いつもの帰り道、いつも見慣れているはずなのだが、その日宝くじ発売所が立っているのにはじめて気付いた。その店の前に人気女性アイドルをモデルにした見慣れないくじのポスターが掛けてあった。

 

世界初BCくじ本日発売 (スクラッチ編)

 

  それは、聞いたことのないくじの広告だった。

 「BCくじ?また何処かの宝くじのマネかな?」

 そんなことを思いながら通り過ぎかけた時、その値段に目を見張った。

 【一枚 100円】

 一枚100円?そんな宝くじは聞いた事がなかった。いまは安くても200円だ。なにかのプリント・ミスだろう。そう思いながらも、景品については詳しくは書いてなかったが、設けは貴方次第と書いてあるポスターを見入ってしまった。

 僕は、バイト料が入り、ちょっと懐が暖かかったので、いつもなら通り過ぎるのだが、その宝くじ発売所に立ち寄った。

 宝くじ発売所のボックスの中にはおばさんがひとり居るだけだった。僕は、ボックスの窓から覗き込みながら、おばさんに聞いた。

 「おばさん。このBCくじってなんなの?」

 「お、買うのかい。」

 「いや、どんなくじかと思ってさ。」

 「そうかい。けっこうおもしろいくじだよ。」

 「ふ〜ん」

 僕は不思議そうな顔をしていたのだろう。おばさんは、促すように言った。

 「どうだい、買ってみないかい。」

 「でも、100円するんだろ。いったいなにが当たるんだい」

 「それは当たってからのお楽しみだよ。たった100円だろう。10枚買っても1000円だよ。だから、タバコをちょっと我慢すればいいじゃないか。」

 「タバコって、あのね。買うのは僕だよ。おばさんが買うのかい。」

 すこしそのおばさんの言い方がカチンときたのでそう言い返した。

 「わたしらは、買えないんだよ。そう言う決まりでね。でも、損はないよ。」

 好奇心が強くて、新しい物好きの僕は、ついついポケットから100円玉を取り出し、試しに一枚買ってみることにした。

 おばさんに一枚くじをもらうと、そのくじをじっくりと観察してみた。だけど、普通のくじとの違いはわからなかった。裏返してみるとそこには、こう書いてあった。

 【一等 身体全体 30本  二等 上半身・下半身 100本  三等 首・左右腕・胸部・腹部・腰部・左右足 800本  四等 その他パーツ個々 2400本】

 「一体なんなのだ。この景品は?」

 そう思いながらも、僕はそのスクラッチくじをポケットに入れて、部屋に帰った。部屋に帰りつくと、テーブルの横にイスに座って、テーブルの上にポケットからカードを取り出すと、別のポケットから取り出した10円玉で、スクラッチくじを削った。

 削れていくその下から現れてきたのは、六つのシャドーイラストだった。左腕のシャドーイラスト、身体全体のシャドーイラスト、髪のシャドーイラストなどがあり、それらの中で左腕のシャドーイラストが3つそろった。そのとき、左腕に痺れがはしった。そして無数のうじ虫が左腕の皮膚の下を蠢くような感じがした。左腕を見ると肌の色が薄く白くなり、か細くなってきた。それは、映画などで見かけるモーフィングのようだった。信じられない光景に目を見張るとともに、それが自分の間近に起っている事なのに、どこか別のところで、そんな映像を見ているような感じがした。

 やがて痺れが取れ、皮膚の下の違和感が消えると、僕は我に帰った。くじを開けた後のあの出来事は夢だったのだろうか。だが、それは夢でも幻でもなかった。僕の左腕はいままでとは変わっていた。白くか細い腕に・・・

 「そんなバカな?」

 僕の左腕は若い女性の腕に変わっていた。

「な、なんで?これ、本当に俺の手?」

右腕は、少し毛深く。自慢じゃないが腕相撲ならちょっとは自信があるほどの筋肉はついていた。左腕も、利き腕じゃないけれど右腕に劣ってはいなかった。だが今は・・・

「どう見ても女性の腕だよなぁ」

僕はしげしげと自分の腕を見つめた。

「変わっちまった。でも、なんでだろう?」

僕はテーブルの上に放り出したスクラッチくじを手に取った。そこには今の僕の腕と同じ形をした左腕のイラストがあった。

「まさか、このくじのせい?」

僕はふとそんな馬鹿なことを考えた。くじのせいで体が変わるなんてそんな馬鹿なことがあるはずがない。僕は今頭に浮かんだ考えを否定した。だが、他には原因が思い当たらなかった。それにこのくじのイラスト通りに僕の左腕は変わってしまったのだ。僕はくじの裏に書かれている説明を読んでみた。

「なになに、銀色のシールを削って、出て来たイラストがみっつ揃うと、あなたの身体はイラストの身体と入れ替わります。ただし、もう一度同じ物が当たると元に戻ってしまいますので、十分にお気をつけください」

と言う事は、僕の腕を元に戻すにはくじに当たるしかないのか。当たらないと僕の左腕は一生このままで、僕は一生女性の左腕を持った男として生きていかなければいけないということなのか。俺はいったいどうすればいいんだ。

 その日から僕は、夏場でも長袖のシャツを着るようになった。腕の違いを知られないためだ。それと、あのくじを買い続けた。だが、これがなかなか当たらないのだ。いいところまではいくのだが、あと一歩というところでだめだった。僕は、女の左腕を持つ男として、腕を隠しながら生活を続けていた。

