姫神生誕後日談


わたしは、インターネット出版社の少年少女文庫社に古本屋で見つけた「真書・古事記」に載っていた「姫神生誕」を元にして書いた話を投稿してみた。それを、ある編集者の人が見て、少年少女文庫に掲載してくれたのだが、この編集者の人は、ネット作家の中でもかなりの重鎮で、鈍筆、悪文字、超短気の編集者キラーとして恐れられた『シリマセンガナ』先生(別名・削除キーを叩く男)を相手取り、頭を下げさせて原稿を書かせたという伝説の編集者『ゼーンブ・MONDO(全部・ホント?)』氏だった。こうして、わたしの作品が掲載されると、「姫神」についてのいろいろな情報が入ってきた。

そのなかで、MONDO氏の同僚の米津氏から意外な情報が待たされた。それは、「姫神」に関する説話集が、少年少女文庫社の前身である八重洲出版から、大正の半ばに国文学者の亜希満(あきみつる)氏によって、十数編の伝説を収集して、発行されていると言うのだ。わたしは、早速、米津氏にお願いして、少年少女文庫社の資料室からこの本を借り出してもらった。

その内容は、江戸時代の(いつ頃かはわからないが)初代より二代目へとの引継ぎの場面から始まっていた。わたしが見つけた初代の話ではなかったが、荒ぶる神、血を求める神、残虐非道の神と呼ばれている神を収集しているにしては、この神の伝説を語っている人たちの「姫神」に対する優しい思いが感じられる説話集だった。わたしは、これらの人々に愛される姫神について強い興味を覚えた。

 わたしは、MONDO氏と米津氏にお願いしてこの『亜希満』氏について調べてもらった。『亜希』氏は、大正から昭和の初期にかけて日本を代表する国文学者であり民俗学者で、特に、昔の民衆に恐れられた『姫神』の研究では第一人者で、新しい『姫神』の伝説を求めて熊野路に旅立ったのを最後に、消息を立っていた。もし、いま存命していれば、106歳になる。だが、さすがにそれはありえないだろう。だから、その亜希博士の縁者の方を探して、その方に亜希博士のお話を伺う事にした。運良く亜希博士の曾孫(ひまご・子の孫)の方が京都にお住まいだと言う事がわかった。そこでわたしは、早速メールを送り、その方とお会いする事にした。なにか、『姫神』について、なにか新しい事を伺えるかもしれない。その思いにわたしの心は浮かれた。 ある日曜日、わたしは、亜希氏の家を訪れた。亜希氏の家は、京の由緒ある古いお寺の隣にある、その佇まいはかなりの風雪に耐え年輪を重ねたものだった。

 呼び鈴を押すと、中から声がして、落ちついた柄の着物を着たしとやかな初老の女性が出てきた。どう見ても、40代前半のようで、会う約束をしている亜希氏の母親なのだろう。わたしは、本日の訪問の要件を告げた。

 「え、みちるとお約束でしたか。あのこったらお約束を忘れて出かけてしまいました。どうしましょう。遠方よりわざわざお越しくださったのに。」

 「いえ、わたしのほうが無理やりお願いしたのですから仕方ありません。それでは後日改めてお伺いいたします。」

 「いえいえ、それでは、申し訳がございません。お約束していたのならもうすぐ帰ってまいると思いますから、どうぞお上がりになってお待ちください。」

 失礼しようとするわたしを、その女性は無理矢理、家に上げてしまった。そして、わたしは、居間へと案内された。外からでは良くわからなかったが、この家は、中庭を囲むように建てられており、その庭も丹精に手入れされていて、こじんまりとした中にも静寂と優雅さが満ちていた。通された居間からは、この見事な中庭が一望できた。

 「なんでも、父の事で来られたとお伺いしましたが・・・」

 「父?」

 「はい、満は、わたくしの父ですが、それがなにか?」

 「と言う事は、奥様は、みちるさんのおばあ様?ですか。」

 「そうです。祖母の亜希古都音です。」

 わたしは、わが目を疑った。と言う事は、亜希博士の娘と言う事になる。とすると、少なくとも70近くにはなるはずだ。なぜなら、博士が失踪したのが30代の頃だからそれから推測すると、70代になるはずなのだが、どう見てもそうは見えなかった。わたしは、素直にそのことを告げたがお世辞にしか捉えられなかった。

 「まあ、お若いのに、こんなおばあさんを喜ばせても何も出ませんよ。」

 そう言って、彼女はころころと笑った。その姿がまた、童女のようで愛らしかった。

 「ところで、父の事でお知りになりたいことがあるとか。」

 「はい、亜希博士の事と言うよりも、博士が収集・研究されていた『姫神』のことについてお聞きしたかったのですが・・・」

 「姫神様のどのような事についてでしょう。」

 「単刀直入にお聞きします。姫神とはいったい何でしょう。」

 「何かとは?」

 「亜希博士の出版された「姫神奇譚」では、神の一族の一つとして描かれていますが、この伝説集では一人?の姫神しか出てきません。これはどういうことなのでしょうか。」

 「姫神様は、唯一にして無限、無限にして唯一な存在なのです。おわかりですか。」

 「どういうことです。」

 「つまり、姫神様は、どこにでも居られ、どこにも居られないのです。」

 「まるで禅問答ですね。姫神は存在していそうだが、存在していないわけでもない。ここに載っている説話はごく一部でしかない。」

 「そうです。これは、姫神様の事のごく一部でしかありません。まだまだ、姫神様のお話はいろいろございますし、姿を変え、名を変えて残っているものもございます。父はそのようなものも探しておりました。どんなに姿を変えられようと、名を違えようと姫神様は、姫神様だと申しまして。」

