カプセルホテル・コクーン

 

不況は、まだ、世間に居座っていた。その影響は、大きく。飲食業、特に、接客業などへの影響も大きく、ついこの間までは、終電すぎてまで、あちらこちらに見かけられていた人影も消え、宿泊業にまで、その影響を及ぼしていた

 

終電ももうすぐ終わろうとする時間帯。カプセルホテルのドアを開け、一人の客が、中へと入っていった。それがこのホテルの、本日最初の客だった。

ホテルのフロントのカウンターの中では若いスーツ姿の男が、今入ってきた頭の禿げ上がり、腰の曲がった老人を出迎えた。

「ようこそおいでくださいました。お泊りでしょうか?」

「ホテルに食事に行くなら、もっといいところに行くわい」

かなりの厄介そうな客だった。

「あのお泊りでしたら、こちらの御記入をお願いいたします」

老人は、ちらっと、カウンターの上に差し出されたカードを見ると、こう言った。

「わしが言うとおりに書け」

「ですが、宿泊カードは、御本人に御記入していただく決まりでして・・・」

「そんなことは知らん。書けんのなら、わしは別のホテルに行く」

「は、はい。わかりました。書きますよ」

「書きます?」

「書かせていただきます」

老人の機嫌を損ねるわけにも行かず、フロントの青年は、老人の聞き取りにくい声のとおりに、宿泊カードを書き出した。

「ありがとうございます。田園溜三郎さまですね。お泊りは、一泊と。係りのものが、御案内いたしますので、しばらくお待ちください」

フロントの若者は、心なしかいつもより大きな声で、その老人に言った。

「なに?何か言ったか?」

「耳が遠いんだから、このじいさんは」

彼は、かなりの小声で、そうつぶやいた。

「なに、じいさんだと、わしはまだ若いんじゃ。お前らなんかにはまだまだ負けんぞ」

聞こえていないつもりでつぶやいた若者は、老いた客の突然の反応に驚いた。

「申し訳ございません。すぐに係りの者が参りますので、お待ちください」

「おお、わかった。」

曲がった身体を支えるようについた杖を振るわせながら、老人は、カウンターの横に立っていた。頭は見事に禿げ上がり、顔は、目か、しわかわからないほどの深い皺に覆われた顔は、まるで、生きたミイラだった。しばらくすると、別の若い男が現れた。

そして、老人のそばに近づいてきた。

「お客様。こちらでございます。足元にお気をつけください」

「あむ。ふがふがふが・・・」

入れ歯が合わないのか。口をフガフガいわせながら、危ないあしどりっで、その若者と一緒に田園老人は、カプセルのある階へと消えていった。そして、その夜は、宿泊客は、この老人だけだった。

