カプセルホテル・コクーン



(舞台・幕が開くが、暗いまま)

ナレーション『不況は、まだ、世間に居座っていた。その影響は、大きく。飲食業、特に、接客業などへの影響も大きく、ついこの間までは、終電すぎてまで、あちらこちらに見かけられていた人影も消え、宿泊業にまで、その影響を及ぼしていた』

(舞台・照明点く。舞台中央・ホテルのカウンター。若いスーツ姿の男が、禿げ上がった老人を、接客をしている)

若い男「ありがとうございます。田園溜三郎さまですね。係りのものが、御案内いたしますので、しばらくお待ちください」

老人「おお、わかった。」

ついた杖を振るわせながら、老人は、カウンターの横に立っている。頭は見事に禿げ上がり、顔は、目か、しわかわからないほどの不快皺が顔中にあった。上手より、若い男2が、現れる)

若い男2「お客様。こちらでございます」

老人「あむ。ふがふがふが・・・」

(入れ歯が合わないのか。口をフガフガいわせながら、危ないあしどりで、若い男2といっしょに、上手に消える)

若い男「ひまだなあ。つい、この間までは、少しは、客がいたのだけど、今日は、さっき来た爺さんが一人だけ。やっぱり転職考えようかな、バイトだし」

(若い男。カウンターの下から、雑誌を取り出し、広げる。頬杖をついたまま、ページをめくる)

若い男「求む!若い男性(1623歳まで)時給1500円。宿泊費支給。たった3日拘束されるだけです。ちょっと、薬のモルモットになるだけで、あなたの人生は、ばら色。人類美人化研究所。どんな研究やっているのだ?お次は、新製品の試着求む!フリーサイズの皮を試着してくださる方。在宅可。ただし、試着後のトラブルは、当方は一切責任を負いません。ビーナスカンパニー。 ろくなバイトはないな。TSアルバイトニュースは・・・」

(舞台上手より、初老の男性が、忙しげに現れる。そして、カウンターの若い男に近づく)

初老の男「神田君。宿泊状況はどうかね」

(若い男。あわててカウンターの上の雑誌を隠し、少し引きつった、にこやかな顔になる)

若い男「え〜〜と、めまぐるしく」

初老の男「めまぐるしく?」

若い男「あわただしく」

初老の男「あわただしく?」

若い男「休む暇もないくらいに、忙しかったらいいな」

初老の男「休む暇がないくらいに忙しかったらいいな、か。て、ことは、暇だということじゃないか。こんなところで、油を売ってないで、表で、客引きでもしなさい」

若い男「カプセルホテルの客引きですか?」

初老の男「四の五の言わずに、いけ〜〜!」

(初老の男。若い男に怒鳴る。若い男、カウンターから出て、舞台、下手へと去っていく)

初老の男「まったく、最近の若い奴は・・・なに?TSアルバイトニュース?どれどれ、あなたも、今日からレースクィーン」

(初老の男が、若い男が、残していった雑誌を食い入るように見ているところに、上手より、あわただしく、若い男2が、現れる)

若い男2「マネージャー。マネージャーぁ」

(若い男2。カウンターの初老の男に気づかないのか。舞台の、端から端までを忙しげに走り回る)

初老の男「お、真崎君、どうした?真崎君」

(
若い男2。初老の男の声が聞こえないのか。走り回っている。初老の男。カウンターより出てきて、若い男2のそばに駆け寄る。

若い男2。今までよりスピードを上げて走り回る)

若い男2「マネージャ〜、まねーじゃ〜ぁぁ」

初老の男「真崎くん。まさきくん」

(やがて、初老の男。疲れ果て、両手をひざにかけて、肩で、息を切らす。そこで、初めて、若い男2。スピードを緩めて、初老の男に近づく)

若い男2「ア、マネージャー。ここにおられたのですか。探しましたよ」

(
初老の男。若い男2を見上げてこける)

【暗転】

(数個並んだカプセルの前に、初老の男、若い男、若い男2が立っている。その三人の視線の先の一段目の中央のカプセルの中には、白い綿のようなものが詰まっている)

初老の男「これはなんだね?」

若い男2「さあ、お客様を起こしに来たら、こうなっていたのです。なんでしょうね」

若い男「ソファーの中身かな?」

初老の男「うちのソファーは、スポンジだ。とにかく、あけたまえ」

若い男「お前やれよ」

若い男2「お前がやれよ」

若い男「お前こそ」

(二人は、お互いに譲り合う?初老の男。苛立ち、怒鳴る)

初老の男「二人で開けろ!」

若い男二人「へ〜〜〜い」

(若い男、二人は、おそるおそるカプセルのふたを開ける。そして、中を覗き込んで、叫ぶ)

若い男2「何かが詰まっています。どうします?」

初老の男「取り出せ!」

若い男「今度はお前が取り出せ!」

初老の男「へ〜い」

(
初老の男。いわれるままに、取り出そうとして、はたと、動きを止めて、若い男を睨みつける)

初老の男「なにをさせる。神田。お前が出せ!」

若い男「あ、ばれたか。へ〜い」

(
若い男。おそるおそる、その綿のようなものをつかみ引きずり出す。それは、簡単に出てくる。中から出てきたそれは、ひょうたん型の大きな繭)

初老の男「これは・・・」

若い男2「これは・・・」

若い男「これは・・これは、いらっしゃいませ。お泊りですか?御休憩?」

(初老の男。履いていたスリッパを脱ぐと、若い男の頭をはたく)

初老の男「ちがうだろう。これは・・・蛾の繭」

若い男2「ということは、巨大な・・・」

若い男「カネゴンが・・・」

(初老の男。またも、スリッパで、若い男の頭をはたく)

