秘められた想いの果てに・・・

 

うららかな陽射しの土曜の午後。戸田啓介は、新築マンションの一室の前に立っていた。真新しいスチールのドアの前で彼は、チャイムを押すか押すまいか迷っていた。

「あら、啓介さんではありませんか。」

その声に思わず振り返るとそこには、長い黒髪の清楚な美女が立っていた。

「美沙さん。」

それは、啓介が訪問したマンションの住人だった。

「雄一さんは、まだ帰ってきていないけど、あがって、散らかしていて恥ずかしいけれど・・・」

啓介は、美沙の引きずられるようにして、彼女の部屋へと入っていった。

小奇麗な部屋の中は、まだ新婚の甘い香りがあちらこちらにただよっているようだった。憧れの人の、幸せいっぱいの新婚家庭へ無理矢理引きずり込まれた啓介の気持ちは複雑なものだった。彼女が結婚したのが、彼がまったく知らない人だったら、また違った気持ちだっただろうが、彼女の夫となったのは、啓介が幼い頃から兄と慕っていた従兄の雄一だったものだから、彼の気持ちはなお更複雑な気持ちになっていたのだ。

「雄一さんは、ちょっと遅くなるといっていたから、啓介さん。夕食を一緒に食べていくでしょう。」

「いえ、僕はすぐにおいとまします。」

「そんな、わたし、一人で夕食を食べるなんて・・・」

悲しそうな美沙を見ていると、帰るとも言えずに啓介は、美沙と一緒に夕食をとる約束をした。

リビングでテレビを見る啓介の後ろで、細やかに立ち動き、夕食を作る美沙の姿を思い浮かべながら、啓介は、妄想の世界に遊んでいた。

夫の啓介のために愛情込めた夕食を作る新妻の美沙。

『痛い。』

新妻の声に、テレビを見ていた啓介は駆け寄った。

『どうしたんだ。』

『ちょっと、指を切ったみたい。ドジなわたし。』

ぺロッと舌を出し、微笑む美沙の切った指を掴むと、啓介は、傷口に唇を近づけ、優しく咥えた。

『ほっといたら大変だろう。痛かっただろう。』

『ううん。もう痛くない。』

潤んだ目で啓介を見る美沙。啓介は、静かに口から指を出すと、優しく彼女の瞳を見つめて・・・

 

「啓介さん。できたわよ。ありあわせのもので申し訳ないけど、食べてね。味は、自信あるんだ。」

その声に振り返ると、テーブルの上には、美沙の手料理が、所狭しと並べてあった。だが、この料理は本当は、啓介が食べるはずの物ではないのだ。あくまで、彼は真の主の代わりでしかないのだ。そんな気持ちが、啓介の食欲を奪った。

「おいしくない?頑張って作ったのだけど・・・」

「いえ、おいしいです。たくさんあるからどれから食べようか迷ってしまって・・・」

「そうなの。どんどん食べてね。まだまだおかわりはあるからね。」

美沙の料理は本当においしかった。心では食べる事を拒否しているのだが、若い啓介の身体は心に逆らって、美沙の料理を欲した。理性に逆らう生理の欲求に啓介は負けて、理沙の料理を食べた。

『これが、ぼくのためだったら・・・』

そんなことを思いながらも、啓介は、美沙の料理をすべて平らげてしまった。

「わあ、ケイ。全部食べてくれたんだ。ありがとう。うれしいよ。」

美沙さんが喜んでくれた。なんだかいつもと違う気がするけど、うれしい。と思いながらも後片付けを手伝おうとした啓介は、リビングでゆっくりテレビを見てるように美沙に言われた。啓介は、おもしろくも、おかしくもないテレビをただ惰性で見ていた。だが、お腹が膨れたせいだろうか。啓介は目蓋が重くなってきた気がした。そして、いつの間にか眠ってしまった。

 

「おい、起きろよ。おいったら。」

揺り動かされて啓介が目覚めると、そこには帰ってきたばかりの雄一が立っていた。まだはっきりとしない頭を抑えながら啓介は起きだした。口の中はなんだか金属臭かった。

「雄兄さん、おかえり。」

「雄にいさん?おい、いくら啓介が来ていたからって、あいつのまねをする事はないだろう。美沙。」

「美沙?美沙って誰が・・・」

「おいおいなに寝た呆けているんだ。お前じゃないか。大丈夫か。ちょっとシャワーを浴びて目を覚ましてこいよ。」

「ん〜、そうする。」

啓介は、いつの間にか眠っていたソファーから起きだすと、バスルームに入って着ていた服を脱ぎだした。上着を脱いで、次にスカートを脱いだ。

「・・・・?すかーと?」

そう、啓介は確かにスカートを脱いだ。彼は、足元に脱がれたスカートを見つめた。そして、足の爪先から、だんだんと視線を上に移していった。

すね毛のないきれいな足。ふくらみのない股。そして、ブラジャーに包まれたメロンのように膨らんだ二つの胸。すっきりとした股?膨らんだ胸?

