ルナテックナイト

 

 神をも踊り狂い出すという満月の夜。青白い月明かりに照らされた下界では何かが起りそうだった。

 

 青白く降り注ぐ月明かり。この明かりに照らされて、公園のベンチでは恋人達が愛をささやき合っているのだろう。くそ〜、月に石ぶつけたろうか。

 先まで、そこらの奴らと同じように愛をささやき、これからというところで彼女に振られた俺には月明かりさえ憎らしく思えていた。

 3ヶ月かかってやっと夜のデートに誘えたお嬢様だったのに、なんで肝心なところで振られなきゃいけないのだ。俺が、ミッキーが嫌いなのがいけないのか。女はわからん。おや、笑っているな。そんな事で振られるなんて、おかしいと思っているのだろう。ところがどっこい、本当にそんな事を気にする女なんだよ。彼女は・・・

 なぜか俺は世間離れしたお嬢様が好みで、好みの女を見つけるのに苦労していた。そして、やっと見つけたのが彼女だったのさ。

俺は、振られたショックで、ぶらぶらと公園の中にある池の周りを歩いていた。公園の入り口あたりにあるおでん屋の屋台からばか騒ぎする声が聞こえていた。世の中悩みのない連中もいるのだな。ふと見ると、男物のジャンバーを肩からかけたショートカットの女が隣の男の肩に寄り添っている後ろ姿が見えた。男は優しく女の肩に手をかけていやがる。ちきしょう。うらやましい〜。

そんな事をつぶやきながら、池を回っていると、目の前に月明かりに照らし出された女の姿があった。

場違いな白いサマードレスに白の帽子をかぶったその女性は、少女といったほうがいいような年頃だった。月明かりに照らし出されたその姿はまるで、百合の精のようだった。

俺はおもわず彼女から目が離せなくなってしまった。彼女はおれのほうを見て優しく微笑んだ。俺は魅入られるように彼女の方に引きよせられていった。そして俺の魂は、彼女の深い黒い瞳に吸い込まれるような気がして、彼女に誘われるままについていった。

気がつくといつのまにか彼女の部屋の、ベッドの上で、二人裸になっていた。お互いの様子からすると終わった後のようだが、俺には記憶がなかった。

「ねえ、今度は、ちょっと遊んでみない。その前にシャワーを浴びてきて。」

心地よい脱力感を感じながらも俺は彼女の申し出に頷いた。彼女は、寝室のクローゼットを開けるとそこからひとうの紙袋を取り出した。そして、それを化粧台の横の置くと、シャワーを浴びて、汗を洗い流し、濡れた身体を拭きながらバスルームを出てきた俺にこっちに来るように手招きした。俺はいわれるままに化粧台のところに来ると、そこの前の丸椅子に坐るように言った。俺は指示されるままに化粧台に向かって坐った。そこには少しやつれた俺の顔が鏡に映っていた。

彼女は化粧台の上に置いてあったチューブを手に取ると、一センチほどクリームを取り出して手の上に広げて俺の顔に塗りだした。彼女の手は冷たく柔らかで気持よかった。クリームを塗り終わるとテッシュケースから数枚取り出すと、それで、俺の顔のクリームをふき取りだした。気持よく肌の上をすべるテッシュが心地よかった。クリームをふき取ったあとの鏡に映った俺の顔には生えかかっていた無精ひげはおろか、濃い産毛さえもなく、むきたてのゆで卵のようにつるりとしていた。それを、俺は当たり前のように受け入れていた。まるで、これからの事を予測しているかのように・・・

彼女は、俺の顎を右手で優しく掴むと、左右に動かして、納得すると、髭そり用のナイフより薄刃の物で俺の眉を剃り始めた。なぜか俺は抵抗する気もなくされるままにしていた。剃り終わると、別のチューブからクリームを手に取った。それを俺の顔に伸ばし、コンパクトを取るとその中にあったスポンジにファンデーションを塗りつけると、俺の顔に伸ばし始めた。アイラインにアイシャドウ、リップラインに、リップ。ルージュをぼかし、アイブロウで、眉を整えると、付けまつげをつけて、マスカラをし始めた。

