ポン・カレー

 

俺は、行きつけのスーパーの商品棚で、懐かしい商品を見つけた。それは、「ボン・カレー」

レトルトカレーの元祖的商品で、女の人(美人女優なのだが、名前を忘れた)が、カレーのパックを持っている写真イラストが入った奴だ。俺は、思わず手に取ると、懐かしさだけで、値段も見ずに、レジへと行った。

「1500円になります。」

思わずレジの店員の顔を見た。何で、ごく普通のレトルトカレーがそんなに高いんだ。俺は、文句を言おうとしたとき、店員が、箱のうらに書かれた値段を、目の前に差し出した。確かに1700円と書かれている。200円はこの店の値引きだった。返しに行くのも恥ずかしいし、レジを待つ客が、うっとうしそうに見つめるので、俺は、なけなしの2000円札を出すと、釣りと商品の入ったビニル袋を奪うように受け取り、店を出た。途中弁当屋で、ご飯だけを買うと、アパートへと急いで帰った。

通常の十数倍の値段のカレーだ。十分味わって食べないと元が取れない。暖める温度や、時間を気にしながら、出来上がりをじっと待った。ぐつぐつと湧き上がるなべのお湯。皿を出し、ご飯を盛り付け、ちょうどいいぐらいに温まったカレーをその上にかけた。水と、ご飯についていた福神漬けを添えて、テレビをつけて、準備OK

TVでは、人気上昇中の美少女アイドルが出ていた。

「きゃは。こんな可愛い子なら、女の子になってもいいな、俺。」

などと、ばかなことをいいながら、俺は、カレーを口に運んだ。味は・・・あのレトルトカレーだった。うまくもなく、まずくもないカレーを食べながら、あの、去って行った2000円札のことを出来るだけ忘れ、この、美少女アイドルのことを考えることにした。

「結構胸でかいな。それに、綺麗だ。かなりの美人になるぞ。」

などとつぶやきながら、カレーを口に法ばった。こうなったらもうやけ食いだ。

と、突然、それほど辛くもないカレーなのに、身体中が熱くなり、汗が出だした。そして、何かが膨らむ気がして、身体の中から大きな音がした。

「ポン」

その音とともに、俺の胸は大きく膨らみ、股間になにか、棒みたいなものが、あるのに気がついた。恐る恐る股間に手をやると、そこには何か太くて丸みを帯びた棒みたいなものがあった。

「何でこんなところにソーセージがあるんだ。」

それをつかむと、そっと股間からだして、俺はこえをあげた。

ぎや〜〜〜〜っ。

それは、俺の大事なものだった。思わず握り締めていたそれを、俺は壁に叩きつけてしまった。

「いや〜〜〜。」

俺は、力の限り叫んだ。その声を聞きつけて、隣の浪人が駆けつけた。

「どうしたんですか。何かあったので・・・す・・か・?」

浪人の言葉はそこで止まった。そして、顔を赤らめると、右手を薄汚れてくたくたになったズボンで拭くと俺に差し出した。

「あの〜握手してください。ファンなんです。」

俺は、こいつの頭を怪しんだ。何で、男と握手しなくちゃいけないんだ。馬鹿かこいつは?俺は、そいつに言った。

「何勘違いしてんだよ。俺は・・おれ・・お・・おれ?」

そのとき初めて、俺は自分の声がおかしいことに気がついた。声が甲高くすんでいて、まるで女の子の声のようだった。

「あのさ、今の俺、どう見える?」

「・・・・さんでしょう?握手してください。」

それは、今まで見ていたアイドルの名前だった。俺は、洗面所に駆け込み、鏡に自分の姿を映した。そこに映し出されたものは。着ているものこそ、さっきまで俺が着ていたものだが、確かにあのアイドルの姿だった。俺は、あの美少女アイドルに変身していた。こぼれんばかりの胸を持ち上げながら、俺はつぶやいた。

「これが・・・わ・た・し。」

 

「このばか者。あのカレーをあの、スーパーに卸してどうすんだよ。誰かが間違って買ったらどうするつもりなんだ。」

「でも、チーフ。あの値段ですから、買う物好きはいませんよ。」

「それもそうだが・・・いいからさっさと回収に行って来い。万が一、間違いが起こってからでは大変だぞ。あのカレーは、我々たぬき一族が、人間社会で暮らすために開発された変身カレーなんだぞ。それをもし人間が食べたら・・・我々の秘密が・・・わたしの出世が・・・家のローンが・・・老後が・・・職が・・・う〜〜ん。バタッ!」

気を失って倒れた発送担当チーフの顔に茶色い毛が生え始め、口がとがりだして、見る見る狸の顔に変っていった。

「し〜らないっと。」

チーフにしかられていた若者は、気絶したチーフをそのままにすると、その場を逃げ出してしまった。

気を失ったチーフを「ポン・カレー」と書かれた箱の表紙の美女たちが、静かに見守っていた。