ターロック・コームズの事件簿

紫色の研究

 

 私が、我が親友にして、心優しき名探偵・ターロック・コームズに出合って、37年になる。そして、彼が、宿敵・ジョナサン・モリアート教授(彼?には数多くの名前があったが、我々が彼と出会ったときの名前で呼ぶことをお許しいただきたい)とともに、アメリカとカナダの国境にあるナイアガラの滝に落ちて32年の月日がたった。

 これを期に、コームズに止められていた彼の事件ファイルを公開しようと思う。事件の性質や、広範囲に及ぶ関係者諸氏すべてに許可をもらうのは不可能なので、性別・年齢・名前・場所・時間などに関してはすべて、フィクションにさせて頂いた。事件内容も出来うる限り変えさせていただいている。ただ、コームズの業績だけは、真実だ。その辺を踏まえていただいた上で、始める事にしよう。

 

 私がコームズと出合ったのは、37年前、私が在学していたT−大学のキャンパスで(その当時、私はT−大学の医学部に籍を置いていた。)だった。その日は、ずっと、閉じこもっていた研究室から久しぶりに表の空気を吸いに出てきて、キャンパスをあてもなく散歩していた。その姿はまるで、春先に冬眠から覚めて穴倉から出てきた熊にそっくりだっただろう。

 私が、空腹を覚え、学食のある方へ足を向けた時、近くに人だかりが出来ているのに気がついた。私は、退屈しのぎにその人だかりの中を覗いてみる事にした。

 野次馬に囲まれた輪の中には、一組の男女がいた。女のほうは、金髪でモデルのような体形のすこぶる美人だった。男のほうは、彼女にハイヒールを履いた足で蹴り付けられていて、身体を丸めて縮こまっていたので顔はわからなかったが、金髪の若者のようだった。蹴られている彼はほとんど動かなくなっていた。それでも、彼女は蹴りを止めようとはしなかった。回りの野次馬達は誰一人止めさせようとはしなかった。彼らはその光景を楽しんでいたのではなかった。その恐ろしいほどに鬼気迫った彼女の顔に恐れ、蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来なかったのだ。覗き込んだ私も彼女の迫力に飲まれ、成す術がなかった。

 そんな彼を救ったのは、講義開始を伝えるベルの音だった。その音に、彼女は我に帰り、うずくまる彼につばを掛けるとその場を立ち去った。去り行く彼女に彼は何か呟いたが、彼女は気づかなかったのかそのまま立ち去ってしまった。

 彼女が去ると野次馬達も呪縛が溶けて、係わり合いになりたくないのか、みな、蜘蛛の子を蹴散らすようにその場を去っていった。私は、事の成り行きが気になったのと、蹴られていた男が気になったので、その場に残り、彼に近づいた。そして、私は、まだうずくまる彼の頭に使い古したタオルを投げかけた。

 「アリガトウゴザイマス。」

 彼は、タオルをとると少しおかしなニュアンスで、礼を言った。泥と頭から流れる血で汚れた顔をタオルで拭いて、私のほうにあげた顔は、その綺麗な金髪が似合わない顔立ちをしていた。すけるような白い肌、えらの張った四角い顔、一重瞼の小さな目、胡座をかいたような大きな鼻、それに負けない大きな口。それはどう見ても金髪が似合う顔ではなかった。

 彼は、私の顔見るとあわてて英語で礼を言いなおそうとしたが、すぐに止めた。

 「アナタハ、日本ノカタデスネ。シツレイイタシマシタ。」

 私が声を掛ける前に、私が日本人だと気がついたのは、彼で、3人目だった。私は身長も高く、痩せ型で彫りの深い顔立ちをしているので、よく外国人か、ハーフに間違われていた。私が話し出しても、『日本語がお上手ですね。』などとボケた事を言うやつも言うほどだったので、私は、彼の反応に驚いたのだ。

