師走

 

巷では、年の瀬の慌しさで誰もが右往左往していた。年末の大掃除。去り行く年と新たな年を迎える準備でどこの家庭でも大忙しだった。

この路地裏マンションに住むある若夫婦の家庭も例外ではなかった。

 

「ただいま」

「ただいまぁ〜」

優しそうな男とかわいらしい幼い女の子が玄関の扉を開けて、声をそろえて家の奥へと声をかけた。

それは、急な出張から帰って来た夫の博之と遊びに出ていた一人娘の千紗だった。

「千沙ちゃん。お掃除はどこまで終わっているのか。ママの様子を見てきてくれるかな?」

「は〜い」

父の頼みに元気よく答えると小学四年生の千紗は、ポニーテールを文字通りまるで子馬の尻尾のように左右に揺らしながらスキップして奥の寝室で片づけをしているはずの母親の様子を見に行った。

するとそこには、黒いタートルネックのシャツにジーパン姿の上にエプロンをして、柄物のネッカチーフを頭に被った母親が、口に白い布で猿轡をされて、両手両足首を白い布で縛られていた。部屋の中は片付けの途中だったらしく中にしまってあった服がタンスの引き出しから飛び出し、縛ろうと積み上げられた雑誌はそのままで、ゴミ箱は紙くずであふれかえっていた。

「パパァ〜今年もママは強盗に縛られて大掃除終わらなかったみたい」

帰ってきた夫に、娘の千紗が声を張り上げて報告した。それを妻の弘恵は縛られたまま横で聞きいていた。

『ふぅ、やれやれこれで何とかごまかすことが出来たぞ。でもこれからどうするんだよ』

弘恵は冷や汗を流しながらこれからのことを考えていた。

『しかし、こうすれば簡単だからって姉さん言ってたけど、完全にフェイクだってばれてんじゃないの?千沙ちゃん。さっき又かって顔して俺のほうを見てたぞ』

弘恵の額から一筋の冷たい汗が流れた。

『やばい汗でマスクの接着剤がはがれてきたぞ。ん?待てよ。さっき千沙ちゃん、パパって言ってなかったか?パパって、兄さんが出張先のオーストラリアから日本に帰ってくるのは年明けじゃなかったのかよ。顔はマスクで姉さんに化けているけど胸と尻はパットだぞ。ど、どうすればいいんだよ・・・』

弘恵の額から冷たい汗が滝のように流れ出した。顔の皮がおでこの端からはがれだしていた。

 

 

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いらすと:HIROさん

 

『どうしよう・・このままじゃ、姉さんじゃないことがばれてしまうよ。それに兄さんや千沙ちゃんに変態って思われてしまう。ど、どうしよう?』

あせればあせるほど、手足を縛った布の結び目はきつく締まっていった。

『わ、わ、どうしよう』

弘恵はあせった。この場を何とかしないと自分が弘恵の替え玉だとばれてしまう。

『もう、姉さんのあんな頼み聞くんじゃなかった・・・』

替え玉の弘恵がそんなことを考えている間に、ばたばたという大きな足音とそれを追うパタパタと小さなかわいい足音が近づいていた。

 

それは、一昨日のことだった。

「姉さん。そんなのすぐにばれるよ」

いきなり立ち上がると、目の前で平然とコーヒーを飲む姉の弘恵に向かって彼は怒鳴った。

「大丈夫よ。あなたとわたしの体型は同じようなものだし。旦那は年明けまで急な海外出張で留守なの。だから誰にもばれないわ」

「でも・・・千沙ちゃんが居るだろう?」

「大丈夫!千沙は、母親のわたし以上にあなたを慕っているでしょう。だから、あなただとばれたら逆に喜ぶわよ」

「しかし・・・」

彼は考え込んでしまった。

「今月ピンチなのでしょう?それに、年末年始のデート代もあるの?由紀ちゃん、あなたと初詣一緒に行くのを楽しみにしていたわよ」

「う、う〜ん」

「どうするの?隆」

イブのデート代とクリスマスプレゼントで、小遣いやバイト代は吹っ飛んでいた。由紀は、一緒にいるだけでいいとは言うけれど、男としてはそういうわけにはいかない。彼は、姉からの申し出を受けることにした。

そして今朝、千沙を遊びに行かせると、姉の弘恵は、誰にも見つからないように隆を家に招き入れると、パットとコルセットで体型を変えると、掃除用に黒いタートルネックのシャツにジーパン姿の上にエプロンをつけさせ、頭は鬘が脱げないようにネッカチーフで覆った。顔は弘恵そっくりのマスクをかぶせた。隆は、姉の弘恵に瓜二つの姿に成った。

「くれぐれも汗をかかないでね。このマスクを貼り付けている接着剤は水分に弱いから」

そういいながら、掃除をしなくても言いようにといって、隆の手足を白い布で縛り上げた。

「これでよしっと。千沙が帰ってきたらといて貰ってね。掃除は、去年の強盗にまた襲われたといえば大丈夫よ」

そういうと、掃除を仕掛けて散らかった状態の部屋に自分の姿をした隆を残して、弘恵は家を出て行った。

 

「またか!今年で何回目だ?弘恵、大丈夫か」

博之の声はすぐそばまで近づいていた。

『ど、どうしよう・・』

隆の額から滝のように汗が流れ出し、マスクは徐々にはがれ出した・・・

 

「ふぅ、あぶなかったぜ。怪人HIROとあろうものがこれほどあせらされるとは。弘恵を、誰にも気づかれないように、母親が急病だとだまして一人で里に帰らせて入れ替わっていたのに。急に旦那が出張から帰ってくるというからあせったぜ。急に弘恵が消えたらおかしいから身代わりが必要になったが、体型が同じ弟がいて助かったぜ。去年は、三世の奴に先を越されたので今年こそはと思ったが、やばかった。さて今度は誰になろうかな?」

自宅からそっと離れていく弘恵は、額に爪を立てると髪との境目をカリカリと掻いた。すると、額の皮が少しめくれた。それを摘むとゆっくりと剥がしていった。剥がれ行く弘恵のマスクの下から現れた顔は・・・