福助被害者ファイルNO.5

新門 美津恵 (21歳) (婦警)

 

わたしの名は、新門美津恵。T−警察署総務課の婦人警官をしています。警察官といってもここは、警察署内の雑務を全て扱っているといっても過言ではないでしょう。

わたしは、本当は捜査課の刑事になりたかったのに、女の仕事ではないと事務職に回されたのです。そんな悶々とした日々を過ごしていたある日、事件は起こりました。

それは、広域指名手配犯第2949号。通称「怪人福助」の捜査ファイルが、バックアップデータごと消滅してしまったのです。それも、警察庁はおろか、警視庁、道警察、両府警察、各県警察、そして、市町村にいたる警察署のデータも全て消えてしまいました。何者か(多分、福助本人でしょうが)による破壊工作です。

しかし、変装の達人で、親しい人でも福助かもしれない状況では、復讐を恐れ被害者からの届出はあまりなく、被害届の少ない福助の犯罪歴を消されては、復旧は困難に思われましたが、ここT−警察署の資料室にプリントアウトされたデータが残っていました。誰にでも、本物以上に化ける福助を相手では、手の打ち様がありません。そこで、福助が逮捕される時まで、このデータは警察署の地下金庫に保管されることになりました。そのことは、警察内でもごく一部のものの知る極秘事項になりました。あの日までは・・・

 

その日、わたしは同期で交通課の美香と昼食を取っていました。署内の食堂恵は味気ないので、屋上でて手づくりのお弁当を見せあい、おかずの交換なんかしながら楽しく食べていました。するとそこに、めったに人が来ない屋上なのに誰か上がってくる音がしました。そして、屋上への入り口から出てきたのは、Tシャツを着た一般人の人でした。交通課を聞いたところ、上だと言われ、上がっているうちに屋上に出てしまったというのです。少し、ぼんやりとした容貌なので道に迷ったのでしょう。

ちょうどお弁当を食べ終わっていたので、部署に戻る美香にその人を任すとわたしは自分の部署へと戻りました。

それから、30分は立ったでしょうか。2階をうろうろとする美香に出会いました。わたしは、いつもとちょっと様子が違う美香に声をかけました。

「どうしたの?」

「いえ、ちょっと。捜査課はどこでしょう?」

「何を他人行儀な。捜査課はもう一階上でしょう。」

「ああ、そうかありがとう。」

礼を言うと美香はその場を走り去りました。いつもと違う美香の態度に、わたしは彼女の後を追いかけました。

ですが、途中で地域生活課の課長に見つかり、署内では走るなとこってりとしぼられ、美香を見失ってしまいました。それでも、三階を見回っていたとき、女子トイレの中で何か物音がしました。恐る恐るその中を覗いて見ると、中ほどの個室のドアが開いていて、ドアの影でよくは見えなかったのですが、誰かが立っているようでした。

やがてドアが閉まりそこに姿を現したのは、私服を着た美香でした。彼女の右手には、肌色のシートの付いた長い髪のかつらでした。それを持って手洗いの鏡の前に立つと、その奇妙なかつらを被り始めました。シートに見えたのは人の顔をコピーしたマスクで、そのマスクの目鼻の位置を合わせ、耳までそのマスクをすっぽりと被ると、かつらを整え、鏡で細部を整えていました。そして、振り返ったその顔は、捜査課の紅一点。国家公務員の上級試験を上位で合格しながら地方警察の捜査課に配属を希望した才女で、美人。T−警察署始まって以来の初めての女性刑事・左近寺しのぶ刑事でした。美香はなぜ左近寺刑事に化けたのでしょう。それよりも彼女がこんな特技を持っているとは思えません。これは、あの怪人に違いありません。

わたしは無我夢中で飛びだし、彼女に飛び掛りました。これでも警官です。一応は逮捕術も教わりました。でも、さすがに怪人と言われるだけはあってするりと交わされ。わたしは、また開きかけたあのトイレのドアに頭をぶつけてしまいました。痛む頭を押えながら、立ち上がろうとした時、トイレの中からうめき声がしました。

中を覗くと、左近寺刑事が、下着姿で、両足と、両手は後に縛られていました。口には丸い穴明きのボールを噛まされていました。わたしは、その猿轡を外しました。

「何をやっているの。わたしはいいから、あいつを追って、あいつは怪人福助よ。さっさと行きなさい。」

わたしは、その言葉に従いトイレを飛び出していきました。その後から何か声がしていたが気にしませんでした。

左近寺刑事に化けた福助は、あたりの様子を見ながら捜査課に入ろうとしていました。わたしはあらん限りの力をこめて叫びました。

「怪人福助よ!捕まえて〜〜〜〜」

捜査課や近くにいた人たちは、わたしの声に驚きました。一番驚いたのは左近寺刑事に化けた福助だったでしょう。身をひるがえすと、階段を駆け降り始めました。わたしはそれを追いかけました。途中何人かの人にぶつかったが気にはしていられません。何とか一階に追い詰めた時、福助は、保管倉庫にしか使っておらず、めったに入ることのない地下室へと逃げ込みました。だけど、そこの電気のスイッチはわかりにくく、彼女は、暗闇で階段を踏み外してしまいました。