次の夜。外は雨で、人通りはなく、お客は来なかった。

「ふぅ、でも、ひまだなあ。つい、この間までは、少しは、客がいたのだけど、今日は、ひとりもお客はなし。やっぱり転職考えようかな、バイトだし」

フロントの若者は、カウンターの下から、雑誌を取り出し、広げて、頬杖をついて、ページを眺めだした。

「求む!若い男性(1623歳まで)時給1500円。宿泊費支給。たった3日拘束されるだけです。ちょっと、薬のモルモットになるだけ

で、あなたの人生は、ばら色。人類美人化研究所。どんな研究やっているのだ?お次は、新製品の試着求む!フリーサイズの皮を試着し

てくださる方。在宅可。ただし、試着後のトラブルは、当方は一切責任を負いません。ビーナスカンパニー。なんだよ。ろくなバイトは

ないな。TSアルバイトニュースは・・・」

アルバイト雑誌に夢中になっているフロントの若者のところに、初老の男性が、忙しげに歩きながらやって来た。そして、カウンターの

そばに来ると、一緒になって、その雑誌を覗き込んだ。

「神田君。いいバイトは、見つかったかね」

「いや〜、ないなぁ。ろくなのは、募集してないよ」

「ほう、これなんかどうだい。若い女性と身体を入れ替えてみませんか。3ヶ月入れ替わるだけで、30万円差し上げます。入れ替えラボ」

「いや、若いというだけで年が・・・ん?」

彼がふと雑誌から顔を上げるとそこには、あの初老の男の顔があった。

「マ、マネージャー」

若者は、あわててカウンターの上の雑誌を隠し、少し引きつりながらも、笑顔を作った。

「どうしたんだい?いいバイトを探さないと」

「いえ、忙しいですから・・・」

「ほう、それでは、今日のお客様は?」

「え〜〜と、めまぐるしく」

「めまぐるしく?」

「あわただしく」

「あわただしく?」

「休む暇もないくらいに、忙しかったらいいな」

「休む暇がないくらいに忙しかったらいいな、か。て、ことは、暇だということじゃないか。こんなところで、油を売ってないで、表で

客引きでもしてきなさい」

「カプセルホテルの客引きですか?」

若者は、いやそうに言った。

「四の五の言わずに、さっさと行け〜〜!」

マネージャーは、フロントの若者を怒鳴った。若者は、カウンターを飛び出すと、開きかけのドアにぶつかりながらも、外に飛び出して

いった。

「まったく、最近の若い奴は・・・なに?TSアルバイトニュース?どれどれ、あなたも、今日からレースクィーン」

マネージャーが、若者が、残していった雑誌を食い入るように見ていると、昨夜、老人を案内した若者が、あわててやって来た。

「マネージャー。マネージャーぁ」

彼は、カウンターのマネージャーに気づかないのか。フロアの隅々を、マネージャーを探して、走り回った。

「お、真崎君、どうした?真崎君」

真崎と呼ばれた若者は、マネージャーの声が聞こえないのか。あちらこちらを覗き込みながら、走り回っていた。マネージャーは、カウ

ンターから出てくると、真崎のそばに駆け寄った。ところが、真崎のスピードは上がり、マネージャーは、追いつくのに息を切らしだし

た。

「マネージャ〜、まねーじゃ〜ぁぁ」

「真崎くん。まさきくん」

やがて、マネージャーは、疲れ果て、両手をひざにかけて、肩で、息を切らした。そのとき、初めて、真崎は、マネージャーに気がつい

たのか。彼を追いかけ疲れたマネージャーのそばに近寄った。

「あ、マネージャー。どこにおられたのですか。探しましたよ」

真崎の言葉に、マネージャーは、コケてしまった。

 

宿泊施設のある階の数個並んだカプセルの前に、彼らは、立ちすくんでいた。その三人の視線の先の一段目の中央のカプセルの中には、白い綿のようなものが詰まっていた。

「これは・・・なんだね?」

「さあ、お客様を起こしに来たら、こうなっていたんです。なんでしょうね」

「ソファーの中身かな?」

「神田君。うちのソファーは、スポンジだ。とにかく、あけたまえ」

「お前やれよ」

かんだと呼ばれた若者が、真崎に言った。

「お前がやれよ」

「お前こそ」

二人は、カプセルを開けることをお互いに譲りあった。

「二人で開けろ!」

あまりのことに、マネージャーは切れて、二人を怒鳴った。

「へ〜〜〜い」

二人は、おそるおそるカプセルのふたに手をかけると、一気に開けた。そして、中を覗き込んだ真崎が、叫けんだ。

「何かが詰まっています。どうします」

「取り出せ!」

マネージャーは、少しいらつきながら言い放った。

「今度はお前が取り出せ!」

神田は、マネージャーに言った。

「へ〜い」

マネージャーは、つられていわれるままに、取り出そうとして、はたと気づいた。

「なにをさせる。神田。お前が出せ!」

「あ、ばれたか。へ〜い」

神田は、おそるおそる、その綿のようなものをつかみ引きずり出した。それは、簡単にカプセルの中から出て来た。カプセルの中から出てきたのは、ひょうたん型をした大きな繭だった。

「これは・・・」

「これは・・・」

「これは・・これは、いらっしゃいませ。お泊りですか?御休憩?」

マネージャーは、こんなときにぼける神田の頭を、履いていたスリッパを脱ぐと叩いた。

「ちがうだろう。これは・・・蛾の繭」

「ということは、巨大な・・・」

「カネゴンが・・・」

マネージャーは、またも、スリッパで、神田の頭を叩いた。

「違うだろうが。でも、カネゴンなんて、お前いくつだ」

「えへへ・・・」

神田は、照れくさそうに笑った。

「マネージャー。これなんですかね」

真崎が、マネージャーに聞いた。

「繭」

神田が、冷たく言い放った。

「繭は、見たらわかるって。なぜこんなものが、こんなところに・・・」

「ここの清掃の担当は?」

「は〜い、ぼくで〜〜す」

神田が、元気に答えた。

「毎日、清掃しているんだろう。」

「え、使ってないのに毎日清掃するんですか?」

神田が、意外そうに答えた。

マネージャーは、その返事に、顔が青ざめた。

「おまえなぁ。じゃあ、いつ掃除したんだ」

「え〜と、最後にしたのは・・・5月かな?」

神田は、済まして答えた。

「ということは、六ヶ月前!」

神田の答えを聞いて、真崎は、あきれてしまった。

「そうだよ。あ、そういえば、その時、蛾がカプセルの中に舞い込んでいたなぁ」

「おまえなぁ〜〜。ちゃんと、駆除したんだろうな」

マネージャーが、神田にそう聞いた時、それまで、静かにしていた繭が、動き出した。

「うっ」

三人は、それに気づき、一瞬、凍りついた。繭の中で、何かが蠢いていた。

「これが、保険所にばれたら・・・」

「このホテルは、営業許可を取り上げられて・・・」

「僕は、失業・・・いやだ〜〜。捨てよう」

神田は、そう叫ぶと、繭を転がしだした。

「?」

二人は、突然の神田の行動を理解できなかった。

「さ、さっさと捨てるぞ。ぐずぐずするな」

「へい」

神田の迫力に、二人は押されて、マネージャーと真崎は、繭を転がしだした。

だが、ふたりが、繭をどかそうとすると、また、繭が動き出した。三人は、固まって、がたがたと震えだした。

『べりっ』

何かが破れる音とともに、繭に小さな裂け目ができ、そこから、白くほっそりとした綺麗な女の右腕が出てきた。その腕は、蛇のようにくねらせながら、また、繭の中へと消えていった。

