『鏡』
僕は今、悩んでいた。
公園のベンチに座って、見えるのは、砂遊びをしてるガキ供。
そんな日常的な景色が、僕の1言で砂の城の様に、音も立てずに崩れさる・・
そう考えただけで、口元に笑みがこぼれる。
いつもの様に帰り道で投げられた石。その中に緑色のドーナツ型の石が混ざっていた。
見ていると、吸い込まれる。深い色、ずっと見ていたい・・・
「怪人め、俺が相手だっ!」
いきなり、後ろから体当たりをされた。手からこぼれ落ちた石は、どぶの中へ。
・・・ガキが・・・・
振り返ると、泣きながら逃げていった。僕は慌てて、どぶを見る。
空き缶や、靴なんかの残骸は分かるが、石は見当たらない。
少し、迷ったが、袖をまくる。どぶに腕を突っ込む。
・・別に深い理由が在った訳じゃない・・只・・あえて・・言うなら・・・・なんとなく。
近くを女子高生が通りかかる。
(見て、見て、どぶねずみが、どぶに手を突っ込んでる、キャハハ)
そんな声が聞こえてきそうだった。
不思議な事に、腕を突っ込んだ、すぐ、その真下にそれは在った。手触りだけでそれだと分かった。
近くの公園で、それを洗う事にした。
1回洗っただけで、その輝きは完璧に戻った、いや、むしろ、増した様にも見える。
垂れる水滴をハンカチで拭く。突如、煙に包まれる。気がつけば、男が立っていた。
「お前の願いを3つまで適えてやろう」
見た目は僕と同じ位の男だが、酷く痩せこけていて、良く見ると、頭から角が生えていた。
何かのコスプレ?・・いや、確かにさっきまでこんな男はいなかった・・って事はホンモノか?・・・・
良し、試してやる。
その時、風船が飛んできた。
「お兄ちゃん、それ取って」
4歳位のメスガキが、事の重要さに、気づかずに、話かける。
「おい、待て、さっきのは願いじゃないぞ!」
しかし、男は微動だにしなかった。
そうかっ!こいつ、呼び出した人間の言う事しか聞けないんだな・・・・じゃあ、ゆっくり考える事にするか・・・・
定期的に水が出続ける円卓の噴水。じーっと、見ていると時が静止したかの様に錯覚する。
「・・良し、これで、間違い無しっ」
最初から、願いは決まっていた。
「僕を地球一の美女にしてくれっ」
今まで、この外見の所為で、非道い目に会って来た。
この・・世界一、醜い外見の所為で・・・・
だからこそ、美しいものに、憧れたのかもしれない。
前に、本で読んだ事が在る、
『大抵の生物は、オスが美しいが、人間だけは、女性が美しい』
「了承した」
身体が光に包まれる。と、言っても、決して、眩しくはない。
「・・・ん~・・」
思いっ切り、背伸びをする。
供に、聞こえる高い声。
手で胸を弄ってみる。むにゅっとした感触と共に、脳髄まで届く『気持ち良い』と云う感覚。
・・身体が痺れそう・・・・
・・・おっと、もう片方の方も確かめなきゃ・・・
「・・・・・」
・・な・・・何な・・んだ・・・・・
・・・・い・・き・・・なり・・・・身体・・が・・・
・・・何が・・起こっ・・・たか分からなかった・・・
「・こ・・れ・・・なの・・か・・・・」
ズボンの中の手を動かしてみる。
「・・・あぅ・・・・・・」
・・・・・・・
「こ・・・こ・・・んな・・・・」
探索している間に石は、ガキが持って・・・ってやばいっ・・
乱れた服を整え、火照った身体を、なだめながら、ガキを追いかける。
「・・・はぁはぁ・・・・つかまえた。さぁっ、おとなしく、返して貰おうか?」
「イーだ」
ガキは、舌を出して、それを、拒んだ。
「おいっ、どうせ、ついてきてるんだろ?2つ目の願いだ、俺に、能力を与えろ、こいつが、悶絶する位の・・・」
「了承した」
俺の身体が、光に包まれて・・・なんて事はなかった。
「おいっ、本当に・・・・」
慌てて、口を塞ぐ。
「何だ?」
「いや、何でもない・・」
・・危ない、危ない・・・
若し、何か、言ってたなら、願いとして、カウントされてしまう所だった・・
・・と言っても、どうやって、『能力が入ったかどうか?』確かめたら良いんだ?