 「お前、似合わねえから、髪染めるのを止めたら?」

 「オウ、スミマセン。コレ地毛ナノデス。ワタシハ、コレデモ英国人デス。ワタシノ名ハ、ターロック・コームズトイイマス。」

 「俺は、鷹栖淳三郎だ。一体なにやらかしたんだ。あんな美人を怒らすなんて。」

 「ハイ、アナタハ誰デスカ。ト聞イタダケデス。」

 「それだけであれだけ怒るかよ。」

 「ハイ、ソノトキコウモイイマシタ。アナタハ、オトコデスネ、ット。」

 「お前、知らない人にそんなことを言ったのか。そりゃ怒るだろう。あれだけの美人だし。」

 「イエ、ワタシハ彼女ヲシッテイマス。彼女ノ名ハ、ミズ・マリー・ロージェ。プロフェッサー・モリアートノ秘書デス。タダ、イマノ彼女デハナクテ、一週間前マデノ彼女デスガ・・・」

 「モリアートというと、特別講師のモリアート教授か。それじゃあ、あれが美人で有名な秘書のロージェ嬢。いまの彼女は、別人だと言うのか。」

 「ハイ、外見ハオナジデスガ、違ウヒトデス。」

 「お前の思い過ごしじゃないのか。」

 「違イマス。ワタシハ確信シマシタ。彼女ハ別人ニナッテシマイマシタ。」

 私はその青い瞳に涙を浮かべながら語る彼が哀れに思えてきた。彼女を知ったっていたための錯乱だろうと思ったのだ。

 「ところで、最後に何か言ってたよな。」

 「ハイ、フランス語デ、『オマエハダレダ。』ト言ッタノデス。」

 「フランス語?」

 「ハイ、彼女ハフランス人デス。デモ、彼女ハ反応シマセンデシタ。」

 「お前にもう関わりあいたくなかったのじゃあないのか。」

 「ソウカモシレマセンガ、コレデワタシハ確信シマシタ。彼女ハ別人ニナッタノデス。」

 それだけ言うと、彼はタオルを綺麗にして返すからと言うのを断り、彼に大学の付属病院に行くように言うと、私はその場を去った。まさか、このあと、再び彼に会い、数々の冒険を一緒にする事になろうとは、神の身ならぬ、人である私がわかるはずはなかった。

 そんなことがあってから二日後、数日ぶりに私は、このところずっと泊り込んでいた研究室から下宿に帰ると、下宿は、大変な事になっていた。私を入れて3人しかいなかった下宿人が、私の留守中に出て行き、私一人になっていたのだ。こうなると、下宿を続ける意味がなくなってしまう。私はここを出て行かなければならないかもしれない。無精な私としては、コレはゆゆしき問題だった。といっても、今は、下宿に入ろうとするものも少なく解決策は思い浮かばなかった。私の苦悩もそっちのけで、下宿の大家夫婦は、下宿人が私一人になったので、高一になった孫娘に私の世話を任せると旅行に出かけた。高一とはいえ、女の子を若い男と一つ屋根の下に置いとくなんてなんて事をする祖父母だと思ったが、この子が幼い頃から知っているので、妹みたいで手を出す気はさらさらなかった。この下宿には、高校時代からお世話になっていたので、自分のうち以上に愛着が会った。

 私が、講義もなく、研究室に顔を出す用もなく、久しぶりに部屋でくつろいでいると、玄関のほうから、大家の孫娘の悲鳴と犬が狂ったように吼える声が聞こえた。私が何事かと玄関へ行ってみると、そこには大型犬に吠え付かれる孫娘の静香の姿があった。吠え付く犬を懸命に抑えているのは、あの東洋人の容貌をしたイギリス人のコームズだった。彼は、今にも飛びかかろうとする犬を抑えるので精一杯だった。別に私にはサディステックな性格はないのだが、吼える犬に怯えるボーイシュな美少女の姿は続々とするものがあった。いい忘れたが、静香は、かなりの美少女だったが、おてんばで、下手な男どもは投げ飛ばすだけの技を持っていた。祖父の大家が、彼女に体を鍛えるために武道を教えたからだ。だから、いまだ彼女をものにできる男はいなかった。

 そんな女丈夫の彼女が犬を怖がるなんて、ちょっとは可愛いところもあったんだなあと思ったのが大間違い。狂ったように吼えまくる犬の姿を見たら、どんなものでも二の足を踏んだだろう。

 「ジュン、ジュン。そんなところにいないで、なんとかしてよ。」

 幼い頃は、お兄ちゃんお兄ちゃん、といっていたのが、この頃では呼び捨てだった。

 「何とかしろと言われてもなあ。おい、コームズとかいったよな。何とかしろ。お前の犬だろう。」

 「ハイ、ナントカシタイノデスガ、コウナッタラ、コイツハドウシヨウモナイノデス。チイサイコロハカワイガラレテイタノデスガ、オオキクナルニツレテイジメラレテ・・・棒ヲミルトナグラレルトオモッテ、吼エカカルノデス。」

