わたしはこの手記を公表すべきかどうかどうか悩んだ。21世紀初頭の怪人として名を馳せた怪人HIRO。これを一般に公表するということは、わたしがこの手記を手に入れたことを公にする事になるからだ。いくら偽名とか正体を隠したとしても無駄だろう。彼はわたしを見つけ出すだろう。

今でも人間不信の恐怖を人々に与え続けている「怪人福助」。その彼を師事し、かの怪人の弟子たる「怪人福助三世」、そして「変幻自在の謎の怪人物「ひろぼん」(彼はその姿を動物はおろか、無機物にまで変えることができたと言う伝説を残している)。このような怪人たちと伴に人々を恐怖に包み込んだ「怪人HIRO」の研究を進めるためにはこの手記を発表すべきなのだ。この手記が公表されたら、いくら「怪人HIRO」としてもその手記の存在を消す事は適わないだろう。この手記の公表によって、いくらかでも謎に包まれた怪人たちの存在を明らかにする礎になれば、私の行動も報われる事だろう。願わくば、この手記が彼らに知られる事なく公表されんことを・・・

 

                               2005629日       よしおか

 

拉  致

 

 「ぎひひひひ、いいやつを捕まえたぜ」

 俺は獲物を担いで隠れ家のドアを開けた。

 「しかし、こんな上玉が転がっているなんてよ。俺もついてるぜ」

 その夜も俺は獲物を探して夜の町を彷徨っていた。でかい付け鼻、がっしりとした付けあご、ぼさぼさの髪、ダサい作業ズボンに薄汚れたジャンバーとサングラスに出っ歯の入れ歯をして、顔にはドーランを塗ったくり変装をした。夜にこの変装なら誰にも俺だとはわからないだろう。俺はここまで完璧な変装をして狩りに出た。

 

夜の繁華街は不景気だと騒がれているが結構人通りがあった。俺は獲物を探した。いくらこんなところだと言ってもあまりキョロキョロとしていては不審がられてしまうから、出来るだけ自然に辺りを見回しながらぶらぶらと歩いていった。結構いい女もいるが気をつけないと女だと思って狙ったら、あそこに余計なものがついていた。なんて事になりかねなかった。最近では天然よりも養殖のほうがよかったりするのだ。俺は30分ほど歩き回り、一人の女にロックオンした。その女はスタイルもよく端正な顔立ちをして綺麗な金髪(染めているようには見えないのだが・・)をなびかせながら、颯爽と歩いていた。ピンクのへそだしルックの服を着て、白のロングブーツと、同じ色の皮製のロンググローブをしていた。マハラジャ・ギャルを思い出させる格好だった。(俺も年かなぁ)そんな事を思いながら、女のあとを気づかれないようについていった。

そして、チャンスが来た。女は人通りのない薄暗い路地に折れた。近道でもするつもりなのだろうが、オレにとっては好都合だ。睡眠スプレーをハンカチに吹き付けると、獲物を捕らえたチーターのように後ろかか女の身体を抱きしめて、女の顔を催眠スプレーを拭きつけたハンカチで覆った。しばらくは暴れていたが、女はおとなしくなった。俺は用意していたロープで目覚めても暴れられないように女の足首、膝、腕を縛り猿轡をかませて、肩に抱えた。勝手知ったるこの街の路地を人目に付かないように気を使いながら隠れ家へと運び込んだ。

俺は女をソファーの上に寝かせた。隠れ家の明かりに照らし出された女は、綺麗な顔立ちで、抜群のスタイルをしていた。いままでゲットしてきた獲物の中でも最高級の部類だった。俺はゲットして来た獲物を縛り上げ、目覚めて怯えた目をして振るえる姿を見るのが好きだった。それ以上のことをするつもりもなく。その姿を撮らせてもらったら、また眠ってもらい、元のところに返していた。あとで、その写真で脅すなんてことはしたことがないし、あくまでも個人的な趣味で、そんな事をするつもりもなかった。それに俺の変装は完璧で、毎日顔をあわせているのに、会社の女性社員は拉致して縛り上げたのがオレだとは、気づいていなかった。

今回も俺はこの狩りの成功を信じていた。ゲットした獲物が自分の手に負えないほどの大物だとは気づかずに・・・

ちょっと薬が効きすぎたのか。女は目覚める様子がなかった。俺はタバコを切らしたのを思い出し、獲物をそのままにしてその場を離れた。行きつけのコンビニで、いつものタバコを買ったのだが、顔見知りの女性店員なのに俺に気づく様子はなかった。俺はタバコとつり銭を受け取ると隠れ家へと戻った。

