ウォッチング

 

『おやおや、どうされたのですか?ふむふむ、どの受付窓口に行けばいいのかお判りにならない?それはお困りでしょう。私ですか?私は、このソファーに座って窓口に来る人たちを眺めているんですよ。これ、結構面白いですよ。ほら、戸籍の窓口に来たカップル。見てて御覧なさい』

 

 

戸籍の窓口のカウンターの前で、若いカップルがモジモジしながら座っていた。そのカップルは若く、高校生ぐらいにも見えた。

「ねえ、たっくん。ここでいいんだよね」

「ああ、でも・・・本当に出すのか?これ」

「出さないと・・・このままじゃ困るでしょ?」

「でも・・・」

少年と言ってもおかしくないくらいの年に見える男性の方が、戸惑っている女性の問いかけに、答えていた。ただ、言葉だけ聞いていると、二人の立場は逆になるのだが・・・

「あの・・・これ、ここでいいのでしょうか?」

若い男性が、一枚の用紙を窓口の係員に差し出した。

「はい。え〜と、テンコン届ですね。はい、ここで受け付けております」

 

『え?どう見ても未成年の二人が婚姻届は、早すぎるですって、まあまあ、落ち着いて、見ていましょう』

 

「え~と、あなたが、里美恵子さんですね。16歳で、身体は藤脇さとる君」

「はい」

返事をしたのは男性だった。

「で、あなたが、藤脇さとるさんで間違いございませんか」

「は、はい、そうです」

17歳で、身体は、里美恵子さんと」

「は、はい。実は、彼女の部屋で、キスをしようと抱きしめた時に、勢いあまってベッドから転げ落ちて・・」

藤脇さとると名乗った少女は、顔を赤らめながら答えた。

「いえ、魂が入れ替わった状況はいいのです。ただお聞きしたかったのは、このお届けどおりで間違いがないかだけでして・・・・」

里美恵子だと答えた少年が、無用な事を口走った少女の頭を小突いた。

「もう、あなたは、無駄な事を言い過ぎるのよ。少しは黙っていなさい」

少年に叱られて、少女は小さく縮こまってしまった。

係員は、そんな二人に歓心を示す様子もなく、坦々と作業を続けた。

「で、今日は、戸籍の変更をなさいますか?」

「それは今日、変更しないといけないのでしょうか?」

「いえ、変更受付期間は、魂の入れ替わり後、二週間です。あなたがたの魂が入れ替わったのは、二日前ですから、まだ変更受付期間終了まで、あと十二日ございます。ですので、本日、戸籍の変更をされなくても大丈夫です。でも、この期限を過ぎますと、戸籍の変更は出来なくなります。そうなると、今のお身体の戸籍で生活していただく事になりますので、ご注意ください」

「あの〜それはどういうことでしょうか?」

少年が恐る恐る聞いてきた。

「はい、受付期間を過ぎますと、戸籍の変更ができなくなりますので、魂の入れ替わりなど起きなかった事になり、里美恵子さんとしてではなくて、藤脇さとる君として生活する事になります」

「え?そうなんですか。でも、そのあとに元に戻ったら・・・」

「もちろん、また、その旨お届けいただければ、変更はできますのでご安心ください。それでは、本日は、お届けいただき有り難うございました。受け付け期限には十分お気をつけください」

係員に軽く頭を下げると、少年と少女は、イスから立ち上がるとカウンターから離れかけて、立ち止まった。

「あの〜」

「はい、まだなにか?」

「テンコン証明をいただきたいのですが・・・」

少女になった藤脇さとるが、恐る恐る聞いてきた。

「あ、はいはい、そこの証明申し込み用紙に、必要事項を書いて、5番の窓口に出してください。料金が一枚200円かかりますので、よろしくお願いします」

「お金がかかるんですか?」

少年になった里美恵子があきれたように言った。

「規則ですので・・・」

言葉とは裏腹に、申し訳なさそうな顔もせずに係員は言った。

恵子は、これ以上何を言っても無駄だと思ったのか、さとるを引っ張って、用紙のある記入台へと、向かった。

 

『どうしました?不思議そうな顔をして。え?魂の入れ替わりの届けなんてふざけているですって。税金の無駄遣い?おや、ご存じなかったのですか?昔から起こっていたのでしょうが、10年ほど前から「Case of Trans Sexual」と言われる性別変化現象の事例がネットで報告されるようになって、性別変化してしまった人たちのための、保護策として本人の届出によって戸籍の修正が出来るようになったんですよ。Case of Trans Sexual」は、入れ替わりだけではなくて、報告されているものだけでも、変身・憑依・脳移植等あるのです。もちろん、現象の違いから、届け出る書類も違いますよ。

彼らのように異性同士で体が入れ替わった者は、『転魂届』をだすんです。届け出は、原則、本人じゃないとできないので、入れ替わりの時には、二人そろってじゃないとできないんです。

事故とかで異性の身体に入ってしまった場合は、『魂入届』で、元の身体に戻ったら『離魂届』。

『魂出届』って思ったでしょう。違うんですよ。脳移植とかで、異性に身体になった場合は、『転身届け』。

では、朝起きた時に、異性に成っていた時は、何届けだと思います?え?『性転届』?違います。『転性届』?ただひっくり返しただけじゃないですか。違いますよ。『起性届』です。起きたら性が変わっていたってことですからね。

あ、もう五時か。今日も来なかったなぁ。それでは失礼します。でもあと三日だけど、来るかなぁ?』

ため息をつくように呟くと、私に、TS届けについて講釈してくれた幼稚園児の女の子が、業務の終了を告げるベルの流れる役所の中を淋しそうにぴょこぴょこと歩きながら、出入り口へと歩いていった。