 「棒を持ったって、静坊、お前、棒を振り回したのか?」

 「だって、下宿させてくれってしつこいんだもの。」

 「スミマセン。前トコロヲ出テカラ、一週間、野宿シテイタモノデ。コチラデ下宿人ヲサガシテイルトキイタモノデスカラ・・・」

 「うちはもう下宿を止めるんです。それに、やっていたとしてもこんな獰猛なペットがいる人はお断りです。」

 怯えながらも、静香はそう言いきった。私は影からそんな二人のやり取りを眺めていた。

 「ジュン。そんなとこにいないで、こっちに来てよ。ジュ〜ン。」

 静香は今にも泣き出しそうになり、コームズは犬を抑えるのに限界がきていた。コームズの握っていた紐がすべり、犬が静香に飛びつこうとしたそのとき、私は目をつぶり無意識に、静香の前に飛び出していた。

 噛み付かれる。そう思ったが、何の衝撃も起こらなかった。

 「なにをさわいどるんだ。200メートル先の小林さんところからよく聞こえていたぞ。」

 薄目を開けてみると、そこには、まだ暴れる犬を押さえ込んだ旅行帰りの大家の鈴木猪志郎氏が立っていた。そして、コームズの後からは気の抜けた女性の声がした。

 「まあ、可愛いねこちゃんだこと。」

 それは大家の奥さんの昌江さんの声だった。

 猪志郎氏は、犬の首根っこを左手で抑えながら、右手で身体を優しく撫でながらなにやら囁いていた。さっきまで、怒り狂っていたその犬は信じられないように大人しくなり、猪志郎氏に甘えだした。

 「君の家族かね。」

 突然の猪志郎氏の問いかけにコームズは返答に困ってしまった。

 「君の家族かね。君の家族なら、一緒に下宿してもらってもかまわないが、ペットならお断りだよ。」

 猪志郎氏の問いかけを理解できたコームズは半べそをかきそうになりながら答えた。

 「ハイ、ワタシノダイジナ家族デス。」

 こうして、コームズと彼の家族は新しい下宿人となった。彼には、この犬のケルベロスと、左の目がつぶされた黒猫のプルートがいた。この二匹とも、買主に捨てられ、人間にいじめぬかれて瀕死の状態になっていたのを、コームズが、見つけて面倒をみていたのだった。だが、2匹とも人間不信になりまだ、コームズにさえなついてはいなかったのに、この鈴木夫妻にはすぐになついた。だが、最初の出会いが悪かったのか、静香は、ケルベロスには近づこうとはしなかった。それに、猫のプルートも、小型犬ほどもあるので、あまり可愛いとはいいがたく、彼女が2匹に近づく事はほとんどなかった。

 こうして、コームズと一緒に住むようになって、私はあることに気がついた。それは彼の観察力と洞察力、それに頭のよさだった。彼は、日本に来る前は、日本語はぜんぜんだったが、両親の仕事の関係で日本に来る事になると3週間で日本語を覚えたというのだ。それに、年から置忘れをした鈴木夫婦の忘れ物を、彼らの話とその観察力で、みごとに探し出すのだ。それはまるで彼が一緒に行動してたかのように簡単に見つけ出された。それは、近所のうせものを探し出すのにも現れていた。行ったことのない家で亡くなったものを探し出す彼の才能はすごいものだった。

 

 そして、私がコームズの才能を目の当たりにする時がやって来た。それは、私が泊り込みをやっていた研究室で起った。だが、極秘の研究だった為に、死亡事故が起こったというのに外部の手をかる事は出来なかった。そこで、私は、コームズの手を借りる事にした。彼と暮らしていて、口下手の為に誤解を受けやすいが、優しく、口の堅い人間である事がわかってきたからだ。私は、研究室から急いで下宿に戻ると、庭先でケルベロスやプルートの世話をしていたコームズの腕を掴むと引っ張って行った。

