いったいどうしたんだよ。こんなに早く電話なんかしてきてさ。まだ眠いんだから切るぞ」
Aさんが、たたき起こされた事にイラついて、携帯を切ろうとした時、かすれた声が聞こえてきました。
「まだ、大丈夫みたいだな」
「何が大丈夫なんだ。それより、お前の方が危ないんじゃないか?」
いつもならうるさい位に大声のB君が、消え入りそうな声で囁くのでAさんは、心配になりました。
「お前のところにはまだ、あの電話はかかって来てないようだな」
「あの電話?」
「そう、あの別荘でCが出た電話だよ」
「ああ、あのいたずら電話か。いやかかってきてないよ。お前のところにはかかってきたのか?」
ですが、B君は、Aさんの問いかけには答えずに、話を続けたそうです。
「電話がかかってきても絶対に出るな!もし出てしまったら・・何も言うな。決して返事をしてはいけないぞ。そして、こちらから切ってもダメだ。相手が切るまでほっとくんだ。いいな、切るなよ」
それだけ言うとB君からの電話は切れてしまいました。B君の声はいつもの彼の声と違っていて、甲高くまるで声変わり前の男の子の声みたいだったそうです。
折り返しAさんは、B君に電話したのですが、繋がらなかったそうです。それからしばらくして、B君も行方不明になったことをAさんは友達から聞きました。
そんな事があってから、Aさんの周りで、おかしなことが起こり始めました。ゴシックファッションの女の子の姿を見かけたり、メイド服のコスプレをした女の子を見かけたりするのだそうです。そして、その姿にAさんが気付くと、彼女たちはすぐに姿を隠すのです。女の子に付回される事って、そうあることじゃないですからね。友達に冗談めかして自慢ぽく話したりしていたのですが、段々と気味悪くなってきたんですね。
そんなある日、Aさんのところに電話がかかってきたんです。Aさんは、地方から出てきていてアパートに独りで住んでいたんです。電話はあったのですが、親しい人とはほとんど携帯で連絡を取っていたので、電話は、ネット用に使っているだけだったんです。でも、ときどき何とか墓石とか、かんとか住宅とか、セールスの電話がかかってくるんです。いつもはほっとくんですが、その夜はいつになく電話のベルが鳴り続けるものですから、親戚からの緊急の電話かと思ったんですね。親元には電話と携帯と両方の電話番号を知らせてあったものですから。
Aさんは、鳴り止まない電話の受話器を取ったんです。
「はい、もしもしAですが・・・」
でも、相手からの返事はないんです。
「もしもし、どなたですか?」
そう問いかけたのですが、相手は何も言わないんです。Aさんは、頭にきて電話を切ろうとした時、かすかに声が聞こえているのに気付いたそうです。
「あなた・・・でしょ?」
「え?」
「あなた・・・でしょ?」
それは、C君が受けたあの電話だったんです。Aさんは、B君の警告を思い出したのですが、もう出てしまったのですから遅いです。Aさんは、B君のあの警告があるので切る事もできず、ただ黙って、受話器を掴んだまま、その場に座り込んでしまいました。
「あなた・・・でしょ?あなた・・・でしょ?あなた・・・」
電話の声はただそれを繰り返すだけなのです。Aさんが何を言ってもテープに録音した声のように、同じ言葉を繰り返すのです。
「あなた・・・でしょ?」
その機械の様な気味悪い声から離れることの出来なくなったAさんは、ただ黙って繰り返される声を聞いていたそうです。手がしびれてくると、手を持ち替えて、座るのに疲れてくると横になって、ただじっとその声を聞いていたそうです。
受話器から離れるとどうなるのかわからなかったので離れることも出来ず、Aさんは、繰り返される声を聞いているだけでした。
そのうち、何時間もたって、Aさんがいつまで続くかわからない緊張からストレスがたまり、投げやりになりかかった時、電話の声の変化に気付いたそうです。
「あなた・・・でしょ?あなた・・〜でしょ?あなた・〜〜でしょ?あなた・」
聞き取れなかった言葉が、わずかですが、聞き取れるようになってきたのです。
「あなた〜〜〜でしょ?あなた〜〜〜たいのでしょ?あなた〜〜なりたいのでしょ?」
電話の声は、何かになりたいのだろうと言っているのです。Aさんは、辛抱強く、電話の声を聞き続けました。
「あなた〜〜になりたいのでしょ?あなた〜〜こになりたいのでしょ?あなた〜〜のこになりたいのでしょ?あなた」
何かの子になりたいのだろうと聞いているみたいなのです。
『もう少しだ』
Aさんは声が明快に鳴るのを待ち続けました。
「あなた〜〜なのこになりたいのでしょ?あなた〜んなのこになりたいのでしょ?あなたおんなのこになりたいのでし
ょ?あなた・・」
「なに〜〜」
Aさんは、やっと電話が要っている言葉を知ることが出来ました。電話はAさんに『女の子』になりたいのだろうと聞いているのです。
「これかぁ〜、BやCにかかってきた電話は。じゃあ、BやCは・・・?でも、Cは返事を・・・した。あいつはやけになって返事をした。なりたいって。じゃあ、Cは・・まさか!」
Aさんは、背中に冷たい物が走るのを感じました。C君はこの電話の問いかけに答えてしまったのです。とすると、B君も・・・
そう考えた時、Aさんは思い当たり事がありました。あの時々見かける女の子の影。B君はメイド萌え、C君はゴスロリ萌えだったのです。ひょっとするとあれは・・・
「あなた女の子になりたいんでしょ?あなた女の子になりたいんでしょ?あなた・・・」
壊れたCDプレーヤーのように同じ言葉を繰り返す電話にAさんは答えました。
「俺は・・・」
さて、あなたならどう答えます?