福助被害者ファイルNO.2

ミズ・ビューティフル・テンヨー  30歳 マジシャン

 

わたしは、脱出を得意としていたMr.デンジャラスエスケープこと斎田天養の弟子でした。ですが、師匠の天養亡き後、2代目を継いだのですが、名前の重さに耐えかねてアメリカに渡り、こちらのイリュージョンと、師匠の技をあわせたショーで、成功することができました。

そして、今回が、日本で初めての公演。そして、出し物は、師である斎田天養が亡くなった原因となった決死の大脱出「業火のジェットコースターからの大脱出」。3年前、これに失敗して彼は、原型も留める事もなくこの世を去った。

 その脱出にわたしは挑戦することになった。ジェットコースターの先頭に乗せられた箱の中に閉じ込められる。そしてコースターの最後部にセットされた発火装置がスタート後、30秒で発火。コースターは木製で、灯油が、染み込ませてあるので、スピードが出ていても燃え広がるだろう。そのうえ、途中数個所に、脱出用のポイントがあるが、そこはコースター通過後、1分後に爆発するようになっていた。逃げ遅れたら爆発に巻き込まれてしまう危険性があった。10分後に到着するステーションには、大量の火薬が仕掛けられていて、最後はステーションごと大爆発を起す段取りになっていた。その脱出劇を初代天養は行い、失敗した。

 予定ではステーションについたときに脱出する事になっていたのだが、彼は脱出する事もなく、ステーションとともにその華麗なる生涯を終えた。

 その脱出劇をわたしが挑戦するのだ。これに成功すれば、わたしは師を超えた事になり、名実ともに史上最高のマジシャンの称号が得られるのだ。師の最後の弟子で、女性だったわたしは、色香で名を継いだとか、天養の名が泣くぞとか、散々言われてきたけどそれも今日で終わる。あしたからは、ミズ・B・テンヨーの名が世界中に広まるのよ。

 わたしは、TVスタッフと入念な打ち合せをすると、スリリングな絵になる場所からの撮影をセッティングすると、ショーの準備に取り掛かった。ショー的には最後の最後に脱出したように見せるのが一番効果的だ。わたしは、長年一緒に仕事をしてきたマジックのスタッフと打ち合わせをして、ショーの開始を待つ事にした。

 この時間ほど慣れないものはなかった。先代はこの緊張感がたまらないといっていたが、わたしはこの緊張感が嫌いだった。ショーをやっているときのほうが気楽な気がしていた。緊張しているわたしに気を効かせたのだろう。スタッフの女の子が、紅茶を持ってきてくれた。

 「ありがとう。」

 わたしは礼を言うと、温かなレモンの香りがするその紅茶を一口飲んだ。喉を通り、体にその暖かさが広がり、身体の緊張がほぐれていく感じがした。

 「どういたしまして。先生、頑張ってくださいね。」

 その子は微笑むと、軽くウインクをした。よく緊張したわたしを和ませるのに先代がしていた仕草に似ていた。ふと、わたしは、彼女の顔に先代の面影がダブった気がした。ぜんぜん似てないのに不思議だ。

 「友華ちゃん。段取りは大丈夫ね。」

 「ハイ先生。任せてください。」

 わたしの弟子になってまだ、1年だが、物覚えがよく、頭の回転が早く、機転がきいて、手先も器用で、将来が楽しみな子だった。そのうえ、綺麗というよりもチャーミングな子で、スタイルもよかった。将来は、わたしの頼もしいアシスタントになってくれるだろう。そんな思いがする子だった。

 時間になり、わたしはこの子と一緒にジェットコースターのステーションへと向かった。ステーションではすでに、TVスタッフやわたしのスタッフがスタンバっていた。

 わたしは、本番開始とともにガウンを脱ぎ、レオタードになると手錠をかけられ、身体を縄で縛り上げられて、ずた袋の中に詰め込まれて、箱の中に閉じ込められた。そのあと、箱の蓋には、かぎか掛けられ、脱出不可能となるのだ。

 コースターが静かに動き出したのを感じながら、わたしは、隠し持っていたレーシーバーのスイッチを入れた。

 「友華ちゃん聞こえる。」

 「ハイ先生。よく聞こえます。」

 「じゃあ、段取りどおりにオネガイね。」

 「は〜い。」

 友華の元気な返事を聞いて、わたしは、脱出準備に取り掛かった。段取りはこうだ。拘束を解き、この袋から出ると、箱の中に忍んでいて、五つある脱出ポイントのうち、第二のポイントまでこの中にいて、第三のポイントに差し掛かる前に、カメラに見えないように脱出して、コースターに潜んでいる。そして、第三ポイントで、脱出して爆発後に消火に来たスタッフにまぎれてこの場を去る予定なのだ。第三ポイントは地上にセッティングされているので、ここしか脱出のチャンスはなかった。先代はここでの脱出に失敗し、ステーションまで行って、最後を迎えたのだ。