「うへぇっ」

三人は、よりいっそうしっかりと抱きあった。

「うう〜〜ん」

若く澄んだ女の声が、繭の中からした。その声とともに、白い女の両腕が繭から伸びだしてきた。そして、長い髪の若い女の上半身が、繭の中から現れた。

「うう〜〜ん。よく寝た。あ、おはよう。今何時だ?」

若く綺麗な女は、はだけた胸を気にする様子もなく、三人に聞いた。三人は、目のやり場に困ってしまった。

「どうしたんだ。おかしな顔をして。ん?わしは、何で裸なんだ。ん?なんじゃこりゃ〜〜?」

さっきまで、抱き合って震えていた三人は、目を光らせて、繭から上半身を出した美女のふくよかな胸に見入っていた。繭から出てきた若い美女は、胸を鷲掴みにすると、揉んだり引っ張ったりしだした。

「と、とれん。揉むと(うっとりとした顔になった)きもちいい〜〜。ということは、これは、俺のものか。すると、まさか、あそこも・・・

ない〜〜〜〜〜〜!おい、にいさんがた、わしはどう見える?」

「はい、大変魅力的でございます」

だんだんと、鼻の下が伸びてきた神田が、女の胸を上から覗き込みながら答えた。

「す、すまんが、鏡を見せてくれんか」

「は、はい。ただいま」

真崎が、カウンターの後ろから手鏡を持ってくると、繭の美女に手渡した。美女は、手鏡を受け取ると、鏡に自分の顔を映した。

「これが、わたし・・・う〜〜〜ん、いいお・ん・な。て、ちが〜〜う」

「あの〜、失礼ですが、あなた様のお名前は?」

「わ、わ、わしは、田園溜三郎。当年とって89歳のはずなんじゃが・・・」

手鏡に映った自分の顔を食い入るように見つめながら、美女は、答えた。

「え〜〜〜〜〜!」

三人は、その美女の返事に驚いた。あの爺さんが、この美女。それは、信じがたいことだった。だが、あのカプセルは、確かにあの爺さんが、入っていたところだし、このホテルには、あの爺さん以外の宿泊客はいなかった。

「わしはどうすりゃいいんだよ。ば〜さ〜ん。」

若い美女になった爺さん?の叫び声が、フロアー中に響いた。

 

それから、3年がたった

あのカプセルホテルはなく、そのあった場所には、新築の高層ビルが建っていた。そして、そのビルの最上階にある社長室では、あるTV局の新進気鋭の美男子のアナウンサーに、このビルのオーナーであり、急成長を遂げているこの企業の社長が、インタビューを受けていた。

「と、言うことは、それが、この会社の主力商品であるビューティ・コクーンを発見されるきっかけですか。」

「ええ、それで、今では、年商1000億は降りませんわ。関連企業も、業績は、上場ですし」

「そうですね。ところで、あのコクーンには副作用などは・・・」

「そんなものございませんわ。わたしもやっていますのよ。いかがかしら・・・」

「え、社長さんが・・・ま、まさか。ということは、元は・・・」

インタビュアー。狐につままれたような顔をして、社長を見つめた。

「あら、野暮なことはお聞きにならないで。いいじゃありませんか。今のわたしこと、ほんとうのわたしなのですから」

「は、はぁ」

「ところで、インタビューはこれで終わりかしら?」

「は、はい。それでは、本日は、お時間をいただきありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ。」

「あとは、戻って編集いたしまして、再来週ぐらいには、放映されます」

「そう、それは大変ですね。ところで、みなさま。折角ですから試してみませんこと?」

「え、まさか、あれですか」

「ええ、当社の目玉商品の「ビューティ・コクーン」を。一時間で、もうまったくの別人ですわよ」

「え、あの、でも、俺たちの給料では、とてもとても」

「あら、TVで、紹介して下さるのですから、皆様にサービスさせていただきますわ。ちょっと、お待ちになってね。」

女社長は、椅子から立ち上がると、デスクの上のインターフォンのスイッチを押して、秘書を呼び出した。

「神田さん。ちょっと」

すぐに社長室のドアが開いて、スリムな美女が入ってきた)

「マネージャー・・・いえ、社長、何か御用でしょうか?」

「ええ、この方たちをVIPコクーンにお連れしてくださる。わたしたちの新しいお仲間ですから」

「わかりました。社長」

女社長と神田秘書は、お互いに顔を見合わせて薄笑いを浮かべてうなずきあった。だが、高級TSに浮かれているTVスタッフに気づくは

ずもなかった。

 

 

 

終わり