WHO too?

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 俺は、担当している仕事が、順調に行きだして忙しく、彼女は、アメリカでのメーキャップアーティストとしての仕事が認められてきて忙しくなっていた。あの、弟は、特殊メイクの分野では、世界のトップアーティストの中に入る腕を持っているのだそうデ、あの後、ハリウッドに帰った。あのときのボディマスクは、近くで見てもまったくわからない代物だったのも頷ける。

 俺と彼女は、忙しい時間をこなしながら、アメリカと日本の間を行き来して、短い二人だけの時間を楽しんだ。彼女は、古風な女性で、決して、身体を許そうとはしなかった。その事に少しは、不満はあるが、あとは文句のつけようのない素敵な女性なので、俺は、その不満を口にする事はしなかった。

だが、疑惑がないわけではない。また、あの弟が、彼女に化けて、俺の前に現れないとはいえなかったからだ。だが、あのあと、彼は、アメリカで結婚した。ゲイというわけではなく、ただ、俺が、幼い時に言った言葉がトラウマとなってあんな行動を取らせたみたいだった。彼の嫁さんは、小柄のブロンド美人だった。

俺は、彼女のフィアンセとして彼の結婚式に参列した。彼は、俺の顔を見て、「姉をよろしく。」とだけ言うと、ハネムーンに旅立ち、それ以来、俺は、彼とは会っていない。

お互いに、以前以上に忙しくなってすれ違いばかりの時間が多くなってきて、俺は、彼女にあえないストレスがたまる一方だった。そのため、あのボディスーツで彼女になって過ごす時間が、増えていった。

彼女の姿になって、過ごすようになって、俺の部屋のいたるところに鏡が置いてあるようになった。このボディスーツを使うと、真琴になれるけど、真琴を見ることはできない。だから、俺は部屋中いたるところに鏡を置いて、いつでも、彼女と一緒に入れるようにしたのだ。俺が笑いかけると、彼女も微笑みかけ、俺が、彼女に声をかけると、彼女も返事をしてくれた。俺の思うとおりのことをしてくれる彼女は、他にはそういないだろう。それに、本物の彼女もよくしてくれて、両手に花といった感じだった。

ただ、あの事さえなければ、俺の生活は、変わる事はなかっただろう。そう、あのことさえなければ・・・・

それは、今までの仕事が一段落し、次の段階までの小休止として、今まで溜まっていた代休を取って、3日ほど休みができたときのことだった。アメリカの彼女のところに行くつもりだったのだが、彼女が仕事で、ドイツのほうに行ってしまったので、俺は、日本で休暇を過ごす事にした。

そうなると、俺は、一日中彼女になる事ができる。今、ドイツに行って会えない彼女と一日中一緒にいられるのだ。俺は、朝起きると、シャワーを浴びて、寝汗を洗い流し、ベッドルームへと向かった。そして、クローゼット奥の紙袋の中からおもむろに真琴のボディをコピーしたスーツを取り出すと、鏡台の前の椅子に掛けた。そして、スーツに右足を差し込んだ。いつもながら、この瞬間は、なんとも言えない気持ちがした。

男から女に、水木 明から、溝口真琴に変わる瞬間は、表現のしにくい感情が、いつも湧き起こっていた。恥ずかしいような、うれしいような、自分の変態性を恥じるような、落ち着くような。そんな感情が入り混じった気持ちだった。

両足、両手をスーツに入れ、頭部のマスクを被り、目鼻の位置を合わせ、身体とスーツの間に入った空気を抜くと、俺は、首筋のジッパーを下げた。腹の辺りできつくなったが、何とか引っ込めると、腰まで、ジッパーを下げてロックした。そして、鏡台の引出しに入れてある長い黒髪の鬘を被ると、鏡を見ながら整えた。鏡に映し出された姿には、水木 明の影はなく、彼の最愛の人、溝口真琴の美しい裸体姿が映し出されていた。

俺は、声を出してみた。

「おはようございます。明さん。」

それは、真琴そっくりの声だった。このボディスーツで、首を圧迫されるためか、このスーツを着ている間は、俺は、高い声しか出なかった。そこで、なかなか会えない彼女と交わしたビデオレターを見ながら、彼女の声色を真似る練習をして、最近、彼女の声が出せるようになっていた。

