わたし・・・

 

「ねえあれ、浜宮さよりじゃない?」

休日の街をあてもなくぶらついていたとき、溢れんばかりの雑踏の中で、昌美が突然そう叫んだ。

「まさか、さよりは、こんなところにはいないわよ」

「そうよ、今は、上海コンサートの最中のはずよ」

「いえ、あれは、確かに浜宮さよりよ。わたし行ってきて、サインもらってくる。真希、のぞみ、先に行ってて!」

そういうと、昌美は、違うという二人をそこに残して、人ごみの中に消えて行った。二人は、言い出したら聞かない彼女をただ見送るしかなかった。

昌美は、人ごみを掻き分けて、金髪の小柄な女の子に近づいた。ふと見ると、テレビなどで見ている感じよりも小柄だった。

「あの〜、さより?」

なにげなく、そう後ろから声をかけると、彼女は振り返った。サングラスをかけたその顔は、小さく整っていて、まるで人形のようだった。

「うふ、わかちゃった?でも、あなた以外の人は、まだ気づいてないみたいね。さあ、急ぎましょう」

そういうと、彼女は、昌美の手をつかむと走り出した。

「浜宮さより?」

「さよりん?」

「さよりだ!」

「ハマミヤだ!」

彼女と、昌美が走り去った後には、そういう声が飛び交い、パニックがおこった。最初は、彼女にひきずられていた昌美だったが、彼女と一緒に走りながら、いつのまにか、ふたりは、笑い出していた。そして、近くのシティーホテルに飛び込んだ。

「ちょっと、疲れたわね。お部屋とって来てくれない?休みましょうよ」

さよりは、昌美にそう言った。

「わたしだと、ばれるとうるさいから、あなたに取ってほしいの」

昌美は、彼女の言うとおりに部屋を取ると、二人で、渡されたルームナンバーの部屋へと向かった。そこは、5階の中ほどの部屋だった。

「ちょっと、はしゃぎすぎたかしら」

そう言って、昌美に微笑みかける彼女は、まさしく『浜宮さより』だった。

他愛のないおしゃべりをしていると、突然、さよりが、昌美に言った。

「ねえ、KYOTOの永見君との仲って、ほんとう?」

「うふふ、どうかしら。それを確かめてみない?」

「え?」

「あなた、わたしになってみたくない?」

「あなたに・・・?」

それは、あまりにも信じがたい言葉だった。

「そう、あなたが、今日からは、『浜宮さより』になるの。どう?」

「どうって、なれるわけ、ないじゃないの」

「成れるのなら、なりたい?」

「なりたい・・・」

さよりは、その白く細い手を差し出して、昌美の両手をとった。

「さあ、念じて、わたしになりたいって」

「浜宮さよりになりたい」

「違う、目の前のわたしになりたいって思うの。さあ、念じて」

「なりたい、あなたに・・・」

「ワタシモナリタイ。アナタニ・・・」

そして、さよりの手から重く冷たいウェ~ブが、昌美の身体の中に入ってきた。それは、身体中に不快感を満たすほどの嫌悪だった。昌美は、たまらずに叫び声を上げた。

「ぎゃ〜〜〜〜」

 

 

「う、う〜〜ん」

目を覚ますとそこは、さっきのホテルだった。昌美は、さよりの姿を探した。そして、バスルームの鏡に、彼女からの伝言を見つけた。ルージュで書かれた。

『これを見ているということは、お目覚めね。どう、ほんとうだったでしょ。これからしばらくは、あなたの姿をお借りするわ。今からは、それがあなたの姿。大事にしてね。それでは・・・・ばぁい』

伝言の向こうに映っているのは、『浜宮さより』。これが、わたし・・・・

昌美は、伝言の言葉よりも鏡に映る姿に、目を奪われた。その目には、ルージュの伝言は映っていなかった。

「浜宮さよりで~す。みんな元気?」

いまの昌美の目には、コンサート会場を埋め尽くす熱狂的なファンの姿が見えていた。

「さよりの身体って、結構絞っているのね。なんだか身体をきゅ〜と締め付けられているみたい。きついわ〜」

鏡に、さよりの姿を鏡に映しながら、昌美は、スリムなさよりの姿をなでまわした。と、おかしな音がした。

「ベリ、ベリリ・・・」

細いお腹に亀裂が走った。そこから、薄黒い別の肌が・・・でろり

「なに、これ?」

それを皮切りに、身体中のあちらこちらに裂け目と、浅黒い脂肪を包んだ肌が、顔を現した。そして、その裂け目は広がり、つながって、昌美の身体から、さよりの透き通るように白くきめ細かい肌を剥がし去った。その下から現れたのは、はちきれんばかりの脂肪の塊。

裂け目は、顔にまで及び、さよりの人形のような端正な顔が、真っ二つに裂けて、さよりの顔が、左右に落ちた。その下から現れた顔は・・・

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜、いや〜〜〜〜」

部屋中のものがその絶望の叫び声に震えた。

 

「ただいま」

「あら、早かったわね。おかえり。もうすぐ晩ご飯ですからね。着替えてらっしゃい」

「は〜い」

昌美と入れ替わったさよりは、昌美の部屋に入ると、タンスを開けて、扉の内側につけられた鏡に顔を映した。

『マアマアかわいいじゃないか。さよりに近づくには、ほんとうの女じゃないとな、警戒が厳しいから。でも、あのばあさんから買った入れ替わりのアイテム。入れ替わった相手の記憶もばっちりだし。本当だったとはなぁ。グフフフッ』

昌美になったさよりが、降りてくると、テレビから、夜のニュースをやっていた。

「本日午後6時頃。『浜宮さより』を馬鹿にしたことから討論になり同僚を殺害し、逃亡していた元・特殊メイキャップアーティスト・クレージー境こと、境正行が、潜伏先のホテルで逮捕されました。境は、自分が『境正行』であることを認めようとしていないということです。警察は、錯乱の偽装を図ったものとして、専門家に鑑定を依頼しております。さて、次のニュースです。・・・・」

 

「おや、おや、やっぱり持たなかったか、あのメイクは。しばらくこの姿で、改良させてもらおうかしら、この家を混乱させるのも面白そうだし・・・グフフフフフ」

昌美に成り代わった奴は、薄ら笑いを浮かべると、まだ若くてきれいな母親の身体を見回した。それは、狙う獲物を見定める獣の目だった。

「グフフフフ・・・・・・」