「アイツ気づいていなかったなぁ。今度はあの子を拉致しようかな」

そんな事を呟きながら俺はドアを開けた。女は目覚めた様子はなかった。すこし薬が効きすぎたのかもしれない。俺は、今夜はこのままにして帰る事にした。明日は休みだから、朝から楽しむ事が出来る。俺は部屋の壁際にあるメイク台の前に座って、変装を落としにかかった。コールドクリームをたっぷり手に取り、それを顔に伸ばしていた時、俺の顔を布のようなものが覆った。その布のようなものから香る甘い香りに俺の意識は遠のいていった。

 

「う・う〜ん」

俺はまだ重い頭を振りながら目覚めた。そして、動こうとしたが身動きが出来なかった。

「おや?やっとお目覚めになったようだね」

聞き覚えのない男の声に、唯一動かせる頭をその声のほうに向けた。そこには、あの女が立っていた。不敵な笑いを浮かべながら俺のそばに立っていた。

「さっきのお返しだよ。どうだい?身動きが出来ないだろう」

どう見てもさっきの女なのだが、その声は確かに男のものだった。しまった。コイツはニセモノだったのか!俺は、心の中で叫んだ。

「おやおや、男だったのが残念そうだね。でも、わたしは、そこいらの男とはちょっと違うんだよ」

「どういうことだ。このオカマ野郎!」

「オカマ野郎か。でも、それはお互い様だと思うけどなぁ」

そういって、女に化けた男は俺の顔を前に向けた。そこにはショート・ヘアの綺麗にメイクした若い女が首から白いケープをたらして座っていた。俺はその女には見覚えはなかった。俺が気を失っている間に、コイツが連れてきたのだろう。俺の目の前の女も俺と同じように縛られて、身体の自由を奪われてイスに座らされていた。

「この女は何だ。俺をどうしようと言うんだ」

俺と目の前の女は、コイツに聞いた。だが、ふと俺は奇妙な事に気がついた。二人で同時に言ったのに、俺の声しかしなかったのだ。それにこの部屋にはイスはメイク台の前に一脚あるだけだ。一体この女はどこに座っているんだ。

俺は目の前の女を改めてよく見た。同じように女も目を開いて俺のほうをじっと見つめた。お互い見つめあいながら、俺はあることに気づいた。それは・・・

「何で俺の姿が・・この鏡はなんなんだ」

そう、俺はメイク台の前に座らされていたのだ。そして俺の目の前にあったのは、メイク用の鏡。つまり俺の目の前にいたのは・・・

「やっと気づいたようだね。でも、うるさいのはイヤだから静かにしようね」

女に化けたソイツは女のような顔にされた俺にタオルで猿轡をした。

「いやぁ〜、久しぶりに女に化けてターゲットを探していたら自分がターゲットにされるとは思ってもみなかったよ。福助一生の不覚だな。この償いはしてもらうよ」

女に化けた男は楽しそうに笑っていった。

『ふくすけ?』

俺はソイツの言った名前を思い出した。『福助』まさか、あの『怪人福助』。俺はとんでもない相手を獲物に選んでしまった。寄りにもよってあの『怪人福助』の変装した女を捕まえてしまうとは・・・

『怪人福助』その名は、もはや生きた伝説だった。その変幻自在な変装術で、ターゲット必ず捉え、ターゲット以外の誰にも知られる事なくミッションをこなしてしまうというのだ。彼にゲットされたターゲットは必ず自分の周りの人間が福助の変装ではないかと疑い、人間不信になってしまうというのだ。そして、誰もがその名を口にする事を恐れるようになっていった。だから、事件の立証が難しく、『幻影の怪人』とも呼ばれていた。

まさか、その怪人が俺のそばにいるなんて・・・

「でも、君の縛りはなかなかだったよ。しかし、あの変装はいただけないなぁ。わたしが君に本当の変装をお見せしようと思ってね」

そういうと福助は、俺の頭にセミロングのカツラを被せてカチューシャをつけ、首のケープを取った。鏡に写る俺の顔はますます女になった。そして、俺をイスから突き飛ばした。俺は床にうつ伏せに転がった。床に倒れた時、俺は胸を何か柔らかい弾力のあるもので抑えられた。

「いかがかな?おっぱいの感触はなかなかいいものだろう?」

『おっぱい?男の俺の胸に何でそんなものが・・・』

「君は私の特製フィメールボディスーツで、女性と同じ外見になっている。裸になっても男だとは誰も思わないよ。君にはこのまましばらく縛られて身動きが取れない若い女性を演じてもらおう。それが、君が私を拉致した罰だ。だが、あの見事な縛りに対してのお礼にその変装ツールは進呈するよ。頑張りたまえ。では、アディオース」

そう言うと怪人福助は、部屋を出て行った。俺は一人床に転がされたままで身動きが出来ないでいた。身体を動かすたびに感じる胸の感触に、特殊なサポーターらしきもので押さえつけられたアソコが元気になろうとして、さらに押さえつけられて、痛みが増していった。そして、その痛みは妖しげな快感に変わっていった。このスーツを二度と手放せなくなっていく自分を感じながら・・・