洗顔?

 

朝起きると、俺は、洗面台に行き、蛇口をひねった。勢いよく出てくる水に手をぬらすと、洗面台のトレイに置いていた洗顔フォームのチューブを開けて、手のひらに出した。どんな汚れも落としてくれるという強力洗顔だ。手のひらで、よくあわ立てると、それを顔に伸ばして、顔を洗った。そして、洗い流すと、前の鏡に顔を映した。

 そこには、いつものハンサムで男らしい俺の顔が・・・・なかった。

 「な、なに〜〜〜」

 鏡に映し出されたのは、ちょっと切れ長の鼻筋が通った綺麗な女の顔だった。

 「な、なんで?」

 いぶかしんでいる俺の頭の中で、あることがささやかれていた。

 【この顔は、どこかで見た事があるぞ。】

 そう、俺はこの顔を、どこかで見た事があった。しばらく、鏡に映し出された顔を見つめていて、俺は、はたっと気づいた。そうこの顔には、見覚えがあった。それは・・・

 「俺の顔だ。」

 そう、俺の顔だった。それも、女になったら、こんな顔になりたいと、ひそかに思っていた顔だった。実は、俺には、ある秘密があった。それは、昔から、自分は、男じゃなくて、女なんだと、思っていた事だ。そして、その思いを隠そうと、いつの頃からか、無理やり男らしく振舞っていた。それが、いつの間にか、俺という存在を作っていたのだ。それが、この洗顔で、洗い流されて、この顔が現れてきたのだ。わたしの顔が・・・

 わたしは、その洗顔のチューブを掴むと、バス・ルームに入った。そして、シャワーを出すと、その洗顔をスポンジに取り、よく泡立てて、身体を洗った。身体中を余すとこなく洗った。髪さえもそれで洗った。そして、洗い終わると、シャワーで、身体の泡を洗い流した。

 どす黒い水が、排水溝に勢いよく流れていった。水が、透き通るまで、身体中にシャワーを浴びて、身体を触りまくりながら、わたしは、自分の身体の変化を感じていた。

 すべすべの肌、膨らんだ胸、引き締まった腰、余分なもののない股間、ふんわりと形のいいお尻。それらは、今までの俺にはなかった、わたしの体だった。わたしは、バス・ルームを出ると、出口にかけてあったバスタオルで、ぬれた身体を拭いた。それは、今までに感じた事のないような、気持ちのよさだった。バスタオルを身体に巻いて、濡れた髪を、タオルで包んで、リビングのソファーに座った。

 「ふう、こんなにいい気持ち、はじめて。身体も軽いし、気持ちだって。厚く重い鎧を脱いだ感じって、こんなのかしら?」

 わたしは、気持ちさえも軽やかになっていた。本来のわたし。本当のわたしが、今ここにいる。これからは、本当のわたしの生活が始まる。わたしは、そのうれしさに、喚起の声を上げたくなった。

 「今までの偽りの俺よ、さようなら。本当のわたしさん、こんにちは。これからは、本当の自分として暮らせるわ。女としての本当の自分で・・・」

 わたしは、はしゃぎまわりたい気分になった。と、そのとき、あることに気がついた。

 いままで、存在しなかったわたしは、いったい誰なのだろう。男の俺は、その存在が認められていたが、女のわたしは、いま、存在を開始したのだ。だから、何もないのだ。戸籍も、名前さえも・・・

 「これからどうしよう?」

 前途に立ちはだかる新たな問題に、わたしの心は暗くなっていった・・・

 

あとがき

 おふびーつに書いたネタ話から、書いてみました。