 わたしは、縄をほどき、手錠のカギをはずし、鋭く研がした爪で、ずた袋を引き裂いて、箱の中に出た。箱の横のほうに小さな脱出用の扉があるはずだった。わたしはそこを探した。でも、それが見つからなかった。

 「どういうことなの。確かになるはずなのに。」

 第三ポイントまでの時間は刻一刻と迫ってきた。わたしは、レシーバーに向かって叫んだ。

 「友華ちゃん。出口が見つからないの。どういう訳かしら。」

 「先生。その箱は何の仕掛けもありませんわよ。先生が先代にされたのと同じように、出口は塞いでありますわ。」

 「なにを言っているのよ。わたしはそんなことはしていないわ。それよりここをあけてよ。」

 そのとき、レシーバーからわたしの声が聞こえてきた。

 『先生。脱出口は塞いでおきました。フーディニの再来と言われる先生ならそこから抜け出すなんてかんたんでしょう。』

 『ユミ。なんてことをしたんだ。すぐにここを開けろ。コースターを止めるんだ。』

 『あら、脱出王がそんなにあわててどうなさるのですか。観客ががっかりしますわ。』

 『なにをいっているのら。はやくここかららしれくれ。』

 『やっと薬が効いてきたみたいね。先生。先生はわたしを愛して下さっているものと思っていました。でも、あんな女と、あんな女と、先生不潔です。』

 『らりをいっているんら。それはらりかろ・・・』

 『先生の跡はわたしが継ぎます。先生、天国からわたしを見ていてください。でも、わたしは2度と先生とお会いする事はできないのですね。わたし、天国にいけそうもないもの。大好きな先生にこんなことして・・・』

 すすり泣く声が続いて、途中でぷっつりと切れた。

 「どう、思い出しました。先生がされたことを・・・」

 「あなたどうしてそのテープを・・・あなたはだれなの。」

 「まだおわかりにならないのですか。殺してしまうほど愛して、憎んだ男なのに・・・・」

 友華の声は途中から男の声に変わった。その声は、あの忘れられぬ先生の声だった。

 「せんせい?」

 「そうだ、斎田天養だよ。君に殺されたな。」

 「そんなばかな。先生はあの事故でなくなわれたのよ。」

 「フフフ、事故か。しかし、わたしは天養だよ。あの時TVスタッフに紛れ込んでいたある人に助けられ、こうして君に復讐をしている。」

 「そんな、先生が友華ちゃんに化けていたなんて・・・」

 「化けていたわけじゃないよ。あの友華の姿がいまのわたしの姿なのさ。あのステーションの爆発でわたしは大火傷を負い、あそこを破損してしまった。わたしを助けてくれた人が、治療してくれた時にわたしがあの姿を望んだのだ。」

 「なぜ、女の姿に・・・」

 「女のほうが、艶やかさが出るだろう。今の君のように・・」

 わたしは、言葉に詰まってしまった。死んだはずの先生が生きている。それも女の姿で・・・

 喜ぶべきか悲しむべきか。わたしは何も言えなかった。

 「さて、さっき君が飲んだ紅茶に入れた薬が効いてくる頃だ。どうだい。痺れてきただろう。」

 そう言うと、口に締まりがなくなり、手足が動かなくたってきていた。

 「ふふふ。でも安心してていいよ。このショーは成功するから。」

 「ろうしれ・・」

 「それはね。わたしが今日からミズ・B・テンヨーになるからよ。安心してね。」

 先生の声は、わたしの声に変わった。そんなばかな・・・

 「そう今日からはわたしがミズ・テンヨー。あの人にお願いして姿も声もあなたそっくりにしてもらっているから誰にもばれないわ。安心してあの世に行ってね。わたしの子猫ちゃん。」

 それは、先生が最愛の人に送る愛称だった。先生はわたしを愛してくれていたのだ。そして、愛する先生の手にかかってわたしは死んでいく。あとのことは先生がうまくやってくれるだろう。わたしは、張り詰めていた糸がぷっつりと切れたように、安らかな気持ちになって目を閉じた。2度と目覚める事がないだろう眠りの中に、身を横たえて・・・

 「よかっら。れんれい、さようらら・・・」

 それがわたしの最後の言葉。先生より預かったものを返す事ができて・・・それが、あたしの偽らざる気持ちだった。そして、先生に対しての罪に意識と、天養という名前に対しての重圧感から開放されて、わたしの心臓は、志津かに休んだ。そして意識も次第に静まっていった・・・

 

 

 「どうするんだ、二代目。彼女、死んでしまったぞ。」

 ステーションに走りこんできたコースターの最前列にある箱の蓋を開け、中からテンヨーを担ぎ出すと、ステーションの長いすに横たえ、脈や瞳孔を確認していたが、首を横に振ると、終点のステーションに集まっていたTVスタッフの一人が、ミズ・テンヨーの弟子の友華にささやいた。

