魅惑の尼寺

                             

遍招宗蓮華寺(へんしょうしゅう れんげじ)は、レンゲと言う名だが、アジサイで有名だった。僕は、彼女の桜木麗香とともにこの寺に訪れたのは、アジサイが咲き誇る6月のある雨の日だった。

その日は平日で、雨の中のアジサイが見たいと言う彼女の希望からこんな日になってしまった。平日に来られたのは、時間が自由になる大学生ならではの事だった。これが、理系だったらこうは行かないだろうが、割と時間のある文系だったせいと、運良く休講が重なったせいもあった。

麗香は古風な女性だった。容貌は、彫りが深く、背も高く、出るとこは出、引き締まるとこは引き締まったボディは、彼女を派手な勝気な今時の女性のように見せていたが、実は、物静かな大人しいやさしい女性だった。そんな彼女のギャップも含めて僕は彼女に惹かれていった。

あまり自分の意見を言わず従うタイプの彼女だが、こと花に関してだけはだれがなんの言おうと自分の意見を押し通すところがあった。

そのため、この雨の中、アジサイを見るためにこの尼寺に来たのだが、やはり平日とはいえ、この雨の中、アジサイを愛でるなんて酔狂なことをするのは僕たち、いや、彼女だけのようだった。なぜなら、僕たち以外にはだれもこの寺の庭にはいなかった。

彼女は、花を見ていたら何時間もその場に動かなくなってしまうところがあった。6月の雨は、気温があまりあがらず、外の冷たい雨の中にいるには辛い時期だった。

「麗香、身体が冷えてこないか。何処かで休もうよ。」

「え、ううん。」

まだ未練がありそうな麗香だったが、やはり彼女も身体が冷えてきたのだろう。僕のことばに素直に従った。さて、どうしようと思っていたとき、本堂の方から尼さんが、こちらに歩いてきていた。蛇の目傘をさして、こちらに歩いてくる尼さんの姿は妙に美しいものがあった。

「こんな中、長い間花をご覧になっていたらお身体が冷えてしまったでしょう。どうぞ、あちらでお温まりください。」

そう言うと、寺の中に案内された。なんと言うところかは知らないが、尼さんが生活をしているらしい部屋へと案内された。

その間、何人かの尼さんとすれ違ったが、皆若く綺麗な人たちだった。そして、案内してくれている尼さんもまだ、30代のようだった。尼さんというとかなりの年配の人を想像していて僕が意外な気がした。

案内された部屋は、4畳半ぐらいの広さで、きちんと整理されていた。座布団を2枚出すとどうぞ、といわれるままに、僕と彼女は座った。彼女は、そのまま正座した。

あぐらをかきかけた僕は慌てて正座したが、お楽にと言うことばで、また、足を崩した。

「安物のお茶ですがどうぞ。あたたまりますよ。」

すすめられるままに、僕と麗香はお茶をいただきました。安いお茶と言ってましたが、優しい香りのするおいしいお茶でした。いつもはコーヒーしか飲まない僕にとってこのお茶は新しい味を僕に教えてくれました。

結構若いのに物知りの尼さんで、僕と麗香はこの尼さんとの会話を楽しんだ。どれくらい経ったのだろう。身体が妙に熱くなってきて、身体中が痒くなってきた。そして、麗香もそうなのか、彼女の白い肌は桜色になっていた。

「そろそろ効いて来た様ね。」

尼さんは、静かにそう呟いた。効いてきた。いったい何のことだ。この尼さん、何かたくらんでいるのか。

「何か、僕たちに飲ませたのか。」

「お〜ほほほほ。あなたの欲望を満たしてあげようと思ってね。」

「なんのことだ。」

「この寺の名前をご存知?」

「遍招宗蓮華寺。」

「それは、俗世の人がつけた名前ですわ。本当は、変性宗変化寺。女になりたい男が、なりたい女と一緒に来る寺なのよ。女になるためにね。」

「そんなばかな。なにを根拠にそんなことを言うのだ。」

「それは、あなた方がこの寺を訪れたことよ。この寺は、そんなカップル以外は入れないのよ。だから、誰もいなかったでしょう。あなたがた以外は・・・」

そんな馬鹿なと思いながらも、あまりの身体中の痒さと、火照りで僕は気を失ってしまった。

どれくらい経ったのだろう。目を覚ますと、あの尼さんとほかに数人の尼さんが、僕の周りにいた。

「気がついたみたいね。さあ、これを着なさい。」

尼さんは、そう言うと僕に何か服のようなものを投げてよこした。それは、肌色をしたゴムスーツのようなもので、服に細長い袋状のものついていたので、それを手繰ってみるとその先は5つの細い袋につながりそこには爪がついていた。

僕は、立ち上がるとそれを広げてみた。それは、人型をしたぬいぐるみだった。頭の部分には、髪の毛はなかった。そして、その顔は、麗香そっくりだった。

「どう、彼女の皮は、彼女、綺麗な皮を残してくれたわ。」

これが麗香の皮。じゃあ、彼女は?

僕は言い知れない怒りを覚えて、この尼さんに殴りかかろうとした。だが、まわりの尼さんが、僕を取り押さえた。その姿からは想像もできないくらい強い力で・・・

「ふふふ、まだ気がついていないようね。あなたの手を御覧なさい。」

言われるままに手を見ると、そこには皮はなく、赤茶けた筋肉や血管や神経があらわになっていた。手ばかりではなく、腕や足。いや、体全体から皮膚が消えていた。

「やっと気づいたようね。どうするのかしら。彼女の皮を着る。それとも今の姿のままにこれから先、生きていく。」

僕は、決断を迫られた。そのとき、自分も気づかなかった心の底の思いが浮かび上がってきた。その声を聞きながらも僕は決断した。決して後悔しない決断を・・・

 

翌朝、蓮花寺に新しい尼僧が誕生した。その尼僧の名は「紫陽尼」。華麗な美しさを持つ、だが物静かな尼僧だ。そして、この世を去った恋人の供養をしているそうだ。