レディース・ディー

レディース・サウナ・ディー

 

「入れろ。俺は客だぞ。いれろ!」

フィットネス・クラブの中に設置された一般客も利用できるサウナの受付で、一人の男性客が、騒いでいた。

「どうしたの?こんなに大きな声で騒がれては、ほかのお客様に迷惑よ」

「あ、マネージャー。こちらのお客様が、中に入れろと言われまして・・・」

受付の騒ぎに様子を見に来た長身の美女は、受付のカウンターに寄りかかってくだを巻いている男を見て、ため息をついた。

「このお客様に、今日は、レディース・デーということを説明したの」

「はい、でも、入れろの一点張りで・・・」

この男は、かなり飲んでいるようで、なにを言っても、『入れろ』としか、言わないようだった。

「どうしましょう?」

「どうしましょうって言っても、お客様。本日は、女性のお客様のみの日ですので、男性のお客様には・・・」

「俺は客だぞ。客を追い出すのか。俺を入れないと、表で騒いでやるぞ」

男には、なにを言っても無駄のようだった。

「もう仕方ないわね。今、開いている部屋はある?」

「はい、VIP用の個室が、ひとつだけ。」

「そこを準備して、そこに入ってもらうわ。それと、誓約書の準備を」

「誓約書ですか。何もそこまでは・・・」

「何事も、用心よ。誓約書にサインをもらってから、部屋に案内してね」

マネージャーは、そう指示を与えると、事務所へと戻っていった。

指示を受けた受付の女性は、バインダーに誓約書を挟むと、男の前に差し出した。

「お客様。申し訳ございませんが、こちらの誓約書をご覧の上で、サインをお願いします」

「せいやくしょ?」

「はい、先ほども申しましたように、今日は女性限定の日ですので、念のためです」

「俺が信用できないのか!」

「いえ、そういうわけでは・・・」

「ふん、ほら、書いたぞ。これでいいのだな」

「は、はい。でも、内容をご覧にならないでもいいのですか」

「いいから、さっさと、サウナに案内しろ。ちょっと飲みすぎたから、酔いを醒まさないと・・・ああ、か〜ちゃん」

でっぷりと太り、頭もかなり薄くなってきている小柄な男を、何とか立たせると、すこしガッチリとした体形の受付嬢は、よろめく男を支えながら、奥のサウナルームへと、案内していった。

途中、ほかの部屋で、サービスのジュースを、おいしそうに飲む女性たちを見て、男が、また騒ぎ出した。

「俺ものどが渇いた。ジュースを持って来い」

「ですが、あのジュースは、女性の方用のもので・・」

「うるさい。同じ客なのに、差別するのか」

「は、はい。わかりました」

案内をしていた女性は、男の剣幕にそう答えるしかなかった。

「こちらでございます」

そこは、脱衣室がつながった総木製張りの小さなサウナルームだった。

「うむ。ジュースを忘れるなよ」

そういうと、男は、脱衣室の中に入っていった。

 

「マネージャー、どうしましょう?」

男を案内した受付嬢は、マネージャーに、男の要望を伝えた。

「誓約書は書いてもらったのでしょう」

「はい」

「それならば、言われるとおりにして、責任は、こちらにはないから。いいわね」

「はい」

まだ納得がいかないような顔をしていたが、受付嬢は、事務所を出て行った。

そして、ジュースののったトレイを、あの男がいるサウナルームに運んだ。

 

「なんだ、たった一杯か。俺はのどが渇いているのだ。水差しごと持って来い」

男のわがままは、よりいっそうひどくなりつつあったが、マネージャーの命令なので、彼女は、何も言わず、男のいうとおりにした。しばらくして、彼女は、水差しにあふれんばかりに入ったジュースを運んできて、男の前に置いた。

『これ、一人、一杯が、適量なのだけれど、あんなにがぶ飲みしたら、いったいどうなるのかしら・・・』

がぶがぶと飲む男を尻目に、受付嬢は、サウナルームを出て行った。

受付嬢が、部屋の外に出て行っても、男は、ジュースを飲み続けた。冷たくてすこし酸っぱいこのジュースは、乾いたのどを潤すのには最高だった。気がつくと、水差しにあふれていたジュースは、すっかり空になっていた。ジュースをすっかり飲み干すと、あれだけ乾いていたのども潤い、男は、蒸気でぬれた木製の壁に背をもたれて、すこし眠りについた。

 

もし、このとき、この男と同席していた者がいたなら、奇妙なものを見ることができただろう。そして、それは、一般のものにはめったに見られない光景でもあった。

壁に背をもたれて眠っている男の身体中から、ねっとりとした汗が、滲み出してきた。その姿は、がまの油売りの口上に登場する鏡張りの部屋に入れられた四六のガマに似ていた。まるで、男の身体中の油が流れ出すかのように、男の身体は、ねっとりした汗で、覆われていった。だが、その脂ぎった汗も、普通の汗に代わって行った。そして、男の身体にも変化が現れていた。

でっぷりと出ていたおなかは引っ込んで引き締まり、もじゃもじゃと生えていたすね毛は、見事に抜け落ち、すらりとした綺麗な足になっていた。変化はそれだけではなかった。ギトギトに脂ぎってどす黒かった肌は、余分な脂っけが抜け、白く決め細やかな肌になっていた。そして、おなかの脂肪が移動してきたのか、胸がふっくらと膨らみ、まるで女性の胸のように形よいおっぱいを作っていた。

女性の胸?そう、まさに男の身体は、若くて綺麗な女性のようだった。股間のものさえなければ、女性の身体と言っても通用しただろう。股間のあれさえなけれ・・・ば?

