あなたは、男ですか?女ですか?あなたはそれを何で証明できますか?もし、あるものが違ったら、それでもあなたは証明できるでしょうか?
これはそんな二人の男女の物語です。アンバランスゾーンに落ちてしまった二人の・・・
声 転 換
それは、あるカラオケボックスから始まった。
「マサル。いいかげん、わたしにも歌わせてよ。」
「だって〜ぇ。マミってぇ〜へたなんだもん。」
「止めなさいよ。その、MAYUMIの声で言うの。それに言葉づかいがオカマっぽいわよ。」
「だってぇ〜、いまのわたし、女の子だもん。」
マサルは、しなを作り顎に右の人差指を当てて可愛げにいった。ニキビだらけの男の子が、可愛い女の子の声でしゃべっているのを聞かされるのは、犯罪だ。だって、書いている私でさえ、その光景を想像すると、背筋が・・・・・
それはさておき、なぜにそんな男の子がこんな事ができるか説明しておこう。それは、最新式のカラオケマシーンのおかげなのだ。この機械。今までのようなボイスチェンジャー装置がおもちゃに見えるような性能が備え付けられているのだ。
それは・・・・歌っている歌手そっくりの声になれる「声真似マイク〜〜」(決して、大山のぶ代さんの声を思い出さないように)がついているのだ。カラオケのオリジナルの歌手とそっくりの声で、性別年齢関係なく歌うことができるのだ。その上、セッティングさえすれば、ほかの歌を好きな歌手の声で歌ったり、友達同士の声を覚えさせ、お互いに相手の声で歌うことも可能なのだ。どうだ、すごいだろう。
「いいかげんかわりなさいよ。そうしないと、ここの代金払わせるわよ。」
「いや〜〜ん。マミって人一倍食べるのよ。それを折半だなんて、私は破産しちゃうわ。」
「いいかげん、そのしゃべりかたも止めなさいよ。気持ち悪いわよ。」
「すまなかったな。マミ。」
マミの好きなタレントの声が聞こえてきた。その声を聞いてマミは思わずうっとりして返事をしてしまった。
「いいえ、いいのよ。キタタク。・・・て、止めてよ。マイクで遊ぶの。」
「マミ。」
「キタタク・・・て、違うでしょ。もう、マサル。マイクを貸しなさい。」
マミは、テーブルに置いてあったマイクを取ろうとした時、コーラの入ったグラスを右手に持って、分厚いカラオケカタログを捲っていたマサルが、それに気づき、奪い返そうとマイクを左手で掴んだ。ところが、二人でマイクを奪い合ったものだから、二人のバランスが崩れてマミは、マサルに引き倒されてしまった。マサルは、倒れてくるマミを支えきれずに背中から後ろに倒れこみ、二人は重なり合ってしまった。そのとき、マサルが持っていたコーラがマイクにかかり、二人は漏電したマイクに感電してしまった。
「いてててて、ひどい目にあってしまった。」
「なに言ってるのよ。あなたのせいでしょう。ずっとマイクを離さないんだから。」
「そんなこといってもさ。あれ、なんかおかしいぞ。」
「そういえば、しゃべってもいないのに、女の子に声が聞こえる。マサル、まだ、マイク入れてるの。」
「マイクはさっきのショックで壊れてるよ。でも、マミがしゃべってないのに聞こえてくるこの声はなんだ。どこかで聞いたような声だけど?」
「この男の子の声もそうよ。わたしがしゃべっているのと同じことをしゃべっている?なんで・・・・?」
倒れて、重なったままになっていた二人は起き上がるとお互いの顔を見つめあった。そして、声をかけた。
「マミ。」
「マサル。」
その声を聞いたとき、二人の顔色が変った。
「マミだよな?」
「マサルよね?」
「うぐ、入れ替わってる!」
ふたりは、お互いの顔を掴むとそう叫んでしまった。そう、ふたりは入れ替わってしまったのだ。
「どうしましょう。こんなのこまるわ。」
「僕だって困るよ。どうしよう。」