 「う〜〜ん、ますますわからなくなってきました。それと、姫神は残忍な崇神といわれていますが・・・」

 「そうです。しかし、父はよく姫神様は、本当の慈悲をご存知の神様だ。決して血を好む残忍な神ではないと。申しておりました。」

 「そうでしょうか。人を殺したり、無理やり性を曲げたりしていますが・・・」

 「あなたは、「姫神奇譚」をお読みになりましたか。」

 「ハイ、一通りは。」

 「その中に、さくらを愛でる話がありましたでしょう。」

 「ええ、確か『春の桜の散り際に』とか言う題名でした。」

 「そこで、姫神様の体から、死屍たる者達が蘇って、ともに花を愛でる情景がありましたね。」

 「ええ、ありました。あれはよかった。殺伐としたところがなくて、なんだか心安らぎました。死者たちもともに生きていると言う気がして・・」

 「あれをお読みになって矛盾はお感じになりませんでした。」

 「いえべつに?」

 「それではお聞きしますが、姫神様は、なにを食されると書かれています。」

 「それは、魂を食すと・・・え?」

 「そうです。残酷な一面として魂を食すと書かれていますが、食された魂は、姫神様の糧とはなっていないのです。ともに生きるものとして残っているのです。つまり彼らは姫神様とともに・・」

 「永遠に生き続けていると。」

 「そういうことです。ですから、先代の姫神様は、二代目にその姿やお力ばかりでなく、魂たちもお預けになったのです。ただ、残忍な神ならばそれらの事はする必要もないのですから。」

 それを聞き、わたしは、この説話集に思い当たる話がかなりの数ある事に気がついた。姫神は決してみずからの楽しみ煮、命を殺めるような事はしていなかった。挑まれて仕方なくと言う場合が多いのだ。

 「それならばなぜ。このように言われているのです。」

 「姫神様は、人に施しを求めるようなものを相手にはされないからです。自分の命をかけ、自らの力で目的を達しようとする者にだけその力をお使いになるのです。求めるだけでは、人は堕落し、決して、幸福には成れないからです。ですから、求めるだけの者にとっては恐ろしい神だったのでしょう。」

 この女性の話を聞いているうちに、わたしは、わたしの中で姫神の印象が変わっていくのを感じた。そして、より一層女神についての興味が湧いてきた。

 気がつくとすっかり辺りは暗くなっていた。わたしは、暇を告げると再訪問の約束をして、家路についた。そして、数ヵ月後、またその家を訪れたが、そこは、壊れかけた鳥居と古ぼけたお社があるだけで、あの家はなかった。近所の人に聞いてみたが、誰も亜希家を知らなかった。後日わかったことだが、亜希満博士は生涯独身で、身寄りはなかった。亜希氏へメールを送ってみたが、受信人不明で帰ってきた。こうして、わたしは二度と亜希古都音さんにはお会いする事はなかった。

 

 

 「古都音様、何をされておられるのです。」

 机に向かってなにやらこそこそとしている、みちるの後から美光が、そっと覗き込んだ。

 机の上のパソコン画面には「少年少女文庫」の文字が浮かんでいた。

 「あ〜〜古都音様、お話を投稿しようと思っていませんか。どんなのを書かれたのです。見せてくださいよ。」

 うるさくせっつく美光を相手にせず、古都音は、投稿画面の送信ボタンを押した。

とそこへ、盆の上に小柄の湯飲みをふたつのせた愛らしい少女が静静と入ってきた。

 「古都音様、お茶が入りました。」

 「おお、ありがとう。おまえのお茶はいつ頂いてもおいしいよ。なにか、秘訣でもあるのかい。」

 「いいえ、秘訣などはございません。ただ、古都音様においしく飲んでいただきたいと思いながら入れているだけです。」

 「ありがとう。ところで、おまえはこの暮らしがいやにならないかい。」

 「いいえ、古都音様のお近くにいられるだけで幸せです。」

 古都音は薄笑いを浮かべながら、美光の顔を覗いた。美光は、プイッと横を向いた。

 「ミツル。おいしいお茶をありがとう。もう下がってよいよ。」

 「ハイ、失礼いたします。」

 少女は静かに部屋から下がっていった。その少女の立ち振る舞いからは、昔の面影はなかった。

 『姫神奇譚 第十三章 幻(まほろば)  作・亜希みちる』

 送信完了のメッセージを確認すると、古都音は、パソコンの画面を消した。まだ、パソコンを操作できない美光の喚きを後に、古都音は庭先に出た。静寂の中に優雅さを秘めた庭を眺めながら、古都音は目を細め遠い時の先を静かに眺めた。

 古都音の見つめるその先には・・・・・

 

 

 あとがき

 姫神に送るラブコールのつもりで書きました。わかりにくい表現があったことをお詫びします。実は本人もわからなかったりして・・・

それと、勝手に登場させた亜希さん、MONDOさん、米津さんに対し、この場をお借りしてお詫びいたします。

それでは、また。