衣替え3(彼氏編)


 デパートの4階にある水着売り場に彼女に連れられてやって来た。

彼女って凄くかわいく、優しくて、いい子なのだけど、さわったら壊れそうで、彼女との間を縮められないでいたのだ。だけど、この夏こそは・・・。

 そんな事を思いながらあたりをぶらついていると回りの若い女性たちの視線が気になりだした。ふと気がつくとボディだけのマネキンが着た黒のビキニをいつの間にか触っていた。

「えっ。」

ぼくは、慌てて手を引っ込めた。若い男が一人で女性の水着売り場にいたら変態だと思われても仕方がないだろう。その上、水着を触っていたとしたら・・・

ぼくは、彼女が入った更衣室を気にしながらも一時その場をはなれる事にした。

と、そのとき後から声がした。

「お客様、いかがなさいました。」

その声に振り返るとそこには、若い女性店員が立っていました。彼女は、スタイルもよく、水着のモデルをしたら似合いそうな美人でした。

「お客様?」

「いえ、なんでもありません。お騒がせしました。」

 ぼくは急いでその場を立ち去ろうとした。

 「お客様は、稲村様ではございませんか。稲村浩一郎様のお孫様の稲村薫様。」

 「え、どうしてそれを?」

 確かにぼくは、日本有数の優良企業。稲村グループの会長の孫だった。だが、祖父の考えで、時期当主となるものの姿は決して一般のものには公開されていなかった。彼女にさえぼくの素性は話していなかった。彼女はぼくの事をただの一般学生と思っているはずだった。

 なぜ彼女が、ぼくの事を知っているのかその事が気になった。

 「薫様がこうゆう物に興味を示されるとは思いませんでした。ここではなんですから、どうぞこちらにお越しください。」

 彼女は訝しがるぼくの視線など気にせずに、奥へと案内していった。フロアの奥にあり、客からは見えない従業員専用のエレベーターで最上階に上がるとそのフロアの奥にあるドアを開けて、そのなかへとぼくを案内した。

その部屋の中には、立派なビジネスデスクがあったが、さらにその奥の部屋へとつながっていた。そこは一般社員が入れるはずもない部屋だった。

彼女は、何も気にする様子もなくさらに奥の部屋へと入って行った。中に入ると、部屋の窓辺にある机のそばに立っていた女性が、彼女に軽くお辞儀をした。彼女はそれに答えると、中央に置かれていたソファーにぼくを招いた。グレーのビジネススーツを着た女性は、彼女のそばに近づき、何か告げると部屋を出て行った。

 「驚かれたでしょう。わたしが、この部屋に入っていったので。」

 確かにそれにも驚いたのは確かだったが、それよりも、一従業員の彼女がぼくの事を知っている事のほうが気になって仕方がなかった。

 「それはですね。こう言うことなのですよ。」

 そう言うと、彼女は前髪の生え際を両手で掴むと頭の皮を剥ぎ取った。そして、その下からはスキンヘッドの頭が現れた。

 「驚かれているようですね。驚くのはまだ早いですよ。」

 そして、彼女は、頭の天辺を触っていたが、なにかの突起を掴むと首筋まで引きおろした。それは、小さなチャックで、彼女の頭の皮は、天辺から首筋まで切れ目が入り、内側に押し込められていた何かに押されて、その裂け目は、徐々に広がっていった。彼女は広がった切れ目に手をかけると、頭の皮を引き剥がした。

 ぼくは皮をはがした人体図を思い出し、目をそむけた。

 「薫様。どうかなされましたか。」

 聞きなれた年配の男の声がした。ぼくは声の方へ顔を向けると、そこには顔見知りの熟年男性が、デパートの女子従業員の制服を着て、いや、女子従業員の身体に頭だけ挿げ替えた男性が立っていた。

 「あの、え?え?え?」

 ぼくは、言葉を失ってしまった。さっきまでいた従業員の姿はなく、顔見知りの(決して変態ではなかったはずの)男性がいるからだ。

 「驚かれましたか。これは、ビーナス・スーツと申しまして、気軽にファッションを楽しみたいと言うお客様の為に当デパートが開発いたしましたボディスーツです。体形を自由に変えられ、容貌もご覧のとおりに変えられるのでお客様殻は大好評です。エステやダイエットをしなくても好きな体形になれますからね。」

 「でも、あなたは、なぜこれを着られてあんなところに居られたのですか。」

 「社長たるもの現場を知らなくてはなりません。お客様や従業員達のことをまったく知らないでは、経営はできませんからね。」

 そう、彼は、このデパート関連の総責任者だった。そして、時々姿を変えては店の中を歩き回るのだと言う。ある時は足の弱った老婆、またある時は出産間近な妊婦、そして、またある時は女子従業員。こうして、店の中のサービスと従業員の態度をチェックしているのだそうだ。だが、ぼくは、女装は彼の趣味なのだろうと思う。

 「それに、これは男性も使えます。わたしのように女性になることもできます。薫様。貴方様が、女性の水着を見入られるとは思いませんでした。」

 この社長はとんでもない勘違いをしていた。ぼくは、ただ彼女を待っていただけなのに。でも、本当にそうだろうか。あの売り場に飾られていた水着を見ていた時、ぼくは何を考えていたのだろう。彼女の水着姿だろうか。

それとも・・・

「貴方様が、女性に水着に興味を持たれたことをお知りになられたら、おじい様はどんなにかお喜びでしょう。」

彼は今にも涙を流さんばかりに言った。だが、ぼくはやっぱり水着よりもその中身の方に興味があった。

「なぜ、わたしが貴方様に気がついたかお知りになりたいのでしょう。」

彼は、僕にそう囁きかけた。

「それはですね。貴方様がいくら内緒になさっても、このスーツに関しては必ずわたくしのところに報告が来るからです。薫お嬢様。貴女様がそのスーツをお作りになったのはとうに知っておりましたよ。」

そう、僕は、女の子。だけど、自分のないステロタイプの男には興味がなくて女の子に走っていた。この格好をしてるのもそのためだ。あの水着のことを思い出しながら、ぼくは考えていた。

『男より、やっぱり女のこの方がいいな。』