彼らは自分達の見に起こったことを理解したが、あまりのとっぴさに、どうしたらいいのか判断がつかなかった。
「こんなんじゃ、うちに帰れないわ。」
「僕だって困るよ。でも、帰るしかないだろう。もう時間なんだし。」
マサルとマミは、この状態のまま帰ることにした。壊れたと思ったマイクの機能は戻っていて、二人はマイクにコーラをかけたことは黙ったまま店を出て行った。そして、少し歩くとお互いの家の方向へと分かれていった。
マミは、家路を歩きながら、これからのことを考えた。だが、どうしてもいい考えは浮かばないまま、家の玄関の前についてしまった。マミは落ち込んだ気持ちのままに。家のドアを開けた。
帰ってきた挨拶もせずに、マミは自分の部屋に黙ったまま、歩いていった。娘が帰ってきたことに気づいた母親が、キッチンからマミに声をかけた。
「おかえりなさい。もうすぐ晩御飯よ。マサル君とのカラオケ楽しかった?」
マミはその声に返事もせずに、自分の部屋に入ると、ベッドにうつぶせになり、泣き出した。
「何で、どうして、こんなことになるの。おかあさ〜〜ん。」
帰ってきた返事もなく、食事にも来なかった娘を心配して、母親は、おにぎりを作ると、娘の部屋の戸をそっとノックした。だが、中あkらは返事がなかった。戸を開け、中に入ると、娘は、ベッドで、シーツを頭からかぶって眠っていた。
ベッドのそばに座ると、母親は優しくいった。
「マサル君と何かあったの。話したくないならそれでもいいけど、おなかすいたでしょ。おにぎり作ってきたから、机の上においておくわ。あとで食べなさい。」
そういうと、母親は部屋を出て行こうとした。そのとき、ベッドから声がした。
「おかあさん、わたしは、お母さんの娘よね。」
それは、まるで男の子のような声だった。母親は驚いたが、静かに言った。
「ええ、可愛い大事な娘よ。どんな姿になったとしても、マミは、わたしの娘よ。」
「う、う、おかあさ〜〜ん。」
被っていたシートを払いのけて、マミは、母親に抱きついて、泣き出した。母親は、ただ、黙ったまま、やさしく娘の頭をなでてやった。母の胸で泣きじゃくっていたマミは、少し落ち着いたのか、顔を上げて、母を見た。その顔には涙の後がくっきりと残っていた。
「落ち着いた。」
「うん。」
「どうしたの?」
マミは、カラオケボックスでのいきさつを母親に話した。母親は、ただ黙って、優しく微笑みながら頷いて聞いていた。この子は、苦しんでいたのだろう。人に言えずどうしていいか分からず。でも、必ずこの子を治してあげる。わたしのの頃の人生をかけても、かわいい女の子に戻してあげる。そう、心に決心する母親であった。
「マミ、明日、お母さんと一緒に病院へ行きましょう。必ずお母さんが治してあげるから、ね。」
マミは、頷いた。いつもは、笑顔で、なんだか頼りない母だが、このときは誰よりも頼もしく思えた。
「安心したら、おなかがすいたでしょ。さあ、おにぎりを食べなさい。」
「はい、おかあさん。あの・・・」
マミは、急にもじもじしだした。
「どうしたの?」
「あとで、一緒に、お風呂に入ってくれる。それと、ちっちゃい時みたいにお母さんと一緒に寝てもいい?」
「甘えんぼさんね。今日だけよ。お父さんは出張だから、いいわよ。でも、お父さんにはナイショよ。お父さん、うらやましがるからね。」
ふたりはくすくすと笑い出した。ふたりだけの秘密だった。
翌朝、ふたりは、天使が丘総合病院の耳鼻咽喉科の診察室にいた。
「ふむ、カラオケボックスのマイクにふたりとも感電したのか。」
マミは目の前に座る、白衣の美人女医の質問に頷いた。
「そのマイクは、ボイスチェンジ機能付きか。出来すぎた話だな。ところで、その声は、そのとき一緒だった男の子のものなのか?」
「それは、分かりません。いつも、聞いているマサル君のとはちょっとちがうから。」