 「タカスンサン、ドウシタノデスカ。ワタシハ、カレラニユウショクヲヤラネバナラナイノデスガ・・・」

 「そんなことは、静坊に任せたらいい。とにかくついて来い。」

 強引に引っ張っていこうとする私に根負けしたのか。奥の部屋からこっそりとコームズとケルベロス、プルートを見ていた静香にコームズがいった。

 「静香サン、スミマセンガ、コノコタチノ夕飯オネガイシマス。」

 「え〜、わたしが、だめよ。この子たちは、おじいちゃんか、おばあちゃんか、コームズさんからしか、食べないもの。それにおじいちゃん達は出かけていて、夜遅くにしか帰ってこないし。」

 「ダイジョウブデス。静香サン。オネガイシマシタ。」

 それだけ言うと、コームズは、私に付いて下宿を出て行った。後に残された静香は困った顔をして佇んでいた。

 コームズをT−大付属病院に連れてくると、古ぼけて倉庫にしか使っていない旧病棟の一番奥のトイレに連れ込んだ。そこから、私が所属している秘密の研究室へと連れ込んだ。(行き方を紹介すべきかもしれないが、もし、本当に行ってしまう人がいないとも限らないので、この辺はカットさせていただく。)

 研究室につくと、私は、事件のあらましをコームズに話した。(詳しくは、tako氏の『秘密の脳移植プロジェクト2001』をどうぞ。)

