伝説の仮面師・夕霧郎

お 受 験

作・よしおか

監修・いわきのぞみ

 

 「あなた。あなたが甘やかすから、あの子は受験で苦しむ事になったのよ。」

 「でも、まだ、5年生だろう。そんなこと言わなくてもいいじゃないか。」

 「なに言っているのよ。本当は中学からでは遅すぎるくらいなのよ。小学校の時は、あなたの意見を聞いたんだから、今度は私の言う事を聞いてもらうわ。」

 妻の真紀は、京介の言う事を聞こうとはしなかった。息子の真咲(まさき)は、真紀の連れ子で、京介とは血のつながりはなかったが、素直で優しい真咲の事を考えると、彼をいまのまま育てていきたい気持ちだった。妻と娘を事故で亡し捨て鉢になっていた京介はその時出会った同じ境遇の真紀と結婚したが、彼女が、自分の見得から自分と結婚したのを知ったとき、別れようと考えたが、真咲と接していると、この子のためにと思って、別れる事ができなかった。

 資産家の家に生まれ、なに不自由なく育ち、前夫と気まぐれに結婚し、実家を飛び出して結ばれたが、真咲が生まれたころ、彼女の金遣いと、見得の為に彼は金を稼ぐために過労死してしまった。

 そんな彼女に似ず、息子の真咲は、心優しく、素直な子で、京介と真咲が出会ったころは、真咲は女の子として育てられていた。それは、かわいらしい真咲を着飾って自慢したいという真紀のわがままだった。

 そのためか、真咲は男の子にしては、線の細い子供で、男の子というよりも、女の子だったらと思うことが度々あった。

 

 「先生。いよいよ息子さんも受験ですね。」

 「息子はまだ、5年生だよ。まだまだだよ。」

 「いえいえ、5年生では遅いくらいですよ。受験されるのがあの学校では・・・」

 「君はどこでその話を聞いたのですか。」

 「いえ、奥さんが言われていましたよ。」

 「そうですか。」

 京介は、頭を抱えてしまった。真紀はあちらこちらに吹聴しているようだ。

 「どうしたものかなぁ。」

 ふと呟いた京介の言葉が聞こえたのか、京介に真咲の進学の事を聞いた薬品のプロバイダーがこんな事を言った。

 「替え玉受験をされたらいかがです。」

 「替え玉?」

 「おっと、不正がお嫌いな先生に変な事を言ってしまいました。申し訳ございません。」

 不誠実な事を言って出入り禁止になった同業者のことを思い出して、彼は冷や汗をかいた。

 「それはどういうことです。」

 「いえ、お気になさらないでください。」

 京介は、彼の言葉がどうも気になった。

 「いや、そこで止められるとますます気になります。言わないと、今後の出入りのことは・・・」

 「いえ、勘弁してください。私が話したことでお気を悪くして、やっぱり・・・は、なしですよ。」

 「私が、そんなことをすると思いますか。」

 「わかりました。お話します。これはわたしも人に聞いた話なのですが・・・」

 彼はポツリポツリと話し出した。

 「かなりの金を払わないといけないらしいですが、化けたい人そっくりに化けられる仮面を作ってくれるらしいのです。それを被ると、性別や年齢、体形などは関係なく、仮面の人物そっくりになれるというのです。でも、仮面を作ってもらえるのは、ひとり一回限りで、その仮面を使えるのも、一回こっきり。どんなに頼んでも二度とは作ってもらえないという事なのです。その仮面を作ってくれるのは伝説の仮面師・夕霧郎。」

 「夕霧郎?」

 そんな夢のような話は信じられなかったが、その時の無駄話を京介は忘れた。

 そして、それを思い出すことがあろうとは、その時は思ってもいなかった・・・

 

 五年生の春休みから6年生の夏休みまで家庭教師をつけて、かかりっきりの過剰な勉強スケジュールの為に真咲は体調を崩し京介の病院に入院した。だが、入院中も真紀は、真咲に勉強をさせようとしたが、それを何とか思いとどまらせると、京介は、面会謝絶にして真咲と真紀の接触を断った。病室のベッドに横たわる真咲は、やつれはて、年よりもはるかに老けて見えた。だが、京介が様子を聞くと、真咲は、大丈夫と微笑んで答え、真紀を責めないように京介に懇願するのだった。

 京介はこんな真咲があわれで、どんな手を使っても、真咲を元の元気な子に戻したいと強く思うのであった。だが、真咲の様態は悪化する一方で、衰弱していった。

 そんな時、看護婦達の間で妙なうわさが囁かれていた。それは、見知らぬ看護婦が病院内をうろついていたり、ときどき面会謝絶のはずの真咲の病室から怒鳴り声が聞こえてくる事があるというのだ。