わたしたちが、明かりをつけた時、階段を降りきったところにぐったりとなって倒れていました。駆けつけた捜査課の刑事さんが、脈を確かめると生きているようでした。ただ、打ち所が悪かったのか、意識不明のままでした。

生死を確認した刑事さんが、左近寺刑事のマスクを剥がすとその下からは、美香の顔が現れました。わたしには、どうしても美香が福助とは思えません。そのとき、その刑事さんが叫びました。

「こいつまだマスクを被っているぞ。」

さらのマスクが剥がされ、その下からはさっき、道に迷って屋上に来た一般人の顔が現れました。ですが、それで終わりではなく、さらにマスクがあり、その下からは、凹凸のあまりはっきりしない、特徴のない顔が現れました。それが、怪人福助の素顔なのでしょう。

こうして、怪人福助は逮捕されました。美香はというと、この倉庫の奥から下着姿で縛られて発見されました。やはり、あのときの男が福助だったらしく、いきなりガーゼを当てられ何か嗅がされて気を失ってしまったそうです。

その後わたしは、福助逮捕の功績から刑事になり、警察庁に福助のデータを輸送する任務を言い付かりました。

福助は病院で意識不明のままでしたが、わたしは初めての任務に頭がいっぱいでそのことまでは気が回りませんでした。わたしの相棒は、あの左近寺刑事でした。はじめての任務ですから同性の方がいいだろうという課長の指示です。課長にかんしゃかんしゃ。

「新門刑事これからもよろしくね。」

「は、はい。左近寺先輩よろしくお願いいたします。」

「まあ、緊張して、かちかちね。まだ、時間があるから行ってきたら。」

「行きたいでしょう。わたしもそうだったから。」

「は、はい。失礼します。」

わたしは、自分がトイレに行きたがっているという事さえ、緊張のあまり忘れていました。左近寺さんに言われて始めて気づき、わたしは、トイレを探して、近くのトイレに飛び込みました。

し終えるとだいぶ緊張もほぐれてきました。ドアを開けて出ようとしたとき、表にはお掃除のおばさんが、立っていて、持っていたモップの柄をいきなりわたしの顔に突き出しました。わたしは思わず後ずさりをしました。

「なにをするのよ。おばさん。」

「おばさんなんて、失礼ね。このうら若き乙女を捕まえて。」

その声には聞き覚えがありました。それは、美香の声に間違いありませんでした。

「み、美香?」

おばさんは、ほおっかむりを取り、その下から現れたのは美香の顔でした。

「あら、わかったの。」

「当然でしょう。親友だもの。」

「あら、そうかしら。これを見てもそう言えるかな。」

美香の声は途中で男の声に変わりました。そして、美香は顎に手をあてて、顔の皮を剥ぎ始めました。そして今度下から現れたのは、あののっぺりとした怪人福助の顔でした。

「友達は、病院に入院しているのに、偽者とのんびり昼飯を食っていて親友といえるのかな。」

「いつのまに・・・」

「あの時からだよ。怪人福助が地下室の階段を踏み外して捕まった時さ。あの時に彼女に身代わりになってもらったのさ。この顔も気に入っていたしね。それに、この時を待っていたのさ。」

「まさか、あのファイルを・・・」

「そうだよ。そのためにこんな七面倒な事をしたのだから。さあ、お嬢ちゃん。その顔をお貸しいただこうか。」

「今度はわたしに化けるつもり。でもダメよ。あなたの顔はもう知られているのだから。」

「おやおや、この顔を本当の顔と思っているのかい。それでは、こんな顔はどうだい。」

そののっぺりとした顔の皮を剥ぐとその下からは、わたしの顔が現れました。

「どう、これなら、福助とはわからないでしょう。」

その声も完璧にわたしの声でした。

「それではおやすみなさい。美津恵ちゃん。」

わたしの顔の前に突き出されたモップの柄からなにかガスのようなものが出てきてわたしの意識は朦朧としてきました。

そして、何の抵抗できずに、もうひとりのわたしにされるがままになってしまいました。

最後にわたしが聞いたのは、左近寺先輩に声をかけるもう一人のわたしの声でした。その声を聞きながら、わたしは、気を失いました・・・