初老の男「違うだろう。でも、カネゴンなんて、お前いくつだ」

若い男「えへへ・・・」

若い男2「マネージャー。これ何ですかね」

若い男「繭」

若い男2「繭は、見たらわかるって。なぜこんなものが、こんなところに・・・」

初老の男「ここの清掃の担当は?」

若い男「は〜い、ぼくで〜〜す」

初老の男「毎日、清掃しているのだろうな。」

若い男「え、使ってないのに毎日清掃するのですか?」

(
初老の男。その返事に、顔を青ざめる)

初老の男「いつ掃除したのだ」

若い男「え〜と、最後にしたのは・・・5月かな?」

若い男2「ということは、六ヶ月前!」

若い男「そういえば、その時、蛾がカプセルの中に舞い込んで来たなぁ」

初老の男「おまえなぁ〜〜」

(それまで、静かにしていた繭が、動き出す)

初老の男・若い男・若い男2「うっ」

(
舞台の明かり少し落ちる。繭の後ろから明かりが当たり、繭の中に影が映る。何かが蠢いている)

初老の男「これが、保険所にばれたら・・・」

若い男2「このホテルは、営業許可を取り上げられて・・・」

若い男「僕は、失業・・・捨てよう」

初老の男・若い男2「?」

若い男「さ、さっさと捨てるぞ。ぐずぐずするな」

初老の男・若い男2「へい」

(初老の男と若い男2が、繭をどかそうとすると、また、繭が動き出す。初老の男、若い男、若い男2が、お互いに抱き合って、震える)

擬音『べりっ』

(
音とともに、繭に小さな裂け目ができ、そこから、白く細い女の右腕が出てくる。その腕を、蛇のようにくねらせる)

三人「うへっ」

(よりいっそう抱きしめあう)

若い女の声「うう〜〜ん」

(
若く澄んだ女の声とともに、白く細い女の両腕が繭から伸びだし、長い髪の女の上半身が、現れる)

若い女「うう〜〜ん。よく寝た。あ、おはよう。今何時だ?」

(
若い女は、はだけた胸を気にする様子もなく、三人に聞いた。三人は、目のやり場に困っている様子だった)

若い女「どうしたのだ。おや、何で裸に・・・ん?なんじゃこりゃ〜〜?」

(さっきまで、抱き合っていた三人が、目を光らせて、繭から上半身を出した美女のふくよかな胸に見入った。美女は、胸を鷲掴みにすると、揉んだり引っ張ったりした)

若い女「と、とれん。揉むと(うっとりとした顔になる)きもちいい〜〜。ということは、これは、俺のものか。すると、あそこも・・・

                  ない〜〜〜〜〜〜!

    おい、にいさんがた、わしはどう見える?」

若い男「はい、大変魅力的でございます」

(
だんだんと、鼻の下を伸ばしながら、上から覗き込む)

若い女「すまんが、鏡を見せてくれんか」

若い男2「は、はい。ただいま」

(
若い男2が、下手に消え、手鏡を持って現れる。それを、繭の美女に渡す。手鏡を受け取って、鏡を見る)

若い女「これが、わたし・・・う〜〜〜ん、いいお・ん・な」

(
鏡をうっとりしながら見つめている)

初老の男「あの〜、失礼ですが、お客様のお名前は?」

若い女「わたし・・わたしは、田園溜三郎。当年とって89歳よ。あっは〜〜〜ん」

(髪を掻き揚げたりして、ポーズを取る)

三人「え〜〜〜〜〜!」

【暗転】

(舞台から、TV画面に場面は変わる)

テロップ「それから、3年がたった・・・とある急成長を遂げた会社の社長室」

(高層にあるらしい部屋。全員男性のTVクルーらしい一団が、応接テーブルを間にして、若くきれいな女性と、対座している)

インタビュアー「それが、この会社を創立されるきっかけですか。」

若い美女「ええ、それで、今では、年商1000億は降りませんわ。関連企業も、業績は、上場ですし」

インタビュアー「そうですか。でも、副作用などは・・・」

若い美女「そんなものございませんわ。わたしもやっていますのよ。どうかしら・・
・」

インタビュアー「え、社長もですか。ということは、元は・・・」

若い美女「あら、野暮なことはお聞きにならないで。いいじゃありませんか。今の姿はこうですから」

インタビュアー「は、はぁ」

(インタビュアー。狐につままれたような顔をして、社長を見つめていた)

若い美女「インタビューはこれで終わりかしら?」

インタビュアー「は、はい。あとは、戻って編集いたしまして、再来週ぐらいには、放映されます」

若い美女「そう、ありがとう。みなさま。折角ですから試してみませんこと?」

インタビュアー「え、まさか、あれですか」

若い美女「ええ、当社の目玉商品の「TSコクーン」を。一時間で、もう別人ですわよ」

インタビュアー「え、あの、でも、俺たちの給料では、とてもとても」

若い美女「あら、TVで、紹介して下さるのですから、サービスしますわ。ちょっと、お待ちになってね。」

(椅子から立ち上がると、デスクの上のインターフォンのスイッチを押した)

若い美女「神田さん。ちょっと」

(社長室のドアが開いて、スリムな美女が入ってきた)

神田「マネージャー・・・いえ、社長、何か御用ですか?」

若い美女「この方たちをVIPコクーンにお連れしてね。わたしたちの新しいお仲間ですからね」

神田「わかりましたわ。社長」

(若い美女と神田は、お互いに薄笑いを浮かべてうなずきあった。だが、高級TSに浮かれているTVスタッフに気づくものはいなかった)





                        終わり