 京介は、妙な胸騒ぎを覚え、真咲の病室に急いだ。すると、確かに真咲ひとりのはずの病室から聞き慣れない女の声がして来た。それは、真紀の声ではなかった。彼女は、いまパリでショッピングしているはずだった。

 病室のドアを開けるとそこには見知らぬ看護婦が、ベッドの背もたれを上げ、トレイを机代わりに問題集を解いている真咲を怒鳴りつけているところだった。

 「こんな問題を解けないで、あそこに行くのは無理よ。」

 病室のドアを開けはなって、京介は怒鳴った。

「君は誰だ。」

 「そう言うあなたこそ誰よ。」

 「ぼくは・・・」

 「パパ。」

 問題集から視線を上げた真咲の疲れたような顔がパッと明るくなった。

 「パパということは、この病院の院長?やば。」

 「一体君は誰なんだ!」

 京介は怒鳴り声を上げた。

 「パパやめて。先生。今日は帰ってください。」

 「そ、そうね。」

 そそくさに、偽看護婦は病室から逃げていった。

 ここまでやる真紀に京介は、怒りを覚えた。そのことに気づいていた真咲はこう言った。

 「パパ、ママを怒らないで、ぼくがこんなだから、ママが先生を頼んでくれたのだから。おねがい。」

 真咲は京介の怒りを静めようと懸命になった。そんな真咲を見ていると京介は息子の前で怒りを露わにする事をためらった。こんな真咲を苦しめる真紀が許せなくなったが、気をつけないと真咲が悲しむ事になってしまう。そのことが、京介の気がかりだった。

 そんなことがあってから数日たったある日、あの時のプロバイダーがやって来た。

 「先生。ご無沙汰しております。」

 大柄な体を小さく折り曲げながら挨拶をした。

 「いえいえ、こちらこそ。どうですか。」

 「まあ、それでほどではありませんが、先生。以前お話したお話を覚えておられますか。」

 「なんのお話ですか?」

 「替え玉の話です。」

 「ああ、姿を換えられる仮面のお話ですか。」

 「ええそうです。それがおもしろい話が耳に入りまして・・」

 「ほうほう、どんな話しです。」

 「それがですね。この間お話した仮面ですが、買ったものがいましてね。そいつはかなりのナイスボディで美人の仮面を買ってですね。女風呂を覗こうと・・・」

 彼はそこで言葉が詰まってしまった。それは、彼が女風呂といった時に京介の目付きが変わった事に気がついたからだ。

 「どうしたのですか。続きをどうぞ。」

 醒めた口調で言われて彼は言葉が詰まってしまった。だが、続きを話すように促されると、彼はつっかえながらも話し始めた。

 「そ、そのですね。彼は女性の生態を観察するために女性になったようなのですが、ところがこの仮面があまりによくできていたので心まで女性化してしまって、最初に考えていたような事はできなかったようなのです。」

 「ふむ。で、どうでした。女性になった感想は?」

 「ええ、やはり美人になると周りが自分を見る視線が変わりますね。まるで・・・て、違いますよ、先生。私ではなくて、知人の話です。」

 「あ、そうでしたね。失敬失敬。」

 京介は照れくさそうに笑いながら頭を掻いた。だが、何か考えがあるかのように、目は笑っていなかった。

 『そんな仮面が本当に・・・彼の顔はうそを言っているようには思えない。だが、彼の妄想かもしれない。しかし・・・』

 京介は、ある決意をした。

 

 昼下がりのファミリーレストラン、道路側のテーブルに座りながら、京介は、ウィンドウガラスから見える外を歩く人々をぼんやりと眺めていた。京介は腕時計を見ると、ため息をついてまた外を眺めた。

 「約束の時間か。」

 約束の時間だった。勢いというか、信じているわけではないのに・・・京介は、彼のテーブルに近寄る人の気配に気をつけていた。だがそれらしい人は誰も近づいては来なかった。

 「やはり、うわさだけだったのか。でもどうしようか。」

 うわさだけかとは思いながらも、仮面の資料として、各ボディポジションの写真や声をデータ化してメールを送っていた。何かに悪用される心配はあったが、仮面依頼をしたメールアドレスは2度と繋がらなかった。単なるうわさだけなのか、それとも・・・

 約束の時間から15分ほど過ぎたころ、京介の坐るテーブルに肩からショルダーバッグを下げた一人の若い美しい女性が近づいてきた。そして、何も言わず京介の前の席に坐った。