「じゃあ、これではどうだ。」
そういうと、女医は、小型のカセットレコーダーを取り出し、マミに、何か話させると、それを再生した。レコーダーから流れてくる声は、たしかにマサルのいつもの声だった。
「そうです。この声です。でもどうしてだろう。」
「聞いたことないか。自分の声は、頭蓋骨に響いたものを聞いているので、他の人が聞いているのと違って聞こえるというのを。だからさ。」
「先生、娘の声は戻るのでしょうか。」
「今回は声だけだから・・・いや、感電したときに声帯が痙攣を起こしているだけだから痙攣が取れれば、元の声が出せるようになるよ。安心しな。でも、一週間は、絶対安静だぞ。いいな。声を出すのは厳禁だ。つらいぞ。」
「はい。がんばります。」
マミは、昨日までの暗さが嘘のように、晴れやかな笑顔で答えた。
母親は、女医の力強い言葉に、涙があふれた。男の声の女の子の行く末を心配していた母親は、ほっと安心した。
「ところで、相手の男の子は、病院に行ったのかな?」
「いえ、そこまでは・・・先生、どうかしましたか?」
「もし、このままほっておいたら痙攣が固定化して、声が元に戻ることはないからだ。だが、心配はないだろう。声だけのことだから。」
母親は、病院帰りに相手のところに電話して様子を聞いてみたが、別段変化はなかったようだった。それよりも、娘との治療のための一週間が、彼女にそのことを心配する時間を奪っていった。
6日後、マミは病院にいた。
「よく我慢したわね。治っているわよ。」
女医のその言葉にマミは、黙ったまま微笑んで頷いた。そして、診察室を出て行った。彼女が出て行くと、そばに立っていた看護婦が女医に言った。
「先生、よかったですね。マミちゃん治って。」
「そうね。」
女医は、薄ら笑いを浮かべていた。
「先生、何か隠しているでしょう。」
「彼女と声が入れ替わった彼ね。どこの病院にも行ってないの。だから・・・」
「どうして、そんなことがわかるんですか。」
「こんな症例。何処の病院でも手に負えないよ。だけどここに回されていないからね。これを甘く見ていると取り返しのつかないことのなるのさ。」
「それはどんなことです。」
「男と女の認知はどうしてするの。」
「それは・・・外見ですか?」
看護婦が、わからずにあてずっぽに言った。
「それもあるが、それはどうにでも変えられる。でも変えにくいのは・・・なにかな?」
「え〜と、なんです?」
「声だよ。どんなに変えようとしても変えにくいのは声だ。もし、声が変ったとしたら・・・・ククククク。」
そういうと、女医は笑い出して、それからは、看護婦がいくら聞いても、黙って、ニヤついたまま答えようとはしなかった。
マミは、完治を知らされたが、念のためにもう一日様子を見ることにして、あの事故から8日目に、やっと、マミは学校に行った。
マミは、治療のために一週間、学校を休んでしまった。学校に行っていたら、どうしても話してしまい、声帯に負担をかけるからだ。久しぶりの登校にマミは、どきどきしていた。たった一週間だけだったのに、なぜか、知らない初めてのところに行くような気がした。
「おはよう。」
元気よく、教室に顔を出すと、教室にいたクラスメートたちは、冷ややかな目で、彼女を見た。その違和感にマミは思わず引いてしまった。みんなの視線を気にしながら、親友の雅美のそばに行って、声をかけた。
「雅美おはよう。どうしたのみんな。私を見る目がおかしいよ。」
いつもは、はじけたようにマミに飛びついてくる雅美が、冷たく言い放った。
「あら変態のマサル。その声、あんた、声までもマミのものを奪う気。」
雅美のその言葉にマミはわからなくなった。何でわたしがマサルなの。わたしは、マミよ。そう叫ぼうとしたとき、女子の制服を着たマサル
が入ってきた。
