メリークリスマス!2

原作はこちらicon398.gif

 サンタからプレゼントをもらった健は、はしゃぎまわった。訳はわからないが、2度もプレゼントをもらえたのだ。うれしくないはずがない。興奮して眠れない健を、みつめる夫の顔はやさしい親の顔だった。

美弥子は、夫にここで待っているようにいうと、優しくたしなめて、健を子供部屋へ連れて行った。

ひとり残った夫は、テーブルの上のワイングラスを取って、パーティ用にセッテイングされていた赤ワインをグラスに注いで、ちびりちびりと、飲み始めた。美弥子は、健を寝かしつけようとしたがなかなか寝付かなかった。

「おかあさん、もう少し起きいてもいい。」

「だめよ、サンタさんからプレゼントをもらういい子はもう寝なくちゃ。」

「でも・・・」

「だめ、寝ないと、プレゼントサンタさんに返しますよ。」

「は〜い。」

 そういうと、健はベッドの中にもぐりこんだ。それを確かめると、美弥子は、子供部屋の電気を消して部屋を出て行った。

 リビングに戻ると、夫は、サンタクロースの衣装のままで、ワインを飲んでいた。

「あら、わたしにもくださらない。」

「おまえ、アルコールはだめじゃなかったか?」

「少しぐらいならいいの。それに、今夜は少し飲みたい気分なの。いいでしょ。」

 いつになく、セクシーな妻に夫は、魅了されていった。ワインを一口のみ少し赤くなった美弥子に夫は欲情した。

いつもは、清楚な妻がみだらなメス猫のように、しなだれかけ、体を摺り寄せ、耳元にやさしく息を吹きかける。夫はやさしく肩に手をかけると、引き寄せようとした。

だが、美弥子はするりとすり抜けると、リビングのドアに寄りかかり、夫を手招きした。夫は、引き寄せられるように美弥子に近づいた。捕まえようとすると、するりと逃げる美弥子は、まるで、ピーターパンのティンカーベルのようだった。見えない糸に惹かれるように、夫は、美弥子の後を追っていった。

 美弥子は寝室に入ると、ネグリジェ姿でベッドの上に横たわり、足を組んで、夫を手招きした。夫は、ベッドの上の美弥子に飛び掛り、馬乗りになって、美弥子の両腕を押さえ込んだ。

「今日のおまえはまるで・・・」

「まるで?」

「ニンフのようだ。いや、妖しく人を惑わす小悪魔のようだ。」

「まあ、でも、手が痛いわ。この悪魔は、もうあなたから逃れられないわ。だから、手を離して。」

 夫は言われるままに手を離した。美弥子は、にっこりと微笑むと、その細く長い手を夫の首に回した。そして、こうつぶやいた。

「これから、クリスマスプレゼントをあげるわ。たのしみにしてね。」

 と、首筋にちくりとしたと感じたとたん。夫の体は動かなくなってしまった。話そうにも、舌もしびれて何もいえなくなってしまった。彼の下に組み伏せられた美弥子は、うれしそうに笑っていた。

「あら、あなた、どうしたの。体が動かないのかしら。そうでしょうね。よその男と浮気なんてしようとするのですものね。」

 美弥子は、あごに手をかけると、自分の顔の皮をめくり始めた。ベリベリベリという音とともに、美弥子の顔の下から別の顔が現れてきた。それは、これといって特徴のない若い男の顔だった。

「ハイ、ハニー。残念だけど俺は、男には興味がないのでね。」

そういうと、男は、夫を跳ね除け、立ち上がり、寝室のクローゼットを開けた。そこから、体を縛られ、猿轡をされた美弥子が転がり出てきた。その目は怯え、救いを求めて夫を見ていた。だが夫も体の自由が利かず、どうすることもできなかった。

「さて、夫婦仲のよろしいお二人には、俺から特別にクリスマスプレゼントを差し上げよう。ご主人のほうは、もうすでに準備ができているが、奥さんのほうはまだだったな。それでは、ちょっとチクッとするけど、我慢してくれよ。目覚めたときには、別人のように爽快になれるからな。」

 そういうと、体だけ美弥子は、美弥子の首に手を回した。チクッという痛みを感じたあと。美弥子は気を失ってしまった。

 目がさめると、美弥子はベッドの上に眠っていた。まだぼんやりする頭で辺りを見回し隣の誰か寝ているのに気がついた。よく見ようと顔を覗き込んで、美弥子は唖然となった。隣で寝ていたのは、自分だった。

「うう〜ん。」

 眠っていた自分がおきだした。まだ頭がぼんやりするのか眠気まなこで辺りを見回していた。

その姿は確かに自分だ。とすると今の自分は?美弥子は、自分の体を触った。ふくよかな胸は、平たく、硬くなっていた。そして、またの間には、ありうべかざるものがあった。髪も短くなっている。美弥子が自分の変化を確かめているとき、寝ぼけていたもうひとりの自分も異常に気がついたようだった。

「僕がいる。なぜだ。」

「あなたは、わたしになったのよ。」

 もうひとりの自分のパニックに、冷静さを取り戻した美弥子が言った。そのとき、美弥子はあることに気がついた。

「あなたなの。」

「えっ。ひょっとして美弥子か?」

「そうよ。わたしよ。声は変わってないようね。でもどうしてかしら。」

「わからない。どうしたらいいのだ。」

「とにかく起きましょう。それからよ。」

 二人はベッドから起き上がった。二人は全裸だった。相手の姿に戸惑いながらも、お互いに体をシーツで隠した。身長差がそれほどない二人は、入れ替わっても違和感はなかった。二人は、美弥子の姿見で自分の変化を確かめた。二人は、完全に相手の姿になっていた。