 「トスルト、コノ研究室デハ、ダレモ本名ハシラナイノデスネ。タカスンサンハ、ナントヨバレテイタノデスカ?」

 コームズは、鷹栖と言いにくいのか、私のことを「タカスン」と呼んでいた。

 「私はこの髪型から(そう言ってスポーツ刈の頭を撫でた)『五分刈』と呼ばれているよ。」

 「デ、ナクナッタカタハ、『こばると』デスカ。」

 「そう、鉄腕アトムの妹の『ウラン』のファンだというのに彼女の名前を『コバルト』と間違えていたようだよ。」

 「フム。デ、こばるとサンノ死因ハ?」

 「うん、正確に言うと彼はまだ死んではいないんだ。なんとか蘇生術が功をそうして、脳にかなりの損傷があったようで、植物人間になってしまったけどね。」

 「ソウデスカ。ソレハヨカッタ。マズハ、ソノBTTSヲミセテイタダケマスカ?」

 「ああ、こっちだ。」

 私は極秘機密のBTTSが置いてある部屋にコームズを案内した。そこには、チューブがつながったヘルメットが、二つ並べられたベッドの上に置いてあるだけだった。

 「コレガBTTSデスカ。」

 「正確に言うと、この建物自体が、BTTSさ。そして、そこのヘルメットがその端末だ。試作品だからこれほどだが、まだまだ軽小化はされるよ。」

 コームズは、ベッドのあたりや、入り口のドアのあたりを這いつくばるようにして観察した。そして、私にこう聞いた。

 「コノBTTSガ、ウゴカサレタノハ、ジケンガオコッタトキガ、ハジメテデスカ?」

 「そのはずだよ。それまでは、僕たちが泊り込んで調節していたからね。」

 「ソレヨリモハヤク完成シテイテ、ツカワレタヨウナコトハ・・・」

 「ない。これを操作できるのは、行方不明になった、黄薔薇博士だけだし。今は僕もできるけどね。調整は微妙だからね。」

 コームズは、まだ、納得がいかないような顔をしていたが、入り口のドアを開け閉めしながら、また、私に聞いた。

 「コノどあハ、ウチビラキデスネ。こばるとサンタチヲハコビダストキハ、閉ッテマシタカ?」

 「そこまでは覚えてないけど、それが何か関係しているのか。コームズ。」

 「ハイ、ワタシノ考エガタダシケレバ・・・」

 「ジョーに聞いてみるか。」

 「じょー?アア、ジッケンダイノヒトデスネ。ソレデハイキマショウ。」

 私とコームズが部屋を出て行くと、開きはなったドアは静かにひとりでに閉まった。

 ジョーは、まだ昏睡状態が続く自分の身体の横に座っていた。

 「ジョー。お客様だ。」

 ジョーは入ってきた私たちの方を見た。これと言った変化はなさそうだった。

 「ハジメマシテ、こーむずトイイマス。」

 「こんにちは、エースのジョーこと、ちび丸です。」

 ジョーは、コームズに挨拶をした。

 なにを思ったのか、コームズはジョーに近づくと彼の身体を観察し始めた。それも、髪の毛の先までも丹念に・・・

 「そんなに男の体がめずらしいの。」

 「イエ、じょーサン。サンパツハサレマシタカ?」

 私とジョーは顔を見合わせた。コームズの言わんとする事が分からなかったからだ。

 「いえ、してないわ。」

 コームズは、私を見ると同じ質問をした。

 「ゴブガリサン、コノカタハ、ジッケンヲウケルマデニサンパツヲサレマシタカ?」

 「いや、してないよ。コームズ。このボディは、黄薔薇博士が持ち込んできたもので、実験の一ヶ月ほど前に準備されたものだからね。」

 「ソレデハ、一ヶ月ホドマエマデハ、ドナタモ、コノぼでぃハゴランニナッタコトハナイノデスネ。」

 私がうなづくと、コームズは何か考え込んでいたが、今までに見たことがないような険しい顔をすると私に言った。

 「ココニハぽらろいどかめらト、こぴートふぁっくすハアリマスカ。?」

 「あるけどそれが・・・」

 「シキュウ。コノカタヲ写シテ、関係筋ヲトオシテ確認シテクダサイ。」

 「なにを?」

 「コノカタノ素性デス。」

 「ちび丸のかい?」

 「イイエ、コノじょーサンノデス。」

 せかすコームズに急き立てられて、私はジョーの写真をとると、関係筋を通して、彼の素性を探った。クローンである彼の素性などわかるはずもないのだが・・・

 だが、それは間違っていた。数時間後。彼の素性が連絡されてきた。そこに書かれた彼の素性は・・・

 「国際手配のテロリスト・・・」

 そう、ジョーの正体は思想的テロリストではなく、金銭で請け負うプロのテロリストだった。金のためなら肉親でも殺してきた凶悪犯だった。

 「ソウエスカ、ソウナルト一刻ノ猶予モアリマセン。ゴブガリサン。BTTSハウゴキマスカ。シキュウシラベテクダサイ。」

 「コームズ。一体何のことかこっちにはよくわからないのだがね。」

 「時間ガアリマセン。ワケハアトデス。サア、ハヤク。」

 恐ろしいほどのコームズの剣幕に私はBTTSをチェックした。ところが、まだ正常に動くはずのBTTSは、あと一回。動くかどうかの状態だった。

 「ヤハリソウデスカ。ゴブガリサン。じょーサントこばるとサンノ手術ヲオネガイシマス。」

 「え、ちび丸とジョーとのじゃないのか?」

 「ハイ、チビ丸サンノカラダニハ、オソラクこばるとサンノノウガハイッテイマス。ソシテ、こばるとサンノカラダニハイッテイルノハ、オソラクみず・ろーじぇノ脳デショウ。コレガ終ワッタラ、チビ丸サンノ精密検査ヲオ願イシマス。」

 私は彼が言っていることが理解できなかった。だが、彼の言う通りにするしかないような気がしていた。私は、ジョーとコバルトの身体を入れ替えた。そして、コームズのいうようにちび丸の体を調べると、脳に細工がしてあった。それを排除するとちび丸の意識は戻った。

 

