イリス

第三話「文化祭1」

「な、何で俺が香奈実の学校の文化祭に行かないといけないんですか!」
 友希は事務所の連絡ボードに書かれた彼の連絡欄を見て帳簿を整理しているあかねに詰め寄った。
 そこには日曜に祥成女学院文化祭と赤のペンで書かれている。
「お仕事だから」
 ノートパソコンのモニターから目を離さずさくっと言ってのける。
「いや、そうじゃなくて何で勝手に」
「行くのはイリスちゃんだし」
「でもお披露目は来月って
「あ〜うだうだ言わない!いい、これも練習と思いなさい。人に見られて恥ずかしくないように演じる良い機会じゃない」
「う
「まぁ、これは私の恩師からの頼みなのよ。だからごめん、協力して」
 あかねは友希を拝むまねをする。友希自身も頼まれたらイヤとは言えない性格のため渋々承諾する。
「ありがと〜友希君。いや〜君ならそう言ってくれると思ったわ」
「なんか体よくはめられたような気がするんですけど
「や、や〜ね〜気のせいよ。まぁ、良い練習の機会だしさ」
「でも、まだ香奈実もほとんど教えて貰ってないし
「良い友希君、短期間で物にしようと思うんだったら実践しかないのよ。男だってばれたく無いんだったら、その気持ちが必死にイリスになりきろうとするのよ」
「は、はぁ
「明日の朝7時に迎えに行くから。さすがに家ではイリス着れないでしょ」
「あ、当たり前です!」
「今日はもう良いから早く帰って休みなさい。まだ日中は暑いからかなり体力を消耗するからね」
「はい
 友希は鞄を手にすると牛飼いに買われていく仔牛のように肩を落として事務所を出て行った。

 午前七時半、秋の澄んだ空気に街は白く照らし出されている。
 日曜日の朝と言うことで行き交う車も少ない。友希はすでにピンクのボディスーツを着込んで手を開いたり閉じたりしながら、視線は流れていく朝の町並みを見つめていた。
 あかねの運転するワンボックスカーの後部座席は参列目のシートを両サイドに跳ね上げそこにイリスが収まったバックが置いてある。
 やがて車は祥成女学院がある山の麓へとさしかかる。麓は学院町として商店街や女子寮があり、学院関係の建物は山の下から小学部、中等部、高等部、大学と上に向かって配置されている。
 車は町の西側の入り口である橋を渡って、しばらく走ると香奈実がいる寮の前へと到着した。
「あれ?香奈実?」
「あ、ほんとだ」
 二人の視線の先には寮の門前で仁王立ちしている香奈実の姿があった。
「てか、何してんのあの子は」
 呆れた表情であかねはブレーキを踏みあかねの前へと車をつける。電子音とともにスライドドアが開くと二人は思わずうめいてしまった。
「おはよ〜ぅ〜〜」
 倒れかかるように車に乗り込んでくると香奈実は手にしたフード付きのコートを友希に着せると指を外へと向けた。
「何?」
「積み込んで
 香奈実の指先には段ボールが数箱置いてあり、それぞれ食器とか紅茶とかペンで書かれている。
「なんで僕が
良いから入れなさい。私は眠いの!」
 文句を言おうとした友希の顔面に顔を近づけて香奈実が低い声を出した。目が充血しすわっている。おそらく徹夜が続いていたのだろう。
「分かったよ」
 友希は渋々と香奈実のコートに腕を通して車を降りた。さすがにピンクのボディスーツのまま出歩くのは憚られた。
「て、何がはいってんだよ、全く」
 文句を言いつつも段ボールをリアハッチからあかねと二人で積み込んで車に戻ってみると、香奈実は幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 祥成祭。中等部から大学部まで合同で行われる文化祭。これから始まる年に一回の行事。堂々と男性と会話できたりとか出会いを期待して、メイクにも気合いが入り、全体的に浮き足だったというかなんだか独特の空気が学院全体を包んでいる。
 狭い教室には多くに人でごった返していた。
 学院の生徒をはじめ親子連れ、どこで聞きつけたかバイト先に足繁く通うな人たちまで大盛況となっていた。
 メイド服の香奈実や女性と達に紛れ、イリスもお盆を抱えて右往左往していた。いたるところから「ご主人様〜」とか客商売用の笑顔とかがあふれている。が一番の注目はイリスだろう。
 スーツの上からふりふりのエプロンをつけ、腰には誰が考えたのか紺のスカートをはいている。
 うわ〜なんか写真取られてるしぃ
 友希は考えながらも狭い視界で香奈実のサポートを受けながら、飲み物を各テーブルへと運んでいく。
 あ〜恥ずかしい、なんで男の僕がこんな格好でくそー断っておくべきだった。
 香奈実をはじめ他の生徒も紺のミニスカートのメイド姿である。香奈実に言わせると
「お客はここに腹を満たしに来るんじゃないの。目を楽しませ萌を感じるのよ」
 だそうだ。確かに、紅茶やコーヒー、ジュースが数種類。お菓子はコンビニなんかで売っているスナック菓子程度。香奈実の言っていることは分からなくはないが。止めろよ担任。とか思いつつも、この大繁盛を見ると確かに香奈実の着眼点は間違ってはいないのかとも思ってしまう。

 友希は改めて自分に感心していた。恥ずかしさも時間とともに何故か楽しさと代わっているのに気付いた。これはイリスであって自分ではないし。自分が見られてるんじゃないんだ。と思い続けていたせいかもしれないが。
「二名様ご案内で〜す。イリスちゃん案内お願いね」
 友希はコクっと頷くと、お盆を胸の前で腕をクロスにして抱えてターンをした瞬間固まった。
 ね、姉さん
 そこには姉の南裕美があかねとともに立っていた。
 祥成学院大学部に通う姉は弟の友希から見ても美人である。背が高くどちらかというとパンツルックが似合うタイプである。
 何故?ここに?あれ、あかねさんと香奈実が笑ってる、これ以上ない笑顔で
 裕美は満面の笑顔でイリスの肩に手を回すと顔を近づけてきた。
「友希ぃ、ずいぶんかわいくなったわねぇ。あたしに内緒でこんな楽しいことしてたなんて」
 イリスは歩く姿真のまま固まった。
「お姉ちゃんは残念だなぁ。ほんとあんたって言われなきゃ、分かんないくらい女の子してるしね」
 友希は押さえ込んだ恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。
 かわいく首をかしげるイリス。
 ぺこんと勢いよく頭を下げるイリス。
 足をそろえて腰を下ろし落ちた物を拾うイリス。
 うわぁあああああああ
「まぁ、これ以上、あんたの自尊心を傷つけて香奈実ちゃんのお仕事の邪魔をしてもアレだしね。あたしは紅茶とケーキね」
「じゃ、あたしはコーヒー。香奈実、砂糖を多めにね」
「はい、裕美さんは紅茶とケーキ、あかね姉はコーヒーですね。少々お待ちください」
 香奈実はぺこりと頭を下げると放心状態のイリスを引っ張って控え室とを仕切ってあるカーテンの奥へと消えていった。