『チューリップ』

1話 フィジカルガールの朝。

 

 

ありったけの勇気をふりしぼって、君を誘った♪

初めてのデート♪

海はとてもおだやかで、僕は君の肩に手を伸ばす♪

僕の気持ちが盛り上がる、いっしょに海も盛り上がる (えっ) ♪

やっぱり中から、巨大怪獣だ~っ! (ざっぱ~んっ)♪

どうしよう、どうしよう、どぷしよう ♪

すると、そこに (トアっ!)

フィジカルガールの登場だ ♪

行け、押せ、はっ倒せ ♪

必殺、滅殺 (重力分解っ!) ♪

フィジカルガール (フィジカルガール) ‥

 

ダンっ

 

手を伸ばして目覚まし時計を叩き落とす。歌がやむ。

気分が悪い。

「朝っぱらから、こんな下手な歌で起こされる身にもなってみろってんだ‥」

そしてまた、ふとんに潜る。

「おっはよ~さ~ん」

ひまわりの声とともに腹部に衝撃。

「ぐぇ」

そして軽くなる。

さっきはどうやら、ひまわりが飛び乗ってきたみたいだ。(ひじを立てて、俺の腹部へと)

 

「起きた~?」

「あんな奇襲やられたら、誰だって起きるわいっ!」

ひまわりは、えへへと笑ってから。

「起きたみたいだね~。それじゃ行ってらっしゃ~い、お姉ちゃん」

「え‥どこに‥もしかして‥ちょっと待て~っ! 最後に服くらいは‥」

 

「着がえさせてくれ‥」

あんぎゃー

その声は俺と怪獣しかいない現場に空しく響いた。

 

 

怪獣は暴れまわっている。

胸部の高さまであるビルをじゃまと言わんばかりに破壊している。

鳥形か。空に逃げられるとやっかいだな。一撃でかたづけないと。

って、俺もう、戦闘モードに入ってるじゃないか‥

このままだと俺、ずっと戦わされるな‥

なじむな、俺。今日こそはあの妹に、ずばっと言わないと!

そうだ、ひまわりが悪いんだ!

どこの世界に勝手に兄を改造したり、強制的に空間転送する妹がいる? いや、家にはいるが‥

今日こそは叱ってやる。

だがそのためには、やっぱりあれと戦らないとだめか‥

しかたない。ひまわりとのバトルはそれからだ。

 

あんぎゃー

 

怪獣は吼える。

早く終わらせよう、高校もあるし。

できるなら、遅刻したくないな。

怪獣に近づく。向こうはこっちには気づいてないみたいだ。

 

何の苦労もなく足元まで来れた。

目の前には柱のような足が2本、そびえ立っている。

痛いから、こっちに来るなよ。

けがしないうちに早く終わらせよう。

左手で足を殴り飛ばす。俺は右ききなのだが、左薬指の指輪を怪獣に触れさせないといけないらしいから、しかたない。

「重力分解」

柱が浮きはじめる。

怪獣は浮いていく。

 

ふわふわふわ。

ふうせんみたいに。

上がっていく。

ひまわりが言うには、重力ってのは4つの力で構成されているらしい。

右手薬指の指輪は、触れたものの重力を分解する。

その結果、重力の働きをなくすということができるみたいなのだが、俺にはちんぷんかんぷんだ。

まぁ要するに、指輪に触れたものを浮かせることができるってことらしい。

 

怪獣は翼を動かし、自由に動こうとする。しかし、斜めに動くことはできても、降りることはできない。

もう来るなよ~。

「ばいば~い」

俺は手を振る。

 

あんぎゃー

 

‥え‥もしかして俺‥‥睨まれてる‥‥?

怪獣の口が開く。そして、氷の塊が口から発射‥やっぱり俺に向かってきてる‥‥? 

氷山が俺の真上に‥

ぎゃ~っ! 潰れるっ!

「きゃ~っ!」

急に真っ暗になる。

上に黒い巨大な盾が出現している。

 

黒い盾は指輪から伸びている。

ダークマター。

暗黒物質とも言う。

見えない物質で、何か質量がすごいらしい。

その結果、たいていの物質は押し潰せると、ひまわりは言っていたが、あまり理解できてない。

まぁ要するに、ほとんどの物質を潰せるらしい。

例外なく、氷も上で潰されているのだろう。だがもちろん、音なんてするはずもない。

円を描いていた盾は、線になって、指輪に帰った。

 

上を見上げると、怪獣はほとんど見えなくなっていた。

あれだったら、もうだいじょうぶだな。

ふぅと息づく。

「任務完了」

某.侍系ロボットものに出てくる暗めの主人公1を気取って、言ってみる。

‥あほだな‥俺‥‥

言ってみてから後悔する‥

 

ぱしゃっ

フラッシュが焚かれる。

「あの、何かコメントを」

「いえ、あの‥高校に遅れてしまうんで‥‥」

「学校に通ってらっしゃるんですか。どこですか」

「いえ‥それはその‥」

人が集まりはじめて、どーにもならなくなったころ。

 

目の前が見慣れすぎた風景に変わる。

木目調のベッド、緑のシーツ、マンガしか入ってない本棚、机の上で崩れている教科書の山。

あまりほめられたものではないが、一応、俺の部屋だ。

「おかえり~。どーだった?」

寝起きしなに、人を勝手に災害地に送った人でなしの妹が俺を出迎える。

「どーもこーもあるか。せめて、服くらい着がえさせろっての。だいたいだな、どこの世界に人の身体を勝手に改造する妹がいる?」

「私だよ~。えへへ」

ひまわりは悪びれもなく自分を指さす。

ああ。もう、怒る気もしなくなった。

「まぁ、いい。今日は時間もない。だが、今度やったら怒るからな」

「は~い」

ひまわりは部屋を出ていく。

 

ざわざわざわ

TVがついていた。

まったく。またひまわりのやつ、人の部屋で勝手にTVを見てたな。

俺はスイッチを消そうとTVに近づいた。

と、そのとき。

ババーンという効果音が入る。

『今日のフィジカルガール』というタイトルが映る。

『あんぎゃー』

少女が怪獣を殴ると、怪獣の身体は空中へと飛ぶ。

氷の息が吐かれると、指輪から暗い盾が少女を守り、氷を飲みこむ。

『あの何かコメントを』

『いえ‥あの高校に遅れてしまうんで‥‥』

『ここで彼女は消えてしまいました。しかし、我々は引き続き彼女の詳細を探りたいと思います』

コンセントを引っこ抜く。

何だ? これは‥‥

訊くまでもないな。

‥俺だ‥‥

‥‥

まぁ、1つ確実なことはあれだな。

俺は朝っぱらから、パジャマ姿を全国に露呈したってことだ。

‥見なきゃよかった‥‥

俺は悲しみに打ちひしがれていた。

「8時だよ~、学校、行かなくていいの?」

ひまわりが知らせにくる。

もちろん、俺の都合で学校は動くわけがない。

俺は制服に着がえ、学校へ急ぐのであった。