そして、この一言が、水木 明から溝口真琴への変身のキーワードだった。俺はこの瞬間、わたしになった。

彼女は、この部屋に泊まることはなかったが、日本に来た時は、俺に、料理や洗濯、掃除など身の回りの事をしてくれていたので、そのときのための着替えなどが置いてあった。いつの間にか俺の生活空間をしめはじめた彼女の持ち物は、そんなに不快なものではなかった。それよりも、俺の彼女への変身をより一層完璧なものにしてくれた。

俺、いえ、わたしは、クローゼットの一番下の引出しを、全部引き出すと、その奥に隠してあった紙袋を取り出し、その中から通販で買ったブラとショーツを取り出すと身に付けた。そして、隣の、真琴のクローゼットの中からワンピースを取ると、それを着た。わたしは、着替えが終わると、完全に真琴になっていた。こうして、一つの身体に明と真琴としての生活が始まった。

休日2日目の朝、朝食を作りながら、わたしは、この姿で料理をするときこころなしかウキウキした。テーブルに朝食を並べたとき、玄関のベルが鳴った。

「は〜い。」

わたしは、思わず返事をして、玄関のドアを開けてしまった。そこには、見慣れた制服の宅配便の若い配達人が立っていた。

「あ〜の〜、すみませんが、こちらは、水木さんの御宅でしょうか。」

「ああ、そうだよ。」

「おくさんですか。お届けものです。判子いただけますか。」

おくさん?

「今、なんていった。」

「あの、奥さんではないのですか。」

「いえ、奥さんよ。ちょっと待っていてね。」

わたしは、真琴になっている事を思い出した。いつも印鑑をなおしているところから取り出すと、玄関に戻った。

そして、女らしく聞いた。

「ハイ、どこに押せばいいの。」

配達人は、ぼんやりしていた。

「ねえ、どこに押すの。」

重ねてたずねると、やっと我に返り、受け取り印を押す場所を指差した。

受け取りを押し、荷物を受け取っても、配達人は去ろうともせずにぼんやりと立っていた。

「どうしたの。」

「ねえ、どうしたの。配達人さん。」

「え、は、はい。どうもすみません。奥さんがあまりに綺麗なので、みとれちゃって。」

「まあ、おせいじが御上手なこと。」

「いえ、おせいじではありません。」

赤い顔をしながら、否定したが、慌てて、帽子を取り、挨拶すると、駆けるように帰っていった。

綺麗な奥さん。奴には、この変装がばれていない。この綺麗な顔の下に男の顔があるなんて、誰が思うだろう。今のわたしは、美人の真琴なのだ。

朝食を取りながら、わたしは、一人二役をした。

「明さんどこか出かけましょうよ。」

「君から、そんな事を言うなんて、珍しいな。でも、大丈夫か。」

「ええ、久しぶりに二人で出かけたいわ。」

「俺は、どうしてもしなければならない事があるから、お前だけで行ってきなさい。」

「え〜、ひとりで〜〜。」

「ショッピングでもしてきなよ。」

「ん〜、わかったわ。行ってきます。」

わたしは、春らしいドレスに着替えると、出かけた。勿論、かぎはしっかり閉めて。

街を歩きながら、わたしは、男たちの熱い視線を感じていた。この快感。女のそれも、飛び切りの美女にしか味わえないものだ。このマスクを剥いで、美しい顔の下の、男の顔を見せたい衝動を抑えるのに苦労した。このマスクを剥いだときの、男たちの驚きの表情を見たい。そんなことを思いながら歩いていると、一軒の店の前で立ち止まった。そこの、ショーウインドウに写る、若く美しい女性の姿。

「これが、わたし?」

わたしは、ショーウインドウに写る真琴の姿に見とれてしまった。しばらく、わたしは、そこに立ち止まっていた。

 

家に帰ると、閉めていたはずの玄関のキーが開いていた。わたしは、恐る恐るドアを開け、中へ入った。

ガタゴトと音のするキッチンへといって見ると、そこには、ドイツにいるはずの真琴が、かいがいしく料理を作っていた。わたしは、あまりの事に立ちすくんでしまった。人の気配に気がついて、真琴は振り向いて、絶句した。