試しに、手を翳してみる。
「んぐぐぐ・・・」
ガキが、宙に浮いている。
一刺し指を曲げる。
「うわああああぁ・・・」
断末魔の叫び、肉が潰れる音、骨が砕ける音。
身体が、奏でる、La Requiem。
・・・しばらく、呆然としていた・・・・・
ガキが捨てられた人形の様になっている・・
・・これを、僕がやったのか・・・・
そう、考えると、身体中の血液が、ふつふつと、沸いてくる。
・・だが、これで、願い事は、後、1つだけとなった訳だ・・・・
まぁ、これはこれで、面白い能力だが・・
最後の願いは、最初から、決めていた。早く、言わないと、何が、起きるか、分からない。
「おいっ、これが、最後の願いだ。僕を大富豪にしろ」
所詮、この世は金と権力と、みてくれだ。
「了承した」
・・何も、起きない・・・・
「・・本当に、僕は、金持ちになったのか?・・・・」
・・いない・・
必死に、周りを、探したが、石は、もう、何処にも無かった・・
・・・くっ・・・・・
後、少し、手を伸ばせば、得られるものを、失った事で、今までの喜びは、全て、失せてしまった。
おぉっ!
前から、ベンツが、やって来る。
本当は、実用的自動車なのに、何故か、日本では、高級車として、認識されている車。
既に、会社は吸収され、販売台数は、徐々に少なくなってゆく車。
何故か、その容貌だけで、極道のイメージがついた車。
少し、もの思いに耽っていた。
ベンツは、僕の前で、速度を落とし、止まる。
「迎えに参りました、お嬢様」
老人が出て来る。
黒いスーツを着ていて、白い髭を蓄えていて、まるで、執事を絵に描いた感じ。挙句に、細目・・・
「遅いぞ・・・えっと・・・」
「執事の河野でございます」
「そーそー、河野だった・・」
車に乗る。
お前の事なんて、知っている筈が無いだろ!さっきまで、僕は、庶民だったんだからな・・・
だが、こうやって、ベンツのシートに座っていると、『自分は選ばれし者なのだ』と云う意識が高まってくる。
ほとんど、揺れない車。
全く、揺れない人生。
選ばれし者の、選ばれし人生。
・・僕は、選ばれたのだ・・・
・・しばらくの間、窓から、愚民供を眺めていた・・・
「ねぇ、ちょっと、わたしのカレシ、イケてない?」
「うっそ~、超イイじゃん~」
俺は、完全に、女子高生に溶け込んでいた。
石を手に入れたのは、もう、過去の話。
学校が終わって、ぶらぶら、と、帰着途中。
後ろの方で、女供が、写真を見せ合って、騒いでる。
お世辞にも細工とは言えない顔立ちの奴ばかり。
バッカじゃね~の?
能が有る鷹は爪を隠すんだよ。
そう云う事を肝に銘じとけ、ブス。
そんな事を考えていた最中。
目の前を、飾り立てた男と擦れ違う。
茶髪で、ピアスをつけて、ロン毛の無造作ヘアーって、言うんだっけ?
いるんだよな~、こう云う勘違い男って。
素の自分で、勝負出来ないから、着飾って誤魔化そうとする奴。
あまりの情けなさに、溜息を出したくなった。
「ねぇ、さっきの人、カッコよくなかった?」
「あ。あんたも、そう、思った?カッコいいよね~」
こう言う奴等が、あ~云う男供を付け上がらせるんだよ!