 「コレハ計画犯罪デス。首謀者ハ、オソラク黄薔薇博士デショウ。ソノマエニヒトツ確カメタイ事ガアリマス。こばるとサンニコノにっくねーむヲススメタヒトガイマスネ。」

 「はい。」

 いまでは、ちび丸になってしまった。コバルトが答えた。

 「ソレハオソラク黄薔薇博士カ、みず・ろーじぇデショウ。」

 「そうです。ロージェさんに進められました。可愛いアトムの妹の「コバルト」ちゃんってニックネームがいいと。」

 「ソウデショウネ。コノ計画ニハ、コノ名前モ重要ダッタカラデス。女ニナルノニ、女ノにっくねーむデハ、萌エマセンカラネ。」

 「それでは、彼は最初から女になる運命だったと?」

 「ソウデス。女ニナッタモノノさんぷるガ欲シカッタノデス。みず・ろーじぇデハ不十分ダッタノデショウ。アナタガタノ目ガアルノデ完璧ナ手術デハナカッタノデショウ。」

 「それじゃあ、私の役割は?」

 ジョーがコームズに聞いた。

 「みず・ろーじぇニナッタてろりすとノミガワリデス。みず・ろーじぇノ手術ハ失敗シテ、彼女ハ植物人間デシタカラ。コレデハてろりすとノ壮絶ナ死ハ演出デキマセン。」

 「黄薔薇博士は、何のためにこんな事をしたんだ。彼は一体?」

 「オソラク彼ハ、闇ノ世界ノ人間ナノデショウ。犯罪者ヲノガスタメノてくにっくノ開発トてろヲヤリヤスクスルタメノ手段ノ実験。」

 「外見は同じでも、中身の違う人間。それが、テロリストだったら・・・防ぎようがないし、見つけようがない。赤か青かハッキリしない人間。赤でも青でもある可能性がある紫の人物の誕生か。」

 「ソウデス。」

 「おそろしいわねえ。」

 ジョーがそのごつい身体をちぢこませて震えた。

 「それじゃ、あの時の事件は・・・」

 「ハイ。黄薔薇博士ガ、こばるとサントチビ丸サンヲイレカエヨウトシテイタノデス。ソノアト、2度トツカエナイヨウニシヨウトシテ、警報機ガナッタ・・・」

 「でも、博士は何処に?」

 「博士ハ、オソラク、ヘヤノナカニイタノデス。ソシテ、アナタガタガ、デテイッタアトニ外ニデテイッタ。」

 「でも、あのときにはだれも部屋の中にはいなかったぞ。」

 「じょーサン。アナタガタガ、フタリヲ運ビダストキ、どあハシマッテマシタカ?」

 「いえ、私は開けてないわ。五分刈さんも開けてない。だって、二人とも身体を抱えていたもの。開けられなかったわ。」

 「どあハアイテイタ。博士ハ、アイタどあノウシロニカクレテイタノデス。ソシテ、ダレモイナクナッテデテイッタ。トイウトコロデショウ。」

 「黄薔薇博士はだれだったのだろう。」

 「そうよね。捕まえてとっちめてやらねば。」

 「僕はこんなチビにしてくれたお返しをしてやりたい。」

 「あら、私の身体に不満でもあるの。」

 「僕の身体でせまるなよな。」

 「何ですって。」

  私とコームズは、言い争うコバルト(ちび丸)とちび丸(コバルト)をそのままにして、部屋を出て行った。あのクローンの身体は上部に連絡して処分してもらった。そして、我々も秘密を守ると言う事で開放された。だが、誰に話してもこんな話は信じないだろう。

 「ところで、コームズ。どうして、あのクローンの身体をおかしいと思ったんだ。」

 「アノ身体ノ髪ニハハサミガハイッテイマシタ。デキタテノくろーんハ、サンパツニハイカナイデショウ。ソレニ、ホネモジョウブスギマス。外気圧ニサラサレタコトノナイ人ノホネニシテハジョウブデス。」

 コームズは、そんなことにも気づかなかった私を不思議そうに見つめていた。クローンはその人そっくりになると言う先入観があるわたしには、そのことに気づいていなかったのだ。急速成長させたとしたら、髪や爪、角質や、その他の部分が普通の人と違って当たり前だった。それと、コームズには、黄薔薇博士が誰なのか気づいているような気がしたが、私はあえて聞くことはしなかった。それは、おいおい解っていったのだが・・・

 

 こうして、ひとりの犠牲者を出してこの事件は終わった。だが、下宿に帰ると新たな事件が待っていた。それは、ドアを開けるとすぐにやって来た。

 コームズがドアを開けた瞬間、静香がコームズに抱きついたのだ。

 「コームズさん。あの子たちが、あの子たちが、私からご飯を食べてくれたの。」

 若い女の子に抱きつかれてコームズは、目を白黒させていた。嬉しさに泣きじゃくる静香とどうしていいか困惑するコームズ。落ち着きを取り戻したコームズは、優しく静香の肩に手を掛けるとこう言った。

 「静香サン。アノコタチハ、アナタガスキナノデス。アナタモアノコタチガ好キナノハシッテマシタ。不幸ナデアイガオ互イノアイダニアリマシタガ、ソレガ、今日ウマリマシタ。コレカラモアノコタチヲヨロシク。」

 コームズの言葉に静香は、しゃくりあげながらも頷いた。

 こうして、コームズの最初の事件は静香の嬉し涙とともに幕を閉じた。