ある日の夜、風呂に入って、僕は左右の腕を見比べてみた。右はたくましい男の腕、左は華奢で色白な綺麗な女の腕。身体を洗う時も、右利きなのに、なぜか左の腕で洗っていた。いや、身体を洗うだけではなく、最近では、何をするのにもついつい左腕を使っていた。そして、身体を触る時には、自分の手なのに、左腕で触った方が、気持ちがよかった。

「右手もこんなだったらなぁ」

僕は、誰に言うとはなしに、風呂につかりながら、しみじみとつぶやいた。

「な、なにを馬鹿なことを言ってるんだ、僕は。何とかしてこの腕を元に戻さなくては・・・」

そう言うと、十分に温まり、浴槽から出ると、僕は身体を洗った。その時も、別に意識はしていないのだが左腕で身体を洗っていた。

「これが右手もだったらなぁ・・・」

 

そんな事があってから数日後、僕は、ぶらぶらと散歩していた。ふと、あの宝くじ売る場の前を通りかかると、いつものおばさんが寂しそうな顔をして、売り場のカウンターの中に座っていた。

「おばさんどうしたの?浮かない顔をして・・」

「やあ、あんたかい。いいモノが当たったかい?」

僕はそう言われていやな予感がした。

「ああ、ところで、この間のくじ、まだあるかい?」

「あるけどね。もう、売れないんだよ」

「え?何で。この間売ってくれたじゃないか」

僕は愕然となってしまった。僕は一生このままなのか。

 「それがね。ここで販売はする予定じゃなかったみたいなんだよ。だから、もうすぐ、この店を閉めることになったんだよ」

おばさんは残念そうに僕に言った。だが、僕には大変な問題だった。そう、あのくじがなければ僕はこのままなのだ。僕は、おばさんに言った。

「おばさん、くじを・・・そう、5000円分チョウダイ」

「ああ、すまないねぇ。あのくじはさっき全部回収になって、あと9枚返し忘れたのが残っているだけなんだよ」

それを聞いて僕は絶望感を感じた。

 こんなことになったのはこのおばさんのせいなのだ。それなのに、元に戻るチャンスはほとんど残ってないというのだ。

  僕は、売れないと言うおばさんに食い下がり、なんとか残っていたくじをすべて買って家へ戻った。

 僕は、家の戸締りをすると、買って来たスクラッチカードをテーブルの上に並べて、削り出した。

最初の一枚は、胸部が当たった。僕の肉厚だった胸板は、ふくよかに膨らんだ二つの形のいい乳房が出来た。今までだったら、落ち込んだだろうが、左腕の魅惑を知った僕には、絶望感よりも自分でも信じられないのだが、喜んでいた。

右の男の腕で、触る乳房は、柔らかくプニュプニュしていた。そして、男の手で触られる自分の胸は、何よりも気持ちよかった。僕は、スクラッチを削り続けた。

次は、左足が当たった。毛むくじゃらの男の左足が、綺麗な細い女の足に変わった。

「う、うう〜ん」

変わったばかりの自分の左足を触ると、ゾクゾクッとしてきた。

次は、続けて2枚外れた。

そして、4枚目。下半身が当たった。僕の下半身は、女性へと変わった。

浴室の鏡に映し出されたその姿は、醜かった。上半身は、巨乳の男で、下半身は、左足だけが毛むくじゃらの男の足をした色白でスタイルのいい女なのだから。

僕は、5枚目を削った。出てきたイラストは、上半身のイラストだった。僕は、左腕がたくましく、男のように厚い胸板のショートへアの美女になった。

「アン、胸がこれじゃあねぇ。せっかくこんなに綺麗なのに、興ざめだわ」

その姿にあった綺麗な声で、僕はため息混じりにつぶやいた。いつの間にか、僕は男に戻るよりも、女になっていく自分がうれしかった。

6枚目では、左足が当たった。そして、僕は、胸以外は、完璧な女性に変わった。

「あとはこの胸ね。今度こそは・・・」

期待を込めて削った7枚目は、左腕が当たった。

「やったぁ。でも、あと二枚しかないわ。今度こそは・・・」

僕は、8枚目を削った。そこから出てきたのは、腰のシャドーイラストだった。

「いや〜ん」

僕の腰は、男に戻った。

「残るは、あと一枚・・・」

これが最後の一枚だ。もし、上半身が当たったら、女の人のように胸の膨らんだ男になってしまう。だが足か、いや、いま女性に変わっている部分のどこかがまた当たったら、男に変わってしまう。でも、もしかしたら、また女に戻れるかもしれない。

僕は、迷った。最後のスクラッチくじを削るべきか否かを。そして、僕は決断した。

 

 

 

お久しぶりね。女らしくなったでしょ?ワタシ。

あのあと、わたしは、あのくじを削らずにそのまま燃やしてしまったの。もしかしたら当たっていたかもしれないけど、あのまま残していたらいつか削ってしまいそうだったから・・・

あれから、あの宝くじ売り場のあったところに行って見たけれど、あの店はなくなっていた。近くの人に聞いてみても誰も、あの店があったことを知らなかった。あの店はなんだったのかしら?

そうそう、わたしはいまでも宝くじを買い続けている。

え?あのくじを探しているのかって?

違うわよ。

女になるってお金がかかるのよ。

この間、一等に当たって、胸を膨らます事が出来たの。それに、服やお化粧品のクレジットもあるし、あそこもきちんとしたいし、アクセサリーもほしいわ。

あ〜ん、ホント女っていくらお金があっても足らないのよ!ジャンボの特賞に当たったぐらいでは足りないわ。もっと、賞金のいい宝くじないかしら?

ネエ、あなた、知らない?