あるCM 撮影編
アイスが入ったカップの形をしたマイクの前で、若い美人女優がリズムを取ってラップを歌っている。
「カット!だめだよユキエちゃん。もっとリズムに乗って・・・」
「は、はい・・・」
何度もリテイクされてさすがに女優もくたくたになっていた。その様子を見ていた監督が怒鳴った。
「30分休憩」
「だ、大丈夫です」
「休憩!」
女優は大丈夫なところをアピールしようとしたが監督はそれを無視して休憩に入った。
「はぁはぁはぁ」
女優は撮影の緊張から解放されて、取り直しの緊張から緩み、疲れがどっと彼女に流れ込んだ。
「監督。撮影のほうですが・・・」
「う~む」
「監督どうされました?」
撮影現場のディレクターチェアで頭を抱え唸っている監督に、スタッフの一人が声をかけた。
「あ、ああ。あいつを変えるわけにはいかないんだよな」
「ユキエちゃんをですか?彼女、感も良いし。リズム感も・・・」
「だからお前はいつまでも助監なんだよ」
「でも、何がまずいんですか?一生懸命やってくれてるし」
「確かにな。だが、どうも違うんだ。1/2テンポどうしてもずれるんだ」
「では、ユキエちゃんにそう言って・・・」
「だめだ。これはいっても直るもんじゃない。いい娘なんだがなぁ・・・」
監督はまた考え込んでしまった。
「彼女は、はずせませんよ。彼女を使うのはスポンサーからの条件ですから」
「彼女も悪くはないんだが、ラップがなぁ・・・」
と、監督はため息混ざりにつぶやいた。
「ラップかぁ。監督、ラップだけ別録したらどうでしょう?それなら何とかいくかと・・・」
「別録?これは同時録音だから感じが出るんだ。別録など・・・」
「おはようございます。監督」
「お?ああ、おはよう」
別のスタジオで撮影をしている俳優が挨拶に来た。と、そこへまた人が来た。
「監督。おはようございます」
「ああ、おはよ・・・ん?え?え?ええ?!」
驚き呂律が回らなくなった監督の視線の先にはさっき監督に挨拶した俳優にそっくりの顔があった。
「君たちは双子だったっけ?」
「いえ、違いますよ。僕は一人っ子です」
先に監督に挨拶をしたほうの俳優が答えた。
「でも君たちはそっくり・・・」
「アハハ、これは特殊メイクですよ。まだ撮影があるから取ることは出来ませんが」
「特殊メイク?」
監督はそういうと黙って何か考え込んでしまった。
「かんとく?」
だが、その問いかけに何の反応も示さなかった。瓜二つの俳優たちは、だまって頭を下げて監督のそばを去っていった。
「特殊メイクか・・・」
しばらく何か考え込んでいた監督が大声を上げた。
「助監!ちょっとこい」
「は~い」
そばに来た助監督に監督は何か耳打ちをした。
「い?それは・・・」
「いいアイデアだろう。すぐに準備しろ!準備が終わるまで撮影は中止だ」
助監督は血相を変えてスタジオを出て行った。その後姿を見ながら監督は薄ら笑いを浮かべた。
「はい!スタート」
助監督のその声に、女優はラップを始めた。
「今度のパラップ。フルーツ感アップ!フルーツ感アップ!フルーツ感・・・」
だがその声は・・・
「OK!」
監督が機嫌よくOKを出し、他のスタッフはホッとした。監督は力んでラップをしてぐったりとなった女優のそばに近寄った。
「お疲れ。よかったよ」
「ありがとうございます。でも、くたくたですよ。早くこのメイクを取りたいです」
そう答えた女優の声は、さっきのラップの時の声と同じで、まるで・・・男。
「もうしばらくそのままでいいんじゃないか」
「でも、顔がユキエちゃんだとおかしな道にいきそうで・・・」
そう言いながら女優は自分の胸を持ち上げた。
「怖ろしいですね。特殊メイクって。男の俺を、名句間ユキエちゃんにするんですからね」
そういって胸を揉みながら微笑む女優の顔は、まるで助平な中年親父に似ていた。
『今度のパラップ。フルーツ感アップ!フルーツ感アップ!フルーツ感・・・』
TVに流れていたCMを見ながら彼女のファンの少年が呟いた。
「このアテレコうまいなぁ。まるで彼女がいっているみたいだ・・・」