男が、このサウナルームに入ってきたときには、彼の股間には、疲れ果て、垂れ下がったあれがあったのだが・・・それが、見えないのだ。その代わりに、そこには、女性のあの秘なるものが・・・。そう、男の身体は、若い女性の身体に変わっていたのだ。このふくよかな胸、引き締まったお腹、張りのあるお尻。どこをとっても理想の美人体形だった。だが、あの顔さえなければだが。

男の顔は、ガマを踏み潰したような顔をしていた。あの顔にこの身体。女に生まれ変わったとしても、その行く末は・・・神はなんと残酷なことをされるのだろう。その思いを抱いたまま、頭のほうに目をやると、そこには・・・

あの薄かった頭には、流れるような長い黒髪が、そして、その下にある顔は・・・ま、まさか、そんな。

たれかかる髪の間から見えるその顔は、日本の美の女神を描くとしたら、こうなるであろうと思えるほどの美しいものであった。己のそのおぞましい姿に恐れをなして、汗を流したガマは、その汗を枯らしたとき、世にも美しき天女へとその姿を変えたのであった。

華麗なる転身を遂げた天女は、静かにまぶたを開けた。自分の新しき姿を知らぬ天女は、身体から滴り落ちる汗を洗い流そうと併設のシャワールームに入った。そして、水量と温度を調節すると、シャワー口からほとばしでる水に、その身を預けた。それは、冷たく心地よいものだった。身体を叩くシャワーをこんなに心地よく感じたのは初めてだった。ほとばしる水で、汗を流しながら、両手を、首筋から胸へと摩り下ろした。ふくよかな形よい胸を両手で、つかみ、やさしく揉むように洗い流して、さらに、下へと手を下ろしていった。

『・・・ん?ふくよかな胸。何で、男の俺の胸に、ふくらみがあるのだ』

その時になって初めて、男は、自分の身体の異常に気づいた。肩に感じる、垂れ下がっている髪の感覚。ぷよんぷよんではあったが、ここまでふくよかで、形がよくはなかった胸のたるみ、膨らんでいたはずのお腹は引き締まり、股間には・・・

「な、ない〜〜〜〜!」

美しくも悲壮な声が、サウナ中に響いた。

 

「それでどうしろとおっしゃるのですか」

事務所の中では、マネージャーと、男を案内した受付の女性。彼女たちの前には、あの天女のように美しい女性が、バスローブに身を包んで、座っていた。

「だから、元に戻してもらいたいのだ。これじゃ、家には帰れん」

「今日は、女性限定だというのに、無理やり入られ、女性専用のジュースだというのに、無理やり持ってこさせ、がぶ飲みした上に、元に戻せ、ですか。それは、あまりにも身勝手すぎませんか」

「俺もこんなことになると知っていたら頼まんよ。こうなったのは、あんたらのせいだ」

「あら、そんなことをおっしゃるのですか。誓約書にも書いてあるように、私たちには責任はありませんのよ。これは、あなたのわがままが引き起こしたことでは、ありませんか」

そう言われると、元・男の美女は、何もいえなくなってしまった。

「とにかく、どこまで変わられたのか。そこが、問題です。6階では、当店ともお付き合いのあるクリニックがありますので、そこで検査を受けてください。この方を、先生のところにお連れして」

受付嬢に伴われて、バスローブの美女は、事務所を出て行った。一人残されたマネージャーは、ふと、ため息をついた。

『女性の身体の中の毒素と老廃物を排出して、細胞を活性化して、自分の理想の姿に成れる、あのジュースにこんな作用があるなんて。コップ一杯だったら、2ヶ月の効果だけど、水差し一杯、飲んだらどうなるのだろう?』

そんなことを考えながら、男が飲み干した水差しを眺めていた。

それから、3時間後、クリニックから連絡があった。

「そう、もう完全に女性になっているのね。わかったわ、こっちにつれて帰ってきて」

携帯をきると、机の上に置いた。

「意外な結果ね。男にも効くなんて。それじゃあ、男性用も作って、その適量を出せれば・・・うふふふ」

 

サウナで自由に性転換変身できる新たなTS時代の幕開けであった。

 

あとがき

連休で行った保養センターの浴場に設置されたサウナで思いつきました。いかがです?