 「あの、すみません。そこには来る予定の人がいるのですが・・・」

 「これが、お約束の物です。お確かめください。」

 そういうと、肩から下げていたバッグから週間少年マンガ雑誌一冊分の大きさのある箱を取り出すと、京介の前に差し出した。

 「あなたが・・あの?」

 だが、女性は京介の質問を無視し、黙ったままだった。京介は目の前に差し出された箱を手にとると、蓋を開けて、中を覗いた。その中には白い仮面が入っていた。それは、確かに依頼した顔に似ていた。

 「これが?」

 「それと、この仮面を取るときにはこの札を額に貼ってください。そうすれば簡単に剥がれます。」

 そう言いながら、何か書き込まれた札を取り出して、箱の横においた。

 「あの・・・・」

 「これで契約は終わりです。お約束の物を頂きます。」

 京介はまだ聞きたいことがあったが、女性はそれを許さなかった。京介は、言われるままに準備していた金の入った封筒をうちポケットから取り出して、女性の前に差し出した。それを受け取ると、封筒の中を確認すると女性は席を立ち上がり、店を出て行った。後に残されたのはパーティグッズの白いプラスチックマスクにそっくりの仮面の入った箱だけだった。

 「仮面師・夕霧郎・・・・」

 京介はそっと呟いた。

 

 京介が病院へもどると、真咲の病室が騒がしかった。何かわめき散らしている女に、看護婦達は対応に困り右往左往していた。

 「どうしたんだ。」

 病室の前に集まっていた看護婦の一人に声をかけた。

 「あ、先生。」

 声をかけられて振り向いた看護婦は京介に気づいた。

 「奥様が、奥様が・・・」

 「真紀が?」

 京介は、病室の前にたかる野次馬をどかすと真咲の病室の中へ入っていった。そこには、まだ体調が回復していない真咲に帰り支度をさせている真紀とそれをやめさせようとする婦長が、掴みかからんばかりに言い争っていた。

 「退院は許可できません。先生もいらっしゃいませんし。」

 「私はこの子の親なのよ。連れて帰ります。そこをどいてよ。」

 「命に関わることなので許可できません。」

 どちらも一歩も引かずに対峙していた。

 「どうしたんだ。」

 京介は、そんな二人の声をかけた。

 「先生。この方が真咲さんを連れて帰ると言って聞かないのです。」

 京介に気づいた婦長はいきさつを簡明に説明した。

 「わかった、真紀。真咲は受験のストレスから体調不良を起している。このままでは危険な状態になる可能性があるんだ。命に関わるんだ。」

 「それがどうしたの。私はこの子の母親よ。この子の事は誰よりもよく知っているわ。甘えているだけよ。だから連れて帰って、遅れた分の勉強を取り戻さなくてはいけないの。」

 「まだだめだ。この子の親としても、医者としても許可できない。」

 「あなたはこの子と血はつながっていないでしょ。私はこの子を、自分のお腹を痛めて産んだのよ。誰よりもこの子の事はよく知っているわ。」

 「だが、この子は、いまは・・・」

 「黙っててよ。あなたはこの子の本当の父親じゃないんだから。」

 「おまえなぁ。」

 「そうでしょ。それに私のやることに口を出さない約束よ。」

 真紀は京介達の言う事にまったく耳を貸そうとはしなかった。

 「わかった。真咲の仕度が終わるまで、私の部屋でお茶でも飲まないか。」

 「そうね。この子は昔からグズだったから・・・いいわ。行きましょう。」

 「婦長。真咲の仕度を手伝ってくれ。」

 「先生。」

 「頼んだよ。」

 まだなにか言いたそうな婦長にその場を任すと、京介は、真紀を院長室へと連れて行った。さっきまで迷っていた京介の気持ちは真紀の態度によってはっきり決まった。それが、悪魔に魂を売り渡す事になろうとも。

 「お前には、お茶よりもこっちのほうがいいだろう。」

 そう言うと京介は、ブランディーを注いだグラスをソファーに坐った真紀の前に置いた。

 「あら、気が効くじゃない。」

 そう言いながら、真紀はブランディーを一口飲んだ。それを京介は黙ってじっと見つめていた。

 「あら、おいしい。いいのを飲んでるのね。」

 そう呟きながら、真紀はグラスを重ねた。やがて、真紀はソファーに横になると眠ってしまった。京介は真紀が目を覚まさないのを確認すると、真紀の顔にかかった髪をどかしながら囁いた。