 その声が聞こえていないのか友華はテンヨーの死に顔を覗き込みながら不思議そうに言った。

 「どうして、彼女は笑顔を浮かべているのだ。嫉妬で殺してしまった男が蘇り、彼女を殺そうとしたのに・・・」

 「それは、彼女が本当に天養を愛していたからさ。彼女は自分の命よりも天養が生きていた事がうれしかったのだろう。」

 「自分が死ぬ事よりもか。二世。」

 「ああ。」

 友華に聞かれたTVスタッフが答えた。

 「お前は、もし、自分の命と引き換えに由希の命が助かるとしたら、お前は死ぬか?」

 「ああ・・・て、なにをばかな事を言わせるのだ。俺は怪人福助二世だぞ。」

 という彼の顔が真っ赤になっているのを、友華は見逃さなかった。

 「ふ〜〜ん。」

 「ふ〜んて、お前との仲だから何も聞かずにここまでしたが、どうして、お前はこの女にこれだけ執着したのだ。」

 友華は黙ってしまった。そして、何か決心すると、ぽつりぽつりと話し始めた。

 「あれは3年前の事だ。まだ先代が長い休暇をとる前で、お前がヨーロッパの警察と遊んでいた頃。僕は、先代と一緒にある仕事のためにTVスタッフにまぎれて、斎田天養最後の大脱出の舞台となったこの地にいたんだ。そして、あの事故のとき、爆発の跡から、天養を見つけた。彼はぼろぼろになり、火傷もひどく、助かりそうになかった。だが、僕と先代はできるだけの手を尽くしたが、ダメだった。そのとき、彼が最後に言い残したのがこの言葉だ。

『子猫ちゃん。おいたはダメだよ。』

彼は知っていたのだ。誰が自分をこんな目に合わせたかを、そして、それに対して怒りは覚えてはいなかった。僕にはそれが信じられなかった。そんなことがあるのだろうか。僕は確かめるために、この姿になり、ミズ・テンヨーの弟子となって、彼女の近辺を探った。」

 「お前のいなくなったわけはそれか。」

 「そうだ。そして、彼女が天養との最後の会話のテープを持っているのを見つけダビングして、聞かせたのさ。」

 「それが、あのテープ。」

 「そうだ、だが、彼女もまた自分が殺されるのに騒ぐ事もなく安らかに死んだ。」

 「俺達は殺人だけは犯さなかったのに、ついにその掟を破ってしまった。」

 「いや、元々彼女の心臓には欠陥があって、こんな大掛かりな仕掛けは無理だったんだ。だから、緊張が解けたときには死が待っていたんだよ。」

 「お前はそれを知っていながら・・・」

 「だが、彼女はそれでもこれをやった。何のためだ。天養を抜くためか。」

 「それは誰にもわからん。彼女にもわからないのかもしれんな。」

 二人は聖女のような微笑を浮かべるミズ・テンヨーの死に顔を見つめていた。

 「これからどうするのだ。」

 「手筈は整っている。テンヨーの身代わりは、NO.2135にやってもらう。そして、後の始末だが・・・」

 「おい、いやだぞ。由希にこの計画にかかった経費に説明をするのは。TVスタッフの機材に、このコースターの借用代、ミズ・テンヨーのスタッフのギャラ、その他もろもろで、かなりの額になるのだぞ。あいつは、組織の経理をやりだして、かなりうるさくなってきたんだから。」

 「でも、彼女の相手ができるのは、二世しかいないからな。」

 「それとこれとは・・・こんなことを言ったら、また俺の小遣いが減らされるだろうが・・・」

 友華は、何処から取り出したのか黒いマントを被った。そして、そのマンとのしたから現れたのは、古びたソフト帽に格子の背広、らくだのシャツに毛糸の腹巻に、よれよれのズボンと磨り減った雪駄。極めつけは、」ちりちり頭の四角い顔。

 「よお、小市民の諸君。額に汗して働いているか。小さな幸せのために頑張れよ。それと、博。さくらのこと頼んだぞ。俺は旅の空の下で、二人の幸せを祈っているからな。」

 「にいさん。サクラさんをかならず幸せにします。」

 手を握りそう言われた二世は、なみだぐみながらそう答えた。

 「うんうん。がんばれよ。それでは、小市民の諸君。げんきでな、さらばだ。お〜れがいたんじゃおよめにゃいけぬ〜わかあちゃいるんだいもおとよ〜。」

 とうたいながら、彼はその場を去っていった。誰もが涙ぐみながらも彼の後姿をいつまでも追っていた。と、二世のそばの一人が呟いた。

 「あれ、2代目は・・・」

 「あ、あいつまた逃げやがった。こらまて〜〜〜。」

 二世は、遊園地の雑踏の中に消えていった彼を追いかけていった。その後には、ただ木枯らしが吹いていた。