そこには、もう一人の自分が立っていたからだ。

「あなたはだれ?」

その問いに、わたしは答えられなかった。

「あきらさん?」

わたしが、一番恐れていた問いが帰ってきた。

「あきらさんなの。どうして?」

わたしは、いられなくなって、振り向き、その場を逃げ出そうとした。そのとき、肩から、優しく、抱きとめられた。やわらかいふたつの感触が背中にした。

「ごめんなさいね。真人のせいでしょう。ごめんなさい。」

泣き声で、彼女はそう呟いた。

違う。わたしが、勝手にやった事で、あなたが謝る必要はないの。そう言いたかったのだが、声には出なかった。

「あなたをそんなにしてしまったのだもの。あなたのそばにいられないわ。ごめんなさい。」

その言葉のあと、わたしを抱きしめていた真琴の腕が、力なく、後へと引き戻っていった。

これは彼女のせいではなく、わたしの、俺のせいだ。

俺が振り向くと、流れる涙を抑え、帰り支度をしようとする彼女の姿があった。俺は、今の自分の格好も忘れ、叫んだ。

「行くな!俺と結婚してくれ。こんな俺でもよかったら結婚してくれ。」

「ウフ、変な感じね。自分にプロポーズされるなんて。」

その言葉に、俺は、彼女の姿のままだった事に気がついた。俺は、その事に気づきとまどってしまった。そんな俺に、彼女は飛びつき、柔らかな唇を、俺の、彼女の唇に重ねた。

その夜、俺達は結ばれた。

 

結婚式場の控え室で、明は、着替えが終わり、出番を待つ新婦の真琴のウエディングドレス姿に見とれていた。本来なら結婚式場のスタッフがいるのだが、無理を言って、二人だけにしてもらったのだった。

「綺麗だよ。真琴。」

「ありがとう。明さん、着てみたいのじゃないの。」

「ああ、でも、あっちで着させてもらうさ。」

「まあ、でもよかったの。わたしが、今日は、ウエディングドレスを着ても・・」

「いいさ、御色直しには興味がなかったし、大事な旦那様の腫れ舞台だからな。」

「ありがとう。真琴、いえ、明さん。」

二人は顔を合わせると、笑った。

「さあ、神様も騙した事だし。みんなを騙しに行こうか。」

「はい。」

明の差し出す手に、純白の手袋をした真琴の右手が重なった。

二人は入れ替わっていた。明は、真琴に、真琴は明に。そして、さらに真琴は、実は、弟の真人だった。本当の真琴は、弟の真人としてアメリカ女性と結婚していた。姉の真琴は、幼い頃からやんちゃで、男勝りだった。そして、大きくなっていくにしたがって男になりたがり、女性しか愛せなかった。そこで、アメリカに行った二人は、戸籍を入れ替え、姉の真琴は、弟の真人として、弟の真人は、姉の真琴として生活を始めた。だが、真人は、明との幼いときの約束が忘れられずに、姉の真琴として戻って来て、あのような出来事を起こしてしまったのだ。

真人は、明をあきらめるつもりだったが、あきらめきれず、完璧なメイクをして、再び、姉の真琴として、明の前に現れたのだった。そして、それには、もう一つの切っ掛けがあった。それは、姉の結婚だった。どうしても、男にこだわり、男として結婚したい真琴には、真人の戸籍が必要だった。そこで、二人は戸籍を取り替え、姉の真琴は、溝口真人として結婚したのだ。戸籍上、女になった真人は、真琴として帰ってきたのだ。

そして、その事は、真人にある決心をさせた。それは、身体も女になる事だ。真人は、本当に仕事も忙しかったが、知り合いの医師のもと、女になるためのカリキュラムをこなす為に、明とは会う時間が少なくなったのだ。愛する人のために、いや、愛する人に愛されるために、真人は、真琴になろうとしていた。それでも、明に愛されるとは、限らなかった。もし、明に愛されなかったら、明の事はあきらめるつもりだった。だが、真人が、忘れていったボディスーツは、明を、そして、彼と真人の関係を変えてしまった。

あの夜、結ばれる前に、真人は、明に真実を告げた。明は驚き、そして悩んだ。自分の一部になってしまった真琴の存在。そして、真人に見られた自分の姿。こんな自分のために、本来の自分さえも失った真人。真琴(真人)も何もかも失ってしまうのか。それでいいのか。明は悩み、苦しんだ。そして、その結果、今日の日となった。

どちらから言うともなく行われたこの入れ替わりの結婚式は、最大のショーである披露宴を迎えようとしていた。

神をも騙す、この夫婦に幸多からんことを・・・