小さなお守り

エピロ 

秋の日の朝早く。水月神社の境内で、緑地の丹前を着て、懸命に木の実を拾っている幼い少女がいた。境内に生い茂る木々から落ちた木の実は、幼い少女にとっては宝石よりも輝いていた。

「もう、けいちゃんは、意気地無しなのだから」

少女は、木の実を拾いながら、ぶつぶつとつぶやいていた。彼女が名を呼ぶ『けい』とは、少女の家の近所に住む男の子のことだった。

「臆病で、弱虫なのだから。わたしが男の子だったら、あんな奴らコテンパンにしてやるのに・・・・」

拾った木の実を握り締めて、少女は悔しそうにつぶやいた。この間も『けい』は、いじめっ子たちに脅されて、大切にしていた貴重な切手を、二束三文の切手と交換されていたのだ。その現場を見つけた少女が、怒って彼らの前に飛び出して、その交換をやめさせようとした。ところが逆に、彼女は、いじめっ子達に殴られようとしてしまった。その間に入り、『けい』が謝って、もっと大事にしていた切手をそのいじめっ子に差し出すことで、事なきを得ていた。その時の『けい』の卑屈な姿に、少女はあきれてしまった。自分を助けるためとはいえ、あまりにも惨めな姿だったからだ。

「わたしが、男の子だったら、けいちゃんをまもってあげるのに・・・」

少女は、自分も気づいてはいなかったが、『けい』のことが好きだった。あの切手交換も自分がいじめられなくするためではなくて、誰かへのいじめをやめさせるためなのだろう。『けい』には、そういう優しさがあった。自分がいじめられるのは、ガマンできるが、他の誰かがいじめられるのには、ガマンできないのだ。だが、腕力に自信がない『けい』にできるのは、物によって相手をなだめることだったのだ。卑屈に見える行為だが、少女は、そんな『けい』の優しさを知っていた。だから、その『けい』の優しさに付け入る奴らが許せなかった。

「あ〜あぁ、なぜ、わたしは女の子なのだろう。男の子だったら、よかったのに。男の子になりたいなぁ」

また、そうつぶやきながら、木の実を拾っていた。それは、田舎のおばあちゃんに聞いた昔話で、村一番の臆病者が、おさななじみが神様の木から落ちた木の実で作ったお守りで、勇気凛々になった臆病者が、妖怪にさらわれたおさななじみを助け出したのを思い出して、少女は、『けい』に、勇気が出るお守りを作るために、朝早く、木の実を拾っているのだった。少女は、木の実を探して、うろうろと歩いていると、ご神木のまえに焚き火をした後を見つけた。

「あら、こんなところで、焚き火なんかしたらいけないのだ。ご神木が燃えたらどうするのだろう?」

少女は、なにげなく焚き火の中を覗いた。かなり前に燃やしたらしく、焚き火の跡の黒くなった木の葉の灰の上にも木の実が落ちていた。そして、灰に混じって木の葉とは違うなにか別のものが落ちていた。

「なんだろう?」

少女が、ふしぎそうにそれを摘み上げるとそれは、色あせた布で作られた古びたお守り袋だった。そのお守り袋の左下がすこし焦げていた。

「お守りを焚き火で燃やすなんて、神様の罰が当たるわ。でも、このお守りどうしよう?」

少女は、そうつぶやきながら、お守りを放り上げた。

「ああ、わたしが男の子になれたら・・・神様お願い。わたしを男の子にして!」

お守りを放り上げながら少女は、そう願った。願い事がかなえられるとは思ってはいなかった。ただ、お守りを放り上げているうちに、そう願ってみただけだった。

そう願いながら何度目かお守りを放り上げた時、お守りが突然輝いた。

「まぶしい!」

少女は、あまりのまぶしさに目を覆った。

「なんなの?いったい」

恐る恐る目を開けると、あの光はどこにもなく。取り落としたはずのお守りも見つからなかった。

「どこに行ったのだろう?」

少女は、あたりを探し回ったが、見つからなかった。そして、諦めて家路に着いた。

家に着くと、玄関には、母親が、怖い顔をして立っていた。

「たけちゃん。こんなに朝早くからどこに行っていたの?」

「え〜と、あの・・・・」

「帰ってきたのか」

「ええ、今帰って着たわ。さあ、上がりなさい。朝ごはんにしましょう」

そういうと、母親はいつもの優しい顔に戻ると、手を差し伸べた。その手をとると、いっしょに洗面所に歩いていった。そして、顔を洗うと、父親の待つ居間に行った。

「ただいま」

バツ悪そうに、小さな声で言った。

「うむ、男の子だからといって、黙って、朝早く家を出て行ってはいけないぞ。お母さんは心配していたのだから」

「あら、お父さんもでしょう。さあ、ご飯にしましょう」

そういうと、母親は、横に置いた電気ガマのふたを開けて、ふっくらと炊き上がったご飯をしゃもじでかき混ぜた。

いつもと同じ朝の風景だった。だけど、何かが気になった。何かが・・・・

「どうした武彦。腹減ってないのか?」

「おなかすいたわよね。さぁ、たけちゃん。沢山食べてね」

「う、うん・・・・・え?」

さっきから、おかしな気持ちだったわけがわかった。父親が、まるで、自分が男の子であるかのように言うからだ。それに対して、母親もふしぎにも思わないのか、なにも言わないからだ。自分は女の子なのに。

「おとうさん。わたしは・・・・」

「武彦。男の子は、わたしなぞ言わないぞ。ボクか、俺でいい」

「俺は乱暴よ。ボクにしなさい」

「おいおい、おかあさん。俺のほうが男らしいだろう」

「いえ、たけちゃんには、ボクの方が似合います」

そんな事を言い合う両親をよそに、武彦と呼ばれた少女は、立ち上がると便所に行った。そして、中に入ると着ている丹前と寝間着を捲り上げて、パンツを下ろした。朝、神社に出かけるときにはフリルの着いた白のかわいいパンツをはいていたはずなのに、今は白の四角い男の子のパンツに変わっていた。それをずり下げると、そこには、かなり小さいけどお父さんと同じものがあった。

「おちんちんがある。どうしよう。わたし、男の子になっちゃった。どうしよう・・・・でも、これで、けいちゃんを守れる」

泣きそうになっていた少女の顔が、明るくなっていった。

「男の子よ。わたし・・・いや、僕は男の子だ!」

このときから、花園武子は、武彦になった。武彦(武子)8歳の秋の日の朝だった。