「おはよう。」
それは、わたしの声。そのマサルに、雅美は意外な返事をした。
「おはようマミ。マサルが来たわよ。変態のマサルが。」
その言葉に、マサルはマミに気づくと持っていたかばんを放り出して、脱兎の如く教室を飛び出していった。マミはそのマサルのあとを追って、教室を飛び出した。そして、マサルのあとを追っていこうとしたとき、マミは後ろから誰かに引き止められてしまいました。ひっくり返りそうになる彼女を、その誰かは、トイレの中へと引きずりこんでいった。
「あんた何のつもりなの。マミの体を奪っただけじゃなく。彼女を襲おうなんて。」
マミをトイレのドアに押し付けて、問い詰めたのは、雅美だった。そのほかにも、2・3人の女子のクラスメートがいた。
「わたしは、マミよ。」
「マミは、さっき、教室を泣きながら出て行った彼女よ。あなたは、マミと身体が入れ替わったマサルでしょ。知ってんだから。」
「わたしは、マミよ。雅美、わたしたち親友でしょ。わたしは、マミよ。あなたが、×××が、本当は好きなのも知ってるわ。」
「それは・・・マミの記憶を見たわね。あなたは、男として最低ね。」
「本当にわたしは、マミだってば。」
マミはどうしていいかわからなくなってしまった。どう説明しても、雅美は、マミの記憶を探ったと言って信じないからだ。精根尽き果てて、どうしていいかわからなくなったとき、始業ベルで一瞬隙の出来た雅美の横をすり抜けると、マミは、保健室に逃げ込んだ。そして、校医に助けを求めた。
「先生。たすけて・・・」
「あら、マサル君どうしたの?」
その言葉を聴いたとき、マミは絶望に落ち、気を失ってしまった。
マミが、気がつくと彼女が寝かされたベッドの周りには、校医をはじめ、雅美や、さっきトイレで一緒だったクラスメートが取り囲んでいた。マミはこの逃れない状況にあきらめ、彼女たちをにらみつけた。
「マミ・・・・ごめんね。」
あの気丈な雅美が泣き出して、マミの身体の上にうつぶせてしまった。他のクラスメートも巻き込まれるように、くづれるようにマミの身体の上に泣き崩れてしまった。
「え、あの〜え、え、え?」
「あなたは、助かったのよ。これのおかげでね。」
校医が彼女の目の前にちらつかせたのは、病院の医師が、彼女に手渡した手紙だった。
「これには、あなたが本物のマミちゃんだと書いてあるわ。疑ってゴメンね。」
マミはともあれ信じてもらえたことにほっとした。
「ゴメンネ。マミ。あなたが休んでいる間。彼女がマミになっていたのよ。」
雅美は、あの事故の翌日、マミが休んでいる間に起こったことを話して聞かせた。
あの事故の翌日、マサルは、平然と学校にやってきた。そして、当然のごとくマミの席に座った。
「新堂君。そこは、マミの席よ。あなたの席はあっちでしょ。」
雅美は、マサルの席を指し示し、まるでおかしなものを見るかのように見つめていった。
「やっぱりマサル君に見えるのね。でも、わたしは、マミなの。」
雅美はその声に驚いてしまった。声は親友のマミのものだったからだ。
「え、どういうこと。その声はマミじゃないの。どういうことよ。」
「実は、昨日マサル君といったカラオケボックスで事故にあって、身体が入れ替わってしまったの。だから、姿はマサル君でも心はわたしなの。」
「そんなばかな。」
雅美はおもわず大声を出してしまった。その声にクラス中のものが、二人の周りに集まった。そして、マサルの声に驚いた。それは、どう聞いてもよく知っている女の子の声、佐伯マミの声だったからだ。ホームルームの時間になると、この出来事は更なる広がりを見せた。開始ベルとともに教室に入ってきた担任は、佐伯の席に集る、生徒たちを元の席に戻るように言ったが、彼らは自分の席にもどろうとはしなかった。