啓介は、胸のふくらみを持上げた。

「さっきから肩が重いと思ったけど原因はこれか。な〜んだ。」

そういって、持上げたり、触ったりしていたが、納得したのかブラジャーをはずしかかった。が、その手が突然止まった。

「胸?ブラジャー?男のぼくの胸に何でこんなものがあるんだ。それに、股が妙にすっきりしていたような・・・」

右手をそっと股の間に滑らせ、そのあたりを探った。そして、確信したのか、手を離すと深呼吸を一回した。

「う〜ん。それではっと・・・・うわあ〜〜〜〜〜〜〜。」

啓介はありったけの力を振り絞って叫んだ。

「どうした。美沙。」

啓介の叫び声に驚いてバスルームに駆け込んだ雄一が見たものは下着姿になって気絶している啓介の姿だった。

 

「啓介起きなさい。学校に遅れるわよ。」

「ウ〜〜ん。母さん、もう少し寝かせて。後5分。」

「5分じゃなくて、お前は一時間眠っていたのよ。早くしないと、学校始まるわよ。」

「え〜〜〜。」

ガバッと起き上がった啓介の横には心配そうな顔をした雄一がいた。あたりを見回すとそこは、雄一と美沙の寝室だった。

「美沙。気がついたかい。」

また美沙だ。ぼくは美沙さんじゃない。でも・・・本当に美沙さんではないのだろうか・・・

そんな思いが啓介の頭に浮かんだ。あのスカート。そして、あの胸。鏡こそ見ていないが、鏡を覗き込んだらそこに映っていたのはもしかしたら・・・

そんなばかな考えを振り払うように首を振ると、長い髪が顔に絡まってきた。

「うっとうしい髪だな。今度きらなくちゃ・・・・?」

長い髪。啓介は軽くパーマをかけてはいるが、顔に絡まるほど長い髪はしていなかった。それでは、この髪は誰の・・・

「美沙どうしたんだ。さっきからおかしいぞ。」

「雄ニイ。ぼくはどう見える?」

「どう見えるって、普通だよ。さっきから行動はおかしいが、ぼくの愛する妻の美沙じゃないか。」

そう、雄一には啓介が美沙に見えるようなのだ。ということは・・・そんなばかな。

「そうそう、ケイが帰る時にお前に渡してくれって手紙を置いていったんだ。俺が先に風呂に入るから、お前はそれでも読んで、少しは気を落ち着けろよ。」

そういうと、雄一は、啓介に一通の封筒を渡して、寝室を出て行った。

啓介は、手渡された封筒の封を開けて中から手紙を取り出した。

『啓介さん。いえ、美沙さんというべきかしら。これを読んでいるという事は、起きて、事情を理解している事と思うわ。

あなたが、わたし。岩城美沙になっているという事に・・・

そう、あなたとわたしは入替ったの。わたし、昔から一度、男の子になりたかったのよ。あなたも知っているように、

わたしは、昔から大人しく、物静かで淑やかな女の子というイメージが強かったけど、本当のわたしはおてんばで

にぎやかな女の子になりたかったの。でも、女のわたしでは、外見から作られたイメージが強く別人にならなけれ

ばならないの。

だから、あなたの身体をお借りしたの。わたしは、雄一さんも愛しているわ。だけど、男の子にもなりたかった。だ

から、あなたの身体をお借りしたの。1週間だけだからおねがい。わたしの代りをしてね。オ・ネ・ガ・イ

それに、あなたの思いも叶えられるしね。あなたが、わたしを好きなのは知っていますのよ。好きなわたしになれた

のだから楽しんでね。それじゃあ、バイバイ。』

いつもの彼女には似合わない軽い手紙。いつも自分達に見せていた彼女の顔は、偽りだったのか。そんなことを思いながらも啓介は、これからの事に思い悩んだ。

一週間後にもとに戻れるという保証はない。なぜなら彼女がそう言っているだけで、こういう場合(期限限定の入れ代

り)の話では(TVとか、小説、その他もろもろ)トラブルがあって戻れなくなる事が多いからだ。

  そうなったら、啓介はこれからの生涯、美沙として過ごさなくてはならなくなってしまう。そんなことができるだろうか。誰に知られるでもなく美沙として生活していくことが・・・

 雄一にだけは、本当の事を継げて協力してもらうほうがいいのでは・・・でも、いまだに自分でも信じられない事を雄一に信じさせられるだけの自信が、今の啓介にはなかった。今は、この現状をただ受け入れるしかなかった。まずは一週間、美沙として過ごすことを・・・

 このとき啓介はあることに気づいてはいなかった。これから起る出来事を・・・

 

 雄一がバスルームを出てきたときには。啓介は少し落ち着いていた。そして、雄一とは入替りにバスルームに入った。雄一がかけてくれていたガウンを脱ぎ、下着姿になって鏡の前に立った。そこには美沙の姿が映っていた。

