変装人情噺・封印の美
どうぞ。今日は担当しないので、そのあいだ私からおはなししましょう。
彼女は入学時から私のゼミにいて、美貌は気になってましたよ。
相談されたのはおととしの6月でした。
ちょっと前に彼女の恋人が自殺して、いえ、転落死で、断定はされてないんだが。
彼女が言うには、自分に原因があると。
彼は高校の同級で、別の大学に進んでたんだね。
大学の運動部の先輩が彼女を見かけて、紹介しろとせまった。
断ったら、しごき、いじめが始まった。それに苦しんで、死を選んだ。
と、彼女は言うんだね。
さらに、それでもその先輩なる男は彼女につきまとおうとしている、と言うんだ。
で、相談の内容が・・顔を変えたい、と。
ひとつには、その男から隠れるため。もうひとつの理由が・・
自分が目をつけられたから彼は死んでしまった、自分の顔のせいだ、
人目につかない、目立たない、地味な顔に変えてほしい、とこう言うわけ。
まあ普通は精神科を紹介するような相談だが、私の研究がね。
専門は形成外科だが、装着式の器具の開発もしてるんだ。義肢や義眼、それに仮面などもね。
通常は外見を改善するためだが、逆の要望で珍しいケースだろう。
研究費を使って実験することにしたんだ。
やってみると、これが難しい。醜く変えるなら一部だけ変えればすむが、地味にとなると。
もとがくっきりした美形だから、部分的にいじったらよけい目立ってしまう。
顔全体を隠す仮面にすることにしたんだよ。
医療用の器具の場合、着用時の快適性や脱着の容易性、くりかえし使用するための耐久性などの問題が多い。
今回の実験では外見の自然さを優先し、それらはほとんど考慮しなかった。
接着も大変だし、剥がしたら使い捨て。そのかわり一度装着したらできるだけ長時間使用する。
食事や睡眠、入浴もそのままということ。
実験を始めて最初は一日装着後肌を調べ、次はどれくらい耐えられるか引っ張ってみた。
すると一週間たってもまだ大丈夫と彼女は言うんだ。
ゴム素材で通気性はよくないし、7月のことでかなり暑苦しいはずなんだがね。
本人が耐えられても、汗や皮脂は接着にも影響するから一週間を限度としたんだ。
それから一年半、彼女はほとんど仮面を着けて生活をしてるんだ。
だいたい月曜に仮面を装着し、土曜に剥がして一日おいてまた月曜に・・といったようにね。
それにしても、彼女も来年は卒業だろう。あれを続けたままで就職というのは難しいだろうし・・
こちらもずっと費用をもつというのもねえ。
ところで、君は彼女とはどういう関係なんだね?
僕は・・バイト先で知り合って、それで・・惹かれるものがあって。
いえ、外見じゃないし、あまり会話もせず・・なにか雰囲気が。
それで、彼女がそこをやめることになって、それで・・付き合って欲しいと言ったんです。
その時、彼女は眼鏡を外して・・ええ、それも初めて見ました。
そこで・・その、キスしてほしい、と言われたんです。
びっくりもしましたけど、うれしかったから、ええ、しました。
ええ、別になにも変なところは感じませんでした。
そしたら、彼女がマスクのことを打ち明けて。
自分がマスクを・・彼女はお面と言ってました。お面をかぶっているんだと。
聞いた時はまさかと思いましたけど、首のつけねの素肌とのさかいを見せられて。
そして、おとといここへ連れてこられて・・素顔を見せられたんです・・
ええ、あんな美人だったなんて・・でも・・どちらの彼女も・・彼女だし・・
彼女が望むなら・・どちらだって・・
あ、終わったんですか?
お待たせしました。先生からお話を聞いたんですね。
今日からまた、これが私の顔になります。土曜まで、お面をかぶったままで生活するんです。
ええ、だいぶなれました。ゴムのお面を顔に貼り付けたままだと、暑苦しさで、はじめはよく眠れなかったし、食事も・・
ほら、唇もお面の唇でしょう。こうしてしゃべるのも、ちょっと大変なんです。
この唇に・・打ち明ける前に、つくりものの唇にくちずけさせてしまって・・
あの時、あなたはなにもきずかなかったといいましたね。
あの時私は・・お面をかぶったままあんなことをして・・あの時感じたのは・・
お願いがあります・・私を・・抱いてください!
このままの私を・・抱かれてみたい・・このお面をかぶったままで!