結 婚 式

 

 けたたましい目覚し時計のベルが鳴り響いていた。いつもは喧しく煩いだけの目覚しのベルが、今日は心地よく聞こえた。
今日は、俺の野望の第一段が達成する日だ。テレビをつけると、顔を洗いに洗面所にいった。テレビからはニュースを読む女性アナウンサーの声が流れていた。
「前国会で、承認されました『同性者婚姻法』が、本日より施行されます。これにより・・・」

 数時間後、俺は、披露宴にいた。今日は、俺と、俺が勤める超一流商社の社長令嬢の結婚披露宴だった。俺のとなりに坐る新妻は、恥ずかしいのかうつむいたままだった。それが、また初々しかった。
 式も進行し、来賓の挨拶も終わり、俺の友人達の挨拶が終わり、新婦の方に移った。俺の方の親戚や友人たちは、俺が雇った偽者だった。もちろん親もそうだ。なぜなら、俺の本当の親は、田舎者でここに出せたものじゃないからだ。それに、一番になるためにはどんな手でも使ってきた俺には友達がいなかった。だから今日だけのためにダミーを用意したのだ。
 新婦の友人の挨拶が始まった。どこかで見たような晴れ着姿の若い女性が立ち上がった。彼女は、俺が、最初に蹴落とした同期の男を落とし入れる時に使った女に似ていた。
 どんな奴にもやさしく、頭がよく、力強く、スポーツマンで、楽しくハンサムボーイ。絵に描いたようなさわやかな好男子だった奴は、高校の頃から俺の前にいつもいる邪魔な奴だった。奴のおかげで俺はいつもNO.2に甘んじなければならなかった。
 そんな奴が、入社3年目にやり手の営業部長の娘と結婚するらしいといううわさを聞いたときに、俺は、長年の思いを実行することにした。この営業部長は、近い将来、重役昇進は確実だし、奴の実力と人気から考えると確実に俺より早く昇進することは見えていた。ここで差をつけられたら、俺は一生、奴の下に甘んじていなければならないだろう。それだけは、どうしても避けなければいけない。そこで、俺は、インターネットで知ったどんな姿にでもしてくれるエステサロンを使うことにした。半信半疑で試してみると本当だということがわかった。そこで、奴の好みの女に化けて近づくことにした。誰にでもやさしい奴の性格を利用することにしたのだ。
 奴の住むマンションの近くで、奴の帰ってくるのを待った。そして、奴の姿が見えた頃に、腹痛を装って、苦しんでやった。すると、やっぱり奴は、それに引っかかってきた。
 まったく、女に弱い男だ。少し休ませてほしいと言うと、奴は、鼻の下を伸ばして俺を抱きかかえると、自分の部屋へと連れて行った。そして、医者を呼ぼうとするのを、持病だから、薬を飲んで少し休めば直ると言ってやめさせた。医者なんか呼ばれたら仮病がばれてしまう。俺は奴に水を持ってこさせると、ビタミン剤を飲んで、寝たふりをした。寝た子と何とかは、手におえないってね。奴は、起こそうとしたが気持ちよさそうに寝ている女を起こして出て行かせることなどできない。そんな奴の甘さを逆手に取った作戦は成功した。そして、奴が寝入るのを待った。
 0時過ぎに奴はベッドに入った。それから一時間後、俺は、作戦の第二段階を開始した。奴は、寝入るとどんなことが起こっても起きないとこがあった。だが、完璧を期すために奴には、バストの中に隠していた睡眠ガスをかがせた。これでしばらく起きることはないだろう。俺は、奴が完全に眠りに落ちたのを確認すると、作戦に取り掛かった。
 表に待たせていたスタッフを部屋の中に招き入れると、リビングに撮影準備をさせ、ビデオ撮影を開始させた。奴主演のホモビデオを。本当に奴を使うつもりだったが、奴が、ホモだというビデオを取るにはスタントを使ったほうがうまくいくと考え、急遽、奴のマスクを被った奴にスタントをさせることにした。やはり、そのほうが撮影はうまく行った。
 スタッフは4人で全員ホモ。俺は、女の格好のままその撮影を見ていたが、奴の顔をした俳優が、男たちのあそこにむしゃぶりついているのを見ていたら、おかしくなってきた。
 気がつくと、胸をもみ、あそこを指で愛撫していた。感じるはずはないのだが、気持ちが高ぶってきていた。俺は、その場を奴らに任せると、火照った身体を静めるために、バスルームへ行って、シャワーを浴びることにした。あれをしゃぶっている奴の姿を見ていると、自分もしたくなっているのに気づいたからだ。
 今は、こんな女の格好をしているが、俺はノーマルだ。男のあれをしゃぶりたいと思うなんて、どうかしている。温めのシャワーは、ほてった身体に気持ちがよかった。すこし強いシャワーの水力が、身体をマッサージしているようだった。ボディソープを含ませたスポンジで身体を洗っていると、本当の身体を洗っているかのような錯覚を感じた。
 俺は男なのにどうして、おとこ?本当に男かしら。この姿のどこが男なの?
 そんな思いが湧きあがってきた。俺は、すぐに、シャワーで身体の石鹸を洗い流すとバスルームを出た。タオルで身体を拭いているあいだもその思いは続いた。早くもとの姿に戻らなくては。どうして、このままではいけないの。
 俺の中で、もう一人の俺が聞いてきた。早くこれを脱がなくては、俺はおかしくなってしまう。脱ぐことは簡単だったが、撮影とはいえ、今本番をやっているホモ達から自分の身を守る自身はなかった。
 俺は、彼らの撮影が終わるのを待つことにした。女を味わいたい自分を抑えるのはかなりきつかった。
 3時間後、彼らの撮影も終わり、後の始末をすると、俺は、奴の部屋を出て行った。そして、タクシーをつかまえると、24時間営業のあの、サロンへ急いだ。
 それから数日後、奴主演の、ホモビデオが、会社中のパソコンのディスプレーに流れた。それは、どう見ても、奴が、やっているとしか見えないものだった。それから奴の婚約が破棄され、奴が会社を辞めるのに時間はかからなかった。
 こうして、俺は、ライバルを一人葬った。