 「お前が悪いんだ。その罰は償わなければな。」

 そう呟きながら、京介は安らかな寝顔の真紀を見つめた。

 

 翌日、真咲は退院した。だが、それと入替りに真紀は遊び疲れが出たのだろう。疲労で入院した。こうして、真咲は強制的な勉強から逃れられると思われたが、京介がその後をついで、真咲に家庭教師をつけて、勉強させた。真咲は遊ぶ時間どころか、睡眠時間さえも削られて勉強をさせられた。だが、それほど勉強しても真咲は真紀が行かせたかった学校には合格できなかった。その事は、あと一年、こんな生活が続くことを意味していた。そして、その重圧が真咲の心を襲い、彼を自閉症へと導いてしまった。

 

 鉄格子の入った窓、何の飾りもない白い壁に囲まれた病室のベッドの上が、今の真咲にとって唯一安らぐ場所だった。

 面会謝絶の病室のベッドで縮こまって眠る真咲を、京介と真紀は、病室に備え付けられた看視カメラに映し出される息子の姿をモニターで見つめた。だが、ベッドで丸くなって眠る息子の姿に絶えられず、二人はその場を離れた。そして、担当医に彼のことを頼むと、駐車場に止めてあった京介の車に乗り込んだ。助手席に坐ると、真紀は泣き出した。そんな彼女に京介は優しく声をかけた。

 「泣くな。もしかしたら、あそこにああしているのは、お前だったのかもしれないのだから。」

 「でも、でも、ぼくの変わりにママは、ああなってしまったのでしょう。パパ。ぼくはどうしたらいいの。」

 「お前が悪いんじゃない。すべては、お母さんと、お父さんが悪いんだ。」

 そういって、泣きじゃくる真紀の肩に優しく手をかけた。そう、悪いのはわたしたちなのだ・・・

 京介は、泣きじゃくる真紀の姿を見つめながら、あのときのことを思い出していた。

 

京介は、睡眠薬入りのブランディーで真紀が完全に眠っているのを確認すると、机の上の箱から仮面を取り出すと、あの仮面を真紀の顔に被せた。白い仮面を被せただけなのに、それは、信じられない変化をもたらした。

 白かった仮面の色は血色のいい肌色に変わり、陶器のようにすべすべだった表面に産毛が生え始め、毛穴や肌の木目がはっきりとしだし、眉が生え、唇が赤くなり彼女の顔に同化していった。それと同時に体も変化しだしていた。彼女のふくよかな胸はしぼみ、手足や、胴は縮み、ブラウンに染めていた髪も黒く短くなった。そして、仮面が彼女の顔に同化してしまった時には、彼女の姿は消え、元気だったころの真咲が、真紀の服を着てソファーに眠っていた。京介は、彼女の体をチェックした。彼女は完全に11歳の少年の体になっていた。

 京介は、自分の体の変化も知らずにぐっすりと眠っている彼女に仮眠用に部屋に置いていた毛布を頭から被せて、その姿を隠すと、真咲の病室へといった。退院の仕度は終わっており、婦長の姿はそこには無く、真咲一人がベッドに坐っていた。婦長はいそがしいので、ほかの仕事の為にその場を離れたのだろう。京介は、一人ぽつんと待っていた真咲の所に近づくと彼に言った。

 「真咲。お父さんの部屋にいこう。」

 真咲はその言葉に躊躇した。実の母親にここまで怯える子供がいるなんて・・・京介は真紀の行いも、それを抑えられなかった自分も許せなかった。

 「大丈夫。お母さんは眠っているから心配ないよ。」

 その言葉を聞くと、真咲は素直に京介について来た。真咲の手を握り、二人は院長室へと仲良く歩いて行った。その真咲の手は冷たく、院長室が近づくに連れて震えだしていた。

 院長室の前で、京介は屈みこむと、そんな真咲をしっかりと抱き締めた。

 「真咲。大丈夫だよ。お父さんは、お前の味方だからな。」

 「パパ。」

 そう呟いた真咲を京介はさらに力強く抱き締めた。だれからもこの子を守ってやるぞ。血のつながり・・・そんなものなんか関係あるか。そんな気持ちが京介に中にふつふつと湧いていった。