そして、また紙袋から黒いロングヘア―のカツラを取り出すと俺に被せた。鏡に映るその顔は、俺の面影はあったが見知らぬ美女だった。

それだけで終わりではなく。本物そっくりのシリコンパットと腰の前と後にパットの入ったボディスーツを身につけると、胸のパットの冷たさがこそばゆく、締め上げられたウエストが少しきつく、前と後にパットの入ったこしのあたりに違和感があったがすぐに気にならなくなった。

俺の前にある鏡の中には俺の存在はすでになく、見知らぬ美しい肉体と容貌を持った美女が写っていた。

「これが、おれ?」

思わず、あるサイトでは定番になっている言葉をつぶやいてしまった。

「そう、これがあなた。キレイデショウ。」

きれいと言う言葉に俺はなぜか反応してしまった。体の奥の何かが熱くなってくるのを感じた。

「さあ、お遊びはこれからよ。わたしはちょっと出かけてくるから、あなたはベッドで待っていてね。」

俺は彼女に言われるままにベッドに横になった。そして、いつの間にか静かに襲い来た睡魔にもてあそばれながら眠ってしまった。

 

「ふふふ、今宵の花嫁も美しいのう。さあ、わたしの腕の中で目覚めるがよい。」

耳にした事のない言葉のはずなのになぜか俺にはその意味がわかった。

その声に目覚めるとベッドのそばに見知らぬ男が立っていた。その男の姿は、黒のタキシードを着て、黒のマントをして、髪を撫でつけた気品のあるヨーロッパの貴族のような出で立ちの長身の男だった。

「あ、あなたは?」

「わたしはアルカード伯爵。今宵お前はわたしの妻となるのだ。さあ、その白き首筋に契約の口づけをしよう。」

男は俺を抱きかかえると俺の首筋に冷たい息がかかった。そして、首筋にチクッと傷みが走り、俺は身体中が熱くなるのを感じた。俺は言い知れぬ快感に身体が熱くなり、恍惚に身が沈んでいった。

 

陽が沈み、あたりが暗くなる頃、わたしは目が醒めた。いつになく爽やかな目覚め。身体が軽く、疲れすら感じていなかった。わたしは、ボディスーツを脱ぐとシャワーを浴びた。大きな胸は、たれる事もなく張り、乳首はツンと上を向いていた。胸?男のはずのわたしの胸に大きなおっぱいが、ボディスーツにはあのパットが見当たらなかった。あのパットはいまわたしの胸にある。そして、腰の前と後ろにあったパットも、わたしの身体に張り付いている。

そんなばかな。そんな思いが頭に浮かんでいるのにわたしは驚く事もなくただ、何事もなくシャワーを浴びていた。わたしとは別の意識が身体を支配しているかのように・・・

わたし?いつの間に、自分のことをわたしと思うようになったのだろう。そんな事を考えている時にふと、昨日の夜の、男の声が蘇ってきた。

『わたしの可愛い花嫁よ。その、むさ苦しい鎧を脱いで本来の姿になるのだ。そして、わたしの新しい妻を捜しておくれ・・・ まったく、食事するのにも手間がかかる時代になったものだ。だが、そのぶん、わたしが好む食材にはことかかないがな。なにせ、男のアニマを表に出せばわたし好みの獲物になるのだから。ふふふ。』

そう、わたしは、ドラキュラの花嫁に選ばれたのだ。そして、心の奥底に押し込められていた自分を表に引き出され、今までの自分と入替った。これからはわたしが自分なのだ。いえ、なのよ。今までの自分は心の奥深くアニムスとして眠るのよ。

わたしは、女が残していった下着と服に着替えると、メイクをして、夜の町に出て行った。新たな花嫁を見つけるために・・・・