戦争秘話1

 

「長野大本営はいかにして放棄されたか。」

 

 もう、60年近くなるのですね。わたしも、すっかりおばあちゃんになってしまう訳ですよ。よくわたしの事をご存知でしたね。え、眞田博士の遠縁の方でしたか。それで、あのときの事をお聞きになりたいと。

 そうですね。お話してもよろしいですが、お信じにはならないでしょうね。あまりにも、突飛な話ですから・・・

 

 そうあれは、昭和19年の秋のことでした。日に日に空襲が激しくなり、東京府は、いえ、前の年に都に変わっていましたね。東京都は、その機能をほぼ失っていました。でも、都民達は、天皇陛下が御あします帝都を離れる事はなく空襲に苦しめられてもその場に残っていました。というよりも、逃げる場所がない人たちが残っていただけかもしれませんが。

 当時、市ヶ谷にあった大本営は、本当は、前年に、長野の松代に引っ越していたのです。陛下は、臣民と共にいるとおおせられ、皇居に残られていましたが、実は、今の陛下の上にもう一人おられ、その方を、松代へと御移りいただいていたのです。

 戦況の悪化は、遺憾にもし難く、連合軍を壊滅させる兵器の開発が、急務となっておりました。

 そんなある日、作戦本部と研究棟との連絡員をしておりました兄が、特殊兵器の開発を専門としておりました第7研究室に、新兵器の開発状況を視察に参りましたときの事でした。

 「作戦本部連絡員、松本浩二中尉、入ります。」

 「よし入れ。」

 そこは、奇想兵器の開発で有名な、眞田佐吉博士の研究室でした。兄が入ると、博士は、球形の爆弾らしきものを解体されていたということです。

 「失礼します。博士、兵器開発はいかがなものでしょうか。」

 「そうぽんぽんとできるはずがなかろうが、それよりこれだ。」

 そう言って、博士は、その物体を示しました。

 「それは、何でありますか。」

 「これか、これは、先日、金沢に入ったUボートが運んできた連合軍の新兵器だ。」

 「これがでありますか。」

 「そうだ。奇想中の奇想。性転換爆弾だ。」

 「博士、また冗談を。私をからかいになられるのですか。」

 「からかってはおらん。先般、ドイツのヒットラーに対して、決行されようとした作戦の遺物だ。」

 「ヒットラー総統閣下に対してでありますか。」

 「そうだ。奴らは、これで、奴を女にし、戦意をなくさせるつもりだったようだ。だが、この爆弾の威力が弱かったので、別荘のねずみを、変えた位に終わってしまった。」

 「それは、それは。」

 「信じておらんな。まあいい。発想は面白いので、わしは、この爆弾の効力を上げ、連合軍の兵士を全て、女にしようと思うのだ。」

 「ですが、博士。そんな事が可能なのでしょうか。」

 「可能だ。生物は、もともと、メスしかおらんのだ。オスは、メスの変異体でしかない。そこで、オスを、安定形のメスに変えてやればよいのだ。」

 「博士、なんと不謹慎な事を言われるのですか。女は、男より生まれたもので、男より劣る、女が、基本形などと仰るとは、博士といえども、あまりにも、非国民的発言は許しませんよ。」

 「なにをほざいとる。女が、男より劣っておると誰が言った。女のほうが、男より丈夫だし、現に、貴様も、その劣った女から生まれたのだろうが。」

その頃のわたしは、その意味がわかりませんでしたが、博士の言葉に反発しながらも、反論はしませんでした。博士は、ちょっと便所に行って来る。といって席をはずしました。一人残った、兄は、その爆弾を、手に取り、掲げてみたり、転がしてみたりして、おもちゃにしていたそうです。そして、便所から帰ってきた博士は、その姿を見て、驚きのあまり、怒鳴ってしまったのです。その声に驚いた、わたしは、その爆弾を床に落としてしまいました。

爆弾は、破裂する事もなく、パカッと二つに割れてしまったのです。その中は、ただの空洞でした。わたしは、それが、ただの爆弾の模型だろうと思ったのです。しかし、それは、間違っていました。その中には、男を女に変えるTS菌が、充満していたのです。

「何ということだ。731部隊で特別に作ってもらった性転換菌が、飛び散ってしまった。もうどうすることもできん。貴様も、わしも、いや、この松代大本営の中にいるもの全て、性転換してしまうぞ。」

その時、まだ、博士が、わたしを脅かそうとしてうそを言っているものと思っていました。ところが、次の瞬間、それが、嘘ではない事を、実感してしまいました。

わたしの、制服の第二ボタンが、急速に膨れ上がる胸に押されて、弾け飛んでしまったのです。桜に錨の印章のボタンは、撃ち出された砲弾のようにとび、ズボンは、はちきれんばかりになりました。そして、短く刈り上げていた髪ものび、声も甲高く変わってしまいました。博士にも、同じような事が起こっていました。ただ違うのは、博士は、若返り、さっきまで生えていた剛毛の無精ひげは、細く、しなやかな産毛のようなものに変わっていったことです。

ただ、幸いな事に、この菌は試作品だったために、大本営の3分の2を、汚染するに留まり、死滅してしまいました。ただ、ここにお迎えしていた宮様も感染され、女性となられたのです。菌は死滅したとはいえ、まだ、感染する危険性があるため、松代大本営は閉鎖され、わたし達は、軍の病院に隔離されました。その後、終戦となり。米軍にも検査されましたが、わたし達は元に戻る事もなく、菌の保有も認められないということで、退院させられました。

その時、新しい、女としての戸籍が与えられ、女として、生きていく事になったのです。こうして、わたし達は、男を卒業する事となりました。

これが、松代大本営が、使われないままになった真相なのです。どうです。お信じになりますか。それとも・・・・