何を考えてるんだ?豚。否、考えてないんだろうな。
ブーム。
誰かが創り出した感覚に追従し、独自の考えを持たずに、生きてるんだろう。
そう見ると、病んだ家畜が、憐れに思えてくる。
まぁ、そんな事は、どうでも良い。
ちょっと、あの天狗の鼻を折ってくるか。
俺は、あの男の後を追いかけた。
「あの~」
「ん?何だい」
髪をかき上げると共に、勝ち誇った笑み。
・・我慢だ、我慢・・・・
「はじめまして、栄津 柚(えつ ユウ)と言います・・あの~、良かったら、お名前、教えていただけませんか~?」
「星狸 孥薩(ほしり ぬさつ)だよ」
「ヌサツさんですかぁ~、変わった名前ですねぇ~」
「でも、そのお陰で、君みたいな娘にも、名前を覚えて貰えるんだ。親に感謝しないとね」
あぁ、覚えてやるよ。俺の踏み台となれる事を、感謝するんだな。
人気の無い林の中。
梟の鳴き声が、不気味に響く・・・
・・ったく、干し狸ごときが、俺を、こんなとこに、呼び出しやがって・・・・
・・・これで、碌な用事じゃなかったら、只じゃ置かないからな・・・
あ、干し狸が、いた。取りあえず、話かけてやるか。
「ごめ~ん、待ったぁ?」
「・・いや・・それほどは、待ってないよ・・・」
辺りを沈黙が包む。
早く、用件を言え、わざわざ、時間を割いて、来てやってんだぞ。
「・・・あのさ~、キミ・・・このまえ、違う男と、いっしょに、いなかった?」
「・・それが、ど~したの?」
「・・・そのまえも、違う男といたよね?・・・・」
「・・別に、大したことじゃないでしょ?」
「・・・そのさ、出来るなら、俺の他に、つき合うのは、多くて1人にしてもらえないかな?」
・・・・黙れ、お前だって、この前、他の女と、一緒にいたじゃないか、それなのに、何故、俺を責める?
主人の手を噛むなんて、お前は、飼い犬、失格だ。
そもそも、お前は、俺自身を確立する為の手段に過ぎないんだよ!
「・・・・・・・・・・黙れ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっ、何?何って言ったの?」
俺は、腕を振り翳す。狸の身体が、宙に浮く。
「・・・・え、これ・・・何?・・・・・・」
「・・『黙れ』と言ったんだ・・・・」
「・・・・ちょ・・ちょっと、待って・・・・これ・・・キミがやってるの?・・・・」
「・・俺は、莫迦は嫌いだ」
「・・・・わ、わ、わ・・ちょっと、待った・・・・キミの要求を呑もうっ」
「・・何を勘違いしている、一度、狂犬病に陥ったペットを、誰が、そのままに、放置しておくと、思うのか?」
「・・ちょっと、待ってく・・・・」
「・・う・・」
親指を折ると、共に、右足。
「・・る・・」
一刺し指を折ると、共に、左足。
「・・さ・・」
中指を折ると、共に、右手。
「・・い・・」
俺が、薬指を折ると、共に、奴の左手を、折る。
捻じ切られた四肢が、宙を舞う。
悲鳴にもならない叫び。悲痛が、辺りを、切り裂く。
「・・あぇおぎゃあァァァァァァァァ・・・」
狸は、頻りに、何かを、訴える表情をする。
「・・・ウザい・・・・・・」
小指を折ると、共に、奴の身体を丸める。
『要らなくなったゴミは、丸めて、くずかごに、ポイっ』が基本だろ。
取りあえず、ゴミは、丸めて、放っておいた。
今頃、野犬の餌になってるかもしれないな・・・
くく・・、共食いか・・・・
俺は、口元を、緩めた。
「はい、次の奴」
「はいっ、佐藤 翔太(さとう しょうた)です。歌います」
すると、今度の奴は、歌い始めた。
・・・つまらん・・・・・・
手を奴の前に翳す。歌声は止まり、城に、レクイエムが流れた。
石を手に入れた時は、『天は俺を選んだ』と思った。
しかし、無限に広がる夢は、3つと云う形を取った途端、広さを失ってしまった。
願いも叶ってしまえば、何て事は無い。
本当は、もう、理解っていた。
『外に救い等、無い事』を。
『救いは、自身の中に在る事』を。
孤独な女王。
世界に与えられた俺の称号。どうやら、それはこの城に起因する様だ。
まるで、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城の様な外観。
確かに、そんな城に住む人間は少ないだろう。
周囲は、自身を映し出す鏡。
城には、毎日、何百人もの客が、やってくる。しかし、来るのは、似た様なのばかり。
俺は、変わる事も出来ず、只、無為な毎日を送っていた。
「はい、次」
「王野 太陽(きみの たいよう)です。カバディ、やります」