「どうしたらいいのだ。」

 美弥子の姿で頭を抱え込む夫を、美弥子は後ろからやさしく抱いた。振り返り美弥子にしっかりと抱きつき泣きじゃくる夫を、美弥子はいとおしく思った。そして、これからどうするか。まずは、夫に会社を休ませることにした。そして、起きてきた健に、風邪でお父さんとお母さんの声がおかしくなったと説明した。

「健はどうするのだ。幼稚園でこのことを話すかもしれないぞ。」

「大丈夫よ。幼稚園は今日から休みだから。それより、服に着替えましょう。」

といっても、二人は戸惑ってしまった。この姿では今までの服を着ることはできない。そこで、お互いに服を交換することにした。美弥子のほうの着替えは簡単だったが、夫のほうは、美弥子の手ほどきがないと容易には行かなかった。

「女って大変だなあ。」

「なにを言っているのよ。今日からずっとそうなのよ。」

「そうか、このまま戻らなかったら、僕が、美弥子になってしまうのか。」

その夫の言葉に、美弥子も事の重大さを認識した。このまま男として生きていくのか。小さい頃は男の子になりたいと思ったときがあるけれど本当になってしまうなんて。

ベッドの上に座り、二人は顔を見合わせ、深いため息をついた。そのとき、息子の健が、小さな靴下を持って二人のところにやってきた。

「おかあさん、おかあさんとおとうさんは、サンタさんにどんなプレゼントをもらったの。」

「どうしてだい。」

「だって、おかあさんたちのベッドにこの靴下が下げてあったもの。それに、サンタさんのお手紙が入っているよ。」

「え!」

二人は顔を見合わせ、健から靴下を奪い取ると、靴下の中を探った。健が言うとおりに、その中には、手紙が入っていた。

『この手紙を見つけたということは、二人とも、お互いの姿に、なれてきた事だろう。なぜなら、パニックっていたらこれを見つけられないだろうからだ。さて、俺からのクリスマスプレゼントは、気に入ってもらえたかな。仲のよさそうな二人だったから、お互いの姿になれてうれしいだろう。俺のプレゼントしたフェイスマスクとボディマスクはよくできているだろう。近くで見られてもばれる心配はないぜ。まあ、礼にはおよばない。

 さて、あんたたちに着せたマスクだが、特殊な接着剤が使われているので、脱ごうとしても脱ぐことはできないぜ。医者に行って脱ごうとしても、馬鹿にされるか、マスコミのおもちゃにされるのが落ちだ。それよりも、今の姿を楽しむことだ。正月3ヶ日を過ぎると、簡単に脱げるようになるから安心しな。それと、声だが、変えたければ、のどを強くさすると変わるよ。少し痛いが、がまんしてさすることだ。変にさすると、二度と元には戻らなくなるぜ。

それじゃ、よいお年を。それに来年は、お年玉を楽しみにしてな。』

 手紙を読み終えた二人は、しばらくお互いの顔をみつめあった。そして、何か決心したように、お互いにうなずきあうと、のどを、強くさすり始めた。痛みで顔がゆがんだが、やがて、痛みも消え、恐る恐る声を出してみると、美弥子は夫の、夫は美弥子の声に変わっていた。

「あなた、これからは、あなたが美弥子よ。」

「そして、おまえが、ぼくだ。いいね。」

お互いにうなずきあうと、二人は、ベッドから立ち上がり、美弥子になった夫は、朝食に用意に、夫になった美弥子は、朝食のできるまでの間、健の相手を始めた。それは、田中家のごく平凡な休日の姿だった。

 正月3ヶ日が過ぎたとき、二人は、すっかり今の姿になじんでいた。お互いの心の中には、元に戻ることよりこのままでいたいという気持ちが芽生え始めていた。

 二人の肌は、クリスマスの頃と比べるとつやがなくなってきていた。あの手紙に書いてあったように、タイムリミットが近づいているのだろう。最近では、名残惜しそうに、鏡ばかり見るふたりだった。

 最後の年賀状を取りに行った健が小包を持って、玄関から戻ってきた。

「おとうさん、お年玉がきたよ。」

その小さな小包には、確かにお年玉と書かれ、彼ら夫婦の名前が書かれていた。

「誰からだろう。」

そういって、夫の美弥子は、小包を開けた。そこには、手紙と、6個のクリームの入った容器と、固形の入浴材のような物が入っていた。手紙は、あのクリスマスのときの男からだった。

『新年明けましておめでとう。お年玉を贈ります。クリームは、お二人が着ているマスクを長持ちさせるための物です。このクリームを塗ると、元のようにつやつやとした肌になれます。入浴剤のようなものは、その肌を、分解して元の姿に戻してくれます。ただし、二度とそのマスクは手に入りません。どうするかは、あなた方次第です。それでは、さようなら。』

 

 

  健は、幼稚園の砂場で友達と遊んでいた。2週間ぶりの友達との再会だった。

「ぼくんちなんかねえ。パパとママが、しらないおねえちゃんとおにいちゃんになったんだぞ。」

「わたしんとこなんか、となりのおにいちゃんが、きれいなおねえちゃんになったのよ。」「おれんちは、とうちゃんが、まえだあきになったんだぞ。かあちゃんなんか、キムタクだぞ。キムタク。」

「ぼくんちなんてねぇ・・・」

 たわいもない子供たちの話を聞いていた幼稚園の新米の若い女の先生は、にやりと笑った。