「どうしたんだ。ホームルームの開始のベルはなったぞ。ん?新堂、お前どうして、佐伯の席に座ってるんだ。」
人だかりの中に分け入った担任は、マミの席に座ったマサルを見て驚いた。
「先生、佐伯と新堂の身体が入れ替わったそうです。」
人だかりの中に一人が担任にそう言った。
「なにをばかなことを言ってるんだ。さあ、新堂、自分の席に戻りなさい。」
「先生、わたし、新堂マサルじゃありません。佐伯マミです。」
「なにをばかなことを・・・ん?新堂、もう一度しゃべってみろ。」
「ですから、わたしは、佐伯マミです。」
「だが、姿は・・・え、え、え?佐々木、新堂は声色が出来たか?」
「出来ませんよ。奴はそんなに起用じゃないもの。」
「そうか、それじゃあ・・・・なに〜〜〜〜!」
担任は、あまりの異常な出来事に、思わず声を上げてしまった。
「とにかく新堂。」
「佐伯です。」
「佐伯か、そんなことはどうでもいい。とにかく一緒に来い。」
そういうと、担任は、マサルの手をつかむと教室を出て行った。そして、担任もマサルも3時間目まで帰ってこなかった。その間、マサルトマミの話で教室はざわめき授業にはならなかった。
「先生、どうですか。何かおかしい点はありませんか。」
「何もないわよ。この子の声は地声ね。」
「ということは、こいつが言うことは・・・」
「信じられないけど本当ということね。」
保健室で、校医の診察結果を待っていた、校長、教頭、それに担任は頭を抱えてしまった。
「どうしましょう、校長。」
「どうするって君。すぐに緊急職員会議だ。それと、教育委員会にも電話だ。佐伯マミのところにも電話しろ。」
異常な出来事に血圧が上がってきた校長はそう叫ぶと頭を抱え込んでしまった。
「また、新堂か。君のクラスのあいつはどうにかならないのか。いつも騒動には彼が絡んでいる。大人しく卒業してくれんかね。」
頭を抱える校長を支えるように教頭が一緒に、保健室を出て行った。
「ですから、この子は、外見は男の子ですが、中身は女の子なんです。」
「でも、いくら中身がそうでも、女の子として扱うにはどうかと・・・」
「それじゃあ、元に戻ったときに、このときのことがトラウマになってもいいとおっしゃるのですか。先生は・・・」
喧々諤々と意見が飛び交う職員会議の中で、とうのマサルは、眠そうにしていた。
「ところで、この子が佐伯であることは間違いないんですか。」
「佐伯、神木先生にその声を聞かせてあげなさい。」
「なにをしゃべればいいのですか。」
その声を聞いた教師たちは、黙ってしまった。男の子の口から出たどう聞いても女の子の声。このあとすぐに会議は終わった。
「佐伯、ご両親には話したのか。」
「いえ、マサル君と相談して、両親には、心配をかけるので話さないことにしました。でも、学校のみんなにだけは知っておいてもらいたかったから・・・」
「そうか、それでは、先生から、学校のほうにも、ご両親には話さないように言っておく。あと、問題は新堂のほうだが・・・・」
「彼のほうは大丈夫です。このことが、かなりショックだった見たいで、寝込んでいるみたいですから。」
「おまえ、新堂の様子を聞いたのか。」
「ハイ、心配でしたから。だから、先生。彼のこともそっとして置いてください。」
「そうだな、そう手配しておこう。さて、教室だ。大丈夫か。」
「ハイ。」
担任とマサルは、連れ立って教室の中に入っていった。
「それから、新堂君は、マミとして扱われるようになったのよ。制服は、学校に来て着替えて、体育の授業は女子といっしょ。更衣室も女子のをつかったわ。わたしたち、彼が本当にマミだと思っていたから。」
「でも、なぜ、彼をわたしだと信じたの。姿だって違うのに・・・」
「それは仕方がないな。あの声じゃ、誰でも信じるだろう。お前たちは、自分が女だと証明できるか。」
「それは簡単です。この姿を見てくれれば。」