 真咲を部屋の中に連れ込むと、京介は部屋の暖房を強めた。

 「パパ。ママは?」

 「ママは、そこに寝ているよ。疲れていたのだろう。ぐっすりと眠っているから、起きそうにないよ。」

 真咲の顔が少し安心したのに京介は気づいた。やはり、真咲は真紀に気を使っているのだろう。

 「真咲。服を脱いでくれないか。」

 「なんで?」

 「ちょっとお前の体を診察したいからだ。脱いでくれるかい。」

 「はい。」

 真咲は素直に着ていた服を脱いで下着だけになった。

 「下着も脱いでくれるかい。」

 素直に下着まで脱いだが、真咲は恥ずかしそうな顔をして、京介を見つめた。同い年の子供に比べても、色白でやせ細ったその姿は痛々しかった。

 「真咲。お父さんを信じているかい。これからお父さんがお前にする事を許してくれるかい。」

 「うん。ぼく、信じている。だって、ぼく、パパが大好きだもの。」

 その言葉を聞いて、京介は悪魔以上になる決心をした。

 「真咲。これを被ってくれるかい。」

 京介は、真咲に、真紀に被せたのと同じような仮面を被せた。すると彼の体に変化が現われた。

まずは手足が伸び始め、次に身体全体がのび始めた。少年の胸にふっくらとしたふくらみが現われ、腰も広がり、髪が伸び始めた。そして、かわいいペニスもちぢこまっていき、体の中へと消え、大人の女性の持つべき花びらが芽を出してきた。

 まるでなにかのムービーのモーフィングシーンを見ているかのように、真咲は息子から、大人の、それも、京介の妻であり、彼の母親の姿へと変わっていった。

 「おとうさん、ぼくは、どうなってしまったの?」

 真咲は、自分の体の変化に気づいたのだろう。

 「おまえは、お前だよ。ただ姿が変わっただけだ。だが、どんなに姿が変わっても、おまえは、わたしの大事な息子だ。」

 息子の真崎の姿は、妻の真紀の姿へと変わっていた。

 「これをごらん。」

 京介は、フォトスタンドの裏に付いていた鏡を真咲に差し出した。

 「ぼ、ぼく、お母さんになってしまった。」

 鏡に映った顔は、母親の真紀の顔だった。

 「そうだ。そして、真紀は・・・」

 そう言って、京介は真紀に被せていた毛布をはいだ。

 「ぼ、ぼく。」

 「そうだ。真紀はお前になった。だから、おまえはゆっくりと養生していいんだ。お母さんがお前の代りをしてくれるのだから。」

 そういいながら、真紀になった真咲に患者用のケープを着せると看護婦を呼んで病室に案内させた。

『これで、真咲はゆっくりと養生ができるだろう。その間、真紀には頑張ってもらおう。真咲の母親なのだからな。』

京介は誰に言うとはなく呟いた。

 

そして時間は、「今」を刻みだす。

「私、あの子を見て決心しました。私、あの子の母親になります。」

「真咲なにを言い出すんだ。お前が母親になるなんて。」

真紀になった真咲は真剣な顔をして京介を見た。

「あの子は私の為にあんなになったのですから。その責任は私にあります。だから、私はあの子のために何でもします。」

「あれは、自業自得だ。お前が気にする事はないのだよ。」

「いえ、私がもっとしっかりしっかりしていたらこうならなかったのです。」

「でも、そうすると、おまえはこれからの二十数年の時間を失うんだぞ。」

「ええ、それでもかまいません。」

「わかった。お前だけに責任は負わせない。こういう風にしたのは私にも責任があるのだから。一緒に責任をとろう。」

「あなた。」

「おまえ。」

ふたりの顔は静かに近づいて、重なり合った。そして、離れると、真紀になった真咲が急に笑いだした。

「どうしたんだ。」

「私がまだ女の子だった時、私はあなたと結婚したかったの。それを思い出したのよ。可笑しいでしょう。」

「いや可笑しくなんかないよ。私もだ。君をお嫁さんにしたかった。」

そして、京介は、真紀(真咲)の身体を優しく抱くと、再び唇を重ねた。京介に抱かれながら真紀(真咲)の瞳から大粒の涙が止め処なく零れた。

 

その夜。ふたりは結ばれた。

 

「お父さん、お母さん。はやく。」

二人の前を元気に走る男の子を見ながら京介と真紀になった真咲は嬉しそうに微笑んだ。男の子の駆ける先には、新入生を迎える為に着飾った中学校の校門があった。

 

 

あとがき

 

この作品の仮面のアイデアを貸してくださったサイファ〜さん

この作品を書くきっかけとなった写真を撮られた英明さん

この作品のイメージを与えてくれた美里さん

最後に未完成の読みづらい作品を読んで監修をしてくれた(の)姉やに奉げます。

それと、大家の綾奴。お待たせしました。ここのオリジナルですよ。