 「あなたは、わたしの顔を覚えておいでかしら?そして、この顔も・・・」
 そういうと、彼女は、あごに手をかけた。そして、あのスパイ映画でおなじみのシーンが、現実に、俺の目の前で起こった。彼女の顔の皮がめくれ、その下から浅黒い肌が現れてきた。そして、皮がすべてめくれた時、そこには、あの男がいた。そう、俺が陥れたあの男が・・・
 「おまえの仕業だとわかるのに時間がかかったよ。そして、おまえの野望を阻止するために、ここにこうして来てやったぞ。」
 「やあ、余興をありがとう。あんなことで退社したとはいえ、同期の君がお祝いにきてくれるなんてうれしいよ。それにこんな余興までしてくれるなんて。」
 俺は、何とかこの場をごまかすことにした。ところが、奴から意外な言葉が飛び出した。
「ここにいるのが、僕だけと思ったのかい。それは、少し、甘くはないか。」
 次の瞬間、俺は、自分の甘さを思い知った。花嫁の来賓者たちは次々と立ち上がり、俺の、画策をばらし始めたのだ。そう、来賓者たちは、すべて、俺が、陥れた奴らだった。そして、奴らの顔は、俺が奴らを陥れるために使った顔だった。
あまりの出来事に俺はなすすべがなかった。最後の一人は立ち上がると、俺を睨みつけた。その美少女は、名門女子高校のブレザーの、制服を着ていた。
「わたしを覚えているかしら。あなたに犯され、精神病院に入院し、父は、社会的に抹殺されたわたし達親子のことを。」
そう、あれは、このサロンを知って、どの程度の物かテストしようと、いつも、道で会うこの子を使ったのだった。誰にでも挨拶をして、親切な子だったが、むしゃぶりつきたいほどの美人でもあった。
 俺は、まず彼女の家族を調べた。すると、父との二人暮しで、母は幼くしてなくしていた。そこで、俺はある計画を立てた。それは、土曜日に実行した。
 その日、彼女は、創立記念日ということもあって、朝から家にいた。昼過ぎに、玄関のベルが鳴った。
「はーい。」
 ベルに気がついた彼女は、玄関の覗き窓から覗くと、ダンディな中年紳士が立っていた。
 「あら、おとうさんどうしたの、きょうは早いわね。」
 「ああ、仕事のほうが早くけりがついたから、出先から帰ってきたんだよ。」
 「そうなの。うれしいわ。」
 いつもは帰宅が遅い父なのに、何の疑いもせずに、彼女は、父を中に入れた。彼女はそのまま奥の自分の部屋に戻った。月曜日の予習をしていると、風呂にでも入ったのか、腰にタオルを巻いただけの全裸の父が入って来た。
 「おとうさんどうしたの。ノックもしないで。それにやだぁ、裸じゃないの。」
 彼女の言葉が聞こえないのか、父は、彼女に近づくと、やおら飛びつき、抱きすくめると、椅子から立ち上がらせベッドに押し倒した。そして、抵抗する彼女の顔をこぶしで殴りつけた。いつもの父と違う行動。それに、父のやさしい目は、性欲に狂った野獣の目に変わっていた。
 「いやーやめてー。」
 なきさけぶ彼女の服を引き裂き、下着を毟り取ると、身体中を嘗め回し始めた。暴れれば殴られ、叫べば殴られ、彼女の端正な顔は醜く腫れ上がっていた。彼女は顔の痛みよりも、愛する父のこの異常な行動が、彼女の心を耐え切れぬほど痛めた。
 父の、息子が、彼女の中に入っていくときには、もう彼女の正気は失われ、されるがまま身を任せた。数時間後、父は満足したのか、娘の部屋から出てきた。部屋の中には、生きた屍になった娘が、無表情なままベッドに横たわっていた。その娘の目から涙が流れていた。
 父は、汗を流すのか、バスルームへと行った。そして、洗面所の鏡の前に立つと、やおら額の髪の生え際に手をかけ、髪の毛を引っ張った。すると、べりっと言う音がして頭の皮がはがれ始めた。それは精巧に作られた鬘だった。その下から現れたのは、見事なスキンヘッドだった。その頭の頂点に見慣れぬものがあった。それは、首筋まであるチャックだった。