「お前以上に可愛い男の子は、たくさんいるぞ。」
「それじゃあ、裸になります。」
校医の言葉に、雅美はむきになってきた。その勢いは、本当に服を脱ぎださんばかりだった。
「体は整形でどうにでもなる。のど仏も削れるしな。」
「それじゃあどうしたらいいんですか。」
「もし、外見はどう見ても男なのに、甲高い優しい声をした人物が、『わたしは女です。』といったらどうだ。お前たちは、男と思うか、女と思うか。」
「それは・・・・女。」
みな顔を見合わせて、誰とはなくそうつぶやいた。
「外見はどう見ても男なんだぞ。それじゃあ、どう見ても綺麗な女が、がらがら声で、『自分は、男だ。』といったら?」
「おとこ・・・」
自信なさそうに、マミがそうつぶやいた。
「これでわかっただろう。新堂が、佐伯として認知されたわけが。とにかく、新堂を捕まえて、医者に連れて行くんだ。もう手遅れかもしれないが・・・」
「手遅れ?」
「ああ、新堂はもう元には戻れないかもしれない。」
校医は、その美しい顔を曇らせながら言った。
「わたしと同じ道を歩むことになるかも・・・」
そのつぶやきに気づくものはいなかった。なぜなら、保健室にいたマミたちは、全員外に飛び出していっていたからだ。そんな彼女たちのあとを見つめながら、校医は、ため息をついた。
「マミにはつらい結果に終わりそうだな。」
マミたちは、学校中を探した。だが、そう簡単にはマサルの姿は発見できなかった。
「あいつはどこに行ったんだ。」
「わからないわ。どこにいるんだろう。もうすぐ、授業が始まるよ。マミ、戻ろうよ。」
だが、その声にマミは、反応しなかった。マミは、あちらこちらを探した。雅美たちも仕方なくマミに従った。
ついに、マサルは見つからず、彼女たちが教室に戻ったのは、3時間目の途中だった。こっぴどく怒られていた彼女たちを救ったのは、保健室の校医だった。彼女の説明で、手の開いた教師たちも参加してマサルの捜索が続けられた。
「ちぇっ、マミが出てくるとは思わなかったな。ショックで当分寝込んでいると思ってたけど、お楽しみもこれまでか。さて、これでおしまいにするか。」
(ほんとうにそうなの。あなたは男に戻れるの?)
「だれだ、僕に話しかけるのは誰だ。」
(あなたは男だと言える。その声で・・・)
「あたりまえだ。俺は男だ。」
(そういえるかしら。あなたは男だと・・・)
「いったい誰なんだ。お前は・・・」
(あら、まだ気づかないの。わたしが誰か?わたしは、あなたよ。)
「オレ?俺は、男だぞ。お前は、女だろうが・・・」
(うふふ、あなたは、もう男ではないのよ。わたしは、あなたのアイデンティティーですもの。さあ、本当の姿になりましょう。)
「う、うわ〜〜〜〜。」
数時間後、マサルは、体育準備室で、クラブの準備を始めた運動部の生徒によって発見された。発見されたとき、彼の体には信じられない変化が現れていた。胸は膨らみかけ、腰は丸みをおび、体形も縮んでいるようだった。そして、もっと驚くべきことに、彼のペニスは、赤ん坊のように小さくなっていた。
そして、彼の変化はゆっくりと進み、数日後には、彼はその声に似合った姿に変った。
彼は、気づかなかったのです。自分のアイデンティティーの一部を失ってしまったことを・・・
だが、崩れたバランスを直そうとして彼の体は、新たなアイデンティティーに体をあわせてしまったのです。無理やりに・・・
そう、ここはバランスの崩れた世界ですから・・・・
あとがき
これは、虎之助さんの声だけ変る部分変身と言う話を聞いて、自分なりのものを考えていたのですが、当初は、コメディにするつもりが、こんな話になってしまいました。ラストを思いつかなかったからです。でも、テーマは一緒。
さて、よしおか版アンバランスゾーン、いかがでしょう?