テンシンプリン

 

 あのプリンから、ボクは、プリンを見るとお腹がおかしくなって、大好きなプリンを食べられなくなっていた。そんな僕に気を掛けてくれたのが、香港からの留学生のジェイ・リー君だった。彼とは、学食の売店で売っていた大学祭限定特製プリンの最後の一個を奪い合い、そして、お互いにプリンに目がないと知ると、譲り合い、仲良く二つに分けて食べあった仲だった。いわば、プリン友達だった。

 マッド・プリンナーのボクが、プリンを食べられないと知ると、彼は、ボクを、あるお店に招待してくれた。それは、彼のおじさんの友人が開いている中華料理店で、薬膳料理を得意としたお店だった。

 「さあ、遠慮せずに、どうぞ。」

 彼は、ボクを、かなりのVIPでしか入れない特別室に案内してくれた。

 「今日は、君のために特別料理をお願いしたから、存分に堪能してくれたまえ。」

 リー君は、ほほ笑みながら、ボクにそう言った。

 「まずは、君の体調を整えなければいけないから・・・」

 そう言って、胃腸にいい、薬膳料理を出してくれた。薬膳料理といっても、それを一度食べただけでは、その効果は、すぐには現れないのだが、彼が準備してくれた料理は、特製で、即効効果が出る料理だった。

ボクは、それらの珍しい料理を堪能しながら、彼とたわいのない話で盛り上がった。

 「ところで、君は、なぜ、プリンの馬鹿食いをしたのだい?」

 リー君が、不思議そうに聞いてきた。それは、聞いて欲しくないことでもあったが、ここまで心配してくれる友達に、話さないわけも行かず、ボクは、本当のことを彼に話した。

 「なるほど、TSプリンか。話には聞いたことがあるけど・・・君は、TSをしたいのかい?」

 笑われると思っていた僕は、真剣に聞いてくるリー君の態度に、意外な感じがした。

 「うん、きれいな女の人に興味があって、それが、大好きなプリンで成れるなら、成りたいと思って・・・つい。」

 「もうその気持ちはないのかい?」

 「いや、まだ・・・・」

 ボクは恥ずかしそうに、懲りずに言った。

 「そうか。それならば、取って置きの点心をお出ししょう。」

 リー君は、そう言うと、手を2回鳴らした。すると、十人ばかりの若くてきれいな女性が、プリンの乗ったトレイを持って、現れた。国籍は、ばらばらだったが、みな、チャイナドレスを着て、目を見張らんばかりの美女であることだけは、共通していた。

 「お好きなプリンをどうぞ。」

 リー君は、ボクに進めた。あれだけのプリンを食べたので、さすがに、しばらくは見たくないと思っていたが、目の前にプリンを出されると、ついつい手が出てしまった。ボクは、瞳の大きな、美人というよりもかわいい女の子の持ったプリンを、手にとった。リー君は、金髪のきれいな人形のような北欧美人のプリンを取った。

 「さあ、遠慮しないで、食べてくれたまえ。今度は、君の望みが叶うはずだよ」

 リー君は、意味ありげに妖しげな微笑を浮かべて、ボクに言った。ボクは、いわれるままに、手に取ったプリンにスプーンをさした。

そして、ひとさじ、口の中にほおばった。それは、甘く、まろやかで、とろけるような味わいだった。

 「おいしい。舌の上で、プリンがとろけるようだ」

 「とろけるのは、プリンじゃなくて、君の身体だよ」

 「え?」

 顔を上げて正面を見ると、そこには、リー君の姿をかたどったチョコレート色の像があった。その前には、空になった皿とスプーンが置いてあった。

 「どうかしたかい?」

 リー君の水にもぐったような声が聞こえてきた。

 「リー君どこにいるのだい?」

 「どこって、君の目の前にいるじゃないか。と言っても、これじゃあ、わからないか。実は、このプリンの中に蛹とプリンを持っていた美女のエキスが入っているのだ。このプリンを食べることで、蛹になり、あの美女に変態するのだ。どうだい、中国5千年の歴史は、すごいだろう?」

 「蛹と美女のエキス?」 

 ボクは、その時、口に運んでいたスプーンを止めた。外観が、蛹のようになって、身体が溶けだし、あの美女に変態すると言うのか。

美女になりたい。と言う気持ちは確かにあるのだが、身体が溶けて、姿が変わると言うことに、戸惑いを感じた。今の自分が、完全に消えて、まったく見知らぬ自分に成ってしまいそうで・・・ボクは、静かに、手に持っていたスプーンをテーブルに置いた。

 「どうしたのだい。怖くなったのかい。でも、もう遅いよ。君が見ているように、私は、完全に蛹状態だ。この姿の時は、仲間としか交信できないのだ。私は、しゃべっているのではなくて、思考を伝えているのだよ。仲間の君にね」

 「なかま?」

 「そう、君も、私のように蛹になるのさ。もうすぐね」

すでに遅かったのだ。ボクは、この場から逃げようとして、立ち上がろうとした。だが、足が動かなかった。いや、足ばかりではなく、身体中動かなくなっていた。そして、身体が、だらんとして、力も入らなくなってしまった。ボクは、この場から動けなくなってしまった。

「恐れることはないよ。君の望んだ新しい身体に生まれ変わるだけだからね。フフフ・・・・」

リー君の言葉を頭で感じながら、ボクは、意識を失っていった。

 

「どうだい。恐れることはなかったろう」

輝く金髪の北欧美人が、後ろから優しく言った。ボクは、鏡の前に立って、小さく頷いた。鏡の中のスカイブルーのドレスを着た美少女も、小さく頷いていた。ドレスから、こぼれんばかりの豊かな右胸に、そっと、左手を当てた。

「ピクン」

電撃のような衝撃が、胸から、身体中に走った。ボクの顔は、赤らんだ。そして、鏡の中の少女の顔も。北欧美女になったリー君が、後ろから、優しくボクを抱きしめた。

「かわいいよ。私のプリンちゃん」

鏡に映る美女に、抱きすくめられた少女は、幸せそうな笑みを浮かべていた。まるで、今のボクのように・・・・

こうして、ボクは、ワタシになった。