 父は、チャックのつまみをつまむと、一気に引き下ろした。二つに裂けた頭の皮を左右手でつまむと、剥き下ろした。すると、その下から、別の顔が現れた。それは、自分の部屋で横たわっているはずの少女の顔だった。さっきのことで、まだ汗に濡れている父の皮を脱ぎ捨てた。異様な脱皮をした父は、さっき犯した自分の娘と同じ姿になった。
 その夜、仕事で遅くなった父は、パジャマ姿の娘に迎えられた。
「すまん。起こしてしまったか。」
「うん、いいの。さっきまで勉強していたから。それよりおとうさん。さきにお風呂に入る。」
「ああ、そうするよ。きょうは疲れた。」
 父は、風呂に入り、あがると、娘の勺で、ビールを一本開けるとそのまま床についた。いつもなら、まだ眠らないのだが、よほど疲れていたのだろう。床につくと、眠ってしまった。 夢の中で、死んだ妻と愛し合っている夢を見た。妙に生々しい夢だった。
 朝、目が覚めると横に誰かいるのに気がついた。よく見るとそれは、妻のネグリジェをきた娘だった。
 「パパァ、昨日はよかったわよ。ママ、ママァって、わたしを愛するのだもの。」
 父の顔は青ざめた。娘と間違いを犯してしまったのか。そんなばかな。問い詰めようとする父を、交わし、娘は、笑いながら自分の部屋に逃げていってしまった。父は、娘を追いかけて、部屋に入った。そこには、屍のようにベッドに横たわる娘がいた。
 「おい、おまえ。どうしたのだ。」
その父の声に、横たわるだけだった娘が、飛び起きると、信じられないほどの大きな叫び声をあげて、素早く部屋の隅に身をかがめ、ぶるぶると震えだした。父は、為すすべもなくその場に立ちすくんでしまった。娘の叫び声に異常を察した近所の人が警察に連絡して、事件が発覚した。父は、無実を訴えたが、娘の状態から彼は、近親相姦者のレッテルを押された。娘の身体から出た精子の法医学検査から無実が証明されたが、社会からは抹殺された。娘は、あまりの出来事に異常をきたし、精神病院に入院した。
 「そのときの悲しみがお前にわかるか!娘は、まだ、病院なのだぞ。わたしが行くと、怯えて、部屋の隅に縮こまって震えるのだ。」
 そう言い放つと、少女は、その仮面を脱いだ。その下から現れたのは、娘を汚され、異常にされた男の恐ろしい形相が現れた。
 「社長、これは、誰かの陰謀です。彼らの言うことはすべてうそです。」
 俺は、最前列に座る社長夫妻に訴えるように言った。
 「いや、彼らが言うことは、本当のことだよ。それは、われわれがよく知っている。」
 そういうと、社長夫妻は、顔の皮をはがした。その下から現れたのは、この結婚に反対していた大番頭といわれた元・専務と、専務退社計画のために使った経理課の女性社員だった。彼らは、二人とも、俺の計画で退社に追い込まれていた。
 「そ、そんな。おまえ、これはうそだ。誰かの謀略だ。俺を信じてくれ。」
 俺は、隣に座る花嫁に言った。花嫁は、小さくうなずくと、顔を上げた。にこやかな顔を俺に向けながら顎に手をかけた。
 「う、うそだろう。」
 はがれる顔の下から現れたのは、学生時代、金がないとき、金を騙し取ったホモの中年男だった。
 「信じているわ。あの時、わたしを妻にしてくれるって言ったこと、守ってくれたのですもの。きょうから、同性でも結婚できるものね。」
 俺の頭の中では、高笑いが響いていた。その中に、雑音のように、朝のニュースアナウンサーの声が響いていた。
「前国会で、承認されました『同性者婚姻法』が、本日より施行されます。これにより
・・・

 声を出し高笑う俺の横で、仲人の政治家夫婦が、ささやきあっていた。
 「この程度のトラブルを治められないようでは、わが社を継ぐのは無理だな。」
 「そうですわね。お父様。でも、面白い結婚式でしたわ。」
 政治家夫妻の笑い声が、俺の笑い声をかき消して、会場中に広がっていった。
 そして、式は、満場の笑い声とともに終焉した。