 「これが、ボク。これからのボク。」

 言い知れぬ思いが込み上げてきて、涙が美沙の瞳にたまっていった。

 「さようなら、ボク・・・・」

 そう呟くと、啓介、いやこれからは美沙と呼ぶ事にしよう。美沙は、静かに下着を脱ぎ始めた。

 シャワーを浴びながら身体のあちらこちらにボディソープを染み込ませたスポンジを滑らせながら、美沙は、戸惑いを感じていた。自分の身体に欲情する自分がいるのだ。

 『これはボクの・・・いえ、わたしの身体なんだからおかしなことを考えるなんて不自然だわ。でも、美沙さんの身体って、すべすべして気持ちいい。それにこのおっぱい。おっぱいって重かったんだ。でもプニョプニョしてる。』

 何とか、洗い終えたのだが、あそこだけはどうしてもできなかった。

 『大事なところだから洗わなくちゃ。でも・・・ええい、目をつぶって、男は度胸だ。て、今は女か。』

 そんなことを思いながら、美沙はあそこを洗った。男のときとは違う構造、違う感触。美沙はおかしくなりかけてしまった。

 『なんなんだ。この感触は・・・ン〜、ずっとさわっていたい。でも、止めないと・・ああ、手が勝手に動く・・・』

 美沙と雄一によって開発されたあそこの感触は、新しい美沙にとっては、耐えられないものだった。

 「い、い、いや〜〜ん。」

 思わず声をあげてしまった美沙に驚いた雄一が、バスルームのドアのところまで駆けつけてきた。

 「どうした美沙。大丈夫か。」

 「ええ、大丈夫です。何でもありません。」

 「そうか、それならいいのだが、今日のお前はおかしいからな・・・」

 美沙の返事に一応安心したのか、雄一は戻っていった。その気配を感じながら、美沙は呟いた。

 「ふう、これからが大変だ。」

 美沙は、手早く身体を洗い出した・・・

 

 翌朝、美沙はベッドの上で目を覚ました。いつになく身体のだるさに起きる事ができなかった。言い知れないけだるさと、昨日味わった体感を思い出すと身体が知らず知らずのうちにほってってくるのを感じた。

 美沙のとなりには雄一はいなかった。彼女が寝ているうちに出かけたのだろう。まだぬくもりが残っていたが、それを手に感じると美沙の心臓は激しく鼓動を打った。

 「ゆういちさん・・・・すき。」

 たった一晩の出来事に、啓介の心は消え、美沙へと変わっていた。

 それから一週間がたった頃には、美沙はすっかり雄一の妻となっていた・・・・

 

 「どう。啓介・・・いえ、美沙の様子は・・・」

 ビジネスマンやOLでにぎわうファミレスのテーブルに雄一は、女子高生風の美少女と向かい合って坐っていた。

 「ああ、すっかり美沙になっているよ。お前の言う通りだったよ。あいつの秘められた想い・・・」

 「ウフフフ、だから、彼を引き込んだのよ。それにそろそろね。あれが始まるのは・・・」

 美少女の顔には、美しくも残酷な笑みが浮かんでいた。

 

 いつものように洗濯を終えて、部屋の掃除に取り掛かっていた美沙は、身体の異常に気がついた。掃除機のパイプを持つ手の指の皮が妙によれていた。それは、まるでサイズの合わないぶかぶかの手袋をはめているようだった。

 「どうしたというの。手の皮がふやけている。」

 美沙はふやけた手を触ってみた。するとその手の皮はズルッとむけた。そしてその下から現れたのは、ごつくはないが色の黒い少年の手だった。それを皮切りに身体のあちこちの皮がはがれだした。

 胸の感覚が急になくなり、冷たいパットを胸に付けているような気になった。そして、顔も浮かんではがれているようだった。

 「いや、いやいや〜〜〜。私の顔が・・・胸が・・・どうして・・・・」

 そのうえに、股の間に棒のようなものが突っ張る感じがした。

 「いやいやいや〜〜〜〜、わたしは女よ。おんな〜〜〜。ゆういちさ〜ん、たすけて〜」

 

 「これがこんなに楽しいとは思わなかったわ。あなたと一緒に「WAVE」の研究所で開発したこれの使い道を考えていたけど。医療だけではなくて、こんな使い道があったなんてね。」

 「そうだね。君とボクの秘めていた想いを叶えるためだけのつもりだったのに、この世の中にこれだけ、心の中にあれを秘めている人がいるなんて思わなかったよ。」

 雄一は、コーヒーを飲みながら微笑んだ。

 「そうね。あのお嬢様の美沙が、男になりたかったなんて・・・」

 美少女は雄一を見つめて誰に言うとはなしに呟いた。

 「そういう雄一もじゃないの。」

 雄一は、美少女を見つめていた。

 「この子は、啓介として男の子を楽しんでいるし、啓介も美沙になって本当の自分の心に気がついただろうからな。これからは、もっと仲間が増えるぞ。」

 いつの間にか、美少女は男のような声でささやいた。

「そうね。それもこれもこの『バイオ・スキン』のおかげね。」

雄一の声は女のような声に変わっていた。

 「くくく・・・・」

 「ふふふふ・・・・」

 